【桃源郷】 ーー老獪ーー
キ・レール軍中枢部は全ての権限と機能を地上の都市中心部に移譲しており、万が一ではあるが、有事の際には直ちに打って出られるよう常に戦闘配備を敷いている。実際のところ『コチラ側』には、仮に世界連邦軍を組織したとしてもキ・レール軍に対抗し得る戦力は無かったといえる。
四人は、怨念と憎悪と恐怖に揺らめく炎のような視線を痛い程浴びながらも平然と心穏やかに都市中心部に向かう。ゲート守衛のあからさまな敵意にも柔らかなスマイルで対応する。
キ・レール軍は四人が〝肉体〟を帯びてからのスペック向上の事実を知らない。我らが四人衆にしても放射能を存分に受けたアゲアゲのキ・レール人のポテンシャルアップは知るところではないが、口で言わずともかつて刃を交えた者同士、敢えて言及する事も無い。
いずれにせよ現段階では、北米諸島の覇者としてW・F・C(世界連邦協議会)も看過出来ない存在になりつつある集団を懐柔することが最重要命題なのだから。
四人は第一戦闘配備の殺気漲る『ベアナックルの間』でアンドー総統閣下以下幕閣達の臨場を待つ。
あらゆる金属を画期的に合理的に加工して作られたポリメタル製の無機質で重厚なテーブルと椅子しか無い、野球場程の広間に銃火器を装備した精鋭の近衛兵団約1000人が四人の一挙手一投足にピリピリ反応するのがやけに可愛く思える。
「(これだけの人数で発砲したら跳弾で死傷者多発だろ。馬鹿共が。まぁ、いっか、どうせコイツラだし……)」
やがて、フルメタルの広大なホールに甲高いスネアのルーディメンツとトランペットのファンファーレが強烈なエコーを伴い鳴り響くと、兵士達は一糸乱れぬ敬礼で総統閣下及び幕閣達を迎える。一応四人も起立してキ・レール軍司令部の重鎮共の整列を待つ。
幕閣総員定位置に着き総統閣下が上座に着くとカトー大佐が、司会者席から皆に向かいしめやかに開式前の挨拶をする。
「本日、和平条約調印式に際し、開式を前にキ・レール軍戦没者及び新生テッケン帝国建設の礎となった英霊に対し一分間の黙祷を捧げる。全員、黙祷!」
という号令のもと、四人も合掌して黙祷を捧げる。
黙祷が終わり、アンドー総統閣下自ら開式を高らかに宣言する。
「ようこそ、我が『新生テッケン帝国』へ。
これよりキ・レール軍とW・F・C(世界連邦協議会)友好和平条約の調印式を執り行う。着座してくれ給え」
15メートルはあろうかというテーブルの向こう側から、磨き上げられた鉄球のようなバリトンヴォイスが届く。
総統閣下の、こちらから向かって右側には歴戦の英雄エンドー大将、サイトー中将、センドー少将が、左側には直参の懐刀ゴトー参謀長を筆頭にサイトー副長、スドー行政参謀、ナイトー特別参謀といった幕僚トップがズラリと並んでいる。
カトー大佐が再度、式進行の指揮を執る。
国旗軍旗掲揚、マーチングバンドの演奏、武芸者の演武等が次々と行われるが、4人はそのトンチンカンな演出に唯々呆れるばかり。
「調印の前に。君たち四人に一つ確かめておかねばならぬ事案が有る。代表者として南晴男殿にお願い申し上げる」
一瞬場内の空気が大きく波打つ。四人も顔を見合わせ「(おいでなすった)」「(頼みましたよ晴男さん)」「(実際手を下したのはキタちゃんなんだけど)」「(うっせぇ! ミナミちゃんご指名だろうがよ。とにかく上手い事持ち上げてやって、まとめろ」
「遡る事数日前、我が軍の若い士官が、貴殿らに狼藉を働いたかどで粛正された件について詳細が知りたいのだが、南晴男氏、当事者として話してやってはくれまいか。此処に居る、若き士官の父親に」
と言い、スドー参謀を見やった。
晴男は事の次第を、ありのまま、なにひとつ過不足無く伝え、そして父親にこう告げた。
「あんたの息子、若い身空で天晴な心意気。まっこと見事な散り様でしたよ。あの気魄たるや、武人の鏡として俺の魂にしっかと刻まれた!」
晴男もまた、忍とはいえ、戦国の侍魂を持つ者として、威風堂々と若き兵士の正々堂々の死を称える賛辞を、涙ながらに送ってやった。
「ご配慮痛み入る」
ひとこと謂うと、スドー参謀はアンドー総統に向き直る。
総統閣下は黙って頷きスドーの退室を許可した。
すかさず公右衛門が尋ねる。
「こちらでご子息の遺品(S1000RR)を預かっていますが、お届けしましょうか?」
スドーは振り返ろうとしたが、途中で止め、
「……コチラには無用の長物ゆえ、そちらで有効に利用されたし……」
肩を震わせ退室する老兵の軍靴の響きは嗚咽をこらえるイントネイションに濡れていた。
