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【誰よりも強くて誰よりも優しくて誰よりも不幸な騎士の悪夢:愛と友情の悲劇】 4回目



▲▽▲▽▲▽ ナイトメア・マンション:管理人室 ▲▽▲▽▲▽



『おかえりー』


『ん、わかったみたいだね』


 四度目の管理人室。気分は二回目のときよりも重く、体は全身に鉛をつけたかのように重い。これほどまでの最低最悪の気分は初めてで、もはや何をする気にもなれなかった。


 四回目といえ、船、無人島、故郷での悲劇をまた見せ付けられるのはつらすぎる。ましてや、今回はその理由をある程度察したところでのことだったのだから。


『誰よりも強くて誰よりも優しくて誰よりも不幸な騎士の悪夢』


 なるほど、まさにそのとおりだ。ジャンとレナがクズだったほうがまだ救いのある結末だったと思わずにいられない。


『答え合わせ、いっくよー!』


『騎士は何故、村から出て行った?』


 答えは酷く単純。『その村に自分は住めないと思ったから』からだ。

 当然、そこに至るまでの経緯はある。むしろ、その経緯こそが重要であり、この心底タチの悪い質問の本当の意味だ。


 まず、騎士に起こった不幸を一つ一つ並べていこう。

 最初に船の襲撃。ここで騎士は貴族と傭兵の蛮行を目にしながらも、純然たる自己犠牲精神で彼らを助けている。自らの救命胴衣を渡し、見つけた救命胴衣を子供や他の乗客に渡し、そして魔物を倒しながらも自分だけが船と運命をともにすることになったのだ。


 そして無人島。パッチュと一緒に流れ着き、彼女に食料や水を分け与え、自らは毒草を喰らってでも飢えを凌いだ。風邪や怪我、私の文章でそれを明確に伝えられないだけで、そこでの生活は凄惨を極めている。足手まといのパッチュを抱えていたせいで何度も死にそうな目にあったが、それでも騎士は生き抜いた。パッチュがいなければもう少し楽をできていたのは間違いないが、極限状態であっても騎士は赤の他人であるパッチュを助け続けた。


 そしてパッチュの死亡。

 それも、一度無事だと判断した後の、脱出の直前での死亡だ。脱出の希望は一気にどん底に叩き落されたことだろう。しかも、その傷は油断した騎士をかばって負ったものだ。その心中は察するに余りある。


 ここまで、基本的に騎士は無視してもいいことにあえて首をつっこんで、そして結果として自らを不幸な目に合わせている。それが自己犠牲精神だというのは疑いようがないが、これはあまりにも報われない。事故とはいえ、パッチュの死も騎士は相当自分を責めただろう。今まで善人の鑑のような行動をしていたのに、この仕打ちはあんまりだ。


 そして、故郷へ。

 二人をみて絶望し、ジャンを詰って殴り、そして自分の息子に慰められ、彼ら家族の幸せを心から願って村を出る。これだけのこと──といってもこれだけでも相当な悲劇ではある──だが、そこに隠された大きな悲劇に私は気付いていなかったのだ。


 そう、騎士は、約束を守っていたはずの二人を疑い、詰り、殴ってしまったのだ。そして、ジャンはそれを言い訳もせずに受け入れた。


 わかりやすく言い直そう。騎士は『自らの不幸を理由に、騎士との約束を守っていたジャンを殴ってしまった』のだ。まったく独りよがりな理由でジャンを殴ってしまったのだ。

 

 考えても見よう。果たしてジャンは本当に悪かっただろうか?

