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P2-13.5 傾きの天秤を思う

第二節13-14の間の話。

あまりに話が進まないので活動報告で投稿させていただいた、ヨルドとアルセラの話。



「……あの」


 とある症例と彼についての長い話を終え、決して短くない、しかし居心地は悪くない沈黙を過ごした後。


「ひとつだけ、お願いしたいことがあるんです」


 不意に顔を上げた彼は、またしても予想外な事柄を二人へと向かって真っすぐ、言った。





「わかった。もう下がっていいぞ」

「はっ」


 ひらひらと使用人に向かって手を振れば、主の命令に従って彼は礼をし、去っていった。

 やれやれと、小さくヨルドは笑った。たった今出て行かせた使用人は、ここ近辺も最近は物騒だからと、理由を半ばこじつけてリョウへと宛がった馬車の、御者だ。

 パタンとドアが閉まる音がしたほぼその瞬間、再度ヨルドとアルセラ以外の誰も室内にいなくなったところで、ふたりはどちらからともなく同時にため息をついた。


「……」


 思わず無言で顔を見合わせる。全く同種の意味を含んだ互いの吐息に、そしてすぐさま、ふたりは笑ってしまう。

 こんな間合いで相手が何を考えていたかなど、わざわざ声に出して問う必要性もない。

 だからこそ二人はただ笑って、未完成で不安定で、だからこそ誰の希望ともなり得る黒の色彩を想うのだ。


「本当に最初から最後まで、あの子はここに来るたびに無理難題をあたしたちに何のためらいもなくぶつけてくるねえ」


 ソファーとヨルドの右肩に身体を預けてきつつ、アルセラが笑った。

 笑うしかないのは、彼が口にした事実を知らなかった自分たちであり、そんな状態になってしまうまで患者たちを放置しても平然としていた下級の位階の祈道士たちだ。リョウの言葉だけならさすがに少しは本当かとも思っただろうが、生憎なことにヨルドもまた、今日の一件でその「現実」を目の当たりにしてしまっている。


 ――今日の事件を目撃した患者さんたちの、治療の担当を一時的にでも治癒術師にすることはできませんか。


 それが、二人にリョウが言ったことのひとつだ。

 唐突とも言えるそれになぜかと問えば、ただでさえ治療がきちんと受けられていない人たちがあんな光景を見たら、ほぼ絶対に祈道士への不信と恐怖が生まれるだろうから、そんなのは治療する側もされる側も、どっちも絶対にやりづらい上に精神的にもきっと良くないから、とリョウは言った。確かに久々に目にした祈道士があのマリアという少女だったのなら、他の祈道士に対しても拒絶の感情が生まれても、何もおかしくはない。

 それに、と。頷くヨルドと苦笑するアルセラにリョウはさらに続けた。

 せめて一日いや、二日に一回でもいい、あの中の誰もにきちんと、治癒魔術を施せるようにしてほしい、と。


「……正直あの場に行くまでは、まさか療養棟での平民への待遇が、そこまで悪くなってるとは俺も考えてなかったからな」


 リョウは今回の事件を、結局は自分が全て悪いと思っている。

 確かにそういう考え方もあるし、一概に間違いともいえない。しかし元の元を手繰って見れば、あの少年があそこまでひどい状態に陥ってしまったのは、リョウのように異常に何を知り知らずとも治癒が行えるような段階で、何の手も出さなかったこちら側にも確実に責はあるのだ。

 何しろ平民たちの治癒を、積極的に行おうとする治癒者は決して多いとは言えない。なぜなら平民の治癒を行っても、手柄やゆくゆくの褒章、昇格といったものに基本的にはつながりにくいからだ。

 しかし国庫からはそれなりの額の金が、表向きには貴賎の別なく傷病快癒が可能であるよう動いている。

 これがまともに機能していないとなれば、…部下たちを基本的に動かす立場にあるヨルドたちが、腰を上げないわけには、いかない。


「頭が痛い問題だね。平民の部屋のまわりは給金が安いうえに治療すべき人数は多いから。……まったく、自分のためにも色々な症例を経験しろっていつも口酸っぱく言ってるのにねえ。皆まともに聞きやしない」

「その点じゃある意味、俺らに療養棟の平民や下級貴族たちの治療を丸投げするってのは正解かもしれんぞ。少なくとも癒室の奴らは、国から一定給が出てるからな」

「あくまで現実実務的な面だけの話だろう、それは? ……しかしまぁ、実現できるかどうかはあたしとあんたの手の回し方次第、ってところかねぇ」

「ま、四の五の面倒言う前に何かは動かさんとな。あいつが言った通りの意味でも、それ以外でもあんなもんを放置しとくわけにはさすがにいかない」


 アルセラの言葉に軽く笑って、ヨルドは頭上の天井を仰いだ。

 治癒を司る自分たちが存在している、国家より正式な職業として認められ給金が払われているのは、根本的には傷病者に再起と復活を与えるためであり、互いの技量の貴賎、巧拙、上下を競い互いを貶め競合者を蹴落とし、金稼ぎの方法とするためではない。

 無論それが「職業」である以上、一定の利益は生じさせなければどうしようもない。こちらも神様などというとんでもない存在ではないので、ただ綺麗事ばかりを並べてへらりと笑っているわけにもいかないのだ。

 だが、だからと言って前提とその結果生じる副産物とを取り違えてもならない。

 治癒はあくまで患者本人の側に立って施すべし、とは治癒魔術の総論で最初に学生たちが学ぶ先人の言葉だが、…果たしてそれはどれだけ、まともに治癒職の者たちに浸透しているのかどうか。


