【侵略者】 ーー逡巡ーー
眼下に煌めく蒼き水の惑星に、48度N、97度W上空静止軌道上から呪うような憎悪の視線を注ぐ超巨大宇宙戦艦テッケン。
衛星軌道に蔓延る夥しき廃棄物の数に愕然とするアンドー総統。
己の頭上にいつ落ちて来るやも知れぬ人工衛星の残骸やら再生不能な廃棄物が無数に漂っているなど徹底的合理主義のキ・レール人には到底理解の外である。
「まさに天に唾吐く愚行よ!」と蔑みの目でモニター上の蒼き惑星を睨む。だが、そのゴミ達の恩恵で、ジャミング素子の散布をせずともテッケンの巨体にステルス性が展開出来ているのもまた事実……
更に総統閣下を驚愕せしめる要素がこの惑星にはあった。
栄えあるキ・レール軍の歴史に汚点を残すあの戦役の地、あの忌まわしき辺境の惑星に姿形やら環境までもが酷似しているのだ。
「おのれ、ミナミ…… ……」
血がにじみそうな程食いしばった歯から漏れるアンドー総統の低い呻き。
トラウマのフラッシュバックに戦慄く屈強な体躯。
ーーかつてはR⑱ゲキリン星雲第666番惑星〝テッケン〟を支配統治していた戦闘種族〝キ・レール人〟である。
隆盛と繁栄を極め、星の寿命と共に摂理に沿ってカタストロフを迎えるのだが、キ・レール人達は愚行を冒す。惑星テッケンに棲息する他の下等種族を率いて新たなる楽園を求め同銀河団の69番太陽系第4649番惑星〝ペドロ〟に侵攻したのだった。
しかし、そこには謎の美女率いる、自らを真理の探究者と称し、宇宙平和を標榜する武力集団が旅の途中に立ち寄っていたところであった。…… ……
……種の歴史において初の敗戦であった。……
全宇宙最強を自負する百戦錬磨の戦闘種族が、事も有ろうにたった5人の、しかも頭目が女人の小隊に惨敗を喫したのだった。
今現在の軍の復興が奇跡ともいえる程、徹底的に駆逐され蹂躙された屈辱と、来るべき雪辱の日を糧にキ・レール人達は敢えて亡き母星の名を冠した戦艦を駆り、宇宙完全制覇の旗印の下此処まで来たのであった。ーー
加えて、キ・レール人の苦手な、100Hz⁓5kHz帯矩形波の電磁誘導ノイズの発生状況までも、この惑星はかの忌まわしき惑星と酷似していた。大きな相違点と言えば、重力がやや大きい(3割増し程か)ことと、地上に万物の霊長として君臨する生物の、なんと脆弱な事。しかもその、か弱き霊長が、大層理不尽な振る舞いで他の生物はおろか母なる大地までも腐臭を放つドブ泥に貶め、あまつさえ同種族間で常に発展の足を引っ張り合っている愚かさに、怒りを通り越し、ついぞ覚えた事の無い憐憫の情さえ沸き上がるのであった。
「このウィルスのごときクズ共は根絶やしにせねばなるまい……」
食いしばった歯の内側に、籠りながらも魂から滲み出た言霊が、ゴトー参謀、カトー大佐のみならず、下士官達の細胞隅々まで浸み渡り、ブリッヂ内のクルー全員が無意識に括約筋を引き締めた。
斯くも美しき惑星の醜い内情に遺憾を覚えるアンドー総統閣下に、漸く喜ばしい情報が入る。
オペレーターの報告によると、亡き母星テッケンに於いては、恒星から微弱に受ける意外に摂取のしようがなかった放射能がこの星自体からも発せられている事。これにはテッケン星人皆がどよめき、色めき立ったものだ。
総統閣下は思わず、これまでの生涯に於いてしたことのない損得勘定というヤツに心が揺れる。
「一体この惑星にはどれほどの放射性物質が潜在しているのだ? この島だけでもこの放射線量……」
「『なんとしてもこの惑星を陥落したい!』」
しかしながら、彼奴等めを相手取りながら惑星の存命を図るとなると、概念の範疇にディフェンスという言葉の無いキ・レール人達には大難事。いざ、事が起こった時には、もう、この蒼き惑星の地力を信ずるのみであろう。
あの冷酷な女とワケのわからぬ4人のむさ苦しい中年グループに苛まれ蹂躙されたあの日の屈辱、亡き母星の名を冠した巨大戦艦を住まいとして広大無辺の宇宙を彷徨った年月。……
「長かった……」
アンドー総統閣下の、言葉とも溜息ともつかぬ声と、アビエイターの奥から流れ落ちた一筋の熱い雫に幕閣、幕僚一同も思わず胸が熱くなる。
ゴトー参謀長が敬礼しつつ、下知を促す。
「総統閣下、ご指示を」
「………………」暫し沈黙の末、
「ゴトー参謀」
「はッ! なんでございましょう閣下」
「宇宙を彷徨う日々は辛かったかね?」
ゴトー参謀は些か面食らった様子で
「は? はぁ、……心願成就のため必死でした故、そう尋ねられますと、辛いなどと思う暇もございませんでしたな……」戸惑いながら答える。
