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【アンネ・フラメルの悪夢:友と鐘の悲劇】 2回目

『だめだめ!』


 ──少女は笑いながら胸の前でばってんを作った。


『もういっかい!』


 私のちっぽけな自信はガラガラと音を立てて崩れ落ちる。あれだけしっかり考えたというのに、それでも『だめだめ』なのだ。仕草だけは可愛らしいことが、余計にイライラを加速させる。


 少女は悔しさと憤り、ある種の怒りが入り混じった私の顔を見てとても楽しそうにしていた。シチュエーションを一切考えなければ、誰もがその性悪少女の子供らしい満面の笑みに心が癒されていただろう。それほどまでに彼女の笑顔は明るいものだった。


 彼女はどこからか新しいクッキーを取り出し、さらに自分のカップに紅茶をいれる。気が利いているのかいないのか、私にも新しいカップに紅茶をいれてくれた。もちろん、こっちの意見なんて聞かずに山盛りの砂糖をぶちこんでいた。



『ルーシーが本気でロルフを信用していたってのはあっているよ! 理由もまさにその通り! ロルフはちょくちょく時間を見つけては、ルーシーといろんなお話をしていたみたいだね! こっそりお菓子をあげたりもしてたらしいよ!』


『アンネとルーシーがずっと一緒だったってのも正解! これは簡単すぎたかな!』


『でも後半三つはだめだめ!』


『気弱なロルフなのに、逆恨みで行動を起こすって考えにくいよ! ヴォルフがそうだったように、凶悪な犯罪者にはもっと明確な目的と意志があるものだよ!』


『アンネは犯人のことを恐ろしく思っていた……って、それはあまりにもひねりが無さすぎるよ! 質問の意図をもっとよく考えて!』


『子供って真似するのが好きだよね! あなたも心当たりない?』


『最大のヒント! アンネの悲劇そのものにおいては、ヴォルフよりもロルフのほうが重要だよ! ロルフがいなければ、アンネの悲劇そのものは成立しなかったよ!』



 結果とヒントは以上のようなものであった。これ以上のことはどんなに問い詰めても少女はにこにことほほ笑むだけで頑なに口を割らない。いっそぶん殴ってでも口を割らせようかとも思ったが、悲しいかな、私にはそんな度胸が無いし、そもそも彼女はこの悪夢【ナイトメア・マンション】の管理人だ。いずれ超常的な能力を持っていることは疑いようがない。


 私が正解できたのは簡単であった最初の二問だけだ。それ以降の問題については何の手がかりも得られていない。コレがダメとなると、いったいどう考えればいいものか。


 不思議なことに、今回は騎士の悪夢ほどの疲労感を覚えなかった。答え合わせの直後だというのに、こうして物事を考えるだけの余裕がある。おそらく、私自身が悪夢に慣れてしまったことと、アンネの悪夢は直接的な悲劇の描写がほとんどないことが理由だろう。


 騎士の悪夢は『とびっきり』の悪夢だったと少女も言っていた。最初から最高の悪夢を見せられていたと考えれば、納得できることもある。今回は悪夢の傾向が騎士の悪夢のように精神的にどん底に落とし込められるものではなく、むしろミステリーのそれに近いことも理由の一つではあるのだろう。


 ミステリーだとしたら、これだけ出来のひどいものはない。本編そのものが飛ばし気味だから、得るべき真実を空想で補う箇所が多すぎる。初見ですべて分かれなんて土台無理な話だ。


 ちょっと聞いたことがあるが、もしこれをミステリーになぞらえるのだとしたら、フーダニット(Who done it?)ではなくホワイダニット(Why done it?)に類されるものなのだろう。それが余計に真実をわかりにくくしている。


 もちろん、慣れたとはいえすぐに悪夢に挑戦する気力は湧き上がらない。ちびちびと紅茶を飲み、一枚、また一枚と私はクッキーをつまむ。ゆっくりと休憩しつつ頭の中で悲劇を振り返る私を、少女はただただ無言で、にこにこしながらずっと見ていた。


 もう一度振り返って見よう。


 少女の言葉から考えると、ロルフは犯人ではないということになる。言われてみれば、ロルフはいつも受動的で、地下室を作ったのもヴォルフに凄まれたからだ。気弱なロルフはそれを断れず、兄に怯えて警察に駆け込むことさえしなかった。


 逆恨みでアンネを監禁するほどの度胸が、果たしてロルフにあったのだろうか?


