【三連荘】
ーー煩悩ーー
学校も夏休みに入り、末っ子の『どっか連れてって攻撃』が熾烈を極める。
其処は、ミスターパーマネントヴァケイション。フーテン親父の面目躍如のはずであるのだが…………
「パパ! いい天気だから釣りに行こうぜ。昨日お兄ちゃん達尺オーバーのチヌ爆釣だったって!」
「あぁ? こんなに日が出ちまったらもうムリ……って、今何時⁉ やっべ! 今日はオメー、駅前会館の新装オープンの日じゃねーか! ちょっと待ってろ! とーちゃんがPSP取って来てやっから」
「マジで⁉」
PSPと聞いては、輝男も我が儘を言う訳にはいかぬ。愛猫ウォッカも何か期待する瞳をオヤジに向けている。
愛する我が子とウォッカの期待を一身に受けママチャリのペダルを一生懸命回す晴男。
男の戦場『駅前会館』にダッシュだ。駐輪場まで行くのももどかしく、その辺に放置。
開店5分前の会館周辺には、欲望と執着に満ち、濁り切った目玉をドロリとギラつかせる漢たちが今か今かと開店を待っていた。
晴男は、今此の時程己の朝寝坊を呪った事は無いというくらい慚愧の念に苛まれる。
ズラリと並んだ行列は、駅前とはいえクソ田舎のクセに、裕に百mを超える勢いで、これでは台に着けるかどうかも怪しい。背水の陣で罷り越したは良いが、これでは戦う事さえ出来ない。獄門覚悟で輝世の財布からくすねたユキッつぁんもどうせ散るなら戦場でと願っているに違いない。(と思いたい)
晴男は必死に探す。知った顔を!
……「いた!」徹夜組の先頭集団の中に。
――近藤俊彦は晴輝と保育園から高校までもずっと一緒の幼馴染み。男のくせにサラサラのストレートヘアが肩まで伸びていて、『結婚しようよフフンフ⁓ン♪』と言っても女子は誰も受け入れてはくれないであろう、理系の工学オタク丸出しな大秀才で、新台の解析もお茶の子サイサイなエイティーン。
今日此処に居るのはさしずめ晴輝達に無理矢理押し付けられたのだろう。――
「おう! トシ坊、こないだオメェにモディファイしてもらったアンプ、メッチャクチャ良いぜぇ⁓」なぞいいながらフェードインするマジで開店5秒前。
「え? おじさん。お、おはようございます」
近藤は困った顔で周りを気にするが、開店の合図に誰もが晴男の事などおかまい無しである。
殺気が店内に注がれ、一気に欲望の坩堝と化す。近藤がアタリを付けた台に座ると、晴男は軍資金全額投入。全知全能を傾けてハンドルを握る。
「あら? ユキチ三枚入れてたハズなのに一枚たりないわ」
リヴィングで家計簿をつける輝世の表情ににわかに修羅の影が宿る。
「今日駅前会館が新装オープンだって言ってたよ。パパが」
夏休みの友に早くもラストスパートをかける輝男の無垢な横顔と、愛猫ウォッカの無防備な寝姿に因って輝世の掌中にある夫婦茶碗はなんとか粉砕されずに済んだのであった。
ーー爆発ーー
「そろそろ潮時だな……」
昼過ぎ、積み上げられたドル箱の壁の中で台との格闘もしだいに緩慢なムードになり、直感的に引き際と悟った晴男は深追いを避け、呼びだしボタンを押す。
近藤を見る。頑張ってはいるみたいだが、どうも旗色が悪いようで、顔色も土気色だ。晴男は声を掛けて、残り玉とドル箱ひと箱を残し台を譲った。
「望み薄だが、ひょっとしたらもう1回かかるかもしんねーぜ。がんばんな」
「お、おじさん、ありがとう……」近藤は地獄に仏を見るような目で晴男に深く感謝した。
