【夢カ現カ幻カ】 ーー回帰ーー
デヴァイスの発する高周波がピークを過ぎ、なだらかに減衰して行く。
晴男の意識は、いまやもはやこの次元には存在しなかった。ーー
ーー元亀元年四月。越前国、朝倉領金ケ崎。
浅井長政の裏切りによって窮地に立たされた織田信長軍撤退の際、松永弾正久秀の隠密であり、参謀でもあった南晴男と、朽木元綱の影の軍団遊撃隊大将、西園寺肇との共同戦線が信長軍の撤退戦を首尾よく成功に導き、お互いの御館から振る舞われた祝いと労いの膳が朽木の詰め所にて催されていた。
頭目である南晴男が一合升を掲げ、
「皆の者! 我らの手に掛かり、死んだ者共の供養じゃ! 盛大に呑もうぞ。献杯!」
「献杯!」
部下達も皆、続き唱和する。
闇から闇への暗殺稼業に生きる乱破衆。『やあやあ我こそは!』などという武家の非合理で能率の悪いしきたりや作法など論外。唯々、鍛え上げられた精巧なる技により一瞬でターゲットを絶命させるプロ集団。此の度のような闇夜のゲリラ戦など呼吸一つ乱す事は無い。ミッションクリアは余裕の朝飯前であった。
いかなる戦においても彼等には達成感など無い。ましてや武功で名を上げようなぞいう野望も許されてはいない。
この乱世に生まれ落ちた瞬間から暗殺者として育てられ、文字通り闇に産まれ、闇に生き、闇に死すのみが使命。
日常の総てを死神に支配され、殺す事も殺される事も必然として生活している彼らに喜びは無いのだ。まして年若き下忍共には宗教的な意味での供養などという観念もない。只、そういうセリフを口にする事で少しでも、自分も人の子である事を実感したいという、彼等なりのアイデンティティなのかもしれない。
「相変わらず見事な手並みだったな」
西園寺が南に酌をしながら労う。
「おう、ハジメ、かたじけねぇな」
「かまわんよ」
「岩魚も好い塩梅に焼けてるぜ」
公の場で忍のエリート2人が並び立つ姿はそうそうあるモノではなく、いかに冷徹な闇の軍団といえども胸が熱くなるようで、部下共の酒量も自然と増えてゆく。流石の殺戮部隊も、酔いつぶれる者が出て来ているようだ。お頭の2人は、部下に対し、酒量を加減しつつ各々相互に敵襲に警戒せよと命じ、物見櫓の斥候と交代する。斥候は。親分2人に驚き、恐縮しながらも、小躍りして宴に交ざって行った。
「兄弟弟子同士こうして語らうのも久しぶりだな」
西園寺は頷きながらこぼす。
「この世に生を受け40年余り、幾千幾万もの屍を踏みつけにして生き長らえて来たが、最近どうも己の生き方に自信が持てなくなってきてね……」
「不惑の歳にして迷うか……」
「今回ばかりは、いささか憤懣遣る方無さを禁じ得んからなぁ」
西園寺には今回のミッションが、武将でも忍でもない、慣習に則って夜陰に乗じ、武者狩りを謀る小者、民百姓等の掃討であった事に対し、怒りと不信、それに物足りなさが同居した、己自身、消化不良の気色悪さに苛まれていた。
「戦で民が泣く事の無い、武力の存在が要無きものとなる日を標榜として信長殿は戦っておると聞くが、戦に次ぐ戦のその果てに、本当に我々のような闇に生きる『草』の存在が無くなる日が来るのであろうか?」
平穏なる時代の到来は、憂国の烈士、南晴男の切なる願いであった。
「ちらと、戦評定でお見受けしたところでは、信長殿、ちと急ぎ過ぎだな。あれではいつ臣下の者に謀反を起こされても不思議は無い。松永殿も幾度か信長殿に反旗を翻してはおるが……」
西園寺にしても、現世にあまり良いヴィジョンを持ってはいない。
「それだけ安定感が足らぬということか……」
やにわに南が背中の忍者刀を抜く。
「何奴‼」
鋭く叫びながら物見櫓の屋根を忍者刀で貫く。
