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【誰よりも強くて誰よりも優しくて誰よりも不幸な騎士の悪夢:愛と友情の悲劇】 3回目



▲▽▲▽▲▽ 408号室【誰よりも強くて誰よりも優しくて誰よりも不幸な騎士の悪夢:愛と友情の悲劇】 ▲▽▲▽▲▽



 闇に飲まれ、そして気付くと私は三度例の秘密の川原にいた。

 騎士とジャン、レナがどこまでも無邪気に棒を振り回しながら遊んでいる。子供の彼らは暗黒の未来など想像だにしていないようで、その姿はキラキラと輝き、希望に満ちていた。


 ここからしばらく続く幸せの時間。ティータイムでだいぶ落ち着きを取り戻し、そして仮初の平和の中にいる私は、ここで少し、少女の質問を考え直してみることにした。


 まず、一問目の『川原の少年の正体』だ。

 全然だめだめといわれた以上、あれはレナとジャンの息子ではないということになる。しかし、彼は自らを鍛冶屋の息子と名乗ったし、その後の展開でも彼らの息子であるかのように振舞っている。

 背後にある理由などは関係ない、はっきりとした一つの解がでる問題であるので、単純に私の答えが間違っていると考えていいはずだ。


 そうなると、行き詰ってしま……いや、まて。

 あの少女は鬼畜ではあるものの、決して解けない問題は出さないはずだ。つまり、私が追体験したあの悪夢の悲劇の中に彼の父親がいるはずだ。そして、レナと少しでも関わりのある男性はそう多くない。


 ジャンと、彼女の父親と、そして──騎士自身だ。


 私はチラリと草まみれであそぶレナとジャンの顔を見た。

 今も、そしてこれからも、レナはお転婆でありながらも誠実な人間だったように思える。だからこそ、騎士だって彼女に惚れて結婚したのだ。ジャンだって、ひ弱ではあったが精神力や芯の強さは騎士に劣らないところがあった。だからこそ、騎士と彼は親友であったのだ。


 私が彼らに悪印象を抱いたのは、鍛冶屋の扉を開けた瞬間だ。そこで結婚していたことを知り、そして川原であの少年に出会って絶望したのだ。


 だが、冷静になった今考えると、これはいささかおかしい事ではあるまいか?


 騎士の年齢はあのとき40ほど。当然ジャンもレナも同じだ。

 それに対し、少年の見た目はおよそ16、7といったところ。騎士が村を出たのが22のときだったから、もしあの少年が二人の息子だったとしたら、あのあとすぐに不義の関係になったと考えられる。


 だが、ジャンとレナが、騎士が死んだ(と思われる)直後にそんな関係になるだろうか?


 私はもう一度、遊ぶ幼い彼らの顔を見る。

 とうてい、そんな風には思えなかった。


 となると、消去法的に考えられるのは、あの少年は騎士とレナの息子であるということだ。二人とも夫婦である以上、やるべきことはやっていたし、そうであってもおかしくない。むしろ、親友、そして夫の死の直後にそういった関係になるよりかは遥かに信憑性がある。


 さて、そうであると仮定すると、ますます騎士の行動がわからなくなってくる。

 彼はたしかに最後のときに『君たちの息子』と断言していたし、そもそも『親友と妻の間に子供が出来ていた』という絶望はなかったことになる。


 そもそも、これから起こる悲劇の中には私が気付かなかったクライマックスがあるはずなのだ。おそらく、この『少年は騎士とレナの子供であった』という事実が深く関わってくるのだろう。


 そうと決まれば後は行動するだけ──といっても見ているだけなのだが、ともかくそこを注意して観察するだけだ。できれば、この一回でクリアしてしまいたい。三度目の今回でさえ、これから起こる悲劇に気分が鬱々としているのだから。