かつて惑星ペドロにおいて剣を交えた時には全く感じられなかった、『忍耐』という、ハイレベルな感情コントロールを垣間見、正直な所困惑した四人は、複雑な気持ちを、それでも今は抑えて、式次第の流れに身を委ねる。
一通り、アンドー総統閣下の気のすむように式が執り行われ、やっと、このあと調印式のみとなった。
北大路は、先だって東海林が読み上げた目録通りの核燃料と融合炉がラムバンに搭載されている動力であることを告げ、キーを渡す。バーガーの残りとコーラのサーバーはオマケの大出血サービスだ。
南と西園寺は仰天して顔を見合わせていた。どちらもお互い勧進帳の弁慶のような表情であった……。
破格の貢ぎ物にアンドー総統以下、幕閣達も感嘆の唸り声を漏らす。が、全面的な信頼関係を築くには至ってはいない。当たり前だが……お互いのセンサーは未だレッドゾーンだ。
「寄贈の品、ありがたく頂戴しよう。我々としても、この星を選んだ以上、先住民との無闇矢鱈ないさかいは避けたいもの。只、各地に派遣した兵の中には本能の猛りに抗う胆力に欠ける者が若干名おるのは当方に於いても、誠に遺憾である。事態の回復については可及的速やかに善処するものとする」
アンドー総統閣下はもはや暴力マニア集団の頭目ではなく、カリスマのような崇高な威風さえ感じさせるナイスミドルに見えた。
「それでは、代表者に依る署名と、血判押印の儀に移りたいと存じます。アンドー総統閣下、南晴男殿。前へどうぞ」
「エ? 俺?」みたいなリアクションでメンバーを見る晴男。
メンバー全員前を見据えたまま無反応。仕方なく起立して、15メートル先の調印台に歩み寄る。
「ときにミナミハルオよ」
やにわ、アンドー総統が実に厳かなイントネイションで問いかけたので、晴男は驚いてたじろぎながら応えた。
「な、なに?」
「思えば、貴様達をこの宇宙から葬り去る事のみに我が種族を挙げて邁進して来たと言うのに、よもや貴様達と和平の調停を結ぶなど、想像もできなかった」
「ペドロでのことを今更蒸し返そうってのか?」
「そんな事を言っているのではない。我々が亡き母星に対し抱く思いは未来永劫かわるものでは無い。ましてや貴様らとペドロの民を許容するつもりもない。だが、そのような激情も、恩讐も、一旦は収めようと熟慮させるほどにこの惑星が愛おしい。しかし、この星の民には、斯くも美しき母星に対する感謝の念におおいに欠けておるようだ。今のままではこの星は、星の民の手に因って滅んでしまうのではないか?」
厳かなバリトンヴォイスが激しく晴男の脳髄を刺激する。この大将、そもそも斯様に荘厳な物腰の男ではなかったはずなのに。……不気味な程の変貌ぶりに晴男は、気魄こもる眼差しでアンドーを静かに見据える。
「つまり、キ・レール軍がこの星の指揮権を奪取し、独裁しようということか?」
アンドー総統は感心した面持ちでアビエイターを輝かせる。
「理解が良くて助かる。流石は貴様だな。しかし、ちと違っておる。独裁ではない、保全だ。」
「保全だぁ?」
「左様。我々が、この星の財産を効率良く、能率的に管理運営するようになれば、必ずや、双方に利得が産まれよう。貴様らには是非とも、我々とこの星の民との融和の架け橋に成ってもらいたいものである」
意味深長な言い回しでは有るが、発言が、この惑星に対する愛着から来るという事は伝わってくる。信頼関係には至らぬも、晴男はとりあえず安堵した。
「このホシ自体が人質みたいなモンか……。しかしあんた、変わったな。いい意味で」
うっかり笑顔など見せた晴男に対し、はたと元の獰猛な野獣の顔に戻ったアンドー総統が言い放つ。
「ふん、調子に乗るなよミナミハルオ。だからとて貴様らと慣れ合うつもりは無い」
晴男は思わず肩を竦めて苦笑い。
かくして条約は一応無事締結というハコビとなった。
一触即発、一撃必殺の間合いの中でお互いの切っ先を睨み合いながらの条約締結に、キ・レール軍幕閣も、四人の表情にも心労の中に安堵感が浮かんでいる。
アンドー総統は嬉しさを隠し切れぬ顔で土産のラムバンを運転し、ファンファーレの中テッケンの間を後にする。
帰り際、四人は中枢部入り口脇にそびえ立つ『惑星ペドロ戦役における戦死者』の慰霊碑にも合掌を手向ける。慰霊碑に刻まれた名前の筆頭には『コンドー将軍』とあった。
慰霊碑の周り、名も無きコバルトブルーの花が、微かにそよぐ風に揺れる姿を見て何故であろう、晴男はやりきれぬ思いに襲われた。




