【商店街】 ーー降下ーー
新学期。輝男が通う常楽小学校にも人事異動により新たに教員が赴任して来た。
兵藤校長以下、鬼頭教頭、新卒の工藤教諭、欧羅巴からの交換教育実習生スチュワート。
新卒の工藤は、輝男の居る三年一組の担任となる。工藤は二十五歳の体育会系。爽やかなマスクの下に獰猛さと一本気な情熱を秘めたナイスガイ。初日から児童の人気を集めていた。
或る日の夕刻、晩飯の食卓でのこと。
「ねぇ、パパ、今日ねぇ、スチュワート先生に英語教えてもらったよ。ハウアーユー?」
「アイムファイン! テンキュアォ‼ アンヂュウ?」
大袈裟なTHの発音に長男と長女はうっかり吹き出しそうになるが、親父が調子づくとウザイのでグっと堪える。
「パパ、凄い! 英語しゃべれるんだ⁉」
「おぉう。尊敬しちゃってもいいんだぜぇ⁓」
「ウザッ」
長女の間髪入れぬツッコミに、俄然オヤジのプロペラが調子良く回る。
「なんつったっけ? その、……ジョニーだっけ?」
「スチュワート先生」
「なんか匂うな……、そいつ本当はMI6が送り込んだスパイで、コードネームはジョニー・ウォーカー。しかしヤツの実態は遥か宇宙の彼方からこの星を侵略する為に飛来した宇宙人なのさ。テル坊、気をつけるんだぜ!」
「……、っつまんねー。めっちゃくだらねー!」
軽薄なデマカセに苛つく末っ子がこれまた可愛くて仕方のない様子の馬鹿親父。
長男と長女に至ってはもう、味覚しか働かせていない。
そんな調子で南家の夜は更け、父と末っ子はいつもの様に床に就いた。
未明、晴男はいつもよりもリアルで鮮明な、且つ亦ヴァージョンアップした悪夢に襲われる。
――時空と重力が強大に捻曲がった、次元のハザマを超光速で航行するエネルギー体が4つ。当次元の宇宙空間に放り出され、その蒼く煌めく惑星の南半球の某所に着地。というよりは激突といったほうが適切だろう。
衝撃波が地表を舐め、鉛直方向に貫いた慣性モーメントは地軸を断裂させ、対極にあった北半球随一の軍事並びに経済大国に配備された火器いっさいが誘爆。一瞬にして現世における地獄と化す…………。
ワケもなく肉体を奪われた行きとし生ける物全ての魂が悲しみと苦しみのベールのように星を包みやがて地中に没して行った。――
「ンぉアアアアアアアアぁ!」
己の絶叫に驚き、煎餅布団から跳ね起きる晴男。酷い汗だ。息も荒い。
青い月明かりの中、ウォッカは弓なりのスタイルで尻尾を思い切りブっとくして晴男をガン見している。
「……、おぉウォッカ、ゴメンゴメン。……しっかし、いつにも増して恐ろしくリアルだったな……」
「……パパ、また怖い夢? あんまりひどいんだったらマジで精神病院に行ったら? こうしょっちゅう未明に起こされると、僕も精神的にまいってしまう……」
「んぁあ、ごめんなテル坊。でも精神病院はないだろう、せめて心療内科とか……って、あ、……寝てる……」
晴男は心の中で詫びながら、末っ子の、乱れた掛け布団を直し、そっと頭を撫でた。ーー
「いってきまぁーす!」
遥か彼方から末っ子の元気な声が、レム睡眠の脳味噌に心地よく響く。愛しの煎餅布団はまるでいたずらな天使のように夢魔の呪縛から解放してくれない。もういっそこのまま煎餅布団と同化してしまいたい………………
などと、晴男が白痴ぶりをバリバリに全開していると、パサパサと軽快な羽根の音が聞こえ、おや? もしや本当に天使が僕を迎えに来たのかな……などと夢うつつで夢想する晴男の耳をムンズと掴む爪の感触。間髪入れず嘴が、耳殻軟骨に食い込む。
「ひっ! いっ……ってぇえええ!」
セキセイインコのテキーラちゃんが任務を遂行し、パサパサと軽快な羽音を立てて輝世の肩に戻る。
「起きたね? これからは毎日これでいこうか? テキーラちゃん」
テキーラは首を傾げクリクリした目玉で輝世を見上げる。
そして小さな声で「イエッサー」と喋った。
晴男が教えた言葉の中の一つであった。
「ううう、お、おはよう。ママ。あのさ……」
「はい、おはよう。なに?」
「たまにはさぁ、あま⁓いカンジで起こしてくれない? ねっとりとエッロ⁓いカンジで。そうしたら俺も即ビンビンに立ち上がって起き上がるっつーか……」なぞいいながら、妻の豊かな乳房を指でツンツンする。
妻はその人差し指を素早く掴み取り、夫の側へのけ反らす。
「ヌワァぁああぁぁ! 痛ってててててて!」
再度の仕打ちに半泣きのロクデナシ亭主。
「ひ、酷いよ! 夫婦なのに!」
「何甘ったれてんの! 起こしてもらう前提なのがまず気に入らないね。いいトシこいて朝っぱらから性欲剥き出すな!」
「何言ってんだよ、アンタ! 俺から性欲取ったら、チン毛しか残らねーだろーが!」
「ふ、何それ、ギャグ? 笑えねー。あんたそんなに強かったっけ?」
鼻で嗤う輝世にカチンときた晴男。
「あー、いいやがったな! 俺ぁ怒ったぜ、憤慨した! 俺は君に戦いを挑む! 俺の挑戦受けてもらうぜ!」
「ふん、返り討ちにあわなきゃいいけど」
輝世の瞳はクールな表情の中、優しく潤んでいた。
PM1230。
常楽小学校。欧羅巴からの教生スチュワートが、今日は三年一組の教室で一諸に給食を食べている。輝男のいる一班に混ざって楽しく談笑するスチュワートは子供達にあっという間に溶け込み工藤と同レベルの人気を得たようだ。
「ねえねえ、スチュワート先生。」
「ナンデスカ? エェット、ミナミテルオクン」
「昨日、僕のお父さんにスチュワート先生の事を話したら、チョー馬鹿な事言ってムカついたんだ」
「オウ、ノー。オトーサンニタイシテ、ムカツクトカイッテハイケマセンネ……、バイザウェイ、オトーサンハ、ナントイッテマシタカ?」
「先生の正体はMI6の諜報部員。しかし実態は地球を侵略しに来たウチュー人だって」
「‼」
聞いた途端、スチュワートはお約束の『ハナから牛乳』で俄に一班は爆笑パニック状態。スチュワートのグレードはまたまたハネ上がった。
「えええ! 先生ウケ過ぎじゃない⁉」
「オウ! ソーリー、ゴメンナサイミナサン。バット、ミナミクンノオトーサン、ベリベリユニークネ! ワンダフォー」
しかし、スチュワートの目は笑っていなかった。
同時に、窓際の四班では担任の工藤も鼻からソフト麺を吹き出して生徒の人気をウナギ登りさせていた。
スチュワートは工藤に何か訴えるような視線を向けたが、工藤は強く否定するように眉間の皺を深くしつつカブリを振った。




