プロローグ
「パパ、何かおはなし聞かせて」
「何時だと思ってるの。だまって寝なさい」
「ダイジョーブ。パパのつまんないおはなし聞いてれば眠くなるから」
「ぅくっ、……じゃあいくぞ、でもな、今から話す事ぁ、俺とお前だけの秘密だからな。誰にも内緒な」
「うん。わかった」
可愛い末っ子に再度念を押してから父親は語り始めた。
……不安定な資本主義の幻想。仕組まれたシナリオにもいよいよもって綻びが見え始め、腐り切って朽ち果てるのを待つのみの糞社会。どこまでも可愛く愚かな民は、特権階級が振る民主主義の旗の下、主権者の衣を着せられた奴隷として恙無い日々を、無為な時を傲慢に浪費し、堕落の歴史をループする。…………
「え⁓、何のハナシ? つまんなすぎ」
「そんな事言うと、やめるよ。おはなし」
「やだ! 続けていいよ」
「続けていいよって、おかしくない?」……
……いうまでもなくこの惑星は、人類の、否、生きとし生けるもの全ての母として、命を育み、護ってきた。
いつしか人類のみが、思春期の息子の如く母に歯向かい、護られている事も忘れ、傍若無人の振る舞いをし始める。
母なる惑星を穢し自らをも危険に晒しながら、発展、進歩を遂げ、文明を築き上げ、独りで大人に成ったような顔で今日までに至る。
更に、飽き足らぬ人類は、高度な科学なぞいう怪し気な錬金術を弄し、きらびやかで甘美な繁栄と引き換えに、人類の、あまつさえ万物の未来を、魂を、虚栄心と物欲の魔王に売り払ったのだ。
あわれ愚鈍な子供達は、もっとも大切なモノを見失い、いよいよ刹那の享楽に陶酔し、しらずしらず奈落へと堕ちて行く。
さりとて、母なる惑星は絶対なる愛で、斯様に愚かなる出来損ないのボンクラ共を尚も赦し、慈しんでいたのであった。
そんな麗らかな或る日のこと。其れは、 ――母なる愛でも太刀打ち出来ぬ、オヤジの撃ち落ろすイカヅチのような其れは―― 突然にやって来たのである。
光を超え、時の流れを、思念をも超越し、人類の腐敗と欺瞞の連鎖を打ち砕く天の裁きかはたまた鬼神の霹靂? 否、天の神々なら塵程の手緩さも、ちらりほらりと垣間見ゆるというものであろう。無慈悲で冷徹な其れは、地表のあらゆる文化、文明、生命活動を非情に剥ぎ取って行った。
痛みや苦しみ、恐怖さえ覚えることのかなわぬ凝縮された一刹那からいったいどれほどの時が刻まれたのだろうか。
「……」
「寝た?」
「まだ」
「もぉぉお⁓……」
これは歴史に翻弄されながらも、数多の試練を乗り越え、なんとか再生を果たした人類社会の辺境、一地方都市での物語……
今や、『常楽町商店街』を中心とした第三次産業の高度な発展を見せるS県蓮華市の産業経済のリーダーシップを執る『クロガネ商事』本社ビル最上階のプレジデントルーム。社長の鉄拳也とニュークリアインダストリー『ル・キーレ』渉外部長、武藤亜藤武が朗らかに談笑している。ハバナ産コイーバ・ブラックコロナとマーテル・コルドンブルーの香りが、ホンジュラスマホガニーの家具でしつらえた部屋に漂っている。さながら祝杯とでもいった風情であろうか、二つのブランディーグラスが心地よく響き、驕傲な笑顔でなにやら次の段取りを示し合わせている模様。
原子力発電所建設に伴う〝羽衣地区〟住民公開ヒアリングも好感触で最終段階を終え、用地買収もぬかりなく進行中。あとは機が熟すのを待ってクロガネの号令ひとつ、蓮華市が〝国際的大都市〟に向けて第一歩を踏み出すばかり。
市の経済を支配し、地方行政をも意のままに操り、地元企業の雄として営々と富と権力を築いて来たこの地方豪族に於いて、核エネルギー事業への参画により、国家とのパイプは勿論、国際社会でのデベロップメントにおける訴求力の増強ももはやテッパン。一躍メジャーの仲間入りもそう遠い話ではない。自然と笑みもこぼれよう。……
…… …… ……
…… ……
「……」
「……パパ、寝たの?」
「……スー、……スー、……」
「おやすみパパ、……いい夢を……」