ホールスタッフが二人掛かりでカウンターまで運ぶ山のようなドル箱に店内の誰もが驚愕の二度見。カウンターのデジタル表示が十万を超え心無しか店長の顔色が悪い。
晴男は高鳴る胸の中を悟られまいとしてか、緩みがちな顔面筋を無理矢理引き締めるが、やはり緩む。
とりあえず愛する末っ子待望のPSPは確保しておく。
特殊景品を両手いっぱいに抱え背後に戦闘オーラを発散させながら換金所でユキチの群れをゲットし、近藤の様子を伺う。どうやら晴男の読み通り完全に波は去ってしまったようで、ドル箱が消えようとしていた。先程近藤が座っていた台もてんで当たる気配はない。
「トシ坊、もう無理だろ。アイツらから幾ら預かった?」
「1人千円で、4千円……」
「チっ! しょっぺえなあの馬鹿共……」
「オジサン、ハル君は馬鹿じゃないです!」
「まぁ、いいから、もぅおめぇ、諦めて帰んな」
そう言いながら十枚ほど、近藤のYシャツのポケットにネジ込んだ。
「! おじさん! いいの⁉ こんなに!」
「おう。いいから持ってけ。おまえのおかげでいい台取れたんだからな。あの馬鹿共には倍返しくらいで調度いいだろ、残りでハイエンドなマザボとグラボでも買っとけ」
「ありがとう。おじさん。このご恩は決して忘れません」
「大袈裟!」
近藤は万券十枚を大切に財布にしまい、いそいそと家路についた。
――消沈――
……「腹減ったな……」
大勝の美酒に酔い痴れたい浅薄な欲望が、晴男の肚の中ムクムクと鎌首をもたげる。
商店街の外れ、創業何年かわからないが、物心ついたときから、買い食いといえばもう、絶対此処。という店がある。四代目当主。岸寛吉(晴男の幼馴染み)が、今日もテカる額に汗水たらして元気に絶賛営業中のこの店、『パラシュート部隊』。
駄菓子、おでん、ホルモン、軽食にスウィーツ、ナイトタイムはアルコール各種を取り扱う夢の殿堂。子供からプロレタリアートまでフルカヴァーする憩いのオアシス。狭い店内が昼休みの労働者でごった返している。晴男は確信犯的な笑みを浮かべアルミサッシの引き戸を勢いよく開け、不遜な態度で一発カマす。
「いよぉ、労働者諸君! 今日も地元経済の発展の為に粉骨砕身、刻苦勉励地元企業に隷属しとるかね⁉ ヨッシャヨッシャ!」
パチンコ成金の薄っぺらな傲慢さに店内は一瞬にして氷の世界と成る。
「おい! てめぇ、ハルオ! このクソ忙しい時にムカつく事いってんじゃねぇよコノヤロウ! 頼む! 中、手伝ってくれ」
懇願する岸寛吉。
「なんだよなんだよ、折角俺様も売り上げに貢献しようと思って来てやったってぇのによぉお」
シメシメと言わんばかりのニヤケ顔で厨房に入る晴男。厨房といっても、ちょいと大きめの家庭用のガステーブルと電子レンジとオーブントースター、それに2ドアの冷蔵庫が二台あるだけのいわば、お勝手だ。
「ハルオ、チョコパ2、クリソ1。大至急!」
「なぁにがチョコパとクリソだよ、オメェが言うと、『スリッパとクソ』みてェに聞こえんだよ。タコ!」
おでんの鍋からモツを三串ばかり一気に頬張り、ビアサーバーからジョッキ(大)に注ぎながら、慣れた手つきで見事なトリプルチョコレートパフェを作り上げる。
「ああぁあ! おまえ、そんなデラックスにしたら合わねえだろーが! アイスどんだけ使ってんだよ!」
「バッカヤロィ、たまにゃ、こんくれぇサービスしやがれ。吝嗇くせぇ商売しか出来ねーから、いつまでたっても嫁の来手がねーんだよ、てめぇは! この馬鹿野郎」
