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【ナイトメア・マンション】の概要、および【ケヴィン・ブラックマンの悪夢:心と天秤の悲劇】

非常に大雑把であるが、これは先に述べた理由のためである。

 現状に変わりはなく、特に報告するべきこともないが奇妙な夢を見たので記録しておこうと思う。内容が内容だけに夢のようには思えなかったが、これも何かの縁だ。うまい話のタネになればそれでいい。


 いつものように寝ぼけ眼でやるべきことをやった後、私は床に就いた。布団に入って三十分くらいで完全に眠ったように思える。これは誰にも信じてもらえないのだが、私は寝るとき、決まって足の端の感覚が消えていく。足から膝、腰へとどんどん感覚がなくなって行って、胸あたりまで来たと思うと眠りについているという感じなのだ。言い方を変えると、足の端の感覚がなくなってきたらそろそろ眠りにつくサインということになる。


 それはともかくとして、いつもの眠りのサインを感じた私は次に気づいたとき、古ぼけたお屋敷の前にいた。年代と荘厳さ、そして朽ちた気品が滲み出た西洋の館だったのを覚えている。月のない夜で、葉の一枚もついていな武骨な黒い木があり、あたりからはカラスやコウモリ、はたまたオオカミの遠吠えなんかが聞こえる。ホラーゲームに出てくる怪しい館、もしくは某ネズミの国のアレを想像すればだいたい間違っていない。

 

 ああ、夢だななんて思いつつ、何かに導かれるようにして私はその中へと入って行った。このときなぜかそこが悪夢の一等地であるということが頭の中に浮かんでいたが、手は勝手に重々しい門扉を開け、足は古いながらも手入れが行き届いた豪華な赤い絨毯を踏んでいた。


 中は見た目のオンボロさを裏切るかのように明るく、そして豪華だった。予想通り、内装は西洋のものを基調としている。古き良き──とでもいうべきだろうか、とにかく最近では見ることができないほど、いい意味で古めかしく、ある種の懐かしさを駆り立てるものだった。


 しかし、それも仮初のものなのか、明るくありながらもどこか暗く、目立たないところは朽ちて蜘蛛の巣が張っていたりもする。文章だけでその場を表現するのならばこれ以上ないくらい居心地の良い場所だったのだろうが、現場を実際に見ると(夢の中だから正確ではないかもしれない)、奇妙な違和感とちぐはぐな空気に生理的な嫌悪感を感じざるを得ないものだった。


 そして私はある部屋の前にたどり着いた。その扉だけは雑然としながらもどこかほかの扉よりも豪華だった。ここに何かいるのだと、独りでに動く体に呆れつつも次の瞬間を期待した。


 中にいたのは、いや、あったのは可愛らしい西洋人形だった。美しい金髪に碧いサファイアのような瞳、白磁の肌にリンゴのように赤い頬。子供なら抱き上げるのに苦戦しそうなほどの大きさ。ありていに言えば、本物の幼女と同じ大きさなのだ。


 そして、驚くべきことに彼女はけらけらと笑ってしゃべりだしたのだ。


 いわく、彼女はこの悪夢【ナイトメア・マンション】の管理人なのだと。

 いわく、私を招待したのは彼女であり、ゲームをプレイしてほしいのだと。

 いわく、私がゲームをクリアするまで、この館から出ること、すなわち目覚めることはできないのだと。


 とはいうものの、私自身なぜかこれが夢だと確信できていたのでそこについては特別不安に思うこともなかった。ただ、そのゲーム内容だけが気になったのだ。以下にその要点をまとめておく。


