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翳り行く街の光と影  作者: いしかわがる
42/42

【一部完】 ーー世界ーー

 秋風が爽やかにそよぎ、クロガネ商事本社ビル最上階プレジデントルームのカーテンを揺らす。ホンジュラスマホガニーのデスクを挟みクロガネグループ総帥鉄拳也と向き合う男が差し出した名刺にはこう記されていた。


   ニュークリア・エレクトリックインダストリー

          『ル・キーレ』渉外部長 武藤 亜藤武アトム


「(これ、本名か? 俺は舐められているのか?!)」


 鉄社長は感情の一切を殺し、瞬きもせず目の前の男を見据える。


「……武藤さん。……本日は弊社にとって大変利のある話をお持ちいただいたと聞いておりますが。 早速お聞かせ願えますか。私も何かと忙しい身でして」

 慇懃無礼にして傲岸不遜な上から目線は、生まれ持った『田舎の街を牛耳る帝王』の血筋のなせる業。

 ビジネスの交渉に訪れる誰しもがこの『圧』と『間』に腰がひけて、結果まともな交渉も出来ぬままクロガネの毒に巻かれてしまうのだ。

が、この年端も行かぬ若社長(といっても40代にしてはなかなか修羅場もくぐり抜けており、常人には無い覇気を備えては居るのだが)の威圧など爽やかなそよ風の如く受け流し、その立派な体躯にそぐわぬ静かな笑顔で立ち上る朝靄のように話し出す。

「御社が水面下で進めておられる羽衣地区原子力発電所誘致に付随する施設開発に弊社のエンジニアを使っていただきたく、本日此処にご提案申し上げに参ったのですが」

 丁寧な言い回しにも剣呑なニュアンスが見え隠れしている。

 カタギの者ではないなこりゃ。という結論に達するには、そう長く慮る必要も無かった。

「武藤さん、そういう事でしたら、民間企業である当社に来るのははなはだ見当違いですな。県庁の都市開発課みたいな部署へでも行って……」

「社長、それこそ時間の浪費ですな。この地区、いや、この県内の公共事業に於ける入札の談合なる密約を取り仕切っているコロガネ商事様がそんな事おっしゃっても滑稽なだけですよ」

「……『クロガネ』ですけど……」

「あ、これは失敬、クロガネ社長」

 武藤なる怪人物は闊達な身のこなしで、アルミのようでもありチタンでもない見慣れぬ肌質を持った金属製のアタッシュケースをまさぐる。

 拳也は、よもや! と身構えようとしたが、『狼狽うろたえやがって』と胆力の程を値踏みされては癪と、誤摩化すように、LEDのダウンライトに照り映えるボンジュラスマホガニー卓上のシガーケースから悠然とホンジュラス産ドン・トーマスを一本摘まみ上げるとたっぷりとその芳醇な香りを吸い込む。

 武藤はそのようなことは一顧だにせず、「この資料をご覧頂くのは民間人では貴方だけです。」というわりには事も無げに、立ち上げたラップトップの画面に映る動画を見せる。

 かなりカメラワークに凝ったプロモヴィデオのような感じの作りになっている其の画像のロケ地はどうやら北方の民主主義人民共和国家軍事施設のような場所であろうか。否、そうではない。

 原子力発電所。原発事故処理の映像だ。

 累々たる死骸の打ち捨てられた凄惨な様子が次第に露になり、拳也は酸っぱいモノが込み上げてくるのを精神力で押さえ込む。しかしながら「(こんな映像が世に出回ったら、一巻の終わりだ……)」と、いかにも資本家の発想が先に立つ。

「このプラントの責任者も、我々の申し出を受け容れてさえいれば、このような事態は免れたでしょうに……」

 武藤は、拳也を見据えたまま無表情の中に意味深長なニュアンスを醸し出す。

 防護服と思しき物々しい出で立ちで作業する者の中、ひと際奇異に映るのはこの武藤なる男といい、サングラスに黒いタイトなスーツで隆々たる筋骨が窮屈そうなのに身のこなしの快活さが尋常でない30人程の集団である。だいいちからして何故防護服を着用していないのだ? 防護服を着用していてさえも倒れて逝く者も映っているというのに、黒スーツ達は力強く軽やかに処理作業をこなしている。合成なのか? 特撮ではないのか? そこを思わず武藤に問う。