 私は懲役刑など喰らったことが無いからわからないが、檻の中で過ごした人間は精神的にやつれ、そういったことなどできなくな……


 ──と、ここで私は気づいた。


 よくよく考えてみれば、ロルフがアンネを監禁することなんて不可能じゃないか?


 ロルフの懲役年数は五年。そして、アンネが監禁によって殺されたのは事件から五年後。時間的にかなり厳しいものがある。この五年と言う数字にどれくらいの細かいズレがあるかはわからないが、出所したばかりの人間が準備を整え、実際に監禁して──すなわち、長い時間をかけて殺すのは聊か不自然だ。そんなに殺意があるのなら、監禁せずに殺しているはずである。


 だいたいあいつは自他ともに認めるロリコンだ。二十一歳のアンネにそこまで執着したかどうかわからない。


 もしかすると、私は何か大きな出来事を見逃しているのかもしれない。犯罪者だというだけで、手口が全く一緒だというだけで、ロルフが犯人と決めつけるのは早計だったのではあるまいか。


『割といい着眼点だね!』


 人形の少女が不気味にほほ笑んだ。彼女が機嫌よく褒めるときは、たいていが私が大きなミスをしているか、あるいは本当に真実に近づいている時のどちらかだ。


 紅茶をぐびりと飲み干し、最後に一枚だけクッキーを食べる。紅茶とは違い、クッキーは私を慰めるかのように、仄かで優しい甘さであった。



▲▽▲▽▲▽ 203号室【アンネ・フラメルの悪夢:友と鐘の悲劇】 ▲▽▲▽▲▽



 そして再び少女に手を引かれ、私は【アンネ・フラメルの悪夢:友と鐘の悲劇】に飲み込まれていった。闇に飲まれる直前、『頑張れば今回で終わるかもよ?』と少女がこちらに向かって手を振っていたのを覚えている。もちろん、そんなの信じはしなかったが。


 一体いつの話かわからないが、私は再び雑貨屋としてあの鐘の町にいた。やはり今日も幼いアンネとルーシーは仲良しで、一緒に手を繋ぎながら歩いている。


 この数年後ルーシーは監禁され、さらにその数年後にアンネが死亡するという事実が私に重くのしかかってくる。彼女らの未来がわかっているだけに、私はどうにも前ほど素直に彼女たちと触れ合うことが出来なかった。


 鐘が鳴ると子供たちが帰路に付き、それでなお帰らない子供たちは大人たちが叱る。両親は言うことを聞かない子供たちに愛の拳骨を落とし、そして今回もまた、『さっさと帰らんかァ!』という私の怒鳴り声は子供たちの間でしばしば真似され、笑いを誘っていた。


 どこかの悪ガキが私の物まねをしたのを見たアンネとルーシーが、一緒になってくすくす笑っていたのを見たときは、二人の笑顔にうれしさを感じると同時に、その言葉の意味と、これから起こる悲劇に悲しさも湧き上がってきたのを覚えている。


 雑貨屋として過ごす、事件が起きるまでの数年。物語で言えば長すぎるくらいのプロローグ。アンネとルーシーの関連性を見せつけてくるその時代に、私とて何もしなかったわけじゃない。


 そう、今回は騎士の悪夢とは違い、私には確かな肉体がある。ある程度の自由が利く。私の思うように動き回れるのだ。


 真っ当な感性を持つ人間として、私は数年後に起きる悲劇を潰してしまいたかった。コレが悪夢だからこそ余計に、その運命をぶち壊したかった。自分でもどうしてそこまで思っていたのかわからないが、騎士の悪夢と重ねて躍起になっていた部分もあるのだろう。


 これからこの町で凄惨な事件が起きる。しかし私は、その事件の全貌を知っている。そうでなくとも、私はキャラクターとしての雑貨屋の記憶と人格をもっている。動かない理由が無い。私はヴォルフの野望を潰そうとあらゆる工作を行い、全ての被害者を事前に救おうとした。


