【侵略者】 ーー密会ーー
燦々と降り注ぐ日差しに稲穂も青々と茂る梅雨明け時の事。
北大路と東海林は何人たりとも足を踏み入れる事の出来ぬはずの北米諸島某地点でキ・レール人との折衝に臨んでいた。
『過去』における確執、恩讐を離れ相互に利害を共にする講和条約および、当惑星に対する不可侵条約の席を設ける件での段取りを付ける為である。
「当条約を締結に漕ぎ着けるにあたり、貴様らはいったいどのような土産を持って来たのだ? こちらにはこの惑星をいつでも塵に出来る準備があるのだが……」
キ・レール軍中枢部『テッケンの間』アンドー総統閣下はすっかりこの星の重力にも慣れ大元帥の威光益々盛大也。といったところである。
建設途上ではあるが、殆ど自立した国家の体裁を持つ景色を見回し、
「(これだけの設備をコツコツと築いておいてよく言うぜ)」
という感情は面に出さず。北大路と東海林は交渉を切り出す。
「オマエラが……」
「口の利き方に気をつけんか! 総統閣下に対し『お前』とは無礼千万!」
ゴトー参謀長は、いちいち高圧的に、アンドー総統閣下に敬意を払わぬ北大路の物言いを諌めに入る。
「まぁ、良いではないか、ゴトー参謀。この者達も一騎当千の猛者でありながら折衝の駒としてこうして骨を折っておるのだ。ここはひとつ、ざっくばらん、五分と五分の語らいで行こうではないか」
「はっ、これは差し出がましい口出し、誠に僭越至極。何卒ご容赦の程を」
北大路と東海林はちらと目を合わせ、お互いウンザリした表情を確認し、北大路が再度話をはじめる。
「オタクらが、ウチの放射能使ってヨロシクやってんのは、今日これで確認出来たよ」
「なんだ? 自分らで使いこなせもしないこの資源を、まるで恵んでやってるかのような言い草だな」
「違うのか? ……まぁ、いいや。百歩譲ってあんたらがこの星の辺境で誰にも迷惑かけずに環境浄化に一役買ってる功績を称えた上での提案だ」
「ほう、提案とな」
一呼吸おいて、2人は、丹田に気を錬ると、あからさまな威嚇のオーラを発散させながら、提案とは到底とれぬ、ほぼ恫喝のニュアンス濃厚な口調で述べる。
「あんたらがこの星を気に入り、この星もあんたらを受け入れるのなら、何も言わん。自由に発展しろ。俺らも無益な殺生はしたくない。むしろ、あんたらの、各地に放った隠密部隊の、礼節を重んじる態度にはいたく好感を抱いている程だ。親方であるアンタが 破壊的な野望を唱えさえしなければ、この先も子々孫々上手くやっていけるわけだ」
一応、北大路の言い分を聞き終え、アンドー総統は。怒りの奔流を解き放ち、
「コゾウ‼ ……『無益な殺生』とは、斯くもナメられたものよ‼」
腰掛けていた荘厳で重厚な意匠をもつ椅子を背後に吹き飛ばしながらまさに怒髪天を衝く憤激の怒号を放つ。
ホールの空気がビリビリと振動する。
並の者では失禁して失神してしまうほどの怒りの覇気に巻かれながらも泰然と表情を変えぬ2人に、アンドー総統はうす笑みを浮かべながら、近習が十人掛かりで元通りにした腰掛けに身を委ね、静かな口調で玉言を下した。
「よかろう、貴様らの申し出とやらを呑もうではないか」
「閣下、よろしいのですか⁉ 処奴らは我々を絶滅の危機にまで追いやった憎っくき仇敵にございますぞ! どうか、何卒、お考え直しください! 今ならたった2人。我らの手勢にてヒトヒネリ……」
「たわけ! この痴れ者が! たった2人に、我が軍を以て屠るなど、武門の名折れ、末代までの恥と知れ!」
総統閣下の名君ぶりにひれ伏して詫びるゴトー参謀。
「はっ、ははぁあ! 総統閣下! キ・レール軍の旗にツバする不埒、我が首をハネてお収め下さいませぇええ!」
