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矛盾した自分


「――触らないでもらえますか、せんぱい」


 知っている声だ。だけどその知っているものより数倍低い声に顔を上げようとしたけれど、後頭部に回った手がそれを阻止する。

 茜の手が控えめにワイシャツを掴むと彼はぴくりと反応したが、手の力が弱まることはなかった。


「茜ちゃんかわいいから、それは無理かなー」

「これ、俺のなんで」

「へえ、だから?」


 挑発とも取れる三枝の台詞からしばらく沈黙が広がって、さらに強い力で頭を抱え込まれる。息をするにも苦しいほどの強い力だった。


「苦し……っ」

「っ」


 耐えきれなくて漏らした声に腕が緩み解放されるが、今度は手首を掴まれる。


「……失礼します」

「わっ!」


 ぐいっと引っ張られて、無理矢理歩かされる。慌てて三枝を振り返れば、最後までにこにこと笑って手を振っていた。

 なにも考えられなかった脳が、とりあえずお礼を言えと指令を送る。


「先輩! 今日はありがとうございましたっ」


 叫ぶように感謝を伝えたら、掴まれた手首に力がこもった。

 茜は前を行くその人を見る。


「……疾風」


 なんで、ここにいるの? 言葉にならなかった問いに、答えはもちろんあるはずもない。

 時々足をもたつかせながらただただ疾風に合わせて駆け足でついていく。


「ねえ疾風っ、歩くの早いよっ!」

「黙ってろ」


 絞りだした訴えはたった一言で押さえつけられた。

 泣きそう。泣きたくない。泣かない。

 もう黙っているしかなくて、茜は自分と疾風の足だけを視界に入れた。

 歩いて歩いて、進んで進んで。どのくらいショッピングモールから歩いたのか、いつしか雑踏から遠ざかった住宅街にいた。


「は、疾風? どこ、向かってるの?」

「いいからついてこい」


 いつもなら言い返して喧嘩になっていてもおかしくないのに、茜の口はぴたりと閉じてしまう。傷つくだけなら疾風の傍から逃げ出したいと思いながらも、手首を離された代わりに繋がれた手を振り払って逃げることもできない。

 悲しいのに、怒っているのに、初めて繋いだ手が嬉しくて悔しい。そんな、矛盾した自分。

 ぐるぐる考えている間にも疾風はどんどん住宅街の奥に入り込んでいって、一軒の家の前でようやく止まった。表札は「東雲」。


「……え? 表札、え?」


 疾風は躊躇(ためら)いなく門を開いて、ポケットから鍵を取り出した。


「こ、こ……!」


 まさか。まさかまさかまさか!

 言葉が出ない茜を、疾風が急かす。


「早く入れ」

「ほ、本当に疾風の家!? 無理無理無理無理!」

「うるせえ。近所迷惑」


 壊れた玩具(おもちゃ)のように首を振り足を踏ん張っても、疾風に(なか)ば強引に家の中へと引きずり込まれた。



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