 ジャンは10年も騎士を待ち、その間ずっとレナを支え続け、そしておそらく──結婚適齢期を逃している。幼馴染とはいえ未亡人の世話をし続けるジャンに村の女は嫁ぎたいと思っただろうか? 30を過ぎれば子供がいたっておかしくない年齢だ。恋人だって出来なかったに決まっている。なのに、ずっと『自分とレナは夫婦でない』と貫き通し、少年にも父でないと告げた。これでは、一生パートナーを見つけることなんてできないだろうし、薬屋の跡継ぎの問題も出てくる。金銭面の苦労も相当大きかったはずだ。


 周りがレナとの結婚を勧めたのは、そんなジャンを考えてのことだったのだろう。騎士ならレナをジャンに託すはずであるし、ジャンならレナを愛し守るのは疑いようがない。子供のことや世間体もある。あの少年だってジャンに懐き、彼をそのまま父と慕っていた。騎士がいない以上、それが一番平和的であったうえ、10年という長すぎる区切りをつけて正式に結婚してなお、ジャンはレナに手を出さず騎士とレナとの子を立派に育て上げていたのだ。レナ自身も、ジャンが相手なら不満はなかっただろう。むしろ、彼女自身のこれからの幸せを考えると、ジャン以外に相手は考えられない。



 つまり騎士は、意図的でないにしろジャンの一生をめちゃくちゃにし、そしてようやく約束を果たし報われていたジャンを詰ってしまったことに気付いたわけだ。


 親友として、最低最悪の行為をしてしまったことに気付いてしまったのだ。


 自分のせいで苦労をかけた親友の、純然たる善意の行為に、ツバを吐いたに等しいことをしたのだ。



 もちろん、騎士がそうしてしまったのはしょうがない面もある。あれだけの不幸が続いた後にあの光景を見せられてしまったら、冷静で居られるはずがない。だが、あの『誰よりも優しい』騎士ならそれを重く受け止めたに違いない。


 そして、二人への祝福。

 これは心の底からのものだった。死んだに等しい自分よりもジャンのほうが今のレナにふさわしいと思っていただろうし、ジャンが報われないとも思っていたのだろう。自らの息子のこともあえて『君たちの』息子ということで決別したかったのだ。今更自分が父親面して出てもいいことなんてないし、ジャンとレナの微妙な関係の中、少年が幼いなりに不安や葛藤を覚えたのも想像に難くない。ようやく家族になれた彼らにとって、騎士はまさに爆弾であり、そして騎士自身がそれを、悲しみを乗り越えてようやく築き上げられたジャンとレナの幸せを壊すことをなによりも恐れて、そしてそんな二人の新しい幸せを心から願ったのだ。


 ここで、話が長くなってきたので五問目について振り返ってみる。


 騎士はまったく悪くないどころか騎士を信じ抜いていたジャンを詰り、殴り、自己嫌悪の渦に飲み込まれた。親友をまったく信じようともせず、真っ先に彼を詰ってぶん殴ったというその事実は、彼に自らの浅ましさと理不尽さを突きつけた。


 そんな最低なやつがこの平和な村にいていいはずがない。やっと得られた幸せな家庭を壊していいはずがない。これ以上、誰かを不幸にしてはいけない。


 騎士は子供のためを思って去ったのではない。もちろん、それも理由の一つではあるだろうが、去るに至った決定的な理由ではない。



  騎士は、最低な人間である自分が誠実を貫き通した彼らのそばに居続けるのが耐えられなかったのだ。



 ここで、少女が出した五つの質問の意味を考える。

 最初の質問のときやウチキドに言われたとおり、これらの質問はあくまで『悪夢の悲劇への真相』への手がかりであって、解く事そのものがマストではない。解く事によって悲劇の真相をつかみやすくなる、というだけだ。


 最初の二問、『川原の少年の正体』と『少年が秘密の川原にいた理由』においては、ジャンとレナの、騎士に対する気持ちを知ることが出来た。

 次の二問、『騎士が剣を与えた理由』と『二人を心の底から祝福していたか?』で、騎士のジャンとレナに対する気持ちを知ることが出来た。


 そして、これらと最後の一問の意味ををあわせることである一つの結論にたどり着く。これこそが騎士の悲劇の全貌だ。





 騎士は、誰を恨めばいいのか?






