【桃源郷】 ーー励起ーー
お茶を飲み終え、天地医院を逃げるように転がり出ると、外は荒涼とした無機質な景色。
プラスティックと金属、コンクリートが織り交ざった灰色の荒野が地平線まで広がっている。
辺りに生命の息吹は感じられないが、唸りを上げる淀んだ空からは不気味な怨念のようなプレッシャーがのしかかる。
一刻も早く此処から逃げたい。つーか、お家に帰りたい。
振り返ると、今其処にあったはずの天地医院は雲散霧消。
「まいったな。こりゃ」
晴男は後頭部をボリボリ掻きながら、深呼吸。目を静かに閉じ気を臍下に溜めて精神を統一する。
ゆっくりと瞼を開き、確信を得た表情で歩き出す。
数キロ歩いた先、荒野のド真ん中に観音開きのリアゲートを持つ大型のバンが停車しているのが見える。
近寄ると、中にはメンバー三人が晴男の到着を待っていた。
「よう、乗ってくか?」
北大路がワザとらしく尋ねる。
己の出自が判明したとはいえ、俄に果心居士に対する反骨精神が芽生えたのか、敢えて能力の使用を控えるように、
「やっぱ、カチ込みはラムバンだよな」とかなんとかいいつつ後部座席に乗り込む。
「カチ込みじゃねぇ。交渉だ」ハンバーガーとポテトをコーラで流し込んでいる西園寺が嗜める。
「交渉? あの脳筋共に交渉なんて高尚な概念が有るとは思えねぇけど……」
ラゲッジには店でも営業すんのかよ⁉ と思える程のバーガーとポテト。
コーラに至ってはもう、サーバーが設置されている始末。
晴男も両手に一個ずつ、一気にパクつく。
「おおぉい、コッチにもくれぃ」
北大路が運転しながら要求する。
東海林にコーラを手渡し、包装紙に包まれたチーズバーガー数個をコンソール上のテーブルにバラ撒く。
「おう、サンキュウ。
先だって、キミエモンと二人で、ヤツラとの折衝に出向いた時に、どうも奴ら、精神になにか良い変革をきたしているんじゃないか? と思えるフシが見受けられたんだがな」
「よい変革?」
「ええ、そうなんですよ。基本的には相変わらずの痛々しいマッチョな単細胞なんですけど、少なくとも総統以下、幕閣共の言動には趣きというか、侘び寂びというか、そこはかとないゆとりのようなものが微かに感じられまして……」
東海林はバーガーの包みを剥きながら楽観的な主観を述べる。
西園寺は眉に唾をつけながら、
「あの、軍鶏みてぇな暴力マニア集団がねぇ……」と訝しむ。
「だけどなぁ、キタちゃんよ。ダイラで会ったあの、ビーエムのキンパっつぁん。とてもじゃねーが、侘び寂びとは無縁なボンバーマンだったぜ」
「今日のお題が、まさにソレ! こないだのワビ入れに来いってことだ」
「えぇ⁉ なんだよ! ありゃ、アッチから売って来た喧嘩だぜ! ジッサイ手にかけたのはキタちゃんだしな」
「阿呆! 俺がやらなきゃお前消されてたんだぞ! それにアチラさんがどうしても俺ら四人雁首揃えて来いってご所望なんだよ!」
「四人纏めて抹殺するハラかね? 晴男のせいで」
西園寺は、無理に笑いを押さえ込もうとするが、込み上げる高揚感の為、如何にしても口元が緩む。
「なんだそりゃ⁉ 笑えるぜ。わざわざ四人揃えて勝つ見込み失ってどーするよ。つーか、てめぇらの管理不行き届き棚に上げてんじゃねーっつーの! こっちは危うく殺されかけたんだぜ? 盗人猛々しいにも程があるわ!」
「まぁまぁ、そのへんは、いかんせん筋肉馬鹿だからよ、うめぇ具合に痛み分けにしてやりゃいい。あいつらも素直になれないテディボーイズなんだよ」
北大路になだめられ、幾らか得心のいった晴男はふと口が滑る。
「何だよ、いやに寛大じゃねーの。それにしても、五人じゃなくて四人なんだな」
「なんで五人? ああ、あの人のこと? 何処に居るのかお前知ってるのか?」
「このホシ、つーか、この次元に居るのか?」
「晴男さん、心当たりあるんですか?」
「え? はぁ、あはは、い、居る訳ネェか……はは、ははははは…………」
全く釈然としない晴男。とりあえず深く言及しないでおく。
「ま、アイツらが居やがるくらいだからなぁ。あの人がいてもなんら不思議はないけどな」
西園寺はモグモグしながら、さもそれを希望するかのような口ぶりだ。
北大路も懐古するかのように眼を細める。
「流石に、あの人が一諸に来たら和平交渉どころか、即殲滅だろうな」
晴男は皆が自分に気遣っているのか、それともからかわれているのか、ガチなのか、はたまた、これも果心居士の画策なのか不愉快な気持ちを抑えて、話をあわせる。
「ところで、このクルマ、えらく静かだな。どんだけ(遮音材)ツメてんだ?」
晴男の鋭い勘に薄笑みを浮かべながら北大路が答える。
「ふっ、そりゃあ、おまえ、東海林モータースSPLロイヤルサルーンだからな」
北大路の受け応えを聞きつつ、東海林はなぜかしら申し訳なさ気な表情で苦笑い。
灰色の荒野をひた走るラムバン。スピードメーターの針は右側目一杯のところで固定されたままだが、窓に映る景色はどこまでもグレイに淀んだマーブル模様でスピード感もへったくれも有りゃしない。
まるで車体は静止状態で地面と景色だけが後ろにスっとんで行っているような特撮感に、晴男は尻の据わりの悪さを覚える。
風切り音と軽いロードノイズが巡る車内、無意識下において皆、臍下丹田に気を錬っている。そうしようと思っている訳ではない。あたかも生まれてこのかた、この呼吸法しかしたことがないような、静寂と盤石、涅槃寂静の世界で、セントラルドグマにアクセス。全てのミトコンドリア、全ての細胞を励起状態にする。