 が、これは徒労に終わってしまった。ヴォルフの異常な野望について周りに話そうとしても決まって何か邪魔が入るし、途端に私の口から言葉で出てこなくなる。ヴォルフの倉庫を調べようとした時も同様だ。失踪事件が起きるその日、ヴォルフの工房の前に張り込んでいても、運命的な何かがそれを邪魔したし、前回と違い倉庫への搬送ルートが地下道を使ったものに変わるだけであった。


 そう、いかなる方法を取ったとしても、ヴォルフの監禁計画を潰すことが出来なかったのである。どうやら私が物語に影響を与えないキャラクターであることは絶対的な事実らしい。


 私が努力をする傍ら、アンネとルーシーはどんどんその友情を深めていく。それはまた、同時に絶望へのカウントダウンでもあった。


 そして、運命の日。やはりルーシーは失踪した。


 この悔しさを文章にすることはとてもできない。自分の娘のように思っていた子供が、犯人もその手口もわかっているのにみすみす誘拐され、自分は何もできないのだから。


 アンネは鐘の音がトラウマになり、ルーシーの両親たちは日に日に憔悴していき、やがてルーシー探索隊は解散されることになった。


 前回と違うことと言えば、私はそれでなおアンネと共にルーシーを探し続けたことだろう。この悪夢の大筋としてアンネが決着をつけなければならないことが確定しているのなら、全てを知っている私がサポートに入ることで、ルーシーの救助を少しでも早めようと思った次第だ。


 アンネは夕刻の鐘に怯えながらも、一回目の時と同様、メキメキと力をつけていく。私はそんなアンネをさりげなくサポートした。直接的なサポートはやっぱり運命的な何かに遮られてできなかったものの、探索個所をさりげなく誘導したり、勉強用の資料にさりげなく町の古い歴史や地理の本を混ぜたりすることは可能であった。


 だいぶ端折ってはいるが、これはかなり歯がゆい日々であった。アンネ自身がその真実に到達しなくてはルーシーを助けられないのだ。私にできるのは文字通り、物語の大筋に影響を与えない程度のサポートだけだったのである。


 そして、それは決して無駄ではなかった。


 あの、ヴォルフを捕まえる運命の日が、一回目より半年ほど早まったのだ。


 一回目同様、真実に到達したアンネは協力者を募り、ヴォルフにあえて情報を流すことで現場へとおびき寄せる。鐘のトラウマにより動けなくなった……と見せかけて、そしてヴォルフに自分をさらわせた。


 そして、ヴォルフの倉庫。ヴォルフの悲鳴とアンネの荒い息遣い。あの時と同様、ヴォルフの足は秘密の地下室への入り口の扉としていた鉄板に挟まれてぐしゃぐしゃになっており、その左目はアンネの隠し持っていたナイフで潰されていた。


 アンネとルーシーはとうとう念願の再会を果たす。やはり半年程度ではそこまで結果として変わらないのか、ルーシーの姿はすっかりと痩せこけ、髪はボロボロで体中に傷があり、声もかすれて酷い有様であった。心なし、一回目の時より体の傷は少ないように見えたが、それはあくまで誤差の範囲だろう。


 非常に残念なことに、最終的な被害者の状態は一回目と同じであった。一番最初に監禁され奴隷として扱われていた被害者はヴォルフに殺されており、その他大人の被害者も度重なる強姦や拷問により心がすっかり壊されてしまっていた。


 私の努力は、せいぜいが彼女たちを半年早く解放させるだけにすぎなかった。しかし、悲劇の大筋を変えられないという制約上、これは仕方がないことだと思うほかなかった。ルーシーが怖い思いをするのを半年も短くできたのだと、無理やりそう考えることにした。


 なんだかんだで、その後の結末は一回目と変わらなかった。ヴォルフは前回と同じ罪状で死刑となり、その証言やそれにまつわる諸々も一回目と一緒であった。ロルフの裁判もまた同様に、ルーシーが彼をかばう証言をした。


 これからまた、再会したアンネとルーシーは互いの友情を確かめ合っていく。いついかなる時も一緒に過ごし、まるで仲の良いカップルの様な有様であった。誰が見ても見ていて微笑ましくなることは疑いようがなく、そのあふれる幸せを周りに振りまいているかのようであった。


