【商店街】 ーー理屈ーー
「ウチも長年この街を本拠としてやって来たけど、……」
と、山口が突然立ち上がって発言したことにメンバー皆オドロキの表情を向ける。
トモエ文具店は、古株では有るが、他のメンバーのような土着ではない。元々問屋業であった先々代の社長が地元の利用者に商品を出来るだけ安く提供しようと、この常楽町商店街に卸売り価格の店を開いたのである。商売は当初から大成功で、売り上げは常にこの街ではブッチギリの一番。周辺市区町村のあらゆるイベントや公共福祉に尽力する我が街の誇りといっても過言ではない存在なのだ。
平素から寡黙で、会合において自発的に発言する事などまず無い、トモエ文具社長、ミスターオブザーバー山口恵太郎が、やや熱を孕んだ面持ちで発言した事に、晴男も「うォオっとぉ……」と驚嘆の声を上げた。
眠れる獅子が目覚めた驚きと喜びに、同級生の猛田会長も、「おお、モモちゃん(山口の愛称)言いてぇ事があんのかい? ガンガン言ってくれ」などと囃し立てる。
ちょっと鬱陶しそうにしながらも、山口は続ける。
「今までは人前に出るのが嫌で、金離れが良く都合のいいオブザーバーに甘んじて来たけど、今日は良い機会だからハルオとママ、それに、不知火クンの前でちょっと格好付けさせてもらうよ」
皆黙って真剣に山口の話を聞く。
「現時点でこの商店街コミュニティから受ける恩恵など、此処に居る皆もないけれど、現存するテナントさんにはもっと無い。非組合員が多いのも致し方ない状況下、この役員会の意義すら怪しいモノがある。
郷土愛のみ謳ってみても他人には迷惑でしかない。しかし尚この土地に執着しプライドを誇示するのならば、様々なロスを産み出すしがらみや恩讐をすべて客観的な視点からフラットな状態にすることが先ず大事。場合に因っては『毒をも食らう覚悟』を以て、更に長期的な展望で行政と共に再興計画を立て、ひとつひとつ実現していくことが一番の近道じゃないのかい? それを次世代の者にちゃんとバトンタッチしていくのも我々年長者の責務だろう。今までやって来なかった分、ちゃんとツケを払ってから死にたいじゃないか。この街はまだまだ根っこまでは枯れちゃいないぜ、ブットイ幹からいくらでも新芽が出てくるんだって! 郊外型モール? 関係ナイね! 勝手にやってりゃいい。我が常楽町商店街は、まだまだ磨けば光る燻し銀だろう⁉」
こんなにも熱く語る山口にディアマンテ全体がどよめき、共鳴した。猛田は涙で応える。が、何を言っているのかわからない。
「毒をも食らうの『毒』ってのが気になっけどね」
桜井はあくまでもコンサバティブな立ち位置をキープしようとするも
「正義は毘沙門町のモールに加担してるじゃないか。お前はすでに毒食らってるんだよ!」
山口のお茶目が炸裂。皆もこれには大爆笑。
多少晴男に感化されたか、温厚で理知的な山口にしてはエラく辛辣で、しかも過激な意見に皆、暫し唖然としたが山口の愛あればこその苦言と、そして今後は己も最前線に立つ事をも辞さぬ決意表明と皆が理解出来るとこらへん、山口の人徳のなせるワザであろう。
そして誰より先に輝世が拍手を贈りながら、
「モモさんにああまで言われちゃ、もう前に進むしかないわね。頑張ってよ! 豪チャン。大将も、皆うすっぺらなショッピングモールになんかビビる事ぁないわよ、この街にはちゃんとコアなファンが来てくれるんだから!」
猛田はおしぼりで涙を拭き、ハナをかんで、己のブ厚い両掌で顔を、パンパン! と二度張ると、立ち上がり輝世を指差して
「よぉっしゃ! ママ! 三鞭酒出してくれぁ! 上等なヤツ。別会計でな。オレのオゴリだ。みんな! もーいっかい乾杯だぁ‼」
何故もう一回乾杯なのかよくわからんが、突然ゴキゲンになった猛田を失速させるような野暮は此処にはいない。
晴男だけは、我が妻のゴール前の嗅覚、得点能力に改めて戦慄するばかり。何か後ろめたそうにキョドっている。それを見抜いてか、山口は自ら晴男のグラスに酒を注ぎ、軽く尻をハタいてウィンクしてみせた。
「ちぇっ、モモちゃんカッコ良過ぎ!」
なにが、なにが? と能天気な猛田はシカトでカウンター席から勝手に音頭をとる。
「んじゃ、皆様、シャンパンは行き渡ったでしょうか? 猛田社長のおはからいで今日は貴重なお酒がいただけますこと、まっこと随喜に堪えません。こちら山口社長に因みまして、モモ色のドンペリニヨンをご用意させていただきました。この美しいロゼの華やかな香り、ご堪能くださいませ。豪ちゃん、……ごっつぁんです!」
「ゴッツァンデス‼」
晴男につづき一同が唱和する中、猛田の顔色だけが蒼かった様な気がするが、気のせいであろう。
その後は、陽子と桜子もフル稼働の大盛り上がり。ディアマンテの売り上げは世間の不況とは反比例の二次曲線を描いた。
「しかしママ、よくウチにピンドンなんて置いてあったな。驚いたぜ」
