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P2-33.5 少年少女は希求する

第二節34、にしようとして、どうも途中で詰まってボツにしたもの。

M3では年少の三人の話。



 友人であり、尊敬すべき先輩格であるという人々を送りだした後も、しばしピアとリベルトの二人は玄関先でぼんやりと佇んでいた。

 もういくら目を凝らしたところで、友人たちの背は見えないだろう。それでもその場から二人が動こうとしないのは、先ほどまでいた彼らがもたらした情報が故であることは言うまでもなかった。

 寂しげにも悲しげにも、どこか憤っているようにも見える二人分の背中。声をかける頃合いを掴みかね、ジュペスは柱の陰からふたりを見ることしかできずにいた。

 沈黙ののちややあって、ぽつりと不意に言葉を落としたのは、ピアだった。


「マリアは結局、自分のしたことを何も分かっていないままなのね」


 その声は背中を見守るだけのジュペスが聞いても明確なほどに、落胆と失望、哀愁などといったもので満ち満ちていた。

 彼女のすぐそばで肩を並べるリベルトは、ひとつ深々とため息を吐いた後、頷く。


「そういうことに、なりますね」

「……リベルト、リョウさまにこのことを伝えたら、あのかたはどんな顔をなされると思う?」

「絶対に良い顔なんてしてくれないことだけは、俺が保証しますよ」


 声を彩る色彩の変わらないピアの言葉に、ひどく嫌そうなのを隠そうともしていないリベルトの言葉が返る。

 二人の会話を聞いているジュペスも、そうだろうと思った。彼がいるときにあのときのことを話題に出さないのは、ピアやリベルト、そしてクレイが口を揃えて、あのときの彼は本気で死にそうなひどい顔をしていたと言うからだった。

 ピアやリベルトは、そもそも事象そのものに対する衝撃が大き過ぎたのとその後にも多くのことが起こりすぎたのとで、ただ呆然とするだけの時間などなかったと笑った。

 しかし、リョウは。……いつもひょうきんに平穏に真摯にこちらを見てくれる黒い目に、あのとき宿っていたもの、その胸の内に在った/今もまた在るものはいったい、何であるのだろうと、思う。


「どうしてなんだろう。……きっと一番さいしょにあるものは、同じ治癒を志すものなら変わらないはずなのに」


 わずかにピアの言葉に、ジュペスは目を細めた。

 リベルトも同じような心持ちなのだろう。何を答えることもなく、彼は俯いた。

 あの事件の最中、最も苦しかった瞬間のジュペスの記憶は今も曖昧だった。

 しかしそれでも蒼白な顔で、彼らが必死になっていた、良く知りもしない他人のために確かに懸命になってくれていたことだけは覚えている。リョウがいなければ、クレイが機転を利かせてくれなければ、「ちがう」治癒術師でありなぜかリョウの既知であったという癒室の長が駆けつけてくれなければ、そのあとも、いくつもの要素が重なってくれなければ今自分がここにいることはなかったと、事実としてジュペスは理解している。

 ひとつ、改めてジュペスは息を吐いた。

 そうして身を隠し続けていた、柱の影から彼は、出た。


「同じだからこそ、余計に譲れない、ということなのかもしれません」

「っ!」


 びくりと、おそらく半ば反射的に二人の肩が跳ねた。

 振り返りジュペスを視界のうちに収めた二人の目が、驚いたように揃って丸くなる。


「ジュペス、聞いてたのか?」

「すみません。どうしても気になって。悪趣味なことをしました」


 わずかに咎めるような響きの混じったリベルトの声に、苦笑してジュペスは頭を下げた。

 しかしそんなジュペスに対し、ピアは首を横に振った。


「ううん。理不尽にあの場からあなたを追い出したのはわたしたちのほうだもの。…それより」


 今割り込んだ、言葉の意味は。

 言外にそう問うてくる彼女の視線に、ジュペス自身決して心地良いなどとは言えない言葉を、大気へ乗せた。


「差異と異端がもたらすものは、常に前進だけとは限らないですから。……それが齎す破滅も多くあるのは、歴史が証明してくれてしまっているでしょう?」

「それは、」

「勿論僕はそんな、どうしようもないような下種に成り下がるくらいなら死んだほうがいいと思っています。あえてこんな姿になってまで僕が生き延びているのは、そんなどうしようもないことをするためじゃない」


 先程より更に苦い笑み一つとともに言い切ったジュペスに、にわかに二人が絶句した。

 しかし二人が絶句するのは、決してジュペスの思考が理解できないからではないと彼はわかっている。だからこそジュペスは二人へと、やわらかく笑みを向けて見せた。


「ピアさんも、リベルトもそうではないですか?」


 少しの間、沈黙がジュペスには返った。

 ややあって、そっと胸の前で両手を組んだピアが零すように、祈るように言った。


「そんな違いで、自分の間違いも見えなくなるようなひとになんて、…わたし、なりたくない」

「というか当たり前だろうもう、俺たちにはそんなの。あんな光景目の当たりにして、俺たちが常識だって思ってたいろんなことをものすごい勢いでぶっ壊され続けて、そんな後で素直にただ教えられるものに従い続けるだけなんて、できるわけがないんだ」


 彼女に続いたリベルトの言葉に、思わずジュペスは笑ってしまった。

 本当に、そうだと心から賛同する。できてしまう。世の常の流れとはずいぶんと異なる方向へ当然のように彼は目線を向けながら、しかしその眼は大きなものではなく、ただひとりの患者を、ジュペスだけをあたりまえのように見ているのだ。

 あの苦悶といつまでも引かない熱、どこが痛むのかすら分からないような痛みを、その理由を彼だけが見抜いた。彼だけが持つ仮説に従って、ジュペスの「異常行動」までをも、彼は見抜いた。

 そうして、ひどく途轍もない、確実に「倫理にもとる」方法で、ジュペスの命を救い、さらには。


「今日も今日で、リョウさんはまた滅茶苦茶なことを当然のようにやってくれたしね」

「魔具を腕の代わりとして使うって、……なんかもう、何だよそれ」

「しかも二日後には、あれ以上のものが出来上がる、僕の腕になってくれる、か。……僕はあの人に、一体どれだけ借りを作ればいいんだろう」

「無茶苦茶にもほどがあるよな、ホント、リョウ兄はいっつも」

「ほんとうにね。……でも、だから、」


 ふわりとピアはジュペスたちへ笑いかけて、しかし、作りかけたその笑みは中途半端なまま凍り付いて止まってしまった。

 碧の瞳が、複雑な感情に揺らぐ。揺らいで、曖昧になって、ぎゅっと、組んだままの胸の前の両手を強く、彼女は握りしめて、絞り出すように小さくつぶやいた。


「お教えしたく、……ない、な」

「ピアレティス様」

「こんなことを隠したって、リョウさまのためになど何もならないのは分かっているわ。……でも」

「僕らがここでただ彼を思って考えていても、どうしようもありません」

「ジュペスさん、」

「事実を受け取り、その上で行動を起こすのはリョウさん自身ですから。…今の僕らができるのは、決して何も不当に遮らないこと。それくらい、だけです」

「どうしてわたし、……なにも、できないんだろう」

「何もできないというのは、今の僕みたいなものを指す言葉ですよ」

「でもきっとそこは患者が無理するな、とかで、リョウ兄は一言で片付けちゃうんだろうな」

「そうだろうね。だからこそ、余計に僕はいたたまれなくなるのに」


 リョウさんは、そのあたりのことは全然、理解して下さろうとしないからなあ。

 ぼやきの後半は、ジュペス自身の胸の内にだけゆるくにじんで、ほの苦かった。



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