ところが、南が叫び終えたか終えなかったかの間に、天井にハバキまで刺さったはずの刀は南自身のノドブエに押し当てられていた。
「なかなか良い刀じゃのぅ、今のでだいぶ傷んだようじゃが。研ぎに出しておいた方が良いのぅ。うひょひょひょ……」
「お師匠!」
あまりの奇天烈にさすがの南もコンマ一秒程、状況が把握出来なかった。
「お前ね、気負い過ぎなの! この未熟者めが!」
忍のエリート、南と西園寺を、乳飲み子の頃より忍者として育て上げ、術と技を叩き込んだ師匠。〝果心居士〟松永弾正少弼久秀と古くから懇意の仲であり、度々久秀の寝所に侍っては、社会の情勢を吹き込んだり。幻術にかけたりしていた。
幼少の頃から忍の資質に秀でた南に惚れ込んだ若き日の久秀は、果心居士に頼み込んで、10歳になったばかりの晴男を子飼いの隠密として庇護下に置いたのだった。
西園寺にしても、やはり久秀自身子飼いにしたかった逸材だが、朽木家に恩を売るのも向後松永家の為になる(結局、天正五年に大和信貴山城で信長に歯向かい自害してしまうが)という果心の進言もあって、西園寺の身柄は元綱の父親、晴綱に譲ったのだった。
今にして思えば、果心には千里眼も備わっていたのだろうか。
しかし、それにしても、北陸から東海にかけて、並ぶ忍者無しと謳われた猛者が師匠にかかれば稚児の如き扱いだ。
「さっきから聞いてりゃ、小童共がいっちょまえに世相を斬るってか⁉」
「こ、小童て、師匠俺らもう四十二(数え)の厄年なんスけど……」
南は呆れた様に言った。
「たったの⁉ 儂から見れば小童どころか精子じゃの。うひょひょひょひょ」
「そ、そんなに⁉」
「……じじぃ、トシいくつだよ……?」
「義経も実は儂の教え子じゃからな、かる⁓く、4、500歳?」
「もぅ、どーでもいいス」
「牛若丸が兄弟子なんだ……」
「え、ハジメ、ソコ鵜呑み?」
老獪な師匠のいうこととあらば、どんなに怪し気なヨタも一笑に付すには忍びないジレンマが、原体験に依るトラウマをいやらしく突つく。が、そんな事には慣れっこの二人。
「そんな事よりじゃ、そう、おぬしらはまぎれも無くこの儂の最高傑作じゃ、そうじゃな? そうじゃろ! うん。実はそんな君達に今日はお願いがあって来たのじゃ」
2人は、にこやかな好々爺の仮面の下の悪魔の微笑みを垣間見ては、背筋に電流が走る思いで肚をくくった。
「師匠、なんかスゲーあやしいテンションッスね」
南の笑顔も取って付けたようである。
「ま、いつも妖しいけどね」
西園寺も諦め顔だ。
真剣な面持ちで師匠が言う。
「おぬしら、なぁんにも言わずワシに命を預けてはくれぬか?」
すっとぼけた声でも目は針のような鋭さを孕んでいる。
「師匠が死ねというのなら、そりゃ、やぶさかではねぇッスけど……」
「なぁんにも言わないけど、なぁんでかは聞かせて欲しいもんスね」
果心居士は深い呼吸をしてから話し出した。
「先程のおぬしらの会話からして、不惑の歳に至り、漸くと人並みの悩みが出て来たと見えるが…………。
アイデンティティやら、レーゾンデートルやらナンチャラカンチャラがまるで思春期の心身症のようにおぬしらの無垢な暗殺者の心を蝕み、良心の呵責が苛み始めた様子。ちがうか?」
「ううう、図星っス」
「殺戮を重ねても、まるで時代の夜明けが見えて来ぬ焦り、疑念、怒り……」
「直感的に思うんだけど、人が人である以上権力と暴力は恒久的に必要な悪徳故に闇の世界も無くなりはしないのでは?」
心ならずも、少々、師匠の言を制するようなかたちで意見を述べる西園寺を目を細めて見つめる果心居士。
「あぁ? ま、そういう事も無くはないっちゅー事じゃよ!」
果心は不貞腐れ、吐き捨てるような物言いで続ける。
