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翳り行く街の光と影  作者: いしかわがる
24/42

【商店街】 ーー決意ーー

 AM0700。

 輝世が朝食と、そして長男長女の弁当の支度をしている。

「ねぇ、テルちゃん、パパ起こして来てくれる?」

「えー、やだ。今日水やり当番だから」

「お願い。ママ忙しいのよ。一生のお願い」

「もうっ、しょうがないなぁ。多少手荒になるかもしれないけど……」

 末っ子の口元が緩む。

「……問題ないわ」深く頷く母。

 二度寝の楽園からこのオヤジをひきもどすのは、まっこと骨の折れる仕事なのだ。

ハンパな事ではますます天岩戸に潜り込まれてしまう。ということで、心を鬼にして命ギリギリの責め苦を以てこれに対峙す。という母の教えを胸に、朝日の当たらない寝室へと続く階段をのぼる末っ子。輝男。

 悪夢の後の疲労と安息から、ノンレム睡眠の深淵に沈殿するレトロウィルスのような父親に一応、声をかける。

「パパ、起きて。時間がないから。僕。三秒待つね、壱!」

「ぬぅ……む、ぐぅ……」

「弐! 懴!」『懴』のとき既に輝男の体は宙を舞っていた。

 渾身のエルボーがおやじの背骨に突き刺さる。

「! ! ! @sゔぃyhじこじぇy! ! ! !」

 言葉に成らぬ、熱く湿った悲鳴が低く響く。

「起きろ! 今日こそ病院にいくんだろ⁉」

「ちょ、ちょ、まじタンマ、あと5分マジ!」

「5分寝ても変わらん! ママの命令だぞ! はやく! 僕、水やり当番に遅れちゃう」

「……行っちゃいなよ、テル坊。行っちゃっていいよ。そしたらパパ、多分シュシュっとおきっから……」

輝男の瞳が怒りの覇気を帯びる。

「OK! もう一発くらいたいってことね」

 金色のオーラに包まれた体を低く構える。

「鬼! 鬼だよ、この子は!」

 半ギレ半泣きで渋々起き上がり、輝男を玄関まで見送り新聞を取って居間に向かう。

 第一面『深刻なエサ不足! クマが市街地に出現‼ 老人襲わる!』の見出しに真剣な表情で、「……熊か……」と呟く。どうやら未だそのハラペコ熊は捕まっていないようだ。 

 拳をぐっと握る。何故だろう、根拠は無いが、熊相手にも負ける気がしない。 

 キッチンでは輝世がせっせと弁当作りに勤しんでいる。そんな女房の姿をちらと見て思う。


「(絶対勝てる気がしない…………)」


「……なぁ、ママ。きょう病院行くからカネ頂戴」

「なに、精神病院? 手遅れじゃない?」

「いきなりピンポイントでスマッシュヒットォ⁉ ……他にも選択肢あるだろうが! つーか、メンタルクリニックって言えよ!」

「天地医院、行っといで。お代はあとであたしが持って行くから」

「ええぇえ⁉ おいおいおいおい、あそこ、肛門科・性病科・泌尿器科じゃん、そもそもあのじじぃ仕事してんのかよ」

「アンタが言う? それ。……大丈夫、何科だろうと一緒」

「一緒なもんかよ! なぁ、頼むよぉ。国立のデッケェ病院行くから、バス代とメシ代とガソリン代。それとジュース代と……」

「その金がパチンコ台に吸い込まれて行く様が容易に想像出来ちゃうんだけど」

