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P3-31R あすへねがう

本日同時投稿していますM3本編「P3-31 あすをねがう」の第一稿。

こちらはカリア視点になります。全体の流れは同じですが、少し会話の内容が変わったりしているのでご了承ください。


 じりじりと、ぬるく焼かれている。

 それは痛みにすらならない、ひどく緩慢な感覚だった。こなすべき仕事が何かあれば、すべき行いが何かしらあれば、例えばそれが食事や会話、些細なものであったとしても、在ることを忘れるような、薄い薄いものだ。

 しかしそれは決して、完全に消えて失せることはなかった。

 眠りにつこうと目を閉じれば、瞼のうらにちかついた。


 ――おそらくあいつには、あいつという存在それ自体に干渉する一切の魔術が効果をなさない。


 カリアは今、ひとりで部屋の外にいた。

 彼女が腰かけるベンチはこのグラティアード離宮の一角、小さく空へひらけた静かな中庭に設えてあった。

 眠れない、さめた思考のまま、些細な彼女の願いをあっさり折りとった言葉をカリアは反芻する。


 ――あいつは幻惑に惑うこともなければ、時を奪われることもない。体を操られることもなければ、傷ついた体を、魔術によって癒すこともできない。


 既に「事実」と確信しきった口調でアノイは言った。

 面白がっているようにも、これからを模索しようとしているようにも思えるさまだった。

 きっとリョウは、隠しとおすつもりだった。

 自分から打ち明けてくれることは、ないだろうと思った。

 実際に今朝、カリアは彼を治せなかった。だがリョウは「何も言わなかった」。ひとりで背中に事実を隠そうとして彼が吐いた嘘は、あまりにも非現実的だった。

 頼ってもらうことができない。ちくりと、現実がカリアの胸に刺さる。

 話したところで仕方がない、どうしようもない。そんな風に、軽く考えているのかもしれない。そもそもリョウの世界には魔術がないという。ひとを、即座に癒すことはできないという。だから彼にとってみれば、治せないということすら「当然」でしかないのかもしれない。

 だがカリアに、同じ考え方ができるはずがない。治癒魔術が効かない、それはこの世界の人間にとってみれば、死の宣告以外の何でもなかった。

 傷つけば終わり、病に、毒に冒されれば終わり。

 そんなひとを、どうやって守ったらいい? 


 ――閉じられるなら楽なんだろうが、それじゃああいつは、ヴァルマス【劒】にはなり得ないからな。


 安全な場所に閉じ込めて、そこから出さない、動かさない。

 あまりに、リョウ・ミナセという存在とは相容れない話だった。

 傷に、病に苦しんでいる人たちの力になることを何より望む彼が、首を縦に振るはずがない。あまりにままならない。解決策なんて、まったく見つけられる気がしない。

 そもそもちぐはぐの過ぎる彼は既に、かの王たちにまで、完全に目をつけられていて。


 ――明日しかないな。あいつには正直時期尚早だが、仕方がない。


 またひとつ思考を過った王の言葉に、頭痛を覚えてカリアは額に手を当てる。

 六人の王の会合は、決して短くなかった。休憩――半分ほどは馴染みの相手につかまっていたが――からカリアが戻ってからもしばらく、王のみが集う空間は閉鎖されたままだった。

 またここでもきっと、リョウが関係したのだと思った。

 予想は当たっていた。会合を終え、部屋へと戻った後、アノイは肩をすくめてカリアへ「それ」を告げた。

 彼女はガイザードと顔を見合わせ、ほぼ同時に、ふたりは嘆息したのだった。


「え?」


 そこまで思い返したとき、カリアの視界の端に黒いものがよぎった。

 文字通り黒い人影の名を、気づけば彼女は呼んでいた。


「……リョウ?」

「うぉっ!?」


 呼び声に奇声がかえる。どうやらまったくカリアに気づいていなかったらしい。素っ頓狂な声とともに、手に持ったお盆から、がちゃんと派手な音がした。

 思わず立ち上がったカリアに向かって、慌ててひらひらとリョウは手を振る。どうやら無事だったらしいお盆はそのまま、彼はこちらに近づいてきた。


「カリア、こんな時間にどうしたの?」

「あなたこそ。だめじゃない、こんな遅くにひとりで出歩くなんて」

「……カリアもじゃないのかなあ、それ」


 至極真面目に注意したのに、なぜかリョウには苦笑される。

 こんな場所でカリアを狙うような人間はいない。今、ここで、カリアである理由がまるでない。万一狙われたところで、返り討ちにするだけなのに、……彼がそんなことを敢えて知る必要は、ないのか。

 見上げるリョウの顔には、隠しきれない疲労があった。

 きっとまた今日一日で、随分とさまざまな視線を浴びたのだろう、と思う。また、何か見つけたらしい、何かを創出する気らしい。薄すらぼんやりとした報告を、既にカリアは受けていた。

 カリアの目前まで近づいてきた彼は、手にしていたお盆を彼女の横へ置く。

 リョウは立ったまま空を見上げ、何か願うように目を細めた。


「……」


 リョウ。

 呼びたいと思った名前は、胸の内側にしまった。

 彼の願いをかなえるのは、カリアにはできないことだった。だからせめて、邪魔にならずに、そばで、静かでいようと思った。今そうして夜天を仰ぐ行為に意味があってもなくても、別に良かった。

 だからカリアもまた、空を見た。

 半ば無意識に、金色の瞳は強いひかりを探した。レシャイダ、決して動かぬ天の中心にある星、見据えてしずくに貴石を沈め、羅針盤の核とする、レメタル・シャンテ・ヴァイーダ【導きの灯星】を。

 それは一晩にただ一度だけ、虹の光を地上へ放つ。両のまなこにひかりを映せば、願いへの道すじが告げられるという。

 他愛ない、こどものおとぎ話だ。一度として、カリアはそのひかりを目にしたことはない。導きなど、あるかもわからないものにすがろうとする方が、間違っている。

 それでも――あと少しで星を見つけられそうな頃合いで、ぽつりと不意に、リョウが言った。


「やっぱ、そんな都合よく見つからないよなあ」

「え?」

「流れ星が落ちる前に、三回願い事が言えたら願いが叶う、って。そういう迷信があってさ」


 まるで見透かすような言葉に、再度カリアはリョウを見上げる。視線の先の彼はしかし、どうやら彼自身の行為を指して、それを口にしたらしかった。

 同じ空を眺め、願いを胸に宿してちがうことを思う。

 思わずカリアは笑ってしまった。


「迷信、の一言がなかったら、ちょっと夢のある話なのに」

「や、だって無理だろ。目の前で星が流れてくのに、あーって思ったらもう消えちゃってさ」

「そうかもしれないけど」


 今も星を探していたらしい人とは思えない、身も蓋もない言葉だった。

 だからこそ敢えて、カリアは問いかけた。


「星にかけたいあなたの願いは、じゃあ、どうするの?」

「……うん、」


 リョウはまた、空をみた。カリアもならってもう一度、ふたつのまなこで夜を仰いだ。

 願う人の目の前に、せめて願いを叶える力を持つらしいものだけでも、現れてくれないかと思った。

 実際の空は動かない。

 動くのは、地上に生きるカリアたちだけだった。


「……目を、そらさない」


 動くからこそ、次へゆく。

 落とすような声が宿した揺らぎ。それこそ、彼が星に、星を願う理由なのだろう。

 だからカリアは耳だけを傾けた。自分だったらそんな声のとき、顔を見られたくないと思ったからだ。

 どんな表情で、どんな苦しみで彼がここにいるのか、なにかを思うのか。

 きっと、言葉は、思いはたくさんある。けれど同時にカリアは知っている。敵を屠り、呪縛を破るための力だけを求めて来た己は、彼の懊悩にうまく触れられない。ましてや助けになど、なれない。

