【商店街】 ーー密談ーー
港湾地区の最南端、『零地区』は多国籍なアウトローの居住区。
一般の者は忌み嫌う番外地。
いつからだろう、戸籍どころか国籍すら定かでない者が津々浦々から集まって、今となっては、蓮華市経済の裏側を支えるファクターとしての力を持つまでに肥大化している。
この街が孕む闇そのものでありながら、この街で生じる闇を浄化するのも、増加するのも此処である。
錆びたフェンスの内側はそれはもうエキゾチックなヤバさ際立つ非合法地帯。
港の古い倉庫を不法占拠したコミュニティの闇市場はちょっとしたショッピングモール。国内外の工業製品は勿論のこと、地元漁師が小使い稼ぎに流す海産物、自家製の畜産加工品などの食料品、外国貨物船から横流された密輸品等がヒシめく。
もしもカネに糸目を付けないのであれば、望むモノは此処で『何でも』手に入る。
晴男のメリバンがズ太いエグゾーストを轟かせて区割などされていない駐車スペースに滑り込む。
エグゾーストに気付いて男が近寄ってくる。
30代であろうか、若くも見えるが、老獪な凄みも感じさせる精悍で端正なマスクだ。
エキゾチックな褐色の肌。筋の通った高い鼻をまたぎ頬を真一文字に走る疵が目立つが、それがまた危険でセクシーなムードを漂わせている。
ギラついた目玉がギョロリと晴男を捉えている。
晴男も男の目を真正面から見据えながら大股で且つ迅速に間合いに入る。
「うッス! アジャスパティ」
セクシーな褐色の男は相好を崩し両手を広げると晴男にハグした。ーー
ーー様々で雑多な人脈と怪しい手練手管で、あの低予算では到底購入不可能な程の食材を〝メリバン〟のラゲッジスペースに積み込んで晴男が帰投する。そして手際よく仕分けると、早々に仕込みに入る。殆ど、自己流の創作に近い調理だが、気が向いた時にしか作らないコスト度外視の漢の手料理は、意外と客にウケが良かったりするのだった。
フロアでは雑用係として駆り出された不知火流時がグラスを磨いたり、ドアやテーブルを拭いたり、キビキビと働いている。
この痩身の、ハンサムな青年はというと、南ビルのテナントさんで、ディアマンテに隣接する15坪のスペースで〝空〟なるヘアサロンを営むオーナースタイリストであり、南家の貴重な財源なのである。にもかかわらず、折角の休日に晴男に使役されているのは、家主と店子の関係を越えて普段何かと世話になっているという事も有るが、なにより不知火自身この南夫婦(特に輝世の方)を相当リスペクトしているので晴男の恒常的な身勝手など塵芥程の負担にもならない。むしろ理不尽とはいえ彼らに頼られるのは喜ばしい事だった。
夕刻1830、スタッフ陽子と桜子が出勤して来る。
「おはよーございまーす。あれ? 今日はどうしたの、流時さん」
陽子はハンドバッグをカウンターに置くと、不知火の持つ台拭きを、そんな事アタシがやるからっ! といわんばかりにもぎ取る。
桜子はと謂えば、「今日は晴男さんの仕込みなんだ! やった!」と、トロけるような笑顔で店内に漂うチリコンカーンの匂いに敏感に反応する。
「あんたが食うんじゃないわよ。お客サンのなんだから。食い気より少しは酒飲めるようになりなさい」
先輩の陽子が呆れたように諭す。
――陽子は、歳の頃は20代半ば。スタイルも良く、全てに於いて程よいバランスを持っている。若いわりに気が利く、酸いも甘いも噛み分けた姐さんタイプ。小股の切れ上がったイイ女。『陽子に叱られたいオッサン増殖中』のまさに絵に描いたようなチイママである。
一方桜子。陽子よりはいくらか年下の、20代ではあるがどう頑張ってもティーネイジャーにしか見えぬ童顔で、尚且つポッチャリとグラマーのはざまギリギリのダイナマイトボディがソソるコケティッシュドール。『桜子目当てのかまってちゃん増加中』ディアマンテのファンタジスタ。二人とも輝世が手塩にかけた子飼いである。――
「まぁまぁ、いいじゃねーかよ、ヨーコ。桜子はまだ色気より食い気なんだよな? 若ぇウチはバクバク食ってモリモリ出せ! ってなもんか? へへっ……」
え? なにそれ、誰だよ? ジョー? あおい輝彦? つーか、似てねぇんだけど……
と、脱力の表情で両手ぶらりの陽子。
「毒見しとけ」そういいながら晴男は二人分のトルティーヤにチリコンカーンを盛りつけてやった。
「わーい、いっただっきまーす」
桜子がソッコーパクつく。
「うわっ辛! ウマッ!」
「もうっ、ハルオさん甘過ぎんだから!」
陽子も、苦言を呈しながら一口。
「あっ! 辛っ! ヤバっ、なにこれオイシイ!」