「ひどい! ひどいな、かぁちゃん。信じる心を無くした人生なんて、そりゃあ悲しいもんだぜ」

「あるか! アンタに信用なんて! つべこべ言わないで、天地のジーサンとこ行きゃあいいんだよ!」

「チッ! わかりましたよ……」

「なにその態度、『チッ』て言った? 今。ああン?」

「いえ、言ってません。スンマセン」

「ゴハンの前に、2人、起こしてやってちょうだい」

「えー、やだよー。あいつらの寝起きの悪さと来たら、地上最凶だよぅ。神経が衰弱しちまう」

「小学生に起こしてもらってるオヤジがよっく言うわ」

「おまえ、それを言っちゃあ、おしまいだよ」

「おまえってゆーな! 早く行って来い!」

 半べそで、子供らの部屋に向かう晴男。

「ううう……、くそぉ、俺が無職だからって馬鹿にしやがってぇ、ちっきしょー」

 長男の部屋のドアを開ける。若い野郎の部屋独特の匂いが鼻を衝く。直ちにカーテンと窓を開け換気してやる。

「おい、ハルキ! 朝だ。起きろ!」

「んぁあ、あと5分……」なぞいう虚言を吐き出し、呑気にスースー寝息を立てる晴輝を見下ろし、起こす側に立って改めて解る、このセリフの空っぽさにムカムカする。

「おい、ハルキ。あとゴフン、あとゴフンと意味の無い呪文に縛られる愚かで哀れな煩悩の僕よ。よぉく聞け。5分後にお前の口から発せられる言葉を予言してやる……」

一拍置く。晴輝の表情に疑問の色が微かに差したのを認め、続ける。

「『もう5分待って』だ! つまりお前という愚か者は、永劫、悪しき輪廻から逃れられぬ餓鬼、畜生、虫螻の如き哀れでちっぽけなカスということなのだよ」

 これでもかと言う程歪めた唇に、ひん剥いた眼玉。最近お気に入りの表情だ。

「! てンめぇ! 好き勝手ほざきやがって! オヤジに言われたかネェんだよ!」

「おう、起きれるじゃねーか。おはよう!」

「! ? お、おはよ う」

「メシ食って、歯ぁみがいてとっととガッコー行け」

「ハハハ……ガッコー行ってもやることねーし……」

「馬鹿野郎、勉学だけが学校じゃねーだろ。たまにゃ学び舎での級友との歓談に胸熱くしとけ! そしてママのベントーは学校で食え」

「んぁあ、了解」

そして晴男は、廊下の突き当たり、ケバケバしくデコられたドアに目をやり、更に重たい気持ちになる。

「……はぁ、次が難関……」

 長女那実の寝起きの悪さは地獄の牛頭馬頭ごずめずも逃げ出す程のスジ金入りだ。

 思春期のムスメの部屋などメンドクサクて入りたくもないが、しょうがない。一応ノックするが、返事などあるはずも無い。ので、間髪入れずドアを開ける。

 まるで死体の様に整然とした寝姿で寝息さえ聞こえない。

「おい、那実、起きろ! 朝だぞ、起きろぅ!」

 ……まるで反応なし。晴輝が泥ならこっちはまるで岩だ。

「しっかし、酒くせエな。ガキのクセに、しょうがねぇヤツだ」

 やはりこっちも若い娘の匂い、というより酒臭さにむせ返るので、換気する。

 昨夜はツレのライブの打ち上げまで参加して、したたか呑み潰れた那実を、流石に泊まりは晴男と輝世に顔向け出来ぬと、気を遣った猛田の伜が深夜詫びながら送り届けてくれたのだが、朝っぱらから背負わされた厄介事のストレスにまかせ、