「……くっ、まぁいいや、それおくのテーブルのOLさんとこ」
「オーケーイ」晴男は狭くて醤油くさい店内をDXパフェとSPLクリームソーダをトレイに載せ颯爽とOL達の席に運ぶ。移動距離三歩。
「わぁ、スゴーイ」
「いつもとちがぁう!」
「あのぅ、こんなの頼んでませんけど……」
晴男はにこやかに、優しい口調で、
「平素より当店をご愛顧いただいておりますお嬢様方に当店オーナーからささやかな感謝の意でございます。お代は通常通りですので」
晴男は優雅で大袈裟なボウアンドスクレイプでお辞儀をする。
「わぁ、うれし⁓」「いただきま⁓す」「おじさんありがと⁓」
無邪気に喜ぶ女子の顔を見て寛吉もなんだか嬉しくなり、「いいってことよ」と手を振って応える。しかしキャッツアイの奥のちっこい瞳には涙が溢れていた……。
「クッソー。けっきょくアイツがいいカッコしたかっただけじゃねーか!」
しかし、晴男の給仕の手際よさは、ワケがわからん程素晴らしい。ディアマンテで培ったというわけでもなく、能天気に生きているだけのヤツの単発的なファインプレーと言われてしまえばそれまでだが、勘所をおさえる才知というか、機転が利くというのか、寛吉にとっても、そこらへんが魅力で長年付き合っていられるのだろう。カキイレどきのほんの一時だが、オッサン2人の丁々発止を楽しめ、更には、スペシャルな即席裏メニュウも堪能出来、登場時にはドン底だった晴男の株もほんの小一時間でストップ高の急成長。そのおかげで市場は超デフレーション。
「資本主義の光と影だな。笑顔の影にゃあ涙があんのよ」と岸寛吉。
昼下がり、『パラシュート部隊』は夜の為の仕込みに入る。晴男はといえば、打って変わってガランとした店の、カウンターできな粉アメを齧りながらウメサワーをやっつけている。向こうで寛吉が何やら喚いているが何言ってるのか分からないので気にしない。ボンヤリと己の人生なんぞを振り返ってみたりするが、ウメサワーで程よくイイカンジになった大脳は、働く事をやんわり拒否していた。
うつらうつらしていると、もう夕方に近い時間帯。部活帰りの学生や、遊び終えて帰宅途中のガキンチョ共でガヤガヤし始める頃、晴男も微睡みから覚める。近所のガキ共が「あ⁓、テルオのパパが酒飲んでる⁓」とか「ハルキさんのオヤジがグダグダしてる⁓」だの面白がっているのが鬱陶しい。
「ヒマだなぁ……」
呟きながらケータイで西園寺を呼び出す。
「おう、ハジメ。ヒマ? ヒマじゃねぇ。あ、そう。オゴルからよ。コッチ出て来いよ。寛吉の店。じゃーな」
西園寺の返事も聞かずぶっきらぼうに通話を切る。と、寛吉がふてくされた顔でチクリと刺す。
「ハジメ呼んだの? ふーん、オゴルってか? えっらそーに! テメーのツケがいくら溜まってっと思ってんだよ! オゴルって、どの口がいってんだ⁉ オラァ!」
噛み付く寛吉を手かざしで制し、腹巻きの中からユキチを5人ほど出動させる。
「これで足りっか?」
これ以上無い程忌々しい表情で、寛吉の頬を撫でくり回す。長年に亘る無銭飲食の代金など正直言って疾うに忘れていたし、本気で取り立てようとも思っていなかった岸寛吉。戸惑いながらもそのGマンを受け取り、今日の手間賃といって律儀にも一枚晴男に渡した。時給Cマンとは、随分豪気というか、呑気な経営者だ。