・悪夢【ナイトメア・マンション】に招かれた人は○○号室に入り悲劇の悪夢を追体験する

・悲劇の大筋に影響を与えない登場人物となって悲劇を進めていく

・悲劇の途中で自分が死んだら最初からやり直し

・悲劇の『ゴール』は管理人室に繋がるエレベーターになっている

・悲劇が終幕したら少女の元に呼び出され真相の答え合わせをする

・一定以上真相に近づけていたらその場でゲームクリアとなる

・一定以上真相に近づけていない場合はもう一度悲劇を体験する

・リトライにあたって少女からいくらかのヒントをもらえる

・少女から合格を貰えるまで目覚めることはできず、合格をもらえるまで悲劇を体験し続けることになる



・合格したらマンションから退室すること(目覚めること)ができる

・クリア特典として明晰夢を見る権利、快眠できる権利、悪夢を見ない権利がもらえる

・クリア特典として悪夢【ナイトメア・マンション】に自由に挑む権利を貰える

・クリアした部屋の数に応じて特典がもらえる

・たとえマンションで何週間過ごそうと現実では一夜

・ナイトメア・マンションのことは記憶に残る

・ナイトメア・マンションのことをゲスト以外の人間に伝えることはできない

・たとえゲストでも自分がクリアしていない悪夢の情報を貰うことはできない


 少女の話を聞く限り、ここに招かれた──ゲストは私だけではないらしい。どうも、ここは我々の住む時空間とは切り離されているのか、時間の概念が非常にあやふやのようだった。けらけらと笑う少女を見ると、いままでずっと他人が悪夢に挑み続ける姿を見て楽しんでいたのであろうことが見て取れた。


 一通り話を聞き終わったところでとうとうゲームの始まりとなった。


 薄暗く気味の悪い廊下を少女の手に引かれて歩いた先にあったのは104号室。ここには【ケヴィン・ブラックマンの悪夢:心と天秤の悲劇】が入居しているらしい。なるほど、悪夢のようだがどこか陳腐だなと思ったのを覚えている。


 少女が取り出した鍵束によりがちゃり、とその扉が開いた。


 中には濃く禍々しい、しつこく纏わりつきそうな霧のようなものが蠢いていた。無邪気にほほ笑む少女に背中を押され、私はその中へと飛び込んでいった。





 さて、ここから先は話すことが少ない。


 少しだけ104号室の悪夢について説明したいが、なんと説明すればいいのかわからない。私は妖精博士(フェアリードクター)(オカルトと科学を専門にしている人をそう呼ぶらしい)ケヴィンの家の近所の人間となり、彼が作成した薬によって起きたバイオハザード(茶色くて臭い泥人形が襲ってくる。襲われた人間もその泥人形になる)を彼とともに逃げ延びる一人として悪夢を追体験していった。


 彼は本当は別の薬を作ったつもりだったのだが、なんらかの手違いでアンデッドを生み出す薬を生み出してしまっていたらしい。


 一度も死ぬことなく悲劇の『ゴール』まで最初は行けたが、ゴール先が管理人室直通のエレベーターになっていたのは驚いた。そこでいきなり雰囲気が変わったのだから、また別の緊迫感に襲われたと同時にある種の安堵を覚えたのを覚えている。


 もっとも、一回目は真相の4割にも達していなかったらしく、答え合わせの途中で少女に呆れられてしまった。彼女の質問に最終的には何も答えられなくなってしまったのだ。


 再び悪夢に飲まれる最後の瞬間、可愛らしく頬を膨らませながら背中を押しだした彼女にいくらかのヒントをもらい、二回目は異界化したケヴィンの地下室にまでたどり着くことができた。が、『ゴール』の先の答え合わせではあと一歩真相に足らず、もう一度悪夢に私は挑戦することになる。


 ヒントをもとに確信したターニングポイントまですすめ、それで真相への決定的な真実が暴けると、目の前に運命の天秤が現れたところで私は目を覚ましてしまった。最後の瞬間、例のエレベーターの中に移されたような気もする。


 ともかく、私は【ケヴィン・ブラックマンの悪夢】の真相を暴くことなく戻ってきてしまったのだ。ルール違反のようだが所詮は夢だ。つまりそういうことなんだろう。一つだけ言えるのは、ケヴィンは何も悪くなかったが、それでもケヴィンが原因であの悪夢は起きてしまったということだけだ。さすがに三回目までやると登場人物たちにも愛着が湧くというものである。彼の最後の運命の天秤が傾いたのはどっちだったかはわからずじまいだったが、どちらにしても彼は最愛のものを失くしていたのだ。


 もう一度だけあそこへ行きたいような気もするが、果たしてどうなることやら。とりあえず、記録だけ残してもう一度寝てみようと思う。うまくいけば、またあそこに呼ばれて途中からでも参加できるかもしれない。



 なお、追記としてこの段階で『ナイトメア・マンションのことをゲスト以外の人間に伝えられない』というルールに抵触していることをここに記しておく。

20160817 誤字修正など


次回から本格的な悪夢に入る。この段階ではただの夢と認識していたことを確認しておきたい。

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