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翳り行く街の光と影  作者: いしかわがる
22/42

【商店街】 ーー羽化ーー

 家に帰るといつものように末っ子が輝く笑顔で飛びッついてくる。 

「パパおかえりー」

 手を広げて受け止める晴男。すると輝男は電光石火で卍を決める。

「ヘイヘイヘイ! 隙だらけ!」

 なんのイミもないお茶目だが、かなり効いている。

「ギ、ギブ! ギブギブ!」

それを見て「こんなパパでもやっぱりパパが一番なんだねぇ……」と微笑む輝世。

「食事作るから、その前にお風呂入って頂戴」

「お店始まるとこっちの水圧下がるからね」

 利発な口ぶりで輝男が言う。晴男は感心して、

「お、テル坊、賢いなぁ、将来は総理大臣だな」と執拗にオツムをなでなでする。

「いやだね、政治家なんて資本家のイヌじゃん! 闇に操られる傀儡じゃん。どうせなるなら政治家や役人、警察のトップを意のままに操る裏社会のフィクサーになるよ。僕」

「テ、テル坊、可愛くないよ……ぜんぜん可愛くない……どこで事おぼえたの? そんなこと……」

「いーから、早くフロはいんな!」

「はーい、ママ。いくぞ、パパ!」

「お、おう……」

 妻の命令には絶対服従の父子が、いつものように揃って入浴。

 父に洗髪されながらテルオが尋ねる。

「ねぇ、パパさぁ、でっかいオナラしてお尻の穴から血が出た事って、アル?」

「なんだそりゃ⁉ やぶからぼうに、ふふっ、パパの肛門はケブラー繊維よりもつよいんだぞ!」

「ふぅん、なんだかよくわかんないですけど、……でね、剛のパパが酔っぱらってスゲーでかいオナラしたらね『コーモンがっ! コーモンが!』ってなってね、お尻が血まみれになっちゃったんだって。こえぇえ! ギャハハハハ!」

「そりゃ、お前、笑いごっちゃねーんじゃ……」

 シャワーでシャンプーを洗い流す。

「ツヨシって、豪ちゃんちの末っ子か。そっか、大変な事になっちまったな、あのオッサン。しっかし、豪ちゃんのコーモンもてぇしたことねぇな。ギャハハハ!」

「結局パパも笑ってるじゃん」

「……、俺なんてなぁ、おい、よく聞けよテル坊、昔むかし、俺の屁によって発生したカマイタチで、胴体真っ二つになったモノノフがいたんだぜぇ。この事はゼッタイ誰にも内緒な」

 輝男は呆れ顔の三白眼で嘲るように、言う。

「へぇえええ。そーなんだ。じゃぁパパ、殺人犯なんだ。タイホだ。通報してやる」

「ばっ! おめぇ親をサツに売るのか、なんてコだろう! このコは。つーか、もう時効だよ。なんせ戦国時代のことなんで」

 さすがの輝男もアホらしくて相手にしたくなかったが、イラついて、ついこの、かまって欲しがりオヤジの術中に嵌まってしまう。

「へぇええ! じゃ、パパ400歳以上なんだ! へぇ⁓っ!」

「つーかね、パパね100万回生きたパパだから、もうね、何歳とかワケわかんね! フハハハ! あるときパパは殿様のパパだったんだ。でもね、パパは殿様なんて大キライでした。」