 だからカリアは、彼を見なかった。

 ただ輝いている星のした、諭すような静かな口調で、それでも声を揺らしてリョウは言った。


「見据えて、目標にするしかない」


 意思は、明確な言葉にすることで意志になる。

 意志を見据え、紡ぎ続ければ誓いになる。

 それは推進力である。未来を目指すための標である。同時に呪縛であり、枷である。そんな傷だらけの表情で、疲れ切った背中でこれ以上、何をどう背負い込もうというのだろう。

 姿が痛いと、少女の胸は軋んだ。それでも天上の星は流れない。瞬きの色彩は変わらず、光は同じまま。

 人が奇蹟と呼ぶものは、自らの力で、ねがい、起こす以外にないのだと示すかのように。


「……リョウ、あのね」

「うん?」


 だから、そっと、カリアはその名を呼んだ。

 心を向けるために、あえて、彼を見ないままで続ける。


「意地っ張りで、意固地で、別に良いと思うの。虚勢だって、どれだけ張っても良い。……でも」


 でも。

 疲れて、どこか倦んだ黒が、彼女の傍らには在る。

 彼を慰めるための、癒すための言葉をカリアは持っていない。彼をヴァルマス【劔】と名付け、表舞台に引きずりだした自分たちが、逃げていい、目を背けて良いとは言えなかった。そもそもそんな器用さがあったら、彼は今、こんな場所にはいなかった。

 だからせめて。

 せめて少しでもと、胸のうちで苦く軋る感覚をカリアは言葉にした。


「今くらい、座って星を眺めても、夜風で何をまぎらわせても、誰も、何も知らないわ」

「そうかなあ」

「じゃあ、言い方を変える。もう少し、ここに私と一緒にいてほしいの」


 最後だけは、彼をまっすぐに見据えてカリアは伝えた。

 瞠られた黒が、カリアを凝視した。

 癒やすすべなど持たないから、だから許してくれるなら、せめて一緒にいたいと思った。

 あいつには魔術が効かない--また、じわりと思考の端に事実がしみを作る。自分とはちがうひと、違って生きるひと。どんな無魔よりも脆弱な身体で、彼の手にする武器は「知識」と「意志」だけだ。

 それだけなのに、いつだって不安定で不確定な未来に、リョウは手を伸ばそうとする。

 どうすれば守れるだろう、支えられるだろう。

 なぜか、少しの沈黙の後にリョウは笑った。


「じゃ、もう一セットか、お茶」

「え? あ、……ううん、だいじょうぶ。あなたのなんだから、あなたが飲んで。私は別に今日も、特に変わったことは何もしていないもの。疲れてるのも大変なのも、あなたでしょう?」

「……じゃあカリア、ほい」

「?」


 ずいと目の前に、つまんだ砂糖菓子が差し出される。少し開いていたカリアの口へ、無造作にひとつ放り込まれた。

 甘い中でぴり、と、淡い香辛料の風味が舌先を撫でる。エクストリーのものとは少し違う、この国の菓子だ。自分の口にも同じものを放り込んで、リョウはカリアの隣に腰かけてカップを手に取った。

 さらりと風が通り抜けた。

 交わすことばは、自然に消えた。虫の声すら妙に遠く、空間はひどく、静かになる。

 互いが生きて動いている、その音だけしかほとんど聞こえない。

 彼がもう一度口を開いたのは、口腔の甘さも辛さもどちらも、ほとんどカリアから消えてしまったくらいの頃合いだった。


「……言われるまで気づかなかったんだ」


 ぽつりと。

 落とされる声の揺れはどこか、泣きたいようにもカリアには聞こえた。


「患者さんの治療を、なにもしようとしてなかった。偉そうなことおっさんには言っといて、アルセラさんにも並べ立てて、まずそこ抜かしたら、これからの治療も何もないだろうっていう、一番の基本を、考えてなかった」