「ゴトー参謀長。もうよい。直れ。貴様の言う事まっこと尤もである。尤も過ぎるが故に時折ムカツクのだ。しかしながら、時は流れ、時代は刻々と変わっておるのだ」
キ・レール人共のやり取りの端々に垣間見える機微を鋭く察知した北大路が、ここでひとつ楔を打つ。
「あんたらの男気篤い御館様が、そんな野卑な暴君じゃないって事は先刻承知なんだよ、こちとら」
なかなかにキ・レール人の自尊心を巧みに突いてくる北大路の物言いにゴトーもうっかり首肯してしまいそうになる。
かくして、ゴトー参謀長の必死の諌言は空しく切り捨てられ、アンドー総統閣下は2人に向き直り
「……たしかに、この惑星で、貴様らといさかったとて、得られる物は少ない。ましてや、いかに我々の武力が強大だとて損失甚大は明白。幸いな事に、現状で当惑星の生物が棲息出来ぬこの放射能豊かな土地を最上の住処としておるのも目に見えぬ宇宙の深甚なる真理の導きか……。何れにしても、相互に侵害せぬよう暮らしてゆければ好し。逆に先住民共ががこの聖域を侵すような事がないことを祈るが…………」
この三千世界の、何処かの宇宙で生を受けて以来、欲しいモノは惑星であろうが何であろうが武力によって正々堂々奪い獲ってきたキ・レール人が、譬え一時的な外交に於ける立て前にしても、相手の立場を考慮し、先々の安寧を求め迎合し、あまつさえ時流を伺い虎視眈々と雌伏するなど、ましてや、その交渉相手がにっくき仇敵の一味であるとは……!
ゴトー参謀長はハラワタが捩れる思いを耐え忍んで、総統閣下の言葉を聞く。
そして、覚る。その言を下している総統閣下本人こそが、最も忍辱に徹しておられるのだ! と。
「状況を鑑みるに、今の所は潤沢に思える資源もいずれ枯渇の危機に陥るは必定。其れ即ち、この惑星の民が生存出来る環境に成るという事で、その暁には、こちら側の一部恥ずべき馬鹿共が万難を排し、ここぞとばかりに土地やレアメタルを求めて大挙押し寄せてくるだろう。そうなれば、必然あんたらとの武力衝突は避けられない……」
北大路が殺伐としたムードを盛り上げたところで、東海林が絶妙の間で切り出す。
「そこで、こちらからの献上品はというと……」
恭しく袱紗に入れた目録を丁寧に広げて読み上げる。
「目録!ひとつ、濃縮ウラン燃料100kg。ひとつ、プルトニウム30kg。ひとつ、核融合炉資材一式。ひとつ、ウランガラス製食器100組。以上、キ・レール軍総統閣下、アンドー殿に進呈いたします」
総統閣下は目の色を変える。
「の、濃縮ウランとな!」
言葉の意味は分からぬが、それがただならぬ魅力を帯びている事を本能的に察知したアンドー総統とゴトー参謀のゴクリと唾を飲む音がきこえる。
北大路は更にブッ込んで行く。
「ブツは後日我々が、こちらに搬入するんで、今暫くお待ちを。尚、今後のそちら側の出方次第、功績のいかんによって、さらなる援助が考慮されているんで、ひとつよろしく」
総統閣下は、すぐさま我に返り威儀を正しつつ、
「ほう、なかなかに悪くない申し出。大挙押し寄せたところで、我が軍が武力で遅れをとる事などは萬に一つもないがな。しかし、貴様らも話せる様になったではないか!
ブワッハッハッハッハッハ!」
とって付けた馬鹿笑いの総統閣下と、プルトニウム? なにそれ、おいしいの? とでも言いたげなゴトー参謀のアホ面に、東海林はフキ出しそうになるのを必死に堪えた。
北大路は隣で小刻みに震える東海林を猿臂で小突きながら、
「ほっ、(こいつらが相変わらずの筋肉脳でたすかったぜ)」
と仏頂面の下でほくそ笑んだ。
では、との別れ際に相当閣下が一言。
「言うまでもないが、調印式典は、貴様達全員、ガン首揃えての列席を以て成立とするからな。」
肩口からのぞく総統閣下の眼差しは、二人が思わず尻の穴を引き締めてしまう程の覇気を孕んでいた。