「わたくし共は特異体質でしてね、放射能を浴びても平気というのではなく、放射能がわたくし共の代謝エネルギーとして至極有用なのですよ、私の至近距離にいる貴方も、微量な放射線を受け、現在患っている箇所があるとすれば、僅かながら治療されているはずですよ」

「そんな……」

 二の句が継げない程面食らった拳也は指から落ちたドン・トーマス・クラシコ・プレジデンテを拾い上げ、カッターで吸い口を切り落とすと、デュポンで火をつける。武藤にも一本勧めるが習慣が無いという理由で断られる。


 数秒を経て、拳也が口を開く。それはそれは一流の教育を受け一流の最高学府まで出た人間の言葉にしては余りにもプリミティヴな『キミら一体何者なんだ?』という面白みの無い問いに対し、武藤は狡猾で獰猛な、物語の中のオオカミのような表情で答える。

「わたくし共の素性や生理学的な解明はこの際どうでも良いでしょう。要は、わたくし共はここ蓮華市から世界を制する王を輩出する機関。つまり、あなた方『クロガネ商事』を世界経済を牛耳る巨大総合企業『クロガネコンツェルン』に押し上げることの出来得る機関なのです」

「……コンツェルン……」

ドン・トーマスの灰がイヴサンローランのオーダースーツの裾に落ちても気がつかない拳也。しかしながら、俄に彼の話を鵜呑みにするわけにもいかない。

「なぜ我が社に目を着けたのか?」

八割方傾いている拳也の心を知ってか知らずか、武藤は意地悪く焦らすようにダメ押しの言葉を、洩らすように吐く。

「我が社の調査機関が精査の末決めた事ですが、その辺は詮索しない事をお勧めします」

徐々に武藤の語気が硬質な鋭さを纏ってゆく。

 僅かながらアドヴァンテージが逆転した事を感じた拳也としては、生まれて此の方この狭い世間で他人の後塵を拝した経験など無い為今現在この得体の知れぬ男と、その属する機関とやらいう底の見えぬ存在に対する畏れの処理方法に戸惑い、更にまた『世界』という性根の奥底では常々熱望して止まなかった観念をいとも容易く言ってのけるこの男に対し、どういう態度に出たら良いか判断出来ぬ程にパニック状態に陥っていた。

「チョ、ちょっと待って、武藤さんよ、世界を牛耳るって、アンタそりゃフカし過ぎじゃないか? こんな島国の一地方企業なんかがさぁ、ましてや核燃料マーケットでなんて、大陸のメジャー企業に踏みつぶされて終わりじゃないか!」

 相手の真意と本気度合いを探りつつ、慣れぬ謙虚な物言いで武藤の出方を窺ってみる。

「当然、あなた方『クロガネ』の『力』どころか、国家レヴェルでも、USC率いる大陸横断国際カルテルに太刀打ち出来る目は有りません」

「……ウチを田舎モノとコキおろしに来たんですか? アンタ」

 肩を竦め、呆れたように、武藤は上目遣いでウェイファーラーの縁越しに拳也をなだめる。

「ですから、わたくし共ニュークリア・エレクトリックインダストリー『ル・キーレ』がお力添えさせて頂くというのです。核エネルギー開発から廃棄物処理まで我が社の息の懸かっていない国は今やこの日本のみです」

言いながらアタッシュケースの中をまさぐり、列強各国の核開発プロジェクトに於けるニュークリア・エレクトリックインダストリー『ル・キーレ』の業績を書き連ねたファイルを見せる。

 拳也は突然降って湧いた『世界進出』の話に体中の血液が激流となって迸る感情を無理矢理抑えつけ更に問う。

「お、おかしいじゃないか? そのようなチカラがおありならば、御社がマーケット独占して、世界を穫ることも可能なのでは?」

 武藤は目をとじたまま肩を竦め、眉根を最大限につり上げ口をへの字に結んで息を吸う。成る程、ごもっとも! 当然の疑問だという表情で、拳也の問いについて勿体つけるように深く息を吐く。吐き終わり、また深く吸うと、閑却気味に言う。