 少女の執念がもぎ取った幸せ。誰もが笑って終わるハッピーエンド。ここで終幕のベルが鳴れば、これは一つの物語として完成したことだろう。


 しかし、これは悪夢だ。このあとアンネは監禁され、死亡するのだ。


 そして恐ろしいことに、ここまで再び悪夢を追体験してなお、私は真実への新たな手がかりの一つもつかめていなかった。


 いったいどこに私が見落としているものがあるのかわからない。アンネの悲劇のその予兆がどこにも見つからない。ヴォルフは確実に死刑となり、死亡していることを私自身もしっかり確認した。問題となった旧地下道はしっかりと調査が入り、もうヴォルフと同じ手法では拉致することはできない。もちろん、ヴォルフの地下室も潰されている。


 みなが平和を満喫する中、私だけが焦燥感に駆られていた。あまりにも様子がおかしかったからか、例の鐘の小物を買いに来たアンネやルーシーに心配されることもあった。


 結局、私はろくに手がかりを見つけることもなく別の町に引っ越すことになった。


 そして、引っ越し先での四年間。何度も鐘の町に行こうと、アンネの行く先を見届けようと努力したもののやっぱり運命的な力で悉く邪魔された。私の知らないこの空白の四年間にこそアンネの悪夢に関する重要な手がかりがあるはずなのに、どうがんばっても私にはそれを知ることができなかった。


 無力感に苛まされるまま、運命の日が近づいてくる。その日が近づき、毎日ビクビクしながら新聞を読んでいた私の眼に、それは飛び込んできた。


『鐘の町、五年前の悲劇再び。監禁事件により女性が死亡』


 アンネの死を報せる新聞記事だった。



▲▽▲▽▲▽ ナイトメア・マンション:管理人室 ▲▽▲▽▲▽



 気付けば、私は例のエレベーターの壁を思いっきり拳で叩いていた。一瞬ぐらりとそれが揺れ、直後に尋常じゃない痛みが拳に跳ね返ってくる。実にバカなことをしたものだと今になって思うが、ともかくその時はそうでもしないとやっていられないほどイライラしていたのだ。


 二回目の追体験においては、まるで何も収穫が無かった。わかったのは、『ルーシーは本気でロルフを信用していた』、『アンネとルーシーはずっと一緒だった』というわかりきった事実だけだ。


 ばたん、と私は管理人室の扉を開ける。こちらを見てぱあっと表情を明るくする少女にイラだった。あいつの場合、私に会えて嬉しかったのではなく、私のどうしようもない複雑な表情を見て楽しんでいるのだから。


 『ねえどうだった? ねえどうだった?』としつこく聞いてきたのがその証拠だ。


 残念なことに、今回はウチキドの姿は見えなかった。いくらかヒントを貰えるかもと思ったのだが、そう都合よく彼女と会えるわけでもないらしい。明らかに落胆した私を見て、人形の少女は可愛らしく頬を膨らませながら質問を投げかけてくる。






『ルーシー・ウェンライトは本気でロルフ=ゲルバーを信用していた?』


『事件後もアンネ・フラメルとルーシー・ウェンライトはずっと一緒だった?』


『犯人はなぜアンネ・フラメルを監禁した?』


『アンネ・フラメルは自分を監禁した犯人のことをどう思っていた?』


『アンネ・フラメルを監禁したのは誰?』






 最初二つの質問はいいとして、残りの三つだ。今回何の成果も得られなかった以上、今まで分かった事実から物事を考えるほかない。そうして、出来るだけ多くの……可能ならば別ベクトルのヒントをもらえるような回答をするべきだろう。


 幸いなことに回答そのものに制限時間が設けられているわけじゃない。少女が言った通り、時間なんていくらでもある。


 私は自分で紅茶をいれ、少女がパクついていたカステラ(驚くべきごとに切り分けられる前の塊そのものである)を勝手に取り分ける。涙目で抗議してくる少女を無視し、ゆっくりと考える態勢に入った。


 一つ一つ整理していこう。


 今回の追体験においては、肝心の三つの質問についての手掛かりは得られなかった。少なくとも、一回目との差異は見つけられなかった。せいぜいがルーシーを半年早く救出できたことだろうが、これが直接質問に関わってくるとは考えにくい。というか、そもそも一回目の追体験では存在しなかった事実であるため、解答にはなりえるはずがない。


 となると、今まで得た手がかりだけで物事を考える必要がある。


 はっきりしているのは、ルーシーがロルフに抱いていた気持ちと、ルーシーとアンネの関係性だけだ。これを主軸に考えを発展させねばならない。


 もしこれがルーシーの悪夢だったらまだやりようはあるのだ。今までの所、アンネは物語の主人公のような活躍はしたが、悪夢の主人公としての体験はしていない。逆に、ルーシーこそ悪夢の主人公の様な体験をしているのだから。


 ……やはり、どんなに考えてもこの事実だけでは全貌はわからない。となると、後は少女が与えてくれたヒントを頼りにするべきだろう。



『最大のヒント! アンネの悲劇そのものにおいては、ヴォルフよりもロルフのほうが重要だよ! ロルフがいなければ、アンネの悲劇そのものは成立しなかったよ!』



 ロルフはアンネの悲劇において重要であるらしい。しかしながら、アンネとロルフの接点らしい接点が見つからない。正直な私の印象を打ち明けると、ロルフは役割だけを与えられた脇役の様な気がするのだ。


 そして、おそらくアンネを殺したのはロルフではない。だのに、ロルフこそがアンネの悲劇に必要なファクターであるとも言う。


 ああ、本当にいらいらする。この少女はいちいち言うことが抽象的すぎるのだ。最大のヒントとか言いつつまるでヒントになっていないし、その前の四つ目の質問に対するヒントでさえ、『余りにもひねりが無い』などという始末である。こうしてロルフが犯人のように思わせるそぶりを見せておきながら、『気弱なロルフは逆恨みじゃ行動を起こさない』などと言い切る。


 どうしてこうも役に立たないヒントばかり少女は出すのだ……と思ったその時、私は思い出した。


 彼女が言うことに、いくらばかりの矛盾がないだろうか?


 二つ目の質問。『事件後もアンネとルーシーはずっと一緒だった?』に対し、私はただイエスとだけ答えた。実際、その事実はほかならぬ少女自身に認められている。


 だがしかし。



『アンネとルーシーがずっと一緒だったってのも正解! これは簡単すぎたかな!』


『アンネは犯人のことを恐ろしく思っていた……って、それはあまりにもひねりが無さすぎるよ! 質問の意図をもっとよく考えて!』



 四つ目の質問に対しては『ひねりが無い』と言ったくせに、二つ目の質問に対してはそのまま認めている。むしろこっちの方こそひねりの無い回答だというのに。


 もしかしてこれは、アンネの悪夢を突破するための重要な手がかりなのではないか? 少女があえてあっさり流したのは、なるべくそこに触れられたくないからではないのか?


 基本、例の質問に意味のないものなどない。だとしたら、これもまた大きな手掛かりとなる質問のはずなのだ。


 じろりと少女を睨む。カステラの食べかすがついたままの口をして、あいつはぱちりとウィンクしてきやがった。それも両目を閉じてしまっている。


 アンネとルーシーがずっと一緒だったのは事実。もしかして私は、自分が実力をつけたと有頂天になって、物事を穿ってみていたのではないだろうか? もっと純粋に、ありのままを見るべきではないのだろうか。


 これは悪夢だ。だが、実際に起きた事実でもある。同時に、物語と言うものはもっとシンプルなんじゃないだろうか。


 ここまで考えてようやく思い当たる。少女が言ってることは何もかも事実で、私はそれを変に曲解しているのではないかと。


 ──『事件後もアンネとルーシーはずっと一緒だった?』と言うこの質問。もしかして、これが示す事件とは、アンネの(●●●●)監禁事件(●●●●)ではないのだろうか。


 よく考えてもみよう。アンネとルーシーが異様に仲がいいのは周知の事実。それは間違いなく、私が引っ越した後も変わらない。


 そんな中、アンネが誘拐され監禁された。それは果たして、アンネ一人が誘拐されたのだろうか?


 ──いいや、そんなはずはない。アンネとルーシーはいつも一緒だったのだ。アンネと一緒に、再びルーシーが誘拐された可能性も非常に強い。


 アンネはルーシーを助けるために体を鍛えたのだ。アンネを直接誘拐するのは非常に難しいだろう。となると、ルーシーを利用してアンネを無力化する方が現実的だ。あるいは、アンネはルーシーを助けるために自ら捕まり、その後にルーシーも捕まった可能性もある。


 いずれにせよ、アンネとルーシーが監禁部屋に一緒に居た可能性はないわけじゃない。むしろ、二つ目の質問のその真意を探るならば、これ以上ない結論だろう。


 そう、二人はずっと一緒(●●●●●)だったのだ。アンネが監禁されたときも。


 珍しくあっさりとした回答で合格を貰えたと思ったら、この性格のひねくれ曲がった人形少女は、その事実に私が到達しないようにしていたのだ!


