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P2-50.9 椋の懊悩

第二節51の直前くらいの椋。

ひとりでぐるぐるしてるばっかりで、暗すぎウジウジすぎ話進まなすぎるのでボツったもの。




 半ば時間も忘れてずっと資料を読み進めていた手が、目がある部分でぴたりと停止した。

 淡々と紙上に綴られている事柄が、何を意味しているのかそのときの椋にはよく分からなかった。決して短くはないその部分を何度も読み直し、見返し、考え、そうしてようやく欠片だけの理解が思考に落ちてくる。

 現在椋が手にする資料は、普通なら決して彼の手には入らないようなものだった。今回椋が巻き込まれた「一連」に関する様々な事象が事細かに綴られたそれは、まあ色々とこちらにも事情があって、それにきみには知る権利があるからね、と、そんな言葉とともにエネフが渡してくれた非常に分厚いものだ。

 特定の項目を目にして止まったままの、資料を持つ手のひら。

 文字がカタカタ震えて見えるのはなぜだと思えば、何のことはない、椋の手が震えていただけのことだった。表情すらうまく変えられなかった。なんでなんだと、ここ数日何かにつけて思い続けているようなことをまた、思った。

 彼を止めた項目の、見出しはこうだ。

 ――本件と連動して動いているとされるレジュナ【傀儡】の取引について。


「……」


 何とはなしに、目を細める。過去の記録に残っている、多くのレジュナ【傀儡】と呼ばれるものの、そしてその作り手たるレジュナリア【傀儡師】の引き起こした惨劇をまず簡潔にまとめた上で、その報告書は今回の事件に触れていた。

 最初にこの国でレジュナ【傀儡】の存在が確認されたのは、半月ほど前のことだという。

 非常に精巧で人間の擬似機能に長け、頑健であり擬態するその人物より強力な体術および魔術を使用することを可能とし、なおかつ主人の命令には絶対服従するというそれは、瞬く間に闇市場で取引される品物の最上位にまでのし上がった。レジュナ【傀儡】の制作および売買は、国の法によって禁じられているにもかかわらず、である。

 資料はさらに、こう続く。本件の周囲には、レジュナ【傀儡】の流れが存在しているのだと。

 関与が最もあからさまなのは、ケントレイ・ターシャル、つまり椋が殺害の容疑をかけられている貴族、らしい。彼が己の腹心を通じて一体のレジュナ【傀儡】を購入したという、証書が残っていたのだそうだ。

 しかも彼の自宅を捜索したところ、保管場所として指定してあった部屋にその「人形」の姿はなかった。

 部屋にないどころか屋敷内のどこを探してもそれの姿は影すらなく、ほぼ同時に使用人が行方不明になって今も見つかっていないという報告だけが、今のところはあがっているのだという。


「……は、」


 そこまでもう一度目を通して、小さくひとつ椋はため息をつき目許に指を当てた。

 若干目が痛い、頭が痛い。――理由など知れている。その先に続いて出てくる名前を、既に知ってしまっているからだ。

 報告者はこの消えた使用人がレジュナ【傀儡】に成り替わられたものとして、調査を進めている。現在この国に流れている人形はすべて同一のレジュナリア【傀儡師】の手で生み出されたものであり、主の命令に従い一瞬にして砕けることすら可能な、レジュナ【傀儡】の中でもさらに異常な存在なのだという。

 そのレジュナ【傀儡】の欠片というのはこれまたどういう理論でか短時間で空気に溶けて消えてしまうものらしいが、ケントレイの件では一人、欠片に接触した可能性のある騎士がいた。

 別件でレジュナ【傀儡】の取り締まりおよび破壊に当たった者たちが証言する通り、その欠片は容易に踏みつぶすことができた。靴裏の感触は軟な土くれを、砕いたときのそれ――欠片の特徴とされるものと一致していたという。

 以上、述べてきたようないくつかの事例にも示されるように、今回の一連の事件においては確実にレジュナ【傀儡】という異端の関与が色濃く疑われる。そして現在この国に存在する、明らかに尋常でない人形――レジュナ【傀儡】のすべてを作成したとされるレジュナリア【傀儡師】として、非常に疑わしい人間が一人、いる。

 誰にも己の顔を見せたことがないというその人物は、常に枯葉色のマントとフードで身体を覆い隠し、声質は少年のようでありながら頭の回転が非常に速い。決してどの組織にも所属はせず、ただどの国にもどの場所にも均等に放り投げるように、気まぐれに己の制作物を闇へと放っていくらしい。

 半月ほど前に、この国に入国したとされる凄腕の「人形」の作り手。暗い目、明るい目、楽しそうな声と沈んだ声。

 ヘイと喧々囂々(けんけんごうごう)の論議を交わしていた、リーの姿がふと脳裏に、浮かんだ。


 ――お兄さん。ちょっと質問をしてもいいか。


 同時に蘇ってくるのは、初めてリーと会った日に椋が彼女から言われた言葉だ。

 それまで穏やかだった瞳に不意に、その場に鋭く縫い止められたような気がして一瞬、奇妙な鳥肌めいたものが立ったのを覚えている。


 ――どうしてそんなに、人形なぞに妙に興味を持ってるんだ?


 本人に実際聞いてみなければ、正しいことなど何も分からない。分かるわけがない。

 それでもリーがあんなことを最初に言ったのは、もしかするとこのせいだったのだろうかと椋は思った。

 あのときのリーが人気のない、奇妙に静かなところで露店を広げていたのは、普通の人形ではなく闇の中でしか動くことのない人形――レジュナ、傀儡と呼ばれるものを売るためだったのか。椋の願いを聞き入れてジュペスの「右腕」の制作に関わってくれるようになった後も、時々妙な顔をしていたのもまた、その裏で何か、後ろ暗い決して日の元には晒せないようなものを売り捌いていたからだったのか。

 本当に自分でいいのかと、何度もリーは言っていた。

 ジュペスの腕を創り上げる、金にもならない国教にも抵触するだろう依頼に闘志を燃やしていた彼女の姿がいくつも、いくつも脳裏に過っては消えていった。


「……あんたは結局、何がしたかったんだ」


 分からない。何でこんなに同じような言葉しか連ねられない? 誰のどんな意図がどう交錯して、結果としてこんな事態になって誰かが生きるだの死ぬだの、そんな大それた話へと繋がって行ってしまっているのだろう。

 そもそも分からないというなら、自分の感情も椋にはよくわからなかった。一度に色々なことがいきなりに変わりすぎて、起こりすぎて完全にキャパシティオーバーの様相を呈している。としか思えない。情けないことではあるが。

 リーさん、と。

 資料を手に小さく呼ぶ椋の声は、誰に届くこともあるはずはなく室内で解けてすぐに消えた。

 一人で考えることしかできない、閉ざされた部屋に差し込む斜陽はどこか、ひどく哀愁めいていた。


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