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耳を塞ぐ


「は、疾風っ!」

「朝っぱらから耳元ででっかい声出すなよ……。馬鹿みたいに叫ばなくても聞こえるっての」


 昨日の今日でよく、と夕紀には言われるかもしれない。自分でもそう思う。

 だけど茜が歩み寄るのをやめてしまったらそれで終わってしまう。その方がよっぽど怖くて、苦しくて、最初のあの言葉にみっともなく縋り付いている。


「はあっ!? …………て、そうじゃなくてっ!」

「だからなんだよ」


 耳を塞いでため息をつく疾風に癖で怒鳴り返しそうになるのをぐっとこらえて、スカートの裾をぎゅっと握る。


「あの、ね? 今日のお昼、」


 一緒に食べない?と続くはずだった言葉は、「疾風、お前に客!」という言葉に遮られてしまった。

 茜と呼ばれた方を見比べて、疾風は面倒くさそうに立ち上がる。


「ちょっと待ってろ」


 疾風が進路を塞いで立っていた茜を軽い力で押し退けて扉に向かう。

 拒絶じゃない。単に茜の立っていた位置が彼の進路を塞いでしまっていただけだ。拒絶じゃ、ない。そう心の中で自分に言い聞かせて彼を目で追いかけた茜は、彼を呼んだという人を見て身体を硬直させた。


「はーやて!」


 その子は、疾風がいつも一緒に帰っていく女の子。茜の知らない、女の子。

 扉からそんなに距離がない疾風の席からでは、聞きたくない会話も自然と聞き取れてしまう。


「昨日、私の家にこれ忘れていったでしょ! あんなに大事な物だって吹聴してたのに、忘れちゃダメじゃん」

「あー悪い」


 疾風が彼女から奪うように受け取った物がなにかは見えなかったけど、慣れたように彼女の頭を撫でる手だけはしっかりと見ることができた。

 子供扱いしないでと頬を膨らませた彼女が振り払ったその手に疾風は気を悪くするでもなく笑う。


「さんきゅ、那由(なゆ)


 礼を口にする疾風の声は、付き合うことになったあの時のように柔らかかった。

 ……ああ、なんだ、やっぱり自分は、彼女でもなんでもなかったんだ。そっか、あれは、演技だったんだ。

 ほとんど残りかすだった最後の勇気が塵ひとつ残さず霧散する。全身の力がふっと抜けた。


「おいっ」

「……え?」


 気づけば疾風は目の前に立っていて、呆然とその場に立ち尽くす茜を見下ろしていた。

 そういえば身長差でも口論になったこと、あったな。疾風に負けてるの、なんか悔しかったんだよね。性別の差だから仕方ないんだけど。


「え?じゃねえだろ。さっき、なに言いかけてたんだよ」

「さっ、き」

「那由が来る前。なんか話あったんだろ」


 疾風の口からは当たり前のように彼女の名前が出てくる。彼女の方が、よっぽど彼女らしい扱いを受けていた。

 だって最初こそ立木と呼んでいた彼は、いつの間にかお前とかおいとしか茜を呼ばなくなっていた。


「なんなの、お前もうボケが始まったわけ?」

「……」

「おい、聞いてんの?」


 眉間に皺を寄せて茜の顔を覗き込んでくる疾風から逃げるように顔を逸らした。首を横に振る。


「ごめん。大したことじゃないからやっぱ気にしないで」

「は?」

「それじゃ」

「おいっ」


 茜はふらりと疾風の傍を離れた。彼の珍しく慌てたような引き止める声にも耳を塞いで。


「茜、おはよう。どっか行くの?」

「おはよう。ちょっと体調悪いから保健室行くって先生に言っといて」

「……ん、わかった」


 ちょうど登校してきたばかりの夕紀はさっきまでのことを知らないけど、茜の様子がおかしいことだけは気づいてなにも聞かずに黙って頼みを引き受けてくれる。そのことに感謝してそのまま駆け出した茜は、知らない。


「――さーて? なにがあったか聞かせてもらいましょうか、東雲クン?」


怒り溢れる黒い笑顔を湛えた夕紀が疾風に詰めよっていたことなんて、知らない。



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