 ここから先も、繰り返しになるからいささか省こうと思う。騎士たちは出発の前日に集まり、双剣と薬草の知識をもらう。船において騎士は尊い自己犠牲精神を持ってクズと乗員を助け、そしてパッチュとともに島に流される。

 島でもやはり高潔な精神のままに行動し、決してパッチュを見捨てず、自らを苦しめてでも彼女とともに生きていく。そして、脱出の直前にパッチュが死ぬ。これが最初の絶望だ。


 くどくなるので書いていないが、やはりその一つ一つの絶望のさまを目に焼き付けられたことをここに記しておく。文章では簡単に進んでいるが、ここまで全て最初と同じ時間間隔で進んでいることを忘れないでもらいたい。パッチュの死に顔も、騎士の慟哭も、その全てを毎回毎回しっかりと見せ付けられているのだ。軽いように受け取られると、私としても憤りと言うか、なんともいえない怒りがわいてくる。


 さて、その後なんとか脱出し、異国の地に流されながらも騎士は数年かけて故郷へと戻る。秘密の川原で少年と出会い、そして鍛冶屋の扉を開けて絶望する。


 二回目なので、ここからは少し客観的に物事を見ていこう。



 カウンターの中にいたのは、確かに仲睦まじい夫婦で、そして夫婦の証も持っていた。この段階で、この二人が夫婦でないという可能性は除外される。

 騎士がどしゃりと崩れ落ちた。だが、騎士だとわかった瞬間、二人は騎士に抱きついて涙を流して喜んだ。


(……)


 絶望に引きずられないよう、少女に言われたとおり感情移入しないように二人の様子を見てみる。

 たしかに、ウソ泣きや演技といった気配は感じられない。本気で騎士の無事を喜んでいるように見える。


『おまえたち、それ……』


 騎士が指輪を指差した。この段階で、二人の顔が引きつった。三人とも無言で話さない。最初に見たときはこれは後ろめたいことの表れだと感じたが、今となるといささかの疑問が頭によぎる。どうして、この二人はここで釈明を入れなかったのだろう。いや、子供はともかく、結婚していた事実は変わらないということか。


『ふ……ふざけるんじゃねぇッ!!』


 騎士がジャンを殴った。ジャンは抵抗しない。ここで彼が抵抗しなかったのは、子供も設けていたという事実の関係なしに、ただただ『親友を裏切って結婚してしまった』というそれだけのためだろうか? いや、精神力の強い──ある意味では凝り固まった考えを持つジャンならそれもありえるかもしれない。事実、少年も『父は不器用な人間だ』といっていたではないか。


『レナを任せるっていったろうが!』


『……』


『必ず帰るって約束しただろうが!』


『……』


『親友だと思ってたのは……俺だけだったのか!?

 おまえを信じてたのは……俺だけだったのか!?』


『……』


『なんとか言えよこらぁッ!!』


 私だったらこれだけ詰られて、何も思わないわけがない。もしジャンが本当に最低の人間なら、ここで反論の一つや二つ、するのではないだろうか? 彼が何も言わなかったのは、彼のその騎士も見込んだ精神力のためだったのではないだろうか?


『ジャンは……ジャンは悪くなんて……っ!』


 そして騎士を止めるレナの言葉。

 もし、本当にジャンは悪くないのだとしたら、いろいろと辻褄が合うのではないだろうか。少年だって、『力仕事や金銭面での援助をしていた』といっていたはずだ。彼自身も、少年に対し『父親ではない』と言っていたはずだ。


 冷静に考えてみると気付くことがある。

 客観的に見ると、レナとジャンを極悪人と捉えるのはいささかの無理がある。

 もしかして──全部言葉通りの意味だったのでは?