「うぉぉおお! 根性叩き直してやるぁ! おもてでろやぁあ!」

「テル坊、苛々しちゃいかんぞ。もっと小魚と牛乳を摂りなさい」

 ガララララっとアルミサッシを開けて長男晴輝が入ってくる。

「あ。おにいちゃん。おかえりィ」

「おい、なげーよ。おめぇら。早く出ろ。ママの機嫌が悪くなる」

「そいつぁイカンな。でるぞテル坊!」

「おう! イカン、イカン」

 テーブルの上には酢豚とみそ汁。ヒジキとししゃも。それに晴男の好物、葉生姜と合わせ味噌に、サッポロ黒生(中瓶)が置いてある。晴男は早速栓を抜き、グラスに注ぐ。

「………………ブッハァ! やっぱコレだね! フロあがりのコイツ。なんだかんだいってもママのヤツ、俺の事が好きで好きでしょーがねーんだな。ダハハハ」

「キモッ! ママは僕の事が好きで好きでしょーがないんだ!」

「お、俺にも黒生とハショウガちょーだい」

「おにいちゃん、もうフロあがったの⁉ はえぇ!」

「タマキンしか洗ってねーんだよ、コイツぁよ」

「そんなワケあるかっ‼」

 オヤジの軽口に、面倒ながらもツッコミを入れる晴輝。なかなか優しいところもあったりするようだ。

 オヤジのタマキンネタが末っ子のツボにモロ嵌ったらしく、輝男は、腹を抱えて転げ回る。オヤジは末っ子のその姿に、腹の底から沸き上がる喜びで魂が満たされる。

「おめぇ、呑むはイイけど、呑んだら乗るなよ」

「ああ、今日はもうでかけねー。ってゆうか、ナニあれ? スッゲーマシン。チャンバー4本出し」

 親父と自分のコップに交互に注ぎながら、興味津々に尋ねる。

「ふっ、NSR×2キミ君SPL!」

 まるで自分の快挙であるかのような得意顔。晴輝はあえて突っ込まず、

「スッゲーな、流石、東海林のオジサン。敢えてRZVのエンジンじゃないトコがすげぇセンス」

東海林の仕事に対し賛辞を述べつつ一気に飲み干す。

 なんだ、コイツ……けっこう分かってんじゃねぇか? と驚き半分嬉しさ半分のオヤジは「生意気な事いうじゃねぇかぁ、コノヤロー」

と目尻を下げながら伜のコップに注いでやる。

「いけないんだー。高校生なのに。不良だぁ」

「なぁ⁓。ウチで良い子なのはテル坊だけだなぁ⁓」

 末っ子のオツムを執拗にグリグリとなで回す。

「フンっ。ところで、今日『チャーリー』でちょっとモメ事あってさ……」

「おお、チャーリー! 懐かしいな、よく潰れないでがんばってるよなぁ」

「トシちゃんが、なんか、グレちゃっててさぁ」…………


 ――町外れの老舗パチンコ店及びゲームセンター。(というより大型コミュニティセンターといったほうが近いか)『チャーリー7(セブン)』。

 1Fに軽食コーナーとゲームコーナー。パチンコ店に、多目的ホール。2Fがローラーディスコ。3Fにはポケットとキャロム台が20台、50レーンのボーリング場、100席程の単館上映シアター。屋上にはビアガーデンを擁する、小さいお子様から年配まで集うコミュニケーションセンターの役割を担うゲーセン。愛称『チャーリー』。

 晴輝が仲間達とスリークッションに興じていると、突如響く若い娘さんの金切り声!

押っ取り刀で駆けつける晴輝と仲間達。

 悲鳴の発生源で目にしたのは、四人共目を疑う光景だった。なんと、近藤俊彦がダックテールに短ラン、ボンタンというテンプレスタイルで中学時代クラスメートだった不良少女、松田珠璃に告白、というか、野獣のようにえげつない求愛行動をとっていた。

「いやぁあ! 助けてぇえ!」

 普段は硬派なツッパリ女子高生の珠理が近藤のギンギラギンなガチ求愛にビビって泣き顔になっている。

「お、おおおれとケケケッコンシ、してくれ! おれの子供を産んでくれぁあ!」

「キャアアア!」

 いまにも青春の過ちが起こりそうなその時、

「おい、トシちゃん! それ以上はヤバいぞ! 強姦で逮捕は親兄弟も可愛想!」

 すんでのところで晴輝が肩を掴み抑止する。

「ぁんだ? てめぇ! おらっ! ぶっ殺すぞぉら!」

 振り向きざまに『ブンッ!』と近藤の右フックが唸った。

間一髪スウェイでよけたものの、頬を深く切られる。

「……ひゅう、トシちゃん、スゲーパンチ持ってんなぁ。(オイオイ、どーなってんだよ? 食らってたら死んでるぜ、コレ)まぁ、ちょっと落ち着こうぜ」

「ふぬぅう! 我が一族の繁栄を邪魔するヤツは許さん!」

「な、何? 一族って!」

 飛びかかる近藤を躱しながら一瞬のタメの隙をつく。晴輝の手刀が近藤の延髄にロックオン!

「(トシちゃんちょっと痛ぇけど、ゴメン!)」

 晴輝が気を吐き出し攻撃態勢にはいったその刹那にどこからともなくタイトな黒スーツに身を包んだマッチョなおっさんが近藤のバックをとり、見事なアーチを描きジャーマンを極めた。……

 完全にグロッキーな俊彦を肩に担ぎ、オークリー・フラックジャケット越しに晴輝を睨む。

「なんだよオッサン、そいつ俺らのダチなんだけど。どーするつもりだよ?」

「つーか、いま、どっから現れた?」

 少し離れた所で見守っていた江尻誠エジリマコトは俄に湧いて出たマッチョな怪人に動揺を隠せない。

「まぁ、細かい事は気にすんな。俺ぁコイツの遠縁の親戚で、たまたま通りがかっただけだ。なんか、コイツがエラい迷惑かけたみてぇで、ホント悪かった」

「……しかし、あんな見事なジャーマン、初めて見たぜ……」

 亀山万太郎カメヤママンタロウは、そのオッサンのハガネのようなマッスルボディを包むパツパツのスーツを凝視しながら呟く。

「そっちのお嬢ちゃんも、すまなかったな。オジサンがキッチリどやしつけておくから、今日の所はカンベンしてくれ」と珠理に向かって頭を下げた。

 珠理は、未だパニックから回復出来ておらず鶴岡千寿男ツルオカチズオにすがるように怯えながら、頷いたのかカブリを振ったのかわからない動きをした。

「それはそうと、あんちゃん、いいバネしてんなぁ、次に会う時が楽しみだ。じゃぁ、達者でな」

と、晴輝に笑いかけ、非常口に消えて行く。

 店内のBGMが『西部警察』のテーマソングに変わる。外を見下ろすと、店の人間が通報したとみえて、パトカー5台がけたたましいサイレンを鳴らしてご登場。陣頭指揮を執るのは毎度おなじみカルロス&ホセ。先刻の市街地バトルでブローさせたZの代わりに支給されたのはルーチェ・レガート。