「……そう」

「まだ、今日だったからいいんだ。気づかせてくれたから、いいんだ。いや、よくない、全然よくないけど、結果的に、まだ、なにも、明らかに悪いことは起こらなかった」


 かたりと、カップを持つリョウの手が震える。

 体を丸めて懺悔するように、吐き捨てるように、かすれた声で彼は言った。


「改めて、怖くなった」


 苦く苦く澱んだものを、必死に吐き出そうとするようにつづけた。


「だって、原因が、少し間違えたらそれだけで死ぬかもしれない場所にあるかもしれないんだ。……後悔先に立たずってよく言うけど、ホント、もっと早くいろいろ準備始めとけばよかった。勉強だって、やろうと思いさえすれば、もっと、これまでもいくらでもできた。なんか、甘っちょろくて、悔しくて、情けなくて、怖くて。竦みそうになるのが、嫌で」


 沈み、背中を丸くしたリョウは、カリアの驚愕に気づかない。

 原因が、間違えたらそれだけで死ぬような場所にあるかもしれない? 準備を始めておけばよかった? 勉強しておけばよかった?

 複数の意味で、ひどくぞっとする言葉だった。誰も何も見つけられないところから、今日、彼は何を見たのだ。何を探り、どう想定して、「ないもの」に対する、そんなにおぞましい仮定をしたというのだ。しかもそれに「事前準備」で対応しようとしていたというのは、一体どういうことだ。

 しーてぃー、確か昨日の時点で、自分が欲しがる道具をリョウはそう呼んでいた。

 今度はどのように常軌を逸して、誰の常識と矜持を、彼は破壊していくのだろう。改めて思った。改めて、彼我の隔絶を思い知らされる気がした。

 そしておそらくその隔絶は、彼にも今日「根本とするものの相違」という点で衝撃を与えた。

 やって然るべきことを、然るべきとすら、今更敢えては誰も言わないほどに「当然」の事柄を見落とした――ほんとうに患者を「自分の」として持ったことも一度もないのだと、いつだったか、言っていたのをカリアは思い出した。

 目を細める。揺らいで当然だ。リョウ・ミナセならなおさらだ。だって彼には「自分の知識で自分で考えて他とも照らし合わせながら治療をする」、それだけしかないのだから。

 もちろん、たった「それだけ」が、異常なほどの波紋を起こし続けているわけでもあるのだけれども。

 カリアの沈黙をどう取ったのか、ややあって、リョウは苦り切った笑いを落とした。


「……ごめん。愚痴とかカッコ悪いな」

「どうして」

「なんでって、気分悪いだろ。せっかく、こんなに星がきれいなのに」


 ぱちりとカリアは瞬きする。かけらも思っていないことを言われても「どうして」しか言葉が浮かばない。

 カリアは唇を引き結んだ。リョウは、あまりに頓珍漢で検討違いだった。少しは逃げようとしたって良い、カリア以外、ここには誰もいない、声だって、届かない。彼が守ろうとする、救おうとするひとたちは、挑み続けると定める病は、ここには存在しないのだ。

 それでもリョウは、今でもその選択肢を彼自身に与えない。苦しいのは声を聴くだけでもわかるのに、真っ向からリョウがそれを向けてくれることはない。

 確かに星はきれいだけれど、そんなものよりも、暗く疲弊したリョウのほうがよほどカリアには気がかりだった。腹が立つほど馬鹿正直で、まっすぐ立とうとしかしない彼に、どんな言葉ならいま、ひびくのか、見当がつかなかった。

 仰ぐ空に導きは見えず、願いを乗せるべき閃光もない。どこまでも、動くのは自分たちであり続けるしかない。

 だから息を吸う、前を向く。瞳に、力を入れなおす。

 カリアは言葉を、きもちを向けた。


「馬鹿な事言わないで」

「え?」


 すっとんきょうな声が返ってきた。

 こちらを見た黒をまっすぐ見返して、届いてほしいと願いながら、カリアはつづけた。


「一番つらくて、大変で、少し先の未来さえ曖昧なのはあなたでしょう。だからあなたが疲れたっていうのを、間違えて、そのことにあなた自身が傷ついて悲しんで苦しむのを、格好悪いとか、嫌だとか、そんなこと、思うはずない。私は、絶対思わない」