 私が408号室の悪夢に飲み込まれる最後の瞬間、ウチキドはこう言った。

 

 『人は不幸になったとき、なにかを恨むものなんだ。そうしないと、バランスがとれないからね』


 不幸や悲劇には、基本的に憎む対象がある。また、八つ当たりではないが、苛立ちや不幸があったら、ものや人に当たることは珍しくない。それは、人が本来持つマイナスからの逃避行動としてなんらおかしいことではない。


 現に、最初は騎士はジャンを憎んだ。私だって私をこんな目にあわせる少女を憎んだし、騎士をあんな目にあわせる運命の神をくびり殺してやりたいと思った。


 だがしかし、この結末を悟った騎士はどうすればいいのだろう。


 不幸はつもりにつもり、そのはけ口もない。

 親友たちの幸せを心から祝福したが、かといって騎士の不幸が消えたわけではない。


 そう、騎士は心から祝福はしている。だが、自分自身に溜まった不幸についてはなんら一切の解決がされておらず、必死にあがいた騎士自身は全く持って報われていない。


 それも、その不幸の原因がどこにもない。誰も恨めない。


 最初に傭兵を助けなければよかったのか?

 いや、それでは他の客が死んでいたかもしれないし、騎士一人が逃げてもパッチュが死んでいた。傭兵の行為は褒められるものではないが、極限状態で責められるものでもない。


 傭兵は不幸に関わったが、不幸の根本的な理由じゃない。傭兵は、悪くない。


 無人島でパッチュを見捨てていればよかったのか?

 いや、パッチュを見捨てていたら騎士は島で生き残ることは出来なかっただろう。つらく苦しい思いを何度となくしたが、さりとてそれは全て騎士自身が決めたこと。それに、パッチュは騎士の希望でさえあったのだ。


 パッチュは騎士に深い絶望を与えたが、恨む対象ではない。パッチュは悪くない。


 ジャンとレナは言わずもがな。

 彼らは騎士の約束を守り続けた。二人が結婚したのだって、いたって自然な流れだ。子持ちの母親が二人だけで生抜けるほど世の中は甘くない。それでなおジャンは誠実さは貫き通し、そして騎士の気持ちを汲んでただ殴られていた。


 レナもジャンも、悪くない。



 じゃあ、誰が悪いのか。

 誰が、何が不幸の原因なのか。


 誰も、何も悪くない。


 なら、誰を、何を騎士は恨めばいいのか?

 この気持ちを、騎士はどうすればいいのだろうか?


 どうすることもできない。


 しいて言うなら、自己犠牲精神の強い騎士がいけない。

 騎士がそんな性格でなければ、悲劇は起きなかった。


 だが、果たして騎士は悪かったのか?

 いいや、悪くない。悪くなどあっていいはずがない。そんなの私が認めない。騎士は誰よりも優しく、誰よりも人のためを思って行動し、それがたまたま(●●●●)無駄になったり彼にとっての不幸につながっただけなのだ。


 頑張りに頑張った騎士は、あまりにも報われなさ過ぎた。そして、彼の自己犠牲精神が成した行為は、そのほとんどが無意味だった。

 通常なら何かにぶつけられるはずのその黒い気持ちは、行き場をなくし自身に溜め込まれることになった。 




 でも、誰のせいだ? 誰を恨めばいい?




『憎む相手がいるって、幸せよね!』


 最初に貰ったヒント。これはつまり、そういうことだったのだ。


 騎士はひたすらに自らを滅し、不幸になり、そして幸せをまざまざと見せ付けられた。さらにその上、人の幸せを壊そうとすらしてしまった。それでなお、全てを恨むことが出来ずに──いや、恨む権利すら貰えずに絶望だけが溜まり続け、そして全ての自分の行動は無駄に等しいものだった。