『別に嘘は言ってないよー? ただ、あなたが勝手に早とちりしてただけじゃない!』


 イライラだけが募る。たしかに、少女は何ら間違ったことを言っていない。よく考えてみれば少女が言ったことは純然たる事実で、むしろそれ以外に言い表しようがない。それ以上はネタばらしになってしまうし、私が勝手にルーシーの監禁事件後のあの四年間のことだと思い込んでいただけだ。


 肩を震わせて笑う少女。おそらく、こうなることが最初からわかっていたのだろう。本当に性格が悪い。


 さて、ルーシーも監禁されていたとなると話は大きく動いてくる。そう、私が新聞で見たのは『アンネ・フラメルが死んだ』ということだけ。つまり、ルーシーは死んでいないのだ。


 不思議なように思えるが、『アンネが死んでルーシーだけが生き残る』と言うこの事実を、『ルーシーをかばってアンネが死んだ』と言いかえるとどうだろう。途端にしっくりくる話になるではないか。


 アンネなら、それくらいのことはやりかねない。ルーシーのために全てを捨てて努力したアンネなら、やってのけるはずだ。


 こうなるともう、いろいろ分かってくるというものである。先程述べた通り、もっと単純に物事を考えればいいのだ。


 アンネとルーシーが被害者で、かつての犯人であったヴォルフとロルフは犯人たりえない。町の誰もが犯人たりえない。


 もしかしてこれは──模倣犯の仕業なのではなかろうか?


 よくあるではないか。大きな事件をまた別の第三者が真似をするという話が。ロルフが犯人だったり、ヴォルフがよみがえって犯行を行うと考えるよりも、こちらの方がより現実的である。


 ヴォルフの話を聞いた第三者が、同じように奴隷を欲しがり、たまたまそのターゲットがアンネとルーシーになってしまったのではないか。


 この考えであるならば、監禁のための準備期間の問題だってクリアできる。こいつは何らかの拉致監禁手法を考案し、実行に移すだけでいい。かつてと同じ町で同じ失踪事件が起きたのだとしたら、嫌でも警察は地下道と地下室を思い浮かべるだろう。だが、そこには何もない。迷宮入りするだけだ。


 少女は誰かが犯人であるとは一言も言っていない。つまり、また別の存在が犯人であっても何ら問題ない。


 そのことを踏まえて、残りの質問の解答を考えてみよう。



 犯人はなぜアンネを監禁したか。これはそのまま、『奴隷が欲しかったから』だ。今までが今までだっただけに深く考えてしまったが、同じような監禁事件である以上、理由もまた単純であったのだ。


 アンネは自分を監禁した犯人のことをどう思っていたか。これもまた、少女の意地の悪いひっかけだろう。ストックホルム症候群による親愛の情……と見せかけてただの恐怖だった……と思わせつつストックホルム症候群により親愛の情があったと言える。


 最初のルーシーの失踪事件においては、ルーシーはストックホルム症候群を発症していた。今回もルーシーがそれを発症し、犯人を慕うルーシーを見て、刷り込み……と言うわけじゃないが、次第に違和感を覚えなくなったアンネも発症してもおかしくないだろう。


 それに、少女のヒントに『子供って真似するのが好きだよね! あなたも心当たりない?』とあったではないか。これはこの考えのことを示していたわけだ。


 そしてアンネの死。アンネを監禁した犯人は、おそらく何らかの拍子でルーシーを殺そうとしてしまったのかもしれない。あるいは普通に暴行を加えようとしたのかもしれないが、それをアンネがかばい死亡した。


 あのアンネが死ぬのだ。ただ監禁されて衰弱死したというよりも、そういった理由のほうがしっくりくる。


 手の平で滑稽なダンスをしていたような気分だが、これがおそらく真実だ。この悪夢の正体は、失踪した親友を助けながらも、数年後に二人そろって監禁され、最後には親友をかばって監禁されたまま死ぬという悲劇なのだ。






