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第六感の彼女  作者: 朱月
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第五話:彼女と町へ(後編)

商店街、それは一つの家の食卓を預かるものにとって聖地。

食料品に関しては駅前以上の品揃えに質、そして値段。

今日の晩御飯の献立を考えたくなる衝動を抑えてサンドイッチ用のパンと水筒を用意するのを忘れていたのでペットボトルを数本購入する。

こんな夏の日に水分無しで山登りしようとは無謀の極みだというのに。

「商店街は来たことあるって言ってたけど、何回か来てるのか?」

荷物を全部鞄に詰め込んだら少しきつい。パンが潰れなきゃいいけど。

「いえ、悟さん達と会ったあの日だけです」

テスト初日のあの日か……。

「ん……?じゃあ他の日は一日中家の中だったのか?」

美代さんがこっちに来てから今日で六日目だ。最初の日はいいとして、残りの四日はどうやって過ごしていたんだろうか。

「お姉さんに色々教えてもらってました。イッパンジョーシキというものを」

美代さんの記憶ってそんなところまで抜け落ちてるのか。

しかし姉貴は美代さんに関しては甲斐甲斐しいな……。弟としてちょっと寂しい。

「最初は記憶そのものを戻そうと頑張ってくれてたんですけど、私記憶を失ってるわけじゃなくて記憶が元から無いみたいなんです」

「どういう事だ?」

俺の問いに美代さんもどういう事でしょうと首をかしげる。

それだとやっぱり俺の事を覚えているってのも気のせいかなのだろうか。

「ま、今日はそんな話するために出てきたわけじゃないし、行くか」

買うものも買ったので今まで来た道を真っ直ぐに戻る。

自宅を横切り、橋を渡り、学校をも横切る。

「あっ、悟さん!綾さんがいますよ!」

途中、休日返上で部活に勤しむ綾の姿も目におさめる。

さすが期待のエースの上に進級が掛かってるだけあって気合の入れ方が違うな。

夏の大会も近いし、テストで鈍った体をほぐしている事だろう。

姉貴に雄、そして今年は美代さんも連れて応援に行くから俺の分まで精一杯頑張って欲しい。

「悟さん?」

「ん……ああ、行こうか」

コンクリートの道は学校を過ぎて暫くたったところで途切れている。

そこからは整備されているとはいえ土の道だ。

一歩一歩足場を確認しながら美代さんを先導する。

ここに来るまでに結構歩いたし、半ばまで来るころには疲れの色を見せ始めるとおもったが意外にも疲れらしい疲れを見せず軽快に山道を登っていく。もしかすると俺より疲れていないかもしれない。

「ここって何か気持ちいいですよね!元気が溢れてきますっ」

まぁ確かに空気はいいけど……。何か顔赤くない?

「走りましょう!なんといいますか、じっとしてられません!」

「ちょ、待った待った!」

俺の腕を掴んで一気に駆けていく。

歩いたら十分かかる距離を五分で、二十分かかるところを八分で、どんどん速度を上げていく。

「ついたー!」

その結果、予定より大分早く山頂に到着する。

(しまったな……、ちょっと負担きてる)

男として疲れているそぶりは出したくはなかったが、否応無しに息の乱れが現れる。

だというのに美代さんは登っている時と同じテンションで山頂に作られた公園の中を走り回っている。

見掛けによらず体力があるようだ。若干トリップしている気がするが。

公園の中は休日というだけあって人で、主に小学生くらいの子ども達で溢れている。

子どもの足では来るまでにそれ相応の時間がかかるにも関わらず、公園とは名ばかりの芝生しかないこの場所に子ども達が集まるのはきっとこの芝生が、行きに帰りに辿る山道が何にも勝る遊具なのだろう。

それは美代さんにも言える事のようで、既に子ども達の輪に混じり満面の笑みを伴って山頂に響く声の一部分となっていた。

普段は規格外の容姿に年上なのかと惑わされがちだったけど、ああして子ども達に混じってはしゃいでいる姿が本当の彼女なのかもしれない。

記憶の無い彼女は自らの事を話すことができない。

その中で彼女の一面を新しく知ることが出来た事に嬉しさや安心のような気持ちが沸き上がる。

しかしそんな俺の心にある一つの、どうすることも出来ない事実が影を落とす。


(美代さんは……既に死んでいる)


姉貴から何度も言われた。美代さんは幽霊だと。

あまりにも突拍子がなく、現実離れした話だから今まで実感というものが持てなかった。

幽霊だの何だのといった事はあんなのを姉貴に持ってるだけあって実在するんだなくらいには思っていた。

実感だって一般人が同じ状況になった時と比べたらかなり持てているだろう。

そんな俺から実感を奪っているのは美代さん自身だ。

話す、触れる、食べる、寝る、そして笑う。

彼女は本当に生きている人以上に、ただ純粋に生きている。

それだけに彼女がこの世の人ではないという事を俺は納得する事が出来なかった。

彼女が今ここにいるのはほんの一瞬の奇跡なのか?

誰にでも訪れる、避けられない別れというものが彼女自身の事すら実感がもてない俺の中で大きくなっていく気がした。

彼女のために……俺が出来る事は何かあるだろうか。

だから、そう思うのは当然の事だったのかもしれない。

「悟さん?」

頭の中に自分の名前が響いた。

その声に誘われ見上げてみれば座り込んでいる俺を上から見下ろす美代さんの顔があった。

「ん……?」

そこには美代さんだけでなく、先ほどまで一緒に走り回っていた子ども達まで俺の顔を覗いていた。

「皆さんこれからお弁当だというので、私達も一緒に食べましょう」

とにかく俺は、彼女の笑みを絶やさせない事。

漠然としていながら、確固たる目標が定まったところでまずは彼女にサンドイッチというものが何かを教えてあげようと思った。








「ねーちゃん、おっきいのにバカなんだなー」

最近の子供は思ったことをすぐ口に出してしまうな。

確かにそのとおりなので俺は何も言えず、思われた事をそのまま言われた彼女は三、四行程で完成するお手軽料理を掴んだ手を見ている。

「火を使わない料理が……あったのですね!」

そして間の抜けた感銘を受けているようだ。

「彼氏も大変だな! 体力の無いにーちゃん!」

待て、君が言っている事は全体的に間違いを孕んでいるぞ。

彼氏じゃないし、体力が無いわけでもない。

「だってさっきまでずっと座ってばっかだったじゃん。こんな山登っただけで疲れたんだろー。それじゃ体力あるなんていえないよなー。俺んちの父ちゃんみたいにメタボなるぞ、メタボー」

あれは山道のほぼ全部を美代さんに全速力で引っ張られたせいだ。

つまり、俺が体力無いわけじゃなくて美代さんの体力が並外れて高いってだけであって……。

「あ、そうだ。にーちゃん、俺達とコレで勝負しようぜ」

そうして俺が生涯のうち一番目にしているボールを脇から取り出す。

黒い五角形のパネル十二枚と白い六角形のパネル二十枚で形成されている、どこにでもある普通のサッカーボール。

「ねーちゃんが言ってたぞ。にーちゃん、サッカー部なんだろ! だったら俺達全員からボール守ってみせてよ。そしたら体力無いっての無しにしