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翳り行く街の光と影  作者: いしかわがる
16/42

【急接近】 ーー誤爆ーー

 毎年夏期恒例、南家及びディアマンテスタッフのサマーバケイションは南の島のコンドミニアム&プライベートビーチを借りて、二泊三日の強行軍だ。

 到着早々オヤジは白い砂浜に宴会場をしつらえ、ビキニ姿の陽子と那実を侍らせての酒盛り大会。晴輝は輝男といっしょにサーフィンに興じる。

「那実ちゃん普段は皮ジャンぽい格好ばっかでよくわからなかったけど、案外グラマーなんだね。スゴーイ、カッコイイー」

 陽子は赤い三角ビキニに白いホットパンツ姿の那実を眩しそうに眺めて褒めたたえる。

「ちょ、……ヨーコちゃんに言われてもねぇ……素直に喜べないっつーの」

 二十代半ばの熟れ熟れのカラダを守る黒い三角形の布はあまりにも小さく、ちょっと派手に動けば色々とポロリしてしまう危険性にあふれる陽子のボディは、普段のスーツから解放され濃密な色香を存分にまき散らしているが、プライベートビーチであるがゆえに折角の色香も無駄遣いとなっている。

「ブハァアア! お天道さんの下で堂々と呑むビールじゃ、全然酔わねぇーな。那実、ウィスキーねぇか?」

「……パパ、まだ午前中だよ……せめて夕方までガマンしようよ」

 日焼けを気にする那実。パラソルから一歩も外に出たくない。

「ハルオさん、ビーチバレーしましょうよー! アタシこう見えてもバレー部だったんですよぉ〜」

 リゾート気分にうかれ、500の缶ビール片手の陽子が晴男に促す。

「なんだ、ヨーコおめぇ、俺に勝負挑むたぁ、いい度胸じゃねーか」

 酔っぱらい同士のどうでもいい闘志に火が灯る。

「ヨーコちゃん!……大丈夫? ビーチバレーなんて……」

「ん、何が?」

「いや、ほらイロイロとポロリ……」

「ダイジョーブよ! 別に。他に誰もいないんだから!」

「どうせやるならよぉ、1ポイント毎に1枚づつ脱ぐってのはどーだ? ガハハハ……!」

「アハハハ……、晴男サン、それじゃ晴男サン一発でマッパですよ!」

「誰も得しねぇっつーな!!! ギャハハハハハハハ!」

 那実の、意外に道徳的な心配を高らかに笑い飛ばす晴男と陽子。


 ーー大量に持ち込まれた酒と肴も夜半には8割方消費されていた。

「アンタたち、これじゃ、南の島に来たってイミ無いじゃない」

と輝世は呆れながら、ウッドデッキのテラスに出て潮騒と月を肴にレミーマルタン、ルイ13世を一口。

 桜子がトリュフチョコレートとカシューナッツを盛りつけたバカラクリスタルの器を輝世に差し出す。

「あんたもやりな」と差し出されたルイ13世を恭しく受ける。

「ママ、なんか嫌な胸騒ぎがするんですけど、私……」

 月明かりに照らされる水平線を望みながら桜子は憂惧の表情で輝世に訴えかけた。

「……何も心配要らないわよ。あんたも呑みなさい! 折角の短いバカンスを満喫するのよ」

「わかりました。といっても、ハルオさん達のお世話で忙しいんですけど……」

「ほっときゃいいのよ、適当にやるわよ、あのヤドロクは!」

 桜子は「はい」と言って普段通りの甘い笑顔を見せた。

 桜子は月に照らされる波打ち際から視線を入り江の方に移す。

 二つの人影を確認して安堵の溜め息を吐く。

 晴輝と輝男が十三夜の月明かりを背に戻って来たのだ。

「ママ、おにいちゃんとテルちゃんが戻ってきました」

 輝世は、え? 居なかったの⁉ という面持ちで桜子に向く。そして帰還した二人は勝ち誇ったように、

「ママ! 見てよ、大漁だぜ! サザエとイシダイゲッツ! お兄ちゃんが釣り上げたんだよ!」

「ふははは! 伊勢エビもいるぜ」

 それを耳聡く聞きつけ、アルコールで濁った晴男の目に輝きが宿る。

「でかしたぞ! 早速パパがおろしてやっから、こっち持ってこい!」

 皆、晴輝と輝男の功労を称えつつ、夜の海で危険な事するなと一応、苦言も呈しながら、宴は明けの明星が東に輝く頃迄盛り上がった。


 朝日というにはいささか日が高くなる頃、誰に起こされるでも無くシャキっと起床した晴男。

「よぉっし! ハルキ、テル坊! 朝日に向かって正拳突き1000本行くぞ!」

と意味不明で身勝手極まりないイベントを発生させる。

 当然晴輝は爆睡状態、親父の声など届かない。那実にあっても言うに及ばず。陽子は激しい二日酔いで便器から離れられない。