 上司にこってりシボられた挙げ句にこのザコ車両。当然二人の機嫌はすこぶる悪い。

 もとあれ、晴輝達は早々にバックレて事無きを得た。 ………………………………………………

ーー「……と、いうワケよ」

「……ふーん、トシ坊もいっちょまえに欲情するようになったか。今度いいDVDでも差し入れてやるか」

「ねぇ、話聞いてた⁉ もっと突っ込むとこあんだろ!」

「あぁ? なんかメンドクセーよ。そんなことより那実はまだ帰らねーのか?」

 咄嗟にスチュワートの顔が浮かび、今はまだ薮をつつく時ではないと、直感的にその話題を回避する。

 晴輝は納得いかぬ面持ちで「チッ!」と、聞こえよがしの舌打ちをくれながらも妹の動向をレポートする。 

「何か、今日はツレのバンドのライブを見に行くってよ。泊まりじゃねぇの? わかんねーけど」

「まったく、ここんとこ家に居たためしがねーじゃねーか」

「しゃーねーだろ、誰かさんの血を引いてんだから」

「まぁな、そりゃそーだ! ガッハッハッハッハ」

 二本目の中瓶を開け、いい気分で馬鹿笑いの晴男と晴輝。輝男は一生懸命に酢豚のパイナップルをおやじの皿に移している。

 ゴキン! やにわに輝世のベアナックルが、晴男の頭蓋に鈍い打撃音を響かせる。

「!っん、……ぁああ!」

 もんどり打って悶え苦しむ晴男を見て怯える晴輝。

「そりゃそーだ。じゃないわよ。ちったぁ那実の心配もしな! 年頃の娘が夜遊びばかり。アンタが父親らしくビシっと叱るくらいでなくてどうすんの!」

「うぅぅ、む、酷い……」

 呟く晴輝にキッと向き直る。ビクっとする晴輝。

「あんたも、夜な夜なバイクで世間様にご迷惑かけてばっかいないで、将来の事も少しは考えな! 後悔するよ。こうなりたいの⁉」

 晴男を指差して問う。

「いや、それはちょっと……」

「さっすがママ! つえぇ⁓」

 輝男はママに対し憧憬の眼差しを向ける。

「テルちゃんは、こんな大人にならないように学校でしっかりとお勉強するのよぉ」

「はーい」…… ……

 …… …… ……

 ……未明。またしてもあの悪夢が晴男を襲う。何度見ても、おぞましい。そして恐ろしく非現実的で、しかもなぜだか嫌になるほど身に覚えのある……末那識に刻み込まれた記憶とでも言おうか、前世のカルマなのか、己の体内で己の理解の及ばぬ何かが泰然と進行している、そんな異次元の感覚に苛まれる。これはもはや、生き地獄と言っても過言ではない程のストレス……気分が悪い。

「ちっくしょう、今何時だよ……」

「四時!」

「ああ、テル坊、ごぉめぇん⁓なぁ⁓」

「もう! パパ、ほんとにカンベンしてよね! 今僕ハットトリックになるとこだったのに! 僕の夢かえせ!」

「あは、馬鹿だなあテル坊、服部になってどうすんだよ。幕府の隠密にでもなんのか」

「ナンのハナシだよ、さみぃんだよ! てゆうか汗だくでキモいんだよ! 何度も何度も僕の睡眠を阻み健康を害しやがって!」

「……あのねぇ、あんた、ここはパパの部屋なんだよ、そんなんゆーなら、お前用に空けてある部屋に行けばいい」

 半分本気の提案をしてみるも、

「いやだねっ! パパとじゃなきゃ怖くて寝れないんだよ! とにかくもう、精神病院に行ってスッキリしようよ。この際」

と、嬉しさ7割、憂いが3割の即答で一蹴。

「いや、だから、テル坊。精神病院はよくないぞ、せめてメンタルクリニックとか、……って、寝てるぅ……」

 この、可愛くて可愛くて仕方のない程可愛い末っ子の健康を慮れば、もはや、一刻の猶予もないリミットギリギリである。いや、遅きに失しているやも知れぬ……

 乱れた掛け布団を直し、黒々と滑らかな髪の毛を撫でながら、今日こそ病院に行こう。と意を決する晴男であった。


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