『だめだめ! ちょっと近づいたけどベクトルが全然違うよ!』






 どっと疲れが出た。少ないヒントの中であれだけ考えたというのに、あろうことかベクトルが違うとさえ言われてしまったのだ。


 もう何も考えたくない気分だった。少女がケタケタと笑うのもどうでもよくなって、私は机につっぶした。本当にもう、何もかもがどうでもよくなってしまったのだ。


 私自身、頑張ったつもりであった。セオリー通りの考えも、柔軟な考えも、突拍子もない考えも、ありとあらゆる知恵を絞って物事にあたったと思う。だのに、その結果がこのザマだ。


 なまじ直接的な悲劇を見せつけられない分、少なくとも今この瞬間においてはどうしても真相を暴かねばならないというモチベーションも湧き上がらない。ありていに言えば、いやになってしまったのだ。


 とはいえ、だからと言って家に、現実に帰してもらえるはずもない。何分か何時間か、ともかくしばらく経ってようやく落ち着いた私は、すっかりぬるくなった紅茶で喉を湿らせ、少女に問答の続きとヒントを促した。


 ──いつのまにやら、紅茶には砂糖がたっぷりと入れられていた。



『別に犯人は奴隷が欲しかったわけじゃないよ! どうしてみんなすぐに奴隷を持とうとするの!?』


『アンネはストックホルム症候群になんてかかっていなかったよ! あのたくましいアンネがそんなのにかかるわけないじゃん!』


『犯人が模倣犯ってのはひどすぎ! 物語として最悪だよ! センスないよね!』



 イライラが最高潮に達した私は少女に対してデコピンを放った。冗談で済ませるにしてはえげつない威力を持った全力だ。コレが見た目通りの幼女なら絶対に泣きだすだろうと確信が持てるやつである。


 が、『いったぁ~い! レディに何てことするの!』と少女は大仰に痛がるそぶりを見せるだけ。超常である存在の上に、そもそもこいつは人形なのだ。本当に痛みがあるのかどうかすらわからない。


 『ひどい人にはヒントあげませんよ!』とあいつは無い胸を張って宣った。今から思えばかなり大人げないと思うが、頭にきた私は少女の紅茶を全て飲み干し、カステラも一口で腹に収め、おそらくとっておきだったのであろう机の端に置かれたショートケーキをこちらへと引っ張った。


 『それだけはやめてぇ! マドカが持ってきた限定ケーキなのぉ! そのイチゴ楽しみにしてたのぉ!』と、物理的暴力では顔色一つ変えなかったくせに彼女は本当の涙目となっていた。どうやら彼女に対してはこの手の精神攻撃が有効らしい。


 ともあれ、私はケーキと引き換えにヒントを貰えることとなった。あまりにもほっとしていたからか、それともまた同じことをやられては敵わないと思ったのか、ヒントはやけに具体的で手がかりとして十分に有用なものであった。


 しかし、特大の大ヒントとして渡されたそれは、私を大いに困惑させるものだった。



『最後の瞬間、アンネとルーシーが一緒に居たのはあってるよ! 正直こんなに早く見抜けるとは思わなかったよ!』


『ルーシーがいなければアンネが死ななかったってのもあってるよ! ちょっと惜しかったね!』


『ルーシーは監禁や奴隷の扱いについてよく知っていたよ!』


『大ヒント! 犯人はアンネに殺意はなかったよ!』




『大っ大っ大ヒントぉ! ルーシーはアンネが本当に大好きだったんだよ! アンネが死んで、ルーシーは本気で大泣きしたんだよ!』



 正解こそ何一つできなかったものの、これは大きな進捗だろう。アンネの死にはルーシーが大きく関わっていることがこれで確定した。問題なのは、そこに至るまでの理由と言うわけだ。


 言われてみれば、私はアンネの死について着目して物事を考えてしまった──どうしてアンネが死んでしまったのかについて考えていたわけだが、少女の質問は『誰がアンネを監禁したのか?』であって『誰がアンネを殺したのか?』ではない。その質問内容に対して答えが『模倣犯』というのはあまりにらしくない。


 ちょっと違うが、私は純然たる事実をおろそかにしているのだろう。過程ばかりを考え過ぎていたのだ。アンネがどうやって殺されたのかが重要なのではなく、あくまで大切なのは誰がアンネを監禁したのかであるのだ。