カトー大佐も落涙を覚られまいと、赤くなった鼻を隠しながら、
「今此処に至り、我らの本懐を果たせる喜びにあの日以来の年月全てが報われるというものであります!」と、これ以上無いという程見事な敬礼で総統閣下の突撃の下知を待つ。
「…………」
「……」
「…… ……」
「……えぇ、と、……閣下、いかがなされましたか?」
一呼吸おいて総統閣下の口からこぼれた言葉は皆が耳を疑うものだった。
「この星を爆撃、破壊するはいとも容易いが、破壊のみが我らの本懐というも、げに進歩の無い、下衆の極みではあるまいか?」
艦内が俄に騒然となる。
「皆、静粛に! 聞いてくれ!」
「! ! !」
一同まるで時間が止まったかのようにフリーズ状態。
――[聞いてくれ]――
通常どうという事の無い、ほんとうに何気ない命令形。だが、本来8割の闘争本能と1割5分の生殖本能、3分のユーモアと2分のペーソスで構成された種の絶対君主、種の頂点に君臨する王に、依頼や相談の概念など枝毛の先程も無いはずであり、殊にキ・レール軍人においては、発せられた命令の絶対性は重く堅固である。
今まさに戦略対象となる星を目前にして、種の長が、感情を抑え、激しくはあるが決して野卑ではない、どちらかといえば名君の威光を放っている事実に一同は動揺しつつ、君主の命には背けない遺伝子のジレンマに、甚だ困惑の色を隠せないでいる。
何より、タクティクスに破壊以外の選択肢を示唆するなど前代未聞、空前絶後、言語道断の暴挙にして種族の存在意義を自ら否定するも同義。総統閣下以外の言ならば有無も言わさず一刀両断、脳天唐竹割のブックマッチにされていることであろう。
もっとも、否定だろうと肯定だろうと総統閣下に『聞け』と言われれば聞くほか無いのだが。……
「我らが仇敵、名を口にするのも疎ましいあのクズ共を今この星諸共微塵に砕くは容易い事だが、このかぐわしき放射能蔓延る美しき惑星に強く心惹かれるのも否定し難い事実。 ……どうであろう、諸君! 此処は一つ、ゲリラ戦と諜報、洗脳で着実なる占領、然るべく統治し、この惑星を第二の母星と成そうではないか!」
カトー大佐は口が開いたまま青天の霹靂に打たれたかの如き放心状態。一方ゴトー参謀長は、遠のきそうな意識を何とか引き戻し、我に返り敬礼しつつ述べる。
「流石は聡明なる総統閣下! 彼奴らめを孤立無援の惨状に陥れ、深い悲しみの内に地獄に叩き落とした上で、この放射能豊かな惑星をゆるりと手中に収めるは実に痛快。まっこと賢明なるご英断にございます。早速精鋭による10個大隊を編成し各個師団要所各地に配備させましょう。」
「長期戦なら師団の編成の方が良いのでは?」カトー大佐がいぶかしげな面持ちで問う。
「テッケンのITH(生き物の強さを測る)センサーによると、当該惑星において我々キ・レール人の戦闘力を凌ぐほどの生物の存在確率は0・00072%。そんな虫螻相手に師団なぞ必要ないな。それに拠点となる大本営を定め帝国建設の普請に将クラスの人材は必需。大隊10個さいただけでも感謝してほしいものだがな」
ゴトーは口角の片方だけを上げ、カトーを見下したように言った。
カトーは反射的に、眼球の動きのみで総統閣下をチラ見。一瞬元に戻り上半身ごと振り向く。なんと総統閣下は実にあっさりとした表情でモニターの中の蒼き惑星を愛おしそうに眺めているではないか! カトーは驚愕の表情でうろたえる。
「(な、何と言う事だ! 白か黒か、0か100かしか許容しない、研ぎ澄まされた白刃のような閣下が0・00072%をお聞き逃しになるなんて!)」
クルー達も心無しか揺らいで見える。カトーは『目眩か?』と己の頸部を手刀で幾度か叩き、目をしばたたかせる。
「(この星の電磁波か? 或いは磁場が閣下のオフェンス能力を抑制し、阻害しているのでは⁉)」
「大佐! カトー大佐!」
「ははっ! 何でありましょうか、総統閣下!」
「さっきからなにジロジロ見てんだよ、てめ、何か文句でもあんのか? おぁあ!」
此の段にきて、若き士官のトロい対応にイラついた表情を露にする総統閣下。
「いえ、とんでもありません!」
「ボーっとしてねーでチャッチャと部隊編成に取りかかれよコノヤロゥ!」
「ははっ! 申し訳ありません! 早速取りかかるであります!」
ドヤしつけられて、我に返り、老婆心を恥じながらも安心したカトーは嬉々として部隊編成に取りかかり、各隊は当該惑星上の各主要都市に潜入していった。