マカロニウェスタンのジュリアーノジェンマばりに皿まで舐め尽くすイキオイでたいらげた二人を見て満足げな晴男も、不知火と2人、ちょいと生ビールで一息つく。
そうこうしているうちに開店5分前。
閑散としたこのメインストリートがちらほらと夜の色に表情を染め始めると、開店を待ち切れぬ振興組合幹部のお歴々がワラワラと店に入って来ては、勝手に宴会の準備をしたりテーブルレイアウトを換えたり……。
これには流石に陽子と桜子も苦笑い。
とりあえずジョッキが振興組合幹部五大老に行き渡り、常楽町商店街振興組合及び商店会会長である[㈱猛田不動産]代表取締役、猛田豪太郎(56)が起立して音頭をとる。
「それでは皆さん揃いましたところで、第5963回常楽町商店街振興組合幹部会を開催します! カンパイ!」
「乾杯!」と、続いて唱和するトッツァン達が自らの手で車座に配置を換えたボックス席、猛田から時計回りに、
副会長[えじり鮨]オーナー、江尻彰(73)
広報及び会計[㈱トモエ文房具]社長、山口恵一郎(56)
企画及び渉外担当[㈲おもちゃの宝島]社長、中山真一(56)
営繕担当[㈱さくら建設]常務取締役、桜井正義(53)
そしてなぜかこの五大老に混じってボックス席に座らせられている
美容室〝空〟オーナー不知火流時(多分30位)
ここでのディスカッションは、わりかし大事な案件が多いのだが、酒が潤滑油になっているのか、ブレーキになっているのか、その辺、野暮な言及はせず全員の胸の内にしまっておくのが長年培われた不文律となっている。
「パーマ屋のアンチャンもよぅ、話し合いに参加して、若者のスルドイ感性とやらで街の発展に関する意見なんぞを出してくれや!」
猛田の粗野な物言いに悪意が無いのは分かってはいるが、モロ上からの傲慢な態度に流石のベテラン接客業者不知火も顳顬がピクっと脈打つのを自覚した。
「え、ええ、まぁ、ちょっと、考えときます……」
と、自制心で感情をコントロールしながら、あやふやな笑顔で答えておく。
不知火自身、大家家族の事をリスペクトしているし、この街の居心地も悪くはないが、正直なところ、この商店街の未来に興味は無い。コミュニティとしての価値も無い。この街はおろか、世界中が大恐慌でも、この南ビルがある限り、店がある限り、自分が困窮に瀕する事は無いと思っている。それはつまり、己の職人としての確固たる信念の顕われなのだが、しかしまぁ、闇雲に波風立てる事も無いので、あくまでもソフトに対応したまでだ。
収支決算の月報と各町村自治会イベント予定、災害時の避難経路確認。周知徹底事項数件。諸々のテンプレ議題が淡々と五大老の海馬を通過してゆく。
えじり鮨の大将はトルティーヤとチリコンカーンをたいそう気に入り「うめぇっ、かれぇ!」と唸りつつ、ガブガブとビールで流し込む。
「晴男の野郎、ちゃんと仕込みゃモノになるんじゃねーか? まったくいいトシしていつまでもプラップラしてやがって……」と嘆く。
「大将、こっからメインテーマだから、ちゃんと参加してよ! たのむぜ」
猛田はメンドクサそうに江尻を嗜め、さらに渋面で本日の最重要案件を述べ始める。
「皆既に知っているとは思うが、『毘沙門町』の資材置き場跡地に郊外型巨大ショッピングモールの建設が来月より着工されるワケなんだけども……」
土建屋の桜井は渋い顔で固く目をつぶって腕を組みへの字口で鼻の穴を広げている。
最長老、江尻の大将はえらく不愉快そうに、
「なんだよ、またかい。同じ地域に二件も三件も! タコの足食いじゃネェか! ったく!」
フンと鼻を鳴らす。
皆はタコの足食いという言い回しに、江尻翁のいわんとする深い意味合いを汲み取りながらも、おのおの黙殺する。
ハタと気付いたように江尻の大将。
「まさかたぁ思うが、おい、豪太郎と正義。おめぇら、一枚噛んでんじゃねぇだろうな?」
普段からおっかない大将が、更におっかない顔で睨むものだから、傲岸不遜な町内の実力者二人がまるで父親にカミナリをおとされたカツオのようにビクビクする。
「いや、俺んとこはカンケーないけど……」
猛田は、桜井をチラと見やる。
桜井はソファの上であぐらを組み替えては取り繕うように話し出す。
「俺の兄弟分が下請けたんだけどさ、どうしても人手が足りないって、……それに拾える仕事は拾っていかねぇと……、俺だって職人食わせてかなきゃなんねーし……」
桜井は五大老の中でも一番歳若く、現場で鍛えた堅牢な体躯を持っているが、このメンバーの中にあっては、些かヤラレキャラが醸し出されてしまうのだった。