 いや、そもそも犯人に殺意はなかったというではないか。となると、犯人がアンネを殺した(●●●●)といういい方にも誤解を招く要素があるのかもしれない。


 まだわからないことも多いが、だんだんとパズルのピースは揃ってきた。そのきっかけがあの性悪人形のケーキを取り上げたということなのが少々悲しいが、背に腹は代えられない。


 これだけの事実を踏まえた上であるならば、次の追体験で新たな手がかりが得られるはずだ。今度こそ、真相がわかるはずだ。


 問題なのは、最後の特大のヒントだ。もはやわかりきっているそれが、どうして特大のヒントとなりえるのか。なぜ少女はわざわざそれを強調したのか。いずれ、次の追体験で考えるほかない。


 十分に休憩を取った後──この時お詫びとして高級ケーキを買ってくることを約束させられた。この悪夢の報酬は体験したものを夢に持ち込む権利らしい──に、私は暗い廊下を少女に手を引かれ、三度悪夢に挑むこととなった。


 相も変わらず、暗黒の渦は悍ましく、苦しむように吹き荒れている。どうしてもそれに飛び込むことをしり込みしてしまう私に対し、少女は何を思ったかくいくいと服を引っ張ってきた。


『シュークリームも付けるならいいこと教えてあげるよ!』


 どうせまたろくでもないだろうことは予想につく。だが、どのみち『お気に入り』である私はまたここに呼ばれるのだろうし、たかだかシュークリーム一つでいいこととやらを教えてもらえるのなら、それは悪くない相談のように思えた。


『二回目の、さっきの追体験。なかなかいい行動をしてたよ! 正直気づかれないかひやひやしたよ!』


 そして少女は私の背中を押した。闇の渦に飲まれる私は、何気ないその一言を頭の中でぐるぐると巡らせる。


──なかなかいい行動。


──最初の追体験ではしなかった、独自の行動。


 そんなもの、一つしかない。


 闇に意識が飲み込まれる寸前、にっこりと笑って少女が口を動かした。


『人助けって、やっぱりいいよね! そういう人って私大好き!』









 結論から言おう。三回目もまた、直接的な意味での手がかりを得ることは出来なかった。そもそもの問題が私のいない空白期間に起きているうえ、物事が抽象的すぎるのだ。これではわかるはずもない。


 少女の言葉とは裏腹に、私はヴォルフの恐ろしい犯罪を止めようともしなかった。胸糞悪いが、見て見ぬふりをした。


 とはいえ、何もしなかったわけじゃない。いくつかのことは確認した。それを以下にに示そう。そしてこれらの事実こそが、アンネの悲劇を紐解く大きな一因になったことをここに記しておく。




──ルーシーの誘拐・監禁はどんなに頑張っても防げない。


──ルーシーの誘拐実行後、すなわち監禁直後にルーシーを救出する事は出来ない。


──ルーシーの監禁期間はある程度なら短くすることが出来る。





──監禁事件の被害者全員を事前に救うことは無理だが、最初の被害者およびルーシー―以外であれば、一人か二人の少人数に絞る場合において未然に誘拐を防ぐことが出来る。








▲▽▲▽▲▽▲▽



 長くなったのでそろそろ筆をおこう。もしかしたら、もうかなり深い事実に気づいている人もいるかもしれない。……というか実際ほぼ見抜いている人がいたから驚きだ。私が追体験するうえで感情移入しすぎていたのか、はたまた彼らは広い第三者の視点を持っているからか。この短期間でどうしてあの事実にたどり着けたのか、とても不思議に思うと同時にうらやましくもなった。


 繰り返しになるが、こっそり私にあなたたちの考えを送ってもらえれば、少女と同じように答え合わせをすることが出来るだろう。私は少女と違って性悪ではないから、より多くの、わかりやすいヒントを与えることが出来るはずだ。


 さて、長いようで短かった今回の【アンネ・フラメルの悪夢:友と鐘の悲劇】も次回で終幕となる。あなたなりの質問に対する答えを用意してから次の頁に進んでもらえると嬉しい。


 なお、今回はエクストラ問題はなかったことをここに記しておく。やはり騎士の悪夢はあの悪夢【ナイトメア・マンション】に入居している悪夢の中でも特別なものだったようだ。

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