「パパ、フツーそういうのは水平線から上る御来光を受けながらするモンでしょ? もうじきお昼なんだけど……」

 もの凄く迷惑そうな輝男と、あきれ果てた輝世と桜子。

「ほんと、この男は、うっとーしいったらありゃしないわね……一人で行きなさいよ」

「いや、こういうのは、後に続く者が居ないと盛り下がるわけでな」

「輝男、お願い、ちょっとだけ付き合ってやって。桜子も一諸に行ってくれる? 洗いモノはあたしがやっとくから。あのオヤジまだ酒抜け切ってないから、無茶しないように」

「はぁーい。……でも、日に焼けちゃうのヤダなぁ」とか言いながら日傘を差し、テラスからビーチへ躍り出る。木綿の白いワンピースがハレーションで白い砂浜に溶け込む。 

 熱い砂を素足で踏みしめ、父子は穏やかなさざ波立つビーチに仁王立ち、「セイヤッ! セイヤッ!」と中段突きを遥か水平線の彼方に向けて打ち込む。

 桜子はまたも水平線を見つめ不安気な表情をしていた――――


「このUSC製の戦闘機は出力不足の上に安定性が悪いな……」

「しかしエトー隊長、我が軍の戦闘機ではかなり目立ってしまいますので我慢してください」

「分かっている、イトー飛曹長。全てはミナミのヤローをぶっ殺してからだ」

 地上100mの超低空飛行で太平洋沿岸部の視察をしていたキ・レール軍のエースパイロット、エトーはアンドー総統閣下の命令に対し唯々諾々とは遵守し難い思いに苛まれていた。惑星ペドロでの戦役では彼らに親族を殺されているエトー同様に多くの兵士達の中には、激しい怨念によりヒエラルキーの遺伝子情報を蝕まれている者が少なからず存在する。

「ん? 隊長、前方30kmに複数の熱源! 内一名、パターンパープル! ミナミハルオと出ています! マーヴェリックの射程内ですがどうします⁉」

「な、なにぃ!」

 なんという、不条理なる邂逅! 此処へ来て理不尽な血の掟に臍を噛むエトー。

「うぐ、……ぐ。ま、待て。このまま高度を保ち、目視で確認した後、本部に打診が優先だ!」

 エトーは全身の毛孔を粟立たせ、冷たい汗を滲ませながら、隊長としての冷静さを辛うじて維持していた」

「セイヤッ! セイヤッ!」

 正拳突きが500本に差し掛かった頃、波と追いかけっこしていた桜子は空低く飛ぶテレビで見た事のある最新鋭戦闘機を見上げ昨夜の予感が的中した事を覚った。

「ハルオさん! テルちゃん! 戦闘機が! 逃げましょう!」

「スッゲー。カックィー!」

 興奮する輝男。

 急旋回して急上昇してはまた急降下して挑発するような態度のF22A。

 晴男はたじろぐ事無く悠然としたまま

「桜子、ビビるコタぁねぇぜ、あんなカトンボ、俺の百歩神拳で軽く撃墜だっつーの」

「ハルオさん、まだ酔っぱらってます?」

 マジでヒく桜子。

 手首足首をフリフリ、軽くスタンバっているオヤジに侮蔑の表情の輝男。

「うぅわぁあ、でたよ、パパのハズカシすぎるオヤジギャグ」

 親子の正拳1000本突き大会を途中で邪魔された怒りも少し混じえながら、晴男はペガサス流星拳の構えをとる。

「かぁあああ、めぇえぇえ……」

「構えとかけ声バラバラだし……」

「あぁぁあ! りぃいいいい!」

「更にヒネった⁉」

 晴男の激情を込めた正拳上段突きによる波動は、真っ直ぐエトー達に向かい、マッハで襲いかかる。こちらに機首を向けていたエトーとイトーからは、はっきりと巨大なロケットパンチ型の気弾に見えた。 

 その気の塊がぶつかった途端、乱気流に巻き込まれた機体はコントロールを失いキリモミ旋回を始める。機体は上空で大破、強制射出されたエトーとイトーはなんとか命拾いしたようだ。

 晴男は、マジ⁉ そんなバカな! というリアクションで

「………あっちゃあぁ……」と困惑顔。

「あ、あれってパパの百歩神拳のせい?」

「……?、あ、ぁあ、……アッタリマエのこんこんちきだぜ……」

「んなワケないじゃん! 事故だよ、きっと! パイロット大丈夫かな?」

「そんなコトよりあと500本! セイッ!」

「えぇ! マジ⁉ もういいよぉ!」

 桜子は、尚も不安気な表情で、じっと晴男を見つめていた。

 そんなこんなで、南の島のバカンスは瞬く間に終わり、晴男と輝男は、絵日記には書けそうも無い思い出と、些かの後ろめたさを胸に南の島を後にしたのだった。

 今にして思えば、晴男の悪夢に拍車が掛かって行くのもこの日が境であった。

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