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翳り行く街の光と影  作者: いしかわがる
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【商店街】 ーー着地ーー

 

 理想に基づく精神論と、タマゴかニワトリかで迷走する方法論に最低限のラインから発生する結果論の相克により、〝振興組合本会議〟のテーブルに乗る前から余計な軋轢が生ずるのを恐れてか、山口が思慮深く意見を差し挟む。

「勿論、エンターテインメントは不可欠な要素だよ。ユーザーにしてみれば、とっかかりの選択基準でもあるしね……」

 真剣な議論を喜ばしく思う江尻翁も加わり拍車をかける。

「最低限の現実論だけじゃ、旨味がねぇし、理想論だけじゃ尚いけねぇ。両方が好い塩梅に混ざり合って、初めて納得いく良いもんが出来るんじゃねぇのか? 其処に高い精神論が発生する事も有るわな、しかし、まずは、会員と役員の連携を促すに足る画図だな。大事なのは」

 陽子はさすが大将とばかりに大きく頷いた。輝世も晴男も感心し、首肯する。今日の五大老(マイナス猛田)は誰も皆アツイぜ。滑り気味だったギアがやっと〝カチリ〟と気持ちよく入ったようだ。

 普段からこのように、真剣に議論していれば良いものを……。

 白熱した会議をHDレコーダーが黙々と記録する。

「実際えじり鮨は、一般サラリーマンから大物政治家、一流アーティストにアスリートまで顧客に抱える名店だからな。そのうねりを一店舗で具現してるようなもんだ。大将に秘訣をご教授賜れば……」

「……正義てめぇ。秘訣たぁなんだ! それこそ、年季が違わぁ! どんだけ資本懸けたと思ってやがんだ! 口先だけで簡単に言えるこっちゃねーんだ! このヤロゥ!」

「ひぃい! スンマセン」

 折角アガってきたムードが、ベクトルを換えてしまい、着地点を見失いそうな予感が漂う。そんな時は、収束を目指すよりもむしろカオスで撹拌し、論点をボカしてしまった方が結果無難と踏んだ晴男が気を効かせて燃料を投入する。

「そうだ、そういやぁ、今日零番地の大将がポロっと洩らしたんだけど羽衣地区に『原発』の建設計画が持ち上がってるの皆知ってる?」

 江尻が、憮然としながらも敏感に反応する。

「なん……だと……、三十年も前に住民運動でブッ潰された計画だが、ずっとくすぶってたんだな。差し詰めこれもクロガネのテコ入れにちげぇねぇ……それでも地域住民一丸となって反対運動続けてるからな。一部の有志は不二のお山とともに羽衣の松を世界遺産にしようと懸命に働きかけてるらしいじゃねぇか。『共生党』も後方支援してるようだし、こればっかりはそうやすやすとは運ばねぇだろうよ」

「でもよぉ、もしそっち方面が本格化したら行政は目の色変えていい動きするんじゃねぇかな。駅前の都市開発でベッドタウン化が進んでるし、国からの交付金をコッチの開発予算に回せるって目も出て来るし…………」

 晴男の短絡的な発言に対し江尻翁が激しい口調で

「原発はいけねぇ! この街にゃ、いや、この国には原発なんて必要ねえ! 命よりカネがでぇじなら、〝USC〟(ユナイテッドステイツオブチャイナ)でも何処でも行けばいいじゃねーか! こんな、地震の巣みてぇな国に原爆何十発も抱えやがって、馬鹿野郎がっ!」

 唯一戦争と大震災体験者である江尻には原体験のトラウマがあるのだ。

 晴男はなだめすかすように、更に申す。

「俺だってこの街に原発なんてまっぴらゴメンだよ。でも例えば世界遺産に認められたりしてさ、それを起爆剤に、クロガネのテコ入れでもなんでもいいけどさ、ブチ込まれた時にちゃんとした青写真があればこっちからも行政にテコ入れ要請し易いんじゃないの? 要は、いつでも攻勢に出られる準備が常にアップデートされてる必要があるっつーハナシ」