「しっかし、なにも、こんなときにあいつも暴れんでもいいだろうに、なぁ」


 天井を仰いだまま、ヨルドは苦笑した。本当にまたしても、リョウがふたりに持ってきたのは、このエクストリー王国きっての治癒者であるヨルドとアルセラにとって「自分たちの知らない/今のところ単純な治癒が通用しない/それに対する理解ができない」病人である。

 わざわざ治癒に関する情報を、他国の術師たちと交換するためそれなりに頻繁に他国にも(表向きには)旅行として出向いている二人なのだ。アイネミア病のときよりもさらに強い「祈道士の拒絶」および「ヨルドほどの術者をしても完全回復を全く望めない」患者に、研究研鑽を重ねる者として興味を持たないはずがない。

 だからこそもう一つ放っておけないのは、リョウが治療するあの少年の詳細に関して、ヤツが「知っている」という無茶についてだ。

 リョウ本人にも明言したことであるが、叶うならばその全てを見守り、彼の異様さと、ただ仮説としか呼称し得ないだろう荒唐無稽についての考えを一晩中でも、三人で巡らせたいところだった。


「三日後には国を発たなきゃならない、ってこのときにねぇ。本当にさっきも言ったけど、いつもとんでもないもんを持ちこんでくるよ、あの子は」


 アルセラとしてもやはり、抱くものはヨルドと同じなのだろう。ヨルドの内心とほとんど同じような言葉を、彼女もまた彼へと返してきた。

 俺たちが帰ってきたらちゃんと全部説明してもらうからな、こっちの疑問には全部答えてもらうからな。

 そんなヨルドたちの言葉に、リョウは苦笑とともに、分かってます、と言った。俺が正しい選択ができることを、とりあえずは祈って下さい、とも言っていた。

 リョウの言うすべてに迎合するかどうかはともかく、少なくとも現在のリョウを拒絶する理由など一切ヨルドたちにはない。

 基本的に変わりものとして、国内外にもそれなりに、治癒職の者たちの中ではヨルドたちの名は通っているのだ。今更あの特級の異端一人の受け容れあるいは箴言(しんげん)を与える役割になったところで、個性の強すぎる子どもが一人増えたくらいの感覚でしかない。

 子どもといや、うちのガキも近いうちにあいつと会わせておくべき、か。

 何しろ保持する異端ゆえに、敵と味方しか作れなそうな男だ。理解者となり得る人間は、一人でも多いに越したことはない。


「ちとあいつに関しちゃ、俺たちものんびり構えすぎてたかもしれんなあ。俺たちの部下がそれなりに育ってるかうちのやつらとあいつにそれなりの面識でもありゃあ、状況はもう少し楽だったかもしれないぞ」「そうだね。まあ今更、「個人的な都合」であちらのお誘いを無碍にするわけにもいかないし。確実に物凄く楽しみにして下さってるだろうしね、殿下も」

「そんなことしちゃ、国交的にも問題になりかねないだろうからなあ。俺個人としても久々に、殿下やあっちの術師たちとは話もしたいところだ」


 二人が三日後から向かう先は、隣国の友好国、レニティアスだ。現国王の、年の離れた異母兄にあたる人物が、彼らをレニティアスへと正式に招待しているのである。

 王の血を受け継ぐ人間の中から、保持する魔力の強さ、および魔力の制御・調節能力によって次代の王が決定されるのがレニティアスという国だ。彼のような、年齢としては他より上でも一つのことにしか興味を示さず、結果として王位争いから自ら、あるいは他者の圧力より退く人間というのも少なくはない。

 彼、フェイオス殿下もそんな人間の一人だった。彼の魔力は強かったが、なぜか抜群の制御能力を見せたのは、普通より難しいはずの治癒魔術においてのみ。

 それ以外の制御に関しては、結構に本気で惨々たるものだったのだ。国家交流も兼ねてこちらの魔術学院に留学してきていた彼と偶然同じクラスになったヨルドとアルセラは、それを事実としてしみじみ良く知っている。

 しかしそんな、一方向性にしか開花しない己の魔術に対してもフェイオスはいつも笑って、こう言っていた。つまりはこれこそが僕にとっての天職、天命とも言えるものなのでしょう、と。

 彼は本当に穏やかな、広い凪いだ海のような人間だ。治癒職の分布に関しては、フェイオスが治癒術師かつ祈道士でもあるということもあってか、この国のように大っぴらには治癒術師というものも嫌われてはいない。

 ――もしあいつに何もなけりゃあ、いっそ連れてってやってもよかったんだがな。

 ふと、自分たちを招待した人間の柔らかな表情を思い出しつつそんなことをヨルドは思った。

 教会との全面対立という図式しかリョウ自身含め誰もが思い描けない以上、問題を国内にとどめず外にまで波及させてしまうというのも、手としては或いはあり、なのかもしれない、と。


「せめてあと十日とは言わないから、一テアト(一週間)早くあの子が事を起こしてくれてたら良かったんだけどね。それならこっちも、まだ色々とやりようもあったのに」

「ま、ないものねだりはしても仕方ないさ。事実を事実として俺たち「上」が認識したってだけでも、悪いことじゃあないだろ」


 肩をすくめて笑って見せれば、アルセラもまた同じような表情でこちらに笑み返してきた。

 旅行前くらい少しはゆっくりしたいと思うのに、残念ながら今回はまるで、そんな余裕など望むべくもない。とにかく何かしら「正当性」のある理由をつけてあの部屋、そして他の部屋で苦しむ療養棟の平民たちを救う道筋くらいは立ててからレニティアスに赴かなければ、あまりに色々なことがすっきりしなさ過ぎてヨルド達としても困るのだ。

 正しい選択ができることを祈ってて下さい。そんなことを、ここを去っていく直前にリョウは口にしていたが。

 果たして正しい選択とは、誰に、何にとっていつの時点で本当に「正しい」ものであるのかとふと、思った。

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