「武士のヤロゥ! 余計な事しやがってあんにゃろぅ!」

と、とんだ見当違いの逆恨みを猛田の伜に向ける。

そしてブランケットをはぐり取り、

「おい、起きろ! 朝だ夜明けだ、潮の息吹……!」

 ゴキッ! 鈍い轟音と共に脳漿の匂いが鼻腔の奥に噴出する。突然、目の前が星だらけになり、膝から下の感覚が無くなる。

 那実の右コークスクリュウ一閃。晴男のテンプルにメリ込んでいた。

 意識が、というか魂魄がブっ飛びそうになるのを必死に踏ん張るオヤジ。……

「お、起きたか、那実…………?」

 何事も無かったかの様にスヤスヤと寝ている。

「! え? ええええええ⁉ ‼ エーーーー‼ ママぁーーーー‼」

 リビングに逃げ帰り、あまりの屈辱に堪え切れず女房の胸で泣きじゃくる。

「あ、あいつったらよぉー、親によぉ、たいしてよぉ、コークスクリュウでよぉおおおおおおおん」

 あまりの不甲斐無さに、あたしの方が泣けてくるわよと、呆れる輝世。

「娘にナメられてベソかいてんじゃないわよ!」

「アンタねぇ! あいつの悪魔的な性根ったら、アンタの遺伝子色濃く反映してんじゃないの⁉ 俺じゃもう、手に負えねえ。エクソシスト呼んでくれぁ!」

 フリーザーのドアを開け、アイスノンを取り出しながら己の寝起きの悪さを棚上げする亭主の言い草にやや憤然とする女房。

「なによ、あたしは悪魔の親玉ってか?」

「いや、アンタそんな生易しいモンじゃねぇぜ。第六天魔王ノブナガも驚愕! ハクション大魔王も引き籠るってなもんだ」

「なによ、それ。おもしろくないわよ。ま、お腹がすいたら起きてくるでしょう」

 あまりにも下らないオヤジギャグにも満たぬ比喩にあきれ果て、憤然たる感情も霧消してしまった。これはもはやある意味異能の力と言えよう。

「はぁあ、もっと爽やかに過ごせないもんかねぇ、清々しい朝がダイナシだぜ。オヤジのせいで。」

 晴輝はトレードマークのトサカとダックテイルを決めて、輝世のスペシャルブレンドコーヒーの香りを堪能していた。

「ふんっ、しゃらくせぇ。っつーか、おめぇ、トサカのセット早くねぇ? そういうことにはソツが無ぇな。流時に仕込まれたか?」

「へへ。キメる時にゃキメる男だからな。俺は」

「それじゃ、親父に起こされる前にビシっと起きやがれよ」

「それとこれとはハナシが違うぜ」

などとうそぶく晴輝に愛情たっぷりの弁当と愛情たっぷりの小言をくれてやる輝世。

「晴輝、あんた昨日ケーサツから連絡あったわよ! また誠達と暴れたらしいじゃないのチャーリーの支配人からも今度何かあったら出禁にするって! アタシに恥じかかすんじゃないわよ!」

「ちょっと待ってよ! それには深い理由があってさ、話すと長いんだよ、帰ったらちゃんと説明するよ!」

「そうか、ワケありならしょうがねーな、おめぇも何かとてぇへんだな。ママ、あんまりガミガミ言っちゃあいけねーぜ」

 なんか、オヤジの不自然なフォローに、輝世と晴輝はお互い違う心情で同じ表情を向ける。晴男は、新聞紙を開き2人の視線を遮る。コーヒーを啜り、クマ事件の詳細に視線を落とす。

「とにかく、世間様に迷惑かけてケーサツの厄介になってんじゃないわよ、しばらくバイク禁止! パパ! キーの管理しっかりしといてよ!」

「ええ⁉ カンケーないじゃん! ……そりゃないぜ……」

 哀れなムスコは、目で懸命に何かを訴えて来たが、イカリヤのように下唇を出し、肩をすくめ『ダメだこりゃ!』の意をあらわすのが精一杯のオヤジ。

「もう、遅刻するよ! さっさと行きな!」

「ちょっと待って、今日の星占い見てから、……乙女座、6位って……ビミョー」

 トボトボと出かける長男。とすれ違いで起きて来た妹。

「うぅぅ……おにいちゃん、おはよ、いってらっしゃい」

「オウ、……つーか、おめぇ酒クセーぞコラァ」

「遅いわよ。さっさとご飯食べて!」

「パパ、ママ、おはよー……、うう、二日酔いが……ってゆうか、なんか右手が痛いんだけど、なんでだろう?」

 晴男の持つコーヒーカップが波立つ心を表すかのように激しく揺れ、コーヒーがこぼれる…………。

「あああ、パパ! こぼれてるし! なにやってんの、もう、耄碌しないでよね!」

「ぬぅ、ぐっうぅ!」

 晴男は歯を食いしばり心の中で涙を呑んだ。

「ママぁ、今日ガッコ休みたいんだけど……」

「ッザケンナ! 這ってでも行きなさい! 液キャベ飲んで!」

「鬼!」

「(お前が言うな! お前がぁ‼)」

 晴男は心の外でも涙を呑んだ……人知れず……。

「あ、今日獅子座の運勢最悪ぅ。」

「え、マジ? ……ラッキーカラーは!?」

「紫だって……」

 星占いにメンタルが激しく揺れ動く父娘であった。

 

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