「ううむ……」と、大将は眉根を寄せて口をへの字に結ぶ。

顔には、「このヤロゥ生意気言いやがって……なんだよ、アップデートって……」と書かれている。山口をはじめ中山、桜井は普段浮ついた破滅的快楽主義者の晴男がそういった議論を江尻の大将と交わしている事実と、これ程迄この街の事を考えている事に大層驚き、また感心した。

 確かに、行政側からしてみれば原発誘致を大義名分として当該区域住民を退去させ、ベッドタウン地区を便宜上、優遇措置と称し、強制的に斡旋すれば公共の福祉増進の体裁も取れる上に御上からの交付金やら助成金もしこたま確保出来、更には地価も上昇、税収増加といいことずくめ。そのムーブメントにネジ込むタイミングを逸しなければ、コッチの開発予算も助成金で賄える確率がグンと上がる。まさに漁夫の利だ。

 そこんとこは五大老だってわかちゃいるが、なにせ事が『ゲンパツ』ということになると皆脊髄反射的にベクトルが『否』の方向に傾くのは無理からぬ事。


「なにがあっても原発だけはうまくねぇ。だがまぁ、たしかに、地域開発に際し計画は怠っちゃあいけねえな。でも俺ぁ、この通りの頑固ジジィだ。出来る事は力になるが、どうも保守的な考え方しか出来ねえ。ま、こっちに甘い水が沸けばどっちみちクロガネも動くだろうしな。そんときゃ俺が拳也のケツを引っ叩きに行ってやらぁ!」

 頼もしい江尻翁に陽子と桜子もヤンヤの喝采。殺伐としたムードからはなんとか軌道修正出来たようだ。

 イロイロあったが、とにもかくにも江尻の大将が潑溂とした表情で会議に加わったのは晴男のナイスアシストの賜物であった。その証拠に輝世がそっと晴男の好物『ロンサカパ・センテナリオ』の23年ものをグラスにギッシリのクラッシュアイスに注ぎ差し出したのだから。

「ウチはもう、セガレもいっぱしに店を回して行けっから、俺ぁ憂い無くいつでも女房んとこ逝けるけど、この商店街の未来を託せる人材はまだまだこれからだ。仕込みを入れるのは早いにこしたこたぁねぇよな」

 江尻翁の言に対し桜井はバツ悪そうに

「俺んとこはあのとーり、とんだバカ息子でよぉ……、ロックバンドで一旗揚げるとか何とか言って、いい歳コイて遊び回ってやがる。地元の事なんてこれっぽっちも考えちゃいねぇんだ……」

これには、すかさず晴男が噛み付く

「おぅい、聞き捨てならネェなマサやん! あいつらのステージ見た事ねぇだろ?

俺ぁ、野郎共なら、いずれはこの寂れた街を輝かすヒーローにさえなれると信じるぜ!てめぇのガキ信じてやれよな!」

「けっ、今度はヒーローってか⁉ 勘弁しろよな……ガキっつってもハタチ過ぎてんだぞ、バーロー!」

 山口は、何かもう、明るい未来を見据えているかのように笑顔で閑話休題。

「まぁまぁ、二人共、未来を託せる子供が居ていいじゃないか。親父が郷土愛を持っていれば絶対に子供には伝わるもんさ! 正義の一本気な性質も大事だし、真ちゃんの理想も晴男の理屈もあながち絵空事じゃないのもわかる。あの不知火クンの壮大なヨタっぱなしも良い刺激になったし、……行政だのなんだのと言ったけれども、それは変更可能な方法論でさ、今大事なのはとにかく行動に移るってことだろう? 時代を読みすぎても結局なにも出来ずに終わってしまう恐れが有る」

「だからこそ、いつ情勢が変わっても対応出来る準備と、そこそこの実績? が必要だと思うワケよ」

 いつのまにか晴男が、猛田の代役のような顔で会議にズッポリと首を突っ込んでいる。

「そうそう、皆が本気になれば、ラクショーとはいかないまでも、一流の仕事が出来るのは分かり切った事だからね!」

と、拳を握りしめる中山。

「仮に時代の流れが変わらなくても、むしろもっと悪化して澱んでしまったとしても、俺らが流れを作って行くぐらいじゃねぇとダメだよな」

 桜井もどこかしら理想論的な語り口になっている。

「そうだな、正義の言う通りだ。」

 山口に肯定され、子供のように表情が明るくなる桜井。陽子はすかさずグラスに新しいハイボールを作り「はい、まさよし。ドーゾ」と、手柄を立てた飼い犬にご褒美をくれるようなカンジ。   

 桜井は有頂天でイッキ呑みだ。 

 山口は更にターボが効いて来たかの如く目を輝かせながら、

「復興の魁けとなるシンボリックなコミュニティセンターを起ち上げ我々の本気を披瀝する必要があるね。営利的効率の良いテナントビルを起ち上げよう!

 やるからには、最初から真剣勝負。一朝一夕の泥縄じゃなく、疑問質問には全て応えられる様に練りに練った計画を立てよう! 振興組合の財政の為なんかじゃない、商店街利害各位の利潤追求の為、皆がちょっとでも楽しくゼニ儲け出来るように、地道な根回し、誠意ある対応、周知徹底。先ずはその為の用地の設定と買収が必要だけどね。

 画図は俺が描くよ。擦り合わせは追々でいいだろう。それをもとに銀行との折衝用の計画書と見積もりだ。引っ張れる予算が決まらん事にはスタートラインも書けないからね。正義の力も借りなきゃならんからな。頼むよ!」

 つーか、もうノリノリだ。

 桜井は、リーダーシップを遺憾なく発揮する山口に理屈抜きの信頼感を覚える。それは五大老の誰もがそうだろうが、最年少の桜井は、山口に頼られ、残りの人生全て、生まれ育ったこの街に捧げよう。そして死のう! と決意を新たに、「おう、まかしてくれぃ!」と胸を張る。

「大将には地主さん達にそれとなく根回しして欲しいんですけど。なんせこの仕事が一番厄介な大仕事なんで人望厚い大将にしか務まらないだろうから」

「トモエ文具社長の頼みとあっちゃあ、喜んで手足とならせて貰うぜ」

 江尻の鼻息も荒い。

「ただよ、一つだけ気がかりなのは、俺の寿命が足りるかどうか……」

 不意とネガが出る大将に対し、桜井がすかさず嗜める。

「なぁに弱気なこと言ってんの大将。あと50年は生きてくれなきゃこまるぜ」

「そうそう、大将が居なくなったら僕ら何処で鮨食えば良いの?」

「死なれちゃ困るよ、大将」

 ここにいる皆が、物心ついた時からおっかねぇ親方だった大将のそんな弱気は誰も見たくない。いつまでもカッコイイ、粋でいなせな職人で居て欲しいのだ。

「馬鹿野郎、50年て、おめーらだって生きちゃいねーわ! へへっ、わかったぜ。俺の元気なうちにカタぁつければ良いってこったな。おめぇら俺より先にくたばんじゃねーぞ、この野郎!」

「僕が大将のサポートをさせてもらうよ」と、中山。

「そうだね、それがいい。真ちゃんが最適だ。大将の補佐役頼むよ。」

 山口は手を打って破顔した。

「おう、真の字、世話んなるぜ」

「いや、こちらこそ」

 一時はどうなることかと案じられた『定例会』もひとまず目標が見えたところでおひらきとなった。

 大将は『ショートホープ』に火を点けながら山口に問う。

「先ずはドコから手を着けるんだい? 社長」

 重鎮二人は図らずも同時に、晴男と輝世に視線を向けた。





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