 自己嫌悪。絶望。報われない。自らの行為の無意味さ。


 騎士のうちに蓄えられたその感情を、騎士の身を侵食し尽くしたその何かを、私の文章では到底あらわすことはできないだろう。いや、世界のどんな文豪でも彼の気持ちを表すことなんてできないだろう。文字というそんな矮小な存在では、全然足りないのだ。このぬるりと、ぞわりとした感覚を、伝えることはできないのだ。


 騎士の悪夢の本当の正体。

 それは『誰も悪くない』ことなのだ。それゆえに、騎士はその黒い何かをただただ貯め続けることしかできず、そして自らが絶望そのものになってしまったのだろう。通常ならば行えた、生物として当然あるべき自己保存本能に基づいた精神への防衛行動が一切できず、己が不幸と絶望に侵食されつくされてしまったのだ。


 高潔なる自己犠牲精神をもち、『誰よりも強くて誰よりも優しかった』からこそ、『誰よりも強くて誰よりも優しくて誰よりも不幸な騎士』になってしまったのだ。





『せいかい!』


 私の長々とした拙い喋りを、少女はにこやかに聞き、そして最後に満面の笑みでそう言った。私の喉はカラカラで、ティーカップをとろうとするも手が震えてうまくとれない。ウチキドが私の手を押さえ、そして子供にコップの使い方を教えるように私が紅茶を飲むのを手伝ってくれた。


『そのとおり! 408号室の悪夢は、《どん底の不幸なのに誰も恨めず、どうしようもない》ってのが本質なの!』


 しかも全部自分のせいだっていうから笑っちゃうよね! と少女は言った。子供でなければぶん殴っていたところだ。ウチキドも、その言葉にはまゆをひそめている。


『私も、真相にたどり着いたときは頭がおかしくなるかと思ったよ』


 悲劇を追体験する私たち(ゲスト)には、登場人物の生に近い感情がかなりの迫力を持って伝わってくる。それでなお、それはあくまで感情移入に近いものであるため、彼らの気持ちの真意はわからず、ただただ精神が疲れていくだけなのだ。


 ただ、これはゲストを思ってのことだろう。もし本当に彼らの感情や葛藤がストレートに伝わってしまったら、それに飲み込まれて廃人と化してもおかしくない。いずれにせよ、精神が汚染されてただでは済まないだろう。


 少女の言っていたとおり、これはこのナイトメア・マンションに入居している悪夢の中でもタチの悪い悪夢らしい。悪夢にはスプラッタなものやグロテスクなものもあるそうだが、これは精神的に来るものに分類されるそうで、悪夢の真相を多く暴いているウチキドも印象に強く残っているそうだ。彼女に言わせれば、グロテスクなのはいずれ慣れるが、心に来るのは何べんやっても慣れないらしい。


 もし、私が騎士と同じように、自らの行為が全て無意味で、誰も悪くなくて、頑張ったのに報われなく、不幸になって、悪くもない親友を殴り、そして親友がそれをなにも言わないようなことになったら──想像もつかない、酷いなにかをしていたかもしれない。騎士のように、最後の理性を保てないかもしれない。いや、むしろ発狂してしまったほうがまだ幸せだ。なまじ精神が強かったぶん、騎士は大いに苦しむ羽目になったのだ。


『ちなみにだけど、これでも100パーセントの真実じゃないんだよ?』


『あ、別にそこはオマケだから気にしなくてもいいんだけどね。その……いわゆるエクストラ問題、クリア後のお楽しみってヤツだ。挑んでも、ここですぐ答えを聞いてもいい』


 うんざりした顔を見せた私にウチキドがフォローを入れた。

 そういえば、質問にこそなかったものの、私──キャラクターである精霊が剣に移ったことと、最後に聞こえた『クソッタレが!』については解決していない。


 これ以上不幸な目に騎士はあっているというのだろうか。

 再び悪夢に挑むのは絶対に嫌だったが、かといってこのままうやむやにするのも騎士に対してあまりにも残酷で失礼だと感じた私は、明かされなかった真実──エクストラ問題の答えを聞くことにした。