「儂も、今日まで、闇の世界で計略と暴虐の人生を歩んで来た。そして時代時代におぬしらのような殺戮マシーンを幾人も産み落として来た」
「ヒトの事鳥の卵みたいに……」
「!! 黙ってきけよ! ハルオ! てめこのボケがぁ!」
存外に強い怒気を発する師匠にびっくりして竦む南。
「ヒエェッ、すんません!」
「そんな儂ももう、辟易しとるんじゃ、こんな理不尽な世の中によ。院政かぶれの公家やアナクロ武士共の都合で民百姓が虫螻の如く殺される。こんな世の中もうウンザリじゃ!」
ここで果心は黙り込み自前の瓢から酒をひとくち。
一息つくと、更に凛とした面持ちで話をつづける。
「実はのぅ、儂はこれまで、時空を超えて、現在から未来、そして過去の世の中まで往来しては、歴史の暗部で動いておったんじゃ。儂が何百年も生きておるというのはそういう意味でもある。ジッサイ、自分でも何歳なのか定かでナイけどね! うひょひょひょひょ」
2人は、言われた通りに何も言わず唯々聞いている。というより、この妖しすぎる恩師が、何を言っているのか、言語そのものが理解出来ずに呆然としていた。
南は、何か居心地が悪くて、無理に口を開く。
「……い、いやぁ、難儀な事っすね……」
果心は更に続ける。
「不二のお山の麓、あるポイントに時空の割れ目が生じておるのを目の当たりにしたのはおぬしらが生まれるよりも前の事じゃった。
とあるミッションを遂行中に儂は突然濃密な光と闇に包まれたのじゃ。その刹那、本能的に九字の印を結び、己自身に結界を張ったのじゃ。さすがの儂も意識がトんでしまい、目覚めたときには、ギヤマンとハガネで出来た面妖なカラクリ屋敷で、サイエンティストとかいう白装束共にカラダをあちらこちら懇ろに調べられておった」
2人は尚も師匠のファンタジー話に興味深く聞き入っていく。
「其処は、この時代より400年後の昭和の時代。なんでも、1970年代とか20世紀とも言っておったのぅ」
2人の眼差しには疑念やオチャラケの濁りは無く、ひたすら師匠の話す世界に興味を向けていた。
「師匠、400年後の世界はどうなってんすか?」
「奴隷も侍もいない理想的な民主国家に……なってんのかな?」
西園寺はギリギリ思いとどまり、ワザと疑問形にした感丸出しのイントネイションでハンパなコメントをする。
「侍と呼べるような者など滅亡しておるわ……もちろん奴隷などもおらんよ。……奴隷という呼称が無くなっただけか……しかし400年経た世界もやはり戦が続いておったわ。『資本家』とか『財閥』なぞいう公家の出来損ないみたいな輩が特権階級ヅラでやりたい放題。ゼニカネの力で政治も民も腑抜けにされ、巧妙なカラクリに民衆悉く操られておった。儂をして、心胆寒からしめる世界じゃった」
師匠に逆らう事など冗談にもした事の無い南と西園寺だが、さすがに、
「師匠、なんかわかんねーすけど、俺の本能が、『スッゲーヤバイ! ヤメとけ!』と警告してるよ!」
「あ、奇遇。拙者もでござる。ニンニン」と逃げ腰だ。
「コゾー共ォ……。儂の教え子ともあろう者が臆したか! ……いや、ほんとマジ頼むよぉ。危ない事なんてチョコっとしかないからぁ⁓」
「勧誘ヘタクソ⁉」
「度重なるタイムスリップでもうワシ、細胞とか遺伝子情報とか、ボロボロのヘロヘロでね。やはり、寄る年波じゃのぅ…………トホホ」
「(トホホとか、クセー芝居しやがって。このジジィ、ぜったいウソだぜ)」
2人はアイコンタクトを交わしたうえで、
「わかりましたよ。行きましょう、お師匠。その400年後とやらに参りましょう!」
「元々お師匠に拾われた命。譬え火の中、水の中ってなもんか?」
南は大袈裟に胸を張り、ドンと叩く。