 そして騎士は鍛冶屋を出て行く、

 ふと後ろを振り向いて彼らを見ると、二人とも涙を流しながら沈痛な表情をしていた。


 どうやら、私の推測はあながち外れていないらしい。



 そして、川原にて。絶望する騎士の隣に例の少年がやってきた。その手にはやはり練習用の木剣。よくよく見れば、幼き日のレナと同じように実家からかっぱらってきたのだろうか、騎士たちがかつて遊びで使っていたのと同じ木剣だ。


『ここさ、なぜか村の誰も近寄らないからすっごく落ち着くんだよね。俺も父さんや母さんとケンカしたときとかよく来るんだ』


 村ぐるみで秘密にしているのだから当然だ。だが、そうなるとなぜ少年がここにいるのだという疑問が出てくる。単純に考えてレナかジャンに教わったのだろうが、なぜ教えたのかが問題だ。

 彼ら二人に対する悪感情を取っ払って考えてみても、私には上手い答えが見つからない。あの少女のことだ、おそらく例の質問も全体を通した流れがあるのだろうが、この少年が『騎士とレナの息子』だったとしても、明確な事実は浮かび上がらない。


『ね、よかったら俺に剣術教えてよ。気分転換も兼ねて! 俺、鍛冶屋の息子なのに剣術知らないんだよね』


 この言葉を聴いた瞬間に、騎士はわなわなと震えだし、目には漆黒の炎が宿りだした。私もつられそうになるが、あくまでこれは追体験だという事実を深く呼び起こし、冷静にその状況を考える。


 少なくとも、この段階では騎士はこの少年を『ジャンとレナの息子』だと思っているはずだ。何かがきっかけで、自分の息子だと感づいたのではないだろうか。いや、そうであったとしてもこんな形で自分の息子に慰めたれたら絶望するだろうが。


『身内から見てもへんな人でさ。今でこそ違うものの、家に出入りするくせに一緒には暮らさないし、俺の父さんなんかじゃないっていうんすよ。小さいころは気にしなかったんですけど、物心付いてからは不思議で不思議で。俺、普通の父親は一緒に暮らすもんだって聞いてびっくりしましたよ。今から思えば、事実婚ってやつだったんでしょうかね』


『でも、なんだかんだで村のみんなにおされて正式に結婚したのが、ちょうど俺が10歳のときかな。そしたら、打って変わっていろいろ口うるさくなってきたんですよ。おまえは剣を持つんじゃない、薬師の道に進むべきだって』


『ま、いい人ではあるし俺のことを考えてくれているってのはその……わかるんだけどね。正式な結婚していなかったときも、お金とか力仕事とかめっちゃ気にしてくれたし俺の知らないところでもいろいろ助けてくれてたみたいだし。ホント性格だけが残念すぎるんだよなぁ。融通が利かないというか、不器用というか』


 ……もし、ジャンが騎士との誓いを守っていたのだとすると、少年の話にはなんら矛盾するところがない。むしろ、ごくごく自然ですらある。彼は騎士の言うとおり、レナを守り続けたということだ。この少年の事実上の育ての親はジャンであるし、10年もレナを守り続けた後に結婚しても不思議ではない。さらに、少年に弟や妹がいない以上、レナに手はだしていないことになる。それも、結婚してからもだ。


 私は私の主観に引き摺られて、大事な事実を見落としていたんじゃあるまいか?


『……キミに、この剣をあげよう』


 腰の剣を少年に渡す騎士。そして剣の精霊になる私。

 普通だったら憎い二人の子供に贈り物なんてするはずがない。いや、何かしらの怨嗟の意図があるなら話は別だが、笑っているような、泣いているような、吹っ切れた感じの騎士のこの表情からはそんな事実は感じとれない。


 おそらくだが、このときにはもう少年が自分の息子だということに感づいていたのだろう。そして、息子に父親がプレゼントを贈るのは──なんら不思議なことではない。


『ここにいたのか!』


『おねがい! 話を聴いて!』


『聞く必要は、ない』


 到着する二人。背を向ける騎士。


『ジャン、レナ、君たちの……息子は、とてもまっすぐだ。こんなにいい子、私は今までに一人しか見たことがないよ』


 ここで確かに、騎士は《君たちの息子》といった。自分の息子だと感づいていたのなら、ここはあえてウソをいった、もしくは知らないフリを通したことになる。騎士の性格から考えると、おそらく後者だろう。

 騎士は、全てを悟った上でそういったのだ。自らの息子を、愛すべき妻との子供を、声を震わせながら託したのだ! 彼らの幸せのためだけに!