「いいか、寛吉。人間は辛抱が肝心だぞ。しんぼうして努力してりゃ、必ず報われる日が来るからな。わかったか? わかったらもっと俺様を敬えよ。あぁ? なんだよ、顔色わりいぞ、コノヤロゥ」
足りてるかどうかも分からない借金を何年か越しで返しただけで大威張りの晴男の背後の人物を見て寛吉の顔が血の気を失う。
「ハルオ、お、おま、ぇ、…………おぃ」
寛吉は言葉に詰まりオロオロするばかりだ。
「なんだよ! 言いてぇ事があんならハッキリいえってんだ‼」
「あんた!」
背後からの、聞き覚えのある美声に凍り付く晴男。
「⁉」
「あんたに聞きたい事があるんだけど」
「え? え?」
視線が激しく泳ぎ、挙動が怪しさマックスとなる。
「あたしの財布からユキチが消えたんだけど……」
「お、おう、ちょ、ちょっとな、借りたんだよ。悪かったな。ありがとうよ」
といって一枚返そうとするその手を取って後ろに捻り上げる輝世の巧みな技に、寛吉は慄然としながらも、その、暴力そのものさえも肯定させられてしまう程の圧倒的な所作の流麗さに、ある種、憧憬めいた感動に支配される。
「いぃいってぇええ! なんだよ! 素直に返すって言ってんのにぃ!」
「あんた、今日駅前会館で大爆発させたらしいじゃないの」
「そ、そうでもねぇけど……」
輝世は晴男の腹巻きに手を突っ込むと中の物を根こそぎ摑み出す。
先程寛吉から受け取ったものも併せ26人のユキチと、PSP……。
「何、こんだけ?」
「……トシ坊に、徹夜で並んだ駄賃10枚くれてやった!」
ヤドロクの憮然とした表情に些か苛立つ輝世。
「へぇ、おっとこまえじゃないの。トシ坊には男気みせといて資金提供者には元返しなの? そんなんで通るの? あんたの仁義は。そもそも今まで何人アタシの諭吉を無駄死にさせてきたの⁉ アンタは!」
「わ、わかったってば。こんくらいでカンベンしてよ」
三枚渡そうとするその手の反対側から23枚の諭吉をむしり取り、
「これでも足りないくらいよ。あと、あたしのチャリンコ無いんだけど、アンタでしょう? 戻らなかったらベンショーしてもらうから。じゃあね」
といってアルミサッシをピシャリと閉めパラシュート部隊をあとにする。
「ひ、ひどい…………」
まるで十字軍に蹂躙された農民のように呆然とする晴男に掛ける言葉が見当たらない
寛吉は、只々、あたらしいグラスに泡盛をロックで差し出すほか無かった。
日もとっぷり暮れ、パラシュート部隊はアブラの乗ったオッサン達の盛り場と化す。
猛田社長も、ディアマンテに『出勤』する前のウォーミングアップに顔を出している。
「どうした、晴男? 今日駅前会館で爆発させたそうじゃねーか⁉ なんだよ、十字軍に踏み荒らされた農民みてぇなカオしやがって!」
寛吉がカクカクしかじかと説明する。
「あーっはっは、ひぃっひっひ! 流石、輝世ママ! ハルオ、ざまぁねぇな! ひぃっひ…………まぁ、呑め呑め、俺のオゴリだ!」
調度いいタイミングで西園寺も到着。ラップトップを開いて晴男と猛田にPRサイトのプレゼンをする。ギャラに二次比例した素晴らしい出来に猛田も晴男も盛り上がり、そのノリのまま、猛田を先頭にディアマンテに繰り出すのだった。
PM20:00。一旦帰宅。
飛びっ付いてくる末っ子に、誇らしげにPSPを手渡す。
「スッゲー! パパすげぇ! ありがとー!」
喜ぶ末っ子の笑顔がなによりの報償であった。が、ゲームソフト代にあと数千円必要になる事に、その時はまだ気付かなかった……




