P2-09.5 あがきが反射するまで
第二節09の直後の話。
細かく書くにも短くして入れるにも中途半端になるような気がしてボツったもの。
「……っ…」
何か、何か言わなければ。
思ってはいても、言葉などひとつも口から出てはこない。
何も言えない。クレイに対する礼も、駆けつけてくれたヨルドに対する礼も、まったく訳も分からなかっただろうに、彼女に同意せず自分についてきてくれたピアたちへの礼も、なにも。
まともに何か言おうとすれば、下手をすれば泣きそうだった。
ただ、ようやくの安定を取り戻し今は眠るジュペスを見つめるしかできない椋の頭に、ぽすんと大きな手のひらが、乗った。
「おまえの友人に感謝しろよ、リョウ。彼が俺を呼んでなきゃあ、下手をすればこの少年は助からなかったかもしれん」
「……」
淡々とゆるやかに、どこか諭すようなその声に椋はただ頷いた。
先ほど噛みちぎってしまった唇から、未だに流れ込んでくる血は錆くさく傷周囲はずきずきした。
この顛末における一番の功労者は、他の誰でもなく間違いなくクレイだと椋は思う。あの暴走した祈道士の女の子を連行するため、今ここにはいない彼が。
我ながらほんとうにひどい頼み方しか、できていなかった自覚がある。
祈道士以外の誰かを呼んでくれ。ただそれだけの椋の言葉から、他の騎士でも誰でもなく、治癒術師を呼びに行く方向に思考を回した彼は、ある意味さすが、椋の友人、…というのは、果たして彼にとっての褒め言葉になるのだろうか。
ぐしゃぐしゃと、頭に乗ったままだったヨルドの手が椋の髪を乱暴にかきまぜた。
まるで小さな子どもに対してするようなそれにも、しかし今の椋には抗う気力もなくただ、そのままになっていた。
ごめん、ありがとう、…ごめん。
そう簡単に、許されるはずもない事柄に対する謝罪に自分が酷く、いやになった。
「リョウ、さま」
椋を呼ぶ彼女、ピアの目は赤い。先ほどまで彼女が泣いていたことを、椋は知っている。
現在のこの病室内は、まるで水を打ったように静かだ。
誰もがあまりの異常事態に口を閉ざし、ただ好奇と恐怖にも似た視線だけを、椋たちの方へと向けている。…いつまでもここにいる訳にもいかないことは分かり切っている。椋はあらためて、息を吐き、そして吸い込んだ。
空気はどこか鉄錆びた、喉にからむ、味がした。
「先ほどから何回も、お騒がせして申し訳ありません、みなさん。…彼の容体はひとまず安定しましたので、僕たちは、失礼します」
そうして椋が口にしたのは、ヨルドに向けたものでもピアに向けたものでもなく、無言の数多の視線に向けてのもの。
しかし三人のうちの誰も、そんな椋を咎めることはなかった。これから交わされるであろう言葉の何一つとして、何も知らない人々の目のある、こんな場所ではまず聞かせられないものであるのを分かっているからだ。
どうしてこんなに事実というのは、扱いにくく使いどころに苦労しなければならない、ありのままに当然として述べることが困難な代物なのだろう。
どうして水瀬椋という人間は、…そんな真実だけをそれなりには理解していて、そのくせそれを実行するだけの技量を何一つとして持ち合わせてはいないひどく、中途半端でどうしようもない、説得力というものが持てない未完成の人間でしか、ないのだろう―――。
沈む椋を横目に、静かに口を開いたのは、
ピアのお付き、リベルトだった。
「先ほどの部屋へ、戻りましょう。……ヘイル癒室長閣下、もう少しだけ、ご足労をいただけますでしょうか」
「ああ、元よりそのつもりだ。構わない」
相当なことがあれば、あっちから俺を呼びにすっ飛んで来るだろうしな、と。
軽く何でもない調子の、ヨルドの声に少しだけ救われるような救われないような、気がした。