 ──騎士の不幸を『クリア後のお楽しみ』と表現したウチキドに、心の中で悪態をついた。


『んーとね、剣が白くなったでしょ? あれね、騎士の信念と誇りが乗り移ったってことなの! だから、騎士の本来の守護精霊のあなたも一緒に移っちゃったんだよ!』


『最後の丘のシーン、騎士は全身真っ黒だっただろう? もうかたっぽの剣もぴかぴかのはずなのに。あっちには、騎士の怨念と恨み……みたいのが偏って真っ黒になったんだ。騎士の騎士本人としての高潔な部分と、騎士の一個人──人間が持つべき邪悪な部分があのシーンで決定的に分かれたってことだろうね』


『で、生きる気力が根本的になくなった騎士は死んじゃうの!』


『最期の瞬間に、騎士は《クソッタレが!》って叫んだんだ。なんに対してかはわからないけどね。で、魔物──アンデッドと化して彷徨うようになったらしい。漆黒の鎧と怨念の炎を操る黒赤い双剣の片割れをもった亡者の騎士だ。全くファンタジーだよ』


『でね、水が苦手で女子供は決して襲わないの! でも貴族と傭兵はブチ殺すの!』


 魔物に成り果ててなお、騎士は騎士であるらしい。なんだか少し安心したと同時に酷く悲しくなったのを覚えている。女子供を襲わないのはパッチュとそれらを重ねているためだろう。水が苦手なのは……パッチュとともに流された記憶があるからだろうか。


『……誰かに倒されるまで成仏できない。倒されるまで、苦しみながら彷徨い続けるんだ。倒されるまで、パッチュと同じところにいけないんだ』


 むごい。それ以外の感想が思いつかない。


『《誰よりも強い》騎士が《誰よりも不幸な》感情をもつアンデッドになったからね! めっちゃ強いよ! さいきょーだよ!』


 得意満面の少女を無視し、騎士はどうなったのかとウチキドに聞く。だが、ウチキドは首を振った。


『ここにあるのは悪夢だけだ。報われる結末はあったとしても、用意されてはいないんだよ』

 

 だから、その先は自分たちで想像するしかないそうだ。


『たぶんだけど、少年がもらった聖なる白い剣じゃないと倒せないんじゃないかな。少年が父を討つってのも悲劇なのに、それまでに至る過程がアレだよ? 正直考えたくもないけど、それが一番平和的……何じゃないかと思う』


『しかも、めちゃくちゃ強いらしいから、少年も倒せず、下手したら何百年も彷徨って、なおそのまま……ってこともある。時代の流れで剣がなくなる可能性もあるし、もしかしたらだけど、アンデッドを浄化せず、そのまま滅ぼす方法ってのも考えられるわけだからね……。幸福な結末はあんまり思いつかないのに、不幸になる結末だけは面白いように出てくるからふざけたもんだよ』


『あとね、これも本当はエキストラのおまけ問題なんだけど、パッチュはどうあがいても死んじゃうの! 騎士が最初の船から脱出してたら、パッチュは一人で無人島で餓死しちゃうの! 毒に対する免疫をつけようと毒草を食べさせていたら、子供の体じゃ耐え切れずに抗体が出来る前に力尽きちゃうの! それすら乗り越えて、魔物の最後の一撃を避けて二人で船に乗って脱出しても、所詮素人が作ったぼろ船だから二人の重みに耐え切れなくなって、沖でぶっ壊れて溺死しちゃうの! 船を頑丈に作っても、その分船本体が重くなって、でも動力は変わらないから陸までエネルギーが持たなくなっちゃうの! だからパッチュは船を軽くするために、騎士の目の前で海に身を投げて自殺するの!』


 もうたくさんだ。どんな結末であれ、パッチュは死に、騎士は不幸にしかならないのか。なにも悪いことをせず、人のためを思って頑張って生きた善人であるのに! どこにでもいる、ただ無邪気で可愛らしい、穢れや悪意とは一切無縁の子供であるのに! 何故彼らがそんな目にあわなくてはならないのだ!