『レナ、ジャン、そしてキミ──君たち家族の幸せを、私は心から願っているよ。君たちだけは、幸せにならなくてはならないんだ』


『ごめんな、ありがとうな。幸せに──なるんだぞ』


 ここまでわかってくると、最後の言葉の意味もまたずいぶん違った印象を受ける。

 騎士は、ジャンもレナも全く持って恨んでいなかった。ジャンたちの行動に気付き、そして自分の息子を、彼らの家族の幸せを願ったのだ!



▲▽▲▽▲▽ ナイトメア・マンション:管理人室 ▲▽▲▽▲▽



 そして私はエレベーターにのり、管理人室へと戻ってきた。

 悲劇の余韻は真相を見抜けた喜びに上書きされ、どことなくスキップしたい気分だった。

 今から考えてみれば、この結論のほうが騎士らしい行動のように思える。最初の答えは私自身のレナとジャンに対する憎悪でかなり湾曲されていたわけだ。

 私は傍観者として、登場人物としてジャンとレナを見ていたが、一人の人間として彼らを青春とともにし、心でつながった騎士は彼らを信じ、その本質を理解していたということだ。


 管理人室のちょっぴり豪華で古臭い扉を開ける。

 クッキーと紅茶の香り。パクパクとおいしそうにそれを頬張る少女。

 そして、見慣れぬ一人の女性。


 一瞬、何がなんだかわからなかった。


『おかえりー! ……いい顔してるね!』


『おや、キミが今晩の挑戦者か』


 眼鏡をかけた休日のOL、というのが一番しっくりくるだろうか。少女と一緒になって紅茶とクッキーを楽しんでいる。

 とりあえず、その女性に軽く会釈して私も席についた。悪夢の後は、紅茶と甘いものが非常に恋しくなるのだ。


『んじゃんじゃ、さっそく答え合わせ言ってみよー!』


『なんの悪夢をやっているんだい?』


『誰よりも強くて誰よりも優しくて誰よりも不幸な騎士の悪夢! 愛と友情の悲劇!』

 

『あれかぁ……かわいそうに』


 その女性は不穏な一言はともかく、最後の答え合わせだ。

 少女のからみれば、私は満面の笑みをしていたことだろう。




『川原の少年の正体は?』


『なぜ村ぐるみで秘密にしている川原に少年はいた?』


『騎士は何故、少年に剣を与えた?』


『最後の瞬間、騎士は二人を心の底から祝福していた?』


『騎士は何故、村から出て行った?』




 一問目の答え。

 まず間違いなく、あの少年は騎士とレナの子供だ。ジャンとの子供でない以上、そうとしか考えられないし、そう考えると全ての物事がしっくり来る。


 二問目の答え。

 それはジャンかレナに教えてもらったからに他ならない。ただ、その理由は私が最初に考えたネガティブなものではなく、むしろもっとポジティブな理由だろう。


『おっ、もうそこまでわかっているんだ。じゃあ私からもヒント。プロローグで、キミも思うことがなかったかい?』


『ぶー! いっちゃだめー!』


『いいじゃん。これ、初心者にはキツすぎるし。それに私にもその権利はあるでしょ?』


 なんだかよくわからないが、女性がヒントをくれた。

 プロローグ、プロローグ……幼き日の三人が、例の川原で仲良く遊んでいる姿だ。例の少年も、同じようにあそこで木剣を振り回して……。


 そこで、気付いた。私とて伊達に三回も見ていない。女性はにこにことして、少女は口を膨らませている。


 レナとジャンは、当然のことながらその子供が騎士の血を引いていることを知っている。もしかして、そこで遊ぶ少年の姿に、在りし日の騎士を重ねていたのではなかろうか。三人であの川原に行き、遊ぶ少年に騎士の面影を見て、懐かしんでいたのではなかろうか。村人たちも、だからこそその二人の儚い幸せの時間を壊さないよう、ずっと村ぐるみで秘密にし続けたのではないだろうか。