「わたくし共にも、……認めたくはないが、天敵と言える者が存在しましてね、……この件については、詮索なさると、全人類にとって全く不利益な結果に成りかねない。……よって公には我々の存在は匿秘ということで、あくまでも我々はゴースト。存在の無い派遣社員という扱いでお願いしたいのです」

「そういうことでしたら、まぁ、野暮な質問は致しますまい」

 今すぐにでも小躍りして契約書を交わしても良いと言う程ボルテージは上がっているのだが、それでもまだ猜疑心と虚栄心の塊のような気質が自動的に制御する。

「……まぁ、案件の規模が規模なだけに、いかに社長の私であっても勝手に取り進める事は出来ません。早速役員を招集し会議にかけさせて頂きたい。そちらのマージンですとか、ロイヤリティですとか、細かな取り決めなど、双方納得いく契約書の作成もせねばなりませんし……」

 武藤が流麗な所作で右手人差し指を立てて、発言を制する。

「クロガネさん、わたくし共が求めているのは、金銭的報酬などではございません。まして、世界中の如何なる利権にも興味は御座いません。我々はゴーストですから」

拳也はまたしても呆気にとられ言葉が出ない。

「わたくし共の欲する処はこの星のウラニウム全てが効率的且つ安全に運用され、民の暮らしを明るく照らし、結果論的にわたくし共の糧となる事です。……

更に申さば、この星がより良い環境となり、わたくし共とあなた方が相互に発展して行くことこそ、わたくし共『ル・キーレ』が目指す金字塔なのです」

 客観的にはまことに荒唐無稽で曖昧模糊とした怪し過ぎる提案であり、信じる者など先ず居るまい。が、鉄拳也の意識は既に武藤という男とその後ろ盾である『ル・キーレ』なる組織への興味と〝世界制覇〟というキーワードに支配されていた。

「……マージンもロイヤリティもいらないとは……」

 独り言のように呟く拳也。武藤は表情を変える事無く、

「わたくし共の望みは、ひとえにこの惑星ホシの全人類の繁栄と発展ですので」


 仮に金品のみが目的ならば、正々堂々略奪するまでの事。とは、無論口には出さない。


「そうは言ってもね、武藤さん、無報酬で他人の為に働くような人間を信頼する者は少なくともこのクロガネにはおらんのですよ……役員皆、ヒトの裏の裏の裏をかいてのし上がって来た者ばかりなので……」

「承知しました。それでは、当社の調査機関の算出するところによる一般的な数字をご呈示させていただきますので、こちらでご検討願います」

 そう言うと武藤は、アタッシュケースに備わったプリンタから吐き出されたB5の用紙を鉄社長に手渡した。


 この時点ではまだ、拳也はこの武藤なる男の言う真意の全てを汲み取れてはいなかったが、全面的にこの男のいうことを信じるつもりになっていた。いつのまにかさせられていた。

 世界を相手に戦う切符を差し出されたときからこの交渉の主導権はこの存在感剝き出しの分厚いブラックスーツの人物に掌握されていたのだ。

 斯様なやり取りの些末な勝敗にいちいち拘る必用など無いのだ。クロガネの社運を懸けても余り有るプロジェクトに拳也の肚はもはや揺らぐ事無く定まっていた。が、やはり役員達を丸め込まねばならないので、

「早速役員会議を開き、一両日中に結論をご連絡するということで……」

「了解致しました。色よいご返答をお待ちしております」

 二人は最初とは打って変わって共犯者意識で結ばれた、まるで『同胞』のように固い握手で別れた。




ーー了ーー


長い事未完で放置しましたが、部分的に改訂と削除のうえ、第一部完とします。

拙作読んでいただきありがとうございました。

この作品のキャラでWEB投稿サイト『あしたのヤングジャンプ』にて

マンガも描いております。

お時間に余裕がございましたら御一読のほど夜露死苦御願い致します。

https://rookie.shonenjump.com/yj/dashboard

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