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翳り行く街の光と影  作者: いしかわがる
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【商店街】 ーー蓮華ーー

 しかし、寒い。今冬の寒さと来たら、『温暖化』なる通説を疑いたくなる程だ。このまま氷河期に突入してゆくのでは? 思わずハナで嗤ってしまう。


 いやしかし寒い。末っ子は疾うに起床し、元気溌剌と小学校に向かい通学の途に就いたというのにこの男はといえば、この愛しい煎餅布団の温もりの中でならもはや死んでもいいとさえ思うほどに、爬虫類さながら、身体の全機能をこの緩慢な微睡みの中に預けている。預け切っている。

 そんな堕落の楽園にちゃっかり潜り込んでいる愛猫“ウォッカ”もそこのところは同調するモノが有るようだ。


 男は知っている。

 刻一刻と、この肌に馴染んだウテルスの温もりとの惜別の時が迫っているのをこの男は知っている。

 今まさに階段を一歩一歩。

 男は懸命に貪る。堕落の淵の怠惰を。一秒でも、コンマ一秒でも長く。浅く無益な快楽を謳歌しようと努める。 儚く……

「パパ! いつまで寝てんの? もう昼過ぎよ!」

「ゥヌ……ヌゥウ、……おねがい、もう二、三分。四、五分。ぃや、五 、六分待って。寒くてシヌ……」


 かつて、バブルと呼ばれた経済絶頂期には坪単価三桁を誇ったこのS県蓮華市にある市街地のメインストリート〝常楽町商店街〟。現在は往時を偲ぶのも困難なほど過疎なシャッター商店街と化したこの街の一角。東南角地の中古ビル、敷地面積50坪、建ぺい率90%、容積率400%、築40年の四階建てRC店舗付き住宅が南一家の住まいである。

そのビルの一階店舗部分で『スナック・ディアマンテ』を切り盛りし、ヤドロク亭主と育ち盛りの子供三人、それから、ニャンコ一匹、セキセイインコ一羽をその細腕で養う良妻賢母の名前は、輝世。南輝世ミナミテルヨ


「まったくぅ、ダメなヒト……ほら、パパ起きてン……」

 そういいながら布団にカラダをすべりこませる。

 輝世が、女体に於いて完全バランスなるものがあるとすれば、まさにそれを体現したかの如き妖艶なる曲線を、無限に続く惰眠に耽るグウタラ亭主のカラダに妖しく絡み付けて行く。艶めく爬虫類のように、甘く、熱く…… …… ……、

そして一気に捩り上げる!

「⁉ グガァッ! あっ、あがぁ……!」完璧に極まったグラウンド卍。

 愛猫ウォッカが迷惑そうな表情で、几帳面にたたまれた末っ子の布団の上に移動する。

苦悶に歪む顔で悶絶するオヤジの耳に優しくカシミヤのような囁きをかける。

「永遠に、眠る?」

「ギ、ギブ! ギブ!」

 妻の二の腕をタップ。漸くの思いで降参の声を絞り出したヤドロク亭主。南晴男ミナミハルオ(42)である。

「ママ、もうちょっと優しく起こせないもんかね、心臓に悪いっての……」

 首筋を擦りながらボヤきながら、白々しく再び布団に潜り込もうとする未練ったらしいヤドロクに制裁を下すなめらかな白い鉄拳。

「ヒドイ! DV反対!」

「アンタを起こすストレスでアタシのHPが激減よ!」

 掛け布団を剥ぎ取り、尚もシーツに縋る夫を敷き布団の外に蹴転がし、手際よく押し入れにしまうと、こう告げる。

「今日は振興組合の幹部会でウチの店使うから、アンタ仕入れと仕込み手伝ってよ。いいわね!」

 晴男は、泡立つような脳ミソの緩慢な動きとともに伸びをしながら己の口臭を確認する。

「……おぅ、そうか、そりゃあガッポリいただかねーとな」

「予算は決まってんだから、アガリは知れてるよ」

「ソコはホレ、ママの腕次第だろーよ」

「アンタに稼ぎがありゃ、あたしもちっとは楽できるんだけどね……」

 輝世の、桜の花弁のような唇から溜息まじりにこぼれるイヤミに、キューンと込み上げる何かもなく、ぬけぬけとホザくヤドロク亭主。

「俺、社会に出るとホラ、第三の目が開いてもう、どうにもこうにも、タマラナイカンジになっちゃうカンジ? わかるよね? 最近『北米諸島』の方角からの邪気も感じるし、恐い夢にもうなされるし……」

「しるかっ。なにが『ホラ』よ! 働かざるもの食うべからず! さっさと行って来てよ!」

 晴男は、リビングで冷や飯にジャガイモと玉葱のみそ汁をブっかけてかっ込むと、ダボシャツ&腹巻きにドカジャンを羽織り、ボサボサな頭をボリボリと掻きながら、裏の月極駐車場にむかう。

 南家の自家用車であり商用車、VC110型スカイライン、通称〝ケンメリ〟のライトバン、所謂いわゆる〝メリバン〟に乗り込み冷えきった合皮のシートに歯を食いしばりながら体を沈ませるとブルブルっと否応無く下っ腹に力が入る。

「真鯛か、……グレか、……」

 アタマの中で今夜のメニュウを思い浮かべながらガサツにイグニッションキーをひねり、スワップ搭載されたRB26DETTに火を入れる。

 輝世から託された仕入れ予算をいかに浮かすかを思案しながら暖機を終え、ヌロヌロとメリバンを滑り出させる。

 寂れた商店街を通り抜けながら、この街の見通しの利かぬ不透明な未来を、そこそこ憂いながら、どうしたものかとヤドロクなりに愚案を巡らすもやはり明るいヴィジョンは浮かび上がって来ないので早々に産業道路方面に出ると、人生の裏街道を歩く人間達の営む日の当らないマーケットに向けスロットルを開ける晴男であった。

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