『二つともせいかーい……』


 むくれる少女を見て、してやったりと思ったのは別に悪いことではないはずだ。


 三問目の答え。

 これは簡単だ。ただ単に、最後に自分の息子にプレゼントを贈りたかっただけだ。剣にあこがれる少年なのだ。ホンモノの、それも一級品を貰って喜ばないわけがない。騎士としても、少年の小さな夢を叶えたかったのだろう。だからこそ、剣の稽古をジャンたちにお願いしたのだ。


『感情移入しすぎ! しかも自分の主観じゃん! もっと第三者の視点で見なきゃ! 』


『人の気持ちって単純じゃないけど、難しすぎるってこともないんだよ! もっと素直になろうよ!』


 考えてみれば、酷く単純なことだったのだ。


 そして四問目。

 これまでのことを鑑みると、心の底から祝福していたというのはおよそ間違いない。ジャンもレナも、騎士を10年も待ち続けた。レナはジャンの助けがあったとはいえ、女手一つで息子を育て上げ、そしてジャンも騎士との約束を守ってそんなレナとその息子を支え続けた。冷静に考えれば船の沈没から10年経って騎士がまだ生きているとは考えにくいし、ここはむしろ、10年も騎士を待ち続けた彼らの思いを評価するべきだ。


『別にあの三人、ドロドロってわけじゃないよ! みーんないい子だよ!』


 この言葉も、そう考えるとしっくりくる。むしろそうとしか考えられない。

 もともと家族のようなものであったし、騎士が自分との約束を律儀に守った二人を心から祝福するのは、第三者の視点で見ればそうおかしなことでもない……はずだ。


 最後の五問目。

 これはただ単に、これからのあの家族の幸せに自分は不要だと感じたためだろう。騎士がどうあがいたって、少年の実の父親が騎士である以上、いずれ決定的な出来事が起こるのは想像に難くない。



 最後の最後まで、騎士は自己犠牲精神の塊で、自らの不幸を厭わずに全ての人間の幸せを願っていたのだ!




『おしい! あとちょっと!』


『そこにはまっちゃったかぁ……』


 下された判定が信じられなかった。

 自分でも間抜け面をしていたと、今になって思う。


『ほかはまぁ合格だけどぉ……五つ目が違うって!』


『うん、まぁそう考えちゃうよね。でも、それだとさ』


 女性が口ごもった。少女はにこにこ笑っている。


『騎士の本当の絶望がわかってなくない? 一応、これらの質問ってのはあくまでその絶望を解き明かす手がかりのためのもので、これにきちんと解答することがゴールじゃないんだ。最悪、質問に答えられなくても真相がわかってればいい。最初にルール説明されたでしょ?』


 初めてこの悪夢【ナイトメア・マンション】に招かれたときのことを思い出す。確かに、【ケヴィン・ブラックマンの悪夢:心と天秤の悲劇】のときはそうだった。


 言われてみれば、最初に私が出した答え──騎士は二人を心底恨んでいた、という間違いは正されたが、それだけでしかない。私が気付いていない、騎士の悲劇のクライマックスについては全く解決していない。


