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P3-0.5 はじまりはどこから

時間軸的には第三節0話と1話の間、本格的なレニティアス入り前日夜の話。

椋がヘタれております(笑)



 恐るべきものの到来を、捉えた予見の瞳があった。

 確定はなされぬその景色を、おもしろきに変えることはできぬものかと不遜の王は笑った。





 小さなガラクタを握りしめ、薄っすらと寒い星夜空を、水瀬椋はひとりで見上げていた。

 ひとつも星座の分からない空に、改めて異国を実感する。違う国、どこか違う人々の服装、風習、食べ物、建物、町のかたち――だがどこがどう具体的に「ここ」とアンブルトリアとが違うのかは指摘できない己の教養の残念に、そしてすこし落胆したりもする椋である。

 いやでもええと、煉瓦の色が全体的に白いのとか、木の葉っぱが全体的にオレンジっぽいこととか、全体的に味付けは少し甘めな感じがする……らしいとか、あとは、ええと。

 思考が散漫になってきて、思わず椋はため息を吐いた。

 理由など明白。王様の側から強く同行を望まれて、「臣下」の椋はいま、ここにいる。


「……からだ、冷えるわよ?」

「ん」


 うだうだし始めた思考に切り込むように、後ろから声がかかる。

 さらりと響く声に振り返ると、夜風に長いツインテールを揺らす少女の姿があった。街灯のひかりが今はやわらかいオレンジ色をして、その長い髪のまじりけない銀色を映えさせている。

 ひらひらと適当に手を振ると、それを何ととらえたか、ひとつカリアは嘆息して柵に寄り掛かる椋のほうに向かって歩いてきた。

 彼の顔を覗きこむように、小さく首をかしげる。


「どうしたの? こんなところで、ひとりで」

「うーん」


 正直適当にごまかしたい。我ながらろくなことを考えていない自覚は椋にもあるのである。

 そもそも、現在の状況と椋の表情――灯りの量的にどれだけはっきり見えているのかは分からないが――を見れば、改めて何を言う必要もないのかもしれなかった。後ろ向きな彼に、ぱちりとひとつカリアが瞬きをする。


「また、やっぱり自信がないの?」

「だなあ。……というか、ぶっちゃけ嫌いでさ」

「え?」

「神経。もうホント、何回やっても何がどうなのかってのが全然つながんなくてすぐこんがらがんだよあの分野。そもそも神経の数自体がすげー多いし、どこの損傷でどの反射が亢進でこっちは抑制でーって、覚えられるかっ! って感じでさ。それこそ俺みたいなやつはだいたい、テスト前にみんなでできる奴囲って必死に丸暗記で叩きこむ作業に明け暮れてた」


 ぱちぱち。一気にまくしたてた愚痴のならびに、複数回の瞬きをカリアが目の前で重ねる。

 わずかにへの字になった彼女の口元に、椋は苦笑した。ごめんな、と続けると、それこそ「ただの愚痴」であって理解してほしいわけではないというのはわかってくれていたらしく、ゆるゆると首を横に振られる。

 今だけ。今だけだ、こんな事実が馬鹿馬鹿しく口にできるのも。

 どれだけ情けない顔をさらしてしまっているのか、ゆるく眉を下げたカリアは、そっと椋の肩先に慰めるように触れた。


「できることを、できるかぎりにやればいいだけよ、あなたは」

「ん。だから、ホントはなにもできないんだよな、確実にこうだって言えるようなことなんて、何もないんだよなって話だ。……わかっちゃいる、つもりだけど、どうもすぐ勘違いしそうになるから」


 握り込んだままの椋の手のひらには、回路がイカれて使えなくなった指輪がひとつ乗っている。ロウハを治療しようとした際に、ぷすんと妙な音を立てて、光らなくなってしまったものだ。