それはさておき、桜井の言う事は至極ごもっとも。不景気なこのご時世、仕事を選べるようなお大尽はこのうらぶれたシャッター通りにゃ1人も居ない。少なくとも、依然として己の旗を掲げてフン張っている経営者の中には。
江尻の御大においても、たしかに江戸時代から代々受け継がれた看板の威光もあるが、職人気質の人柄と技術力。それに弛まぬ努力の賜物で、旧態依然とした天狗商売でも千客万来、商売繁盛なのだが、其の実、跡取り息子、高徳の影なる経営努力あってのものなのであり、なるほど江尻の大将と他のメンバーとの若干の見解の相違や温度差はなかなかに埋め難き溝なのだ。
「正義を責めないでよ大将。この街の人間の商売が立ち行かなきゃ元も子もないんだからさ。巨大モールの流れも結果論的に消費活動の原動力となればマイナスじゃないんじゃない?」
穏やかな、緩衝剤のような口調でオモチャ屋の中山がポイントを切り替える。なんせ、昔ながらの友人知人で構成された、所謂コミュニティであるからして、時として、感情論や公正さを欠く事柄へと話が逸れてしまうのは日常茶飯事、穏健派の中山は幼き頃より出来の悪い弟のように可愛がって来た桜井をそれとなく援護するのも屢々あることなのだ。江尻の大将は「呑気な事言ってんじゃねぇよ……」と呟いては皿に残ったトルティーヤを齧る。
中山のパスを受け、猛田が仕切り直す。
「大型モールだってデメリットばかりじゃないからね、たしかにモチベーションに影響は出るだろうけど……資本家のやり口に文句言ってもしょうがねえ。
問題は、こっちの冷えきった温度をどうやって上げるか。ムーブメントに便乗じゃねぇけど、『テナント招致の有効打』『若手流出問題』まずはこれに的を絞って考えようじゃねーか」
「これからの時代のニーズってやつに足るには先ず何から手を着ければいいのか」
猛田と桜井が腕組みして黙り込む。山口はいつもと変わらぬ表情で、寡黙に会議の成り行きを傍観している。思慮深い賢者のような教養を漂わせながら。
いつも『タマゴかニワトリか』という次元で堂々巡りの行き詰まりを見せるこの議題になんとか突破口を見出したい五大老。今日は心なしか、酒も肴も進まない。
HDレコーダーもメモリを空しく消費してゆくばかり。
突然、江尻翁が唸る。
「ンンっ⁉ うめぇな、コリャいい鯛だ」
晴男が差し出した真鯛のタタキカルパッチョを口に放り込み、目を丸くする。
「だろう? 今朝獲れたて。さっきまで生け簀で泳いでたヤツだぜ。そっちがグレで、こっちはカワハギだ。どれもプリップリだぜ!」
「ほう、にしても安かなかったろ? 元取れんのか? おめぇ、ウデはなかなかだが、銭勘定のほうはちぃっとばかり不安だからな」
「心配にゃ及ばないぜぇ、ちゃんとウチが儲けさせてもらってますんで、へへっ」
「ならいいが、法に触れるような真似してねーだろうな?」
大将は笑いを押し殺した恐い表情を作る。
「ダイジョウブ! 真面目が服着て歩いてるようなオレだよ」
晴男も負けじと、取り繕った感丸出しの真面目顔で応える。
退屈な不知火も、カワハギの刺身を肝醤油で一口ご相伴になり、思わず唸る。
「う、うっまい! なにこれすっげぇ、晴男さん、割烹とか、レストランとかプロデュースしたらイケルんじゃないスか? ひょっとして」
不知火は、わりとマジなニュアンスを漂わせつつ冗談めかして促してみる。カウンターのなかで晴男は次のオードブルを創りながら、得意満面な笑みで調子づく。
「ばっきゃろぅ、そんなことしたら大将んトコの客が減っちまうわ。なぁ、大将」
「この程度の腕じゃ、ぜんぜん怖くねーけどな。まだまだ修行がたらん!」
そんな冗談はさておき、やおら江尻翁の目が鋭さを帯び、不知火をロックオン。
「おう、ところでパーマ屋のあんちゃん、せっかくだからよ、若えモンの鋭い感性によるナイスなアイデアがあったら聞かせちゃぁくんねぇかい?」
大将は大将で不器用な性質ながらもこの閉塞感をなんとか打開したいと、気を揉んではいるのである。
「そうだそうだ、なんでもいいから何か言ってみてくれ! 若センセイよ」
猛田も思い出したように不知火に詰め寄る。
鯛カルパッチョをもぐもぐしながら、
「え、オレっすか?」
と、かなり困惑した様子の不知火。カウンターの中でオードブルを作る晴男を一瞥する。
晴男は薄情な三白眼を不知火に向け、顎をしゃくって発言を促す。
不知火は暫し熟慮の末、爽やかに喋り始める。
「じゃ、僭越ながら、出来そうな事言ってもつまらないと思いますんで、出来たらスゴいんじゃね?ってカンジのヤツいきます」
「おう、いいぜ。やってくれぃ!」
猛田をはじめ全員が不知火の意見に聞き耳を立てる。