「……カリア」

「私は戦するものだから、どうしても、直接にはあなたの助けにはなれないと思う。でも、そうやって苦しいって、嫌だって口に出す相手になって、少しでもあなたが楽になるなら、いくらだって、あなたの話を聞きたいわ」


 途方に暮れたような彼を、そっと微笑んでカリアは見上げる。

 それが安易な全肯定ではないことを、惑う人を見つめながら彼女は願った。

 違うからこそ、彼はここにいる。なんの思惑も越えた正解を導けることがあれば、誰の思考もすり抜けた間違いを犯すこともある。

 目の前にあるのは、自分より年上とは思えないくらい情けない顔だった。

 違う限り、望む限り、これからも彼は、正解を間違いとともに歩み続ける。何度だって、同じかそれ以上に彼自身に傷をつけ続ける。この世界のものであるカリアにできるのは、丸まる背中を、くすむ瞳を、そばで支えたいと願うくらいだ。

 するりと、やわらかい夜風が吹いた。

 すべてが嘘かと思うほど、穏やかで静かな風だった。


「……なんだかなあ」


 少しの沈黙の後、ひとつ呼吸して、リョウはゆるく苦笑した。

 黒の瞳に少しだけ光を見た気がして、カリアもまた少しだけ肩の力が抜けた。見上げる先でもうひとつ苦笑を重ねようとして、途中でリョウは顔をつくるのを止める。

 不意に、まっすぐ正面から視線が合った。

 どきりと胸のうち、心臓が瞬間で跳ね上がった。そんなことはいざ知らず、リョウに名を呼ばれる。


「カリア」

「なに?」


 そんなことはいざ知らず、名前を呼ばれる。

 見る先でリョウがもうひとつ息を吐く。すいと瞬間、目線が外れ、肩先に重さの感触が乗った。

 何が起きたのか、そのとき一瞬カリアは理解ができなかった。

 ひどく遠慮がちに、乗せられた重さはほんのわずか。触れていることがかろうじてわかる程度のそれに、ゆるい風に揺られる黒の短髪に、やわい感覚にカリアは目を見開いた。

 もうひとつ、大きく心臓が脈を打った。夜のうちでは本当に黒いあたまが、カリアのすぐ手の届いてしまう近さにあった。互いの息遣いすらたやすく聞こえてしまう距離に、彼女は息を詰めた。

 そうしてふたつ、みっつ、よっつ。さらに鼓動は大きさを増してカリアの内側で重なっていく。

 耳鳴りのようなそれは、触れている彼にも聞こえてしまうのではないかと思った。重さも温度も感覚も、なにもかも、嫌ではない。嫌なわけがない。なのに、うまく呼吸ができない。

 どうしたらいいのかわからなかった。動けなかった。

 ――彼が震えているから、動きたくなかった。


「ごめん」


 短い、揺れる謝罪の声に、ひりつくような痛みを覚えてカリアは瞳を閉じた。

 小さくかぶりを振って、そっと、もう少し、ほんの少しだけ彼のうつむいた頭にひたいを寄せる。冷えた指先に、そっと触れる。

 震える手をつかんだ。当たり前のようにカリアよりも大きくて骨ばって、傷なんてない、おおうことのできない手だった。

 リョウの受けた衝撃を、その度合いをカリアはちゃんと理解できない。

 このひとみは、彼とおなじものを映せない。このからだは、彼とおなじものを感じられない。

 もっとうまい言葉があげられたらいいのに、嘆き、苦しむ感覚を、少しでも、わかって、癒やしてあげられたらいいのに。言葉も、なにも持たない少女ができるのは、ただ相手に寄り添うことだけだった。

 同じものを映せないひとみに、同じものを感じられないからだに、

 自分とはちがう、この青年に、カリアは少しでもいいから手を伸ばしたかった。


 休みなさい、とは言えなかった。

 言ったところでいま、いまさら、彼が止まるとも思えなかった。


 ふいに流れた星も、むかい放たれた光も。

 かけらも知ることのないまま、彼女らはただそこにいた。

 


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