 しかしあんなド派手なもみじ、どこで何して作ってきたんだか。

 非常に聴いてほしそうな顔をしていて逆に突っ込むのが面倒そうだったので、聞かずにとりあえず治療だけしてやった椋なのであった。

 閑話休題。当たり前のように他人の治療を行う「リョウ・ミナセ」が、ここにいる。

 現実の患者さんの前に、自分一人だけでは一度だって立ったことのない凡人医学生・水瀬椋は、いない。


「あなたが、すごいのも、へたれなのも、なんにも、できないのも」

「んん?」


 何を吐きだそうと溜まるもやを今一度呼気とともに吐き出したとき、ぽつりと不意に傍らのカリアが口を開いた。

 視線をやった先で、金色の彼女の瞳は明かりに透かされるように遠くの景色を見ていた。


「ぜんぶほんとだって、少なくともあなたの周りにいる私たちは知ってるから。だから、大丈夫よ」

「ん、うん?」

「あんまり何が起こる前から怖がったって、仕方がないじゃない。どうせあなたのやることなんて、あなた自身含めてだあれも想像できないんだもの」


 流れるように静かにそんなことを言って、ふわりと椋のほうに向きなおったカリアは微笑んだ。

 優しいその表情と声に一瞬ありがたく流されそうになるが、いやいや、椋の耳は届けられた言葉の意味をそれなりにきちんと受け取ってしまっている。


「あの、慰められてる気がしないんだけど、残念ながら、カリアさん?」

「え? だって慰めてないもの」

「ひっでぇな!」

「慰めてほしかったの?」

「いや、違うけど」


 なんとも益体のないやり取り。互いに顔を見合わせて、微妙な沈黙の後、どちらからともなく吹き出した。

 このどうでも良い感じが、途轍もなくありがたいと椋は思った。

 自分というものと「現実」の、距離感というものが本当につかめないままだとも、思った。


「むずかしいのね。力だけあるのも、知識だけあるのも、色々が、中途半端なのも」

「そう、だなあ」

「あなたがもう「いしゃ」なら、諦められた?」

「んー。諦められたというか、責任の持ち方と自分の身の置き方の問題なんだろうと思うけど」

「リョウのへたれ」

「う、っぐ二回も同じこと言わなくていいだろ! わかってるよ!」

「よわむし。……でも、それって、すごく優しいってことでもあるから、別に一概に悪いわけでもないし、そういうあなたが、私はいいわ」

「とりあえず褒めるかけなすか、どっちかにしてくれませんかカリアさん」

「じゃあ、リョウも、あんまり考えたって仕方がないことにずっと思考を回すの、止めましょう?」


 投げてはすぐに返される、直球だらけのキャッチボール。

 ところどころドッヂボールじみた強さも織り交ぜながら、最後にはふわりとカリアはやわらかく微笑んで見せる。素直に綺麗なその表情に妙に毒気を抜かれてしまい、椋は苦笑するしかなかった。

 眺めあげる先の空は、幼いころから親しんできたものでもなければ、色々異常なこの数ヶ月で少し見慣れたものでもない。

 何一つ、椋が知るものはない。椋も、カリアも、椋をこの場に連れてきたアノイも、そもそも彼をここへ呼んだヨルドたちでさえ、何が、誰にどう見えるのか、わかるのか、わからないのか予測できない。

 いつものことじゃないか。

 今までだってずっと、そうだったじゃないか。


「……案ずるより産むが易し、か」

「?」

「カリアの言う通りだってことだよ」


 ぽつりと零せば首をかしげてくるカリアに、椋は浅く笑った。

 無力だと、何度でも自分に自分だけに言い聞かせ続けよう。

 何もできないなら、謝ろう。何もわからないなら、何も力になれないなら雑用でもなんでも、だれかがやらなければならないことからまず始めよう。

 抜け落ちていく一方の知識を恐怖しながら、それでも何か引きずり出せないかまたノートを睨みつけながら頭を悩ませよう。

 幸い椋の周囲には、目の前の彼女のような理解者も、椋というものへの協力者も存在してくれているのだから――。





 彼らは、椋はまだ知らない。

 これこそがのちに「はじまり」と銘打たれることとなる、長い戦禍への初手となることを。


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