 そして、私はまだ遊んでと泣いてぐずる少女を無視してこの悪夢『ナイトメア・マンション』を退室することになる。クリア報酬として『好きな時間に確実に起きる権利』をもらえたが、現状、その効果は実現できていない。いつもの時間に目覚めただけとも、たまたま意識していたから起きられただけともいえるし、そもそも、起きることができるだけで眠気は全く取れていないから意味がない。


 エントランスにて、ウチキドがよかったらまたおいでよ、無理しない範囲でね、なんていっていたが、出来れば二度と戻ってきたくない。あのトチ狂った空間のせいでなんとも思わなかったが、彼女は好き好んで悪夢に何度も挑んでいる人間であるのだ。およそ普通の思考回路をしているとは思えない。まぁ、常識はあるし善人でもあるのだが。


 最後にウチキドだけに手を振り、未だ涙目である少女にもしょうがなく手を振り、重々しい、寂れながらも豪華な門扉をくぐって、悪夢の中をあてもなく歩いていく。



▲▽▲▽▲▽▲▽



 次に気付いたときは、私はいつもの寝室にいて、そして目覚ましがうるさくなっていた。夢のような、幻のようなそんなふわふわした感覚。意識ははっきりしていて、とても幻想だったとは思えない。長かったような、短かったような。いずれにしろ、朝から気分は最悪だった。


 いつもの電車で、その概要をケータイのメモ帳に記録する。三回目があれば、おそらくアレはホンモノだろう。あって欲しくはないが、現実に戻れた今、あそこの不思議を解き明かしたい気持ちがないわけではない。


 なお、ウチキド マドカなる作家は検索しても見つからなかった。理由はわからない。あるいは、あれも私の作り出した夢の一部だったのかもしれない。




 さて、そろそろ筆をおこう。

 一晩で一生分の夢を見る、なんて話を聴いたことがあるが、一晩で一生の四回分の夢を見た人間は私くらいしかいないだろう。

 長い悪夢も、こうして纏めるとこんなにも短くなるから不思議なものだ。





 最後に《誰よりも強くて誰よりも優しくて誰よりも不幸な騎士》の《誰よりも暖かくて誰よりも幸せで誰よりも安らかな結末》を心から願って、結びの言葉とさせていただく。





20160817 誤字修正など


以上にて騎士の悪夢は終了となる。つまらない与太話だと思ってくれて構わないが、それでも何か思うことがあったのなら、あの悪夢を追体験したものとして、これほどうれしいことはない。


最後に、このまま少女の思惑通りバッドエンドで終わるのもシャクなので、私から読者諸君に問題──というか、意見をお聞きしたい。結末が用意されていないのなら、都合のいい結末を用意してしまおうとの魂胆だ。


『この物語の幸せなIFやハッピーエンドを考えよ』


私個人としては、無人島を脱出せずに騎士とパッチュだけで死ぬまで暮らすのが一番幸せだったのではと思う。もちろん、それはありえないことではあるが、これくらい空想したってバチは当たらないはずだ。というか、魔物化した後でのハッピーエンドなんて思いつかないのだ。


読者諸君も、なんでもいいので幸せなIFを教えてくれると私としても大変うれしい。もしまたナイトメア・マンションに招待されたら(御免被りたいのはやまやまなのだが)、あの少女に幸せな結末を突きつけてやりたいのだ。それでなにかが変わるわけでもないが、ただあのまま終わらせるのはあまりにも不憫すぎて、私自身の感情がそれを許そうとしないのだ。



なお、本作はこれにて一時的に完結とさせてもらう。私自らがあのナイトメア・マンションに再び赴く気がない以上、続きは少女が無理やり私を招いてからということになり、それがいつになるのか、はたまた本当にまた招かれるかどうかもわからない故、一時的に完結させ、また悪夢を見たら連載に戻そうと思った次第だ。



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