「よう言うてくれた! そうと決まれば夜明けとともに出立じゃ」
その夜、三人はおおいに呑み、最期に成るやも知れぬ宴に興じた。
かくして、戦国の裏社会で計略を巡らせ暴虐残虐の限りを尽くした殺戮マシーントリオがその贖罪に一命懸けての一歩を踏み出したのであった。
近江からフルスピードで東山道を抜けて、わずか一昼夜で甲斐国に入ると一気に富士山麓の樹海に到達するエリート忍者達。
「師匠、そろそろ、休憩しませんか? まるまる一日走り通しで、目が回りそうっす」
「ん、なんじゃ、もうヘバったの⁉ 若いのに、だらしないのぅ」
「師匠は俺に背負子で背負われてるからいいっスけど、だいいち、俺若者じゃねェっスから! 疲労困憊な中年っスから‼」
西園寺も流石に、道中で仕留めた五尺三寸のツキノワグマを背負っての行軍では口数も減ろうというもの。
「……まぁ、ええわい。辰巳の方角にあと一里ほど行ったら、営舎作ってメシ食って寝るぞぃ。」
「助かった! 腹へって死にそうだった」
「やっと眠れる」
一里ほど行ったところには十坪ほどの不自然に整地された更地が開けていた。
南は外周ひとヒロ程度の若い楓の木を見つけ、クナイで『甲賀忍者ミナミ参上‼』と刻み付けた。
「中坊か‼」
西園寺が諌めるが南は意に介さず、
「バッカヤロウ! 証じゃねぇか! ア・カ・シ。」
「サイテーだ! おめぇは‼」
「ちょっ! だまっておれぃ!」
二人を一喝し、果心は手際よく魔方陣を張り、懐から出した木っ端のような角材を放り投げ咒を唱え印を結ぶ。すると、みるみるうちに豪奢な旅籠のような営舎が建ち上がった。
「……ふぅ、いまのワシの力ではこれが限度じゃ……面目ない」
「いやいやいやいや! 衰えてない衰えてない!」
二人は揃ってカブリを振った。
「そんじゃ、熊鍋の支度をします!」
「うひょひょ、おぬしら、しっかり滋養を摂っておくがよいぞ」
そして、その夜も、今度こそ最期かもしれぬ酒宴で盛り上がったのだった。
草木も眠る丑三つ時……、南と西園寺は奇怪な力に臓腑を握られるような不快感に見舞われ目を覚ます。
「(樹海に棲み憑く魑魅魍魎の仕業か……⁉)」
営舎内の空気が、空間が、徐々に捻曲がってゆくのか、自分の体が捻れているのかよくわからない。
暗闇の中、切羽詰まった果心の顔が二人の眼前に突如現れる。
「ひいぃっ!」
最強にして最凶の忍ともあろう二人が女子の様にあとずさる。
「なんじゃい! おぬしら!」
「い、いやぁ、魑魅魍魎かと……」
「ふんっ、失敬な! そんなことよりおぬしら、よく聞くのじゃ!」
「ははっ」
「予定が早まった。今にもここに時空の割れ目が発生するぞぃ。一刻の猶予もならん」
「我らどうすれば?」
「説明のヒマは無い! 今からおぬしらに儂の力と技アンド知識のありったけを強制的に伝授する。質問、心配、躊躇も許さん。唯々一心に『陀羅尼』を念じておれぃ! ゆくぞ! おん、あらはしゃのう! おん、さんまやさとばん! おん、ばざらだとばん!」
師匠の、かつて見せた事も無い程の気魄に煽られ、二人の臍下丹田にも気が漲る。
「儂の事は案ずるに及ばぬ。おぬしらは、以後よく己が魂を錬磨し、肉体を凌駕してみせよ。肉体は魂の器に過ぎん。肉体に執らわれる事無く常に真理を究めよ!」
果心の体はひかりの粒子となって輝きながら愛弟子達の毛孔より吸収されて行った。
二人の瞳は悟りを得たような深い輝きに燃えていた。
「師匠……ハナからこのような……」
「最期まで我らをたばかるとは……」
改めて我が師の力と技、そして術の凄さを、身を以て思い知った二人は更に覚悟を決めて平和への祈りとともに亜空間ドライブへと身を投げ出したのであった……。