 三回目は──無駄とはいえないまでも、真実には届かなかったのだ。


『もういっかい! もういっかい!』


 少女をブン殴りたくなった。


『ヒントはもういっぱいあげたから、あとはがんばって!』


『どうせインターバルも長いし、お茶でも飲んで気楽に行こうよ』


 なされるがままに私はクッキーを頬張った。なんでも、このクッキーはこの女性が少女に差し入れたもだそうだ。


 この女性、私と同じくこの悪夢【ナイトメア・マンション】のゲストだそうで、それも一度クリアして以降何度も悪夢に挑む変わり者らしい。クリアの報酬で様々な権利を貰ったそうで、クッキーの持込や私にヒントを与えることなど、いろんなことができるようになったそうだ。少女もすっかり彼女には懐いているようで、傍から見れば二人は仲のよい姉妹にも見えた。


 なお、先に述べておくが本来のルールではこのナイトメア・マンションのことは現実ではゲスト以外に伝えることはできないとされている。私がこうして書けている理由は一切不明、あるとして少女のお気に入りになったからであることをここで再確認しておく。


 この女性はウチキド マドカと名乗った。作家かなにかをしているらしい。ウソかホントか、ここでの出来事を参考にして創作活動をしているそうだ。たいそう趣味の悪い作品であるのはおそらく間違いないだろう。私自身、彼女の名前を聞いたことがないので、一般的に有名な作家というわけではないはずだ。


『騎士の悪夢はけっこうつらかったなぁ。ドツボにはまって5,6回繰り返したっけ』


『いい線までいってるよ。ただ、悲劇の本質とヒントを活かしきれていない』


 彼女はこの悪夢もすでにクリアしたそうで、権利の範囲内で私にヒントをくれた。

 少女よりもあやふやなものであったが、この微妙な何かが私に決定的に足りないものなのだろう。


 ちなみに彼女もこの悪夢にはかなり苦戦したそうで、特にこの悪夢に行われた『条件達成による続きの閲覧』においての『なぜ騎士は毒を喰らっても死ななかったのか』で頭を悩ませることになったらしい。


 私の場合はつい最近、小説を書くのに関連してアデノストマ・ファスキクラツムやピロカルプス・ペナティフォリウスといった危険な植物の本を読んでいたのだが、そこに似たようなケースが書かれていたために思い当たっただけだ。


 彼女から言わせれば、そんな不幸に直接関わりのないことよりも、『ジャンとレナが結婚していた』というわかりやすい絶望のほうが簡単に推理することができるらしい。言われてみれば、私はこの手の悲劇のドラマや本を読んだ経験はほとんどない。そのときになって、食わず嫌いをせずにいろんな本を読んでおけばよかったと後悔した。


 そして、十分に休憩をとった後、不本意ながら私は四度目の挑戦をすることになる。少女に闇に押し込まれる瞬間、ウチキドはニッと笑って口を開いた。少女が慌てて彼女の口を塞ごうとしたが、もう遅い。そもそも、口に手が届かない。


 その言葉──気付きもしなかった決定的なヒントを聴いて、全ての疑問が氷解した。


 私はその確認のためだけに、騎士の悪夢を追体験した。

 そして、全ての真相を悟ったのだ。




20160817 誤字修正など


次回の更新でこの悪夢は終劇となる。読者諸君もこの悪夢の悲劇の真相を自分なりに考えてから次の頁に進んで欲しい。


例によって例のごとく、こっそり私にあなたたちの考えを送ってもらえれば、少女よろしく『答え合わせ』が行えるはずだ。もうかなり深い事実まで気付きかけている人もいたので、今回の話で真実にたどり着く人もいるかもしれない。


なお、そんな人たちのために、少女が用意していた、『合格』には直接関わりのないエクストラ問題(この表現もひどく腹立たしいが)をここに載せておく。騎士の不幸の本筋ではないものの、こちらもまた相当に精神にくる出題だったことを先に述べておく。


『騎士は村を去った後どうなった? 『私』が剣の精霊になったことを含めて答えなさい』


『パッチュはどうすれば死なずに済んだのか。その方法があるならば答えなさい』


なお、一問目はひどくファンタジーじみた答えだったことを記しておく。

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