晴男ももはやゴキゲンだ。
「こんなコトもあろうかと今朝、酒屋に持って来させたのよ」輝世は別段こともなげに言ってのける。
「やっぱ、アンタ怖い女やぁあ」
なんと、輝世は、猛田からアポが入った時点で、ここまでのシナリオを想定していたのであった。
女房が陣頭指揮をとって商店街の改革案に取り組めば万事オッケイじゃねーの? と思う程の勝負師っぷりにまたまた戦慄のヤドロク亭主。
「ほんじゃ、また来週末ここれ、ふぁっきろ件、各自持ち帰りれしくだいってことれ、ぐ、ぐたいあんと、予算案と、不信任案の@%0’’%&#&たのんましゅよぉ〜」
猛田はヘベレケでもはや二足歩行は出来ない。ので、不知火の肩を借りて帰路に就く。
皆はヤレヤレといった表情で一段落。
「ママ、もうちょっといいかな?」
山口がすまなそうに尋ねる。
「ええ、どうぞ。いいもなにもまだ十時前ですよ」
輝世は微笑みながらロックアイスを砕く。
酒豪の猛田がツブれたものだから、皆はもうてっきり日付が変わっているものとばかり思っていたのだ。
「まだモモちゃんの話が途中だってぇのに豪ちゃんひとりツッパシっちゃうんだもんなぁ」とオモチャ屋の中山がボヤく。
「ったく、あのお調子モンが! 弱ェくせして、限度ってもんをしらねぇ……」
「まぁまぁ、大将。あれが豪太郎のキャラだから。で、さっきの続きなんだけど」
江尻も山口も、中山や、桜井にしたって、珍しく盛り上がって来た会議を、これにて解散というわけにはいかなかった。
「頑張ってるトコと、隠居しちまったトコがマバラなのが痛ぇんだよな。なんとか地主さんと折り合い付けてそれぞれまとめられればねぇ……」
桜井としては、まとまった土地にそれなりの駐車スペースが必須と考える。が、誰もが首を傾げ腕組みしながら、
「そこが一番デリケートな部分だな。いくら地元復興の為とはいえ、土地を明け渡せなんていう権利は無いからね」
という山口のごもっともな意見に皆同時に首肯する。
「……ま、ナンセンスだわな」
江尻翁にしても、それが出来りゃぁ苦労は無い。とでも言いたそうにカブリを振る。
「とにかく、可能不可能はさておき、どのような未来図を持てば良いのかアイデアをだそうよ、組合の面々に問うにも、幾つかのパターンが有った方が、意見も出してもらいやすいと思うんだ。さっきの、不知火くんだっけ、彼の荒唐無稽な計画を聞いて、正直シビレちゃったよ。僕は」
優しい口調で中山が提起する。
中山の店『おもちゃの宝島』も昨今のインターネット通販やら、外資系の大型店舗に圧され、めっきり青息吐息なのだ。勿論、自らのホームページやブログ、販売サイトを駆使しつつ営業努力は継続してはいるのだが……、現状を打破したい思いはかなりのレベルまで高まっていると言える。そして尚も続ける。
「商売屋は、実際の店舗にお客サンが現金を持って来てくれてナンボ。そこにホットな繋がりが芽生えれば尚可でありたい。と、僕は常々思うんだ。ネット通販の手軽さにはたしかに魅力を感じるけど、やはり、現実の現物を現金で、どうしてもソコまで出向いて行って購入せずにはいられない、マジックを掛ける要素が欲しいんだよ。そういう店舗が軒を連ねる。相乗効果で街が湧く……」
中山のややレンジの狭い見識を懸念するように山口が問う。
「たしかに、敵は大型モールに非ずってコトだね……でも真ちゃん、マニアックで金に糸目をつけない富裕層だけをターゲットにするのかい? なかなか魅力的だけど……」
桜井も、中山の言いたい事は理解出来るが、論点のズレが気になる。
「人材の育成と確保が大変だね。資本力も相当に必要じゃねえか?」
「……なんていうか、具体的にターゲットというか、店舗の作りがどうとかじゃなく、……それは方法論と結果論の間柄の事だから……、その前にある精神論としてどんなマニアックなユーザーが来てもドンと応えられるプロフェッショナリズムが欲しいというか、ユーザーとショップの関係が日々進化していくような、相乗効果で街全体がうねるような、なんつーの? 熱だよね、アツさが欲しいよね。カネの有る無いカンケー無く楽しめる街。無理有るかな……」
「有り過ぎるね! アオ過ぎるね! 矛盾も感じるし」
お調子者のわりに保守的でリアリストの桜井がにべもなく言い切る。
「今なすべき事は、実現可能な事を、何処でどのように展開して行くかの算段でしょ? あんちゃんの言うのは、ゆとりある生活を送ってる人の、漠然とした理想論だってば」
幼い頃から中山を〝あんちゃん〟と慕う桜井。親しいが故に、中山に対しては時として親族のように手厳しくなる。
身も蓋もないご指摘に、うまく説明出来ずもどかしそうな中山であった。
客観的に見て、可能性の有無を論点にした場合、どっちも〝有り〟なわけだが、互いに相容れぬ場合、どちらも机上の空論故、残り僅かなこの大事な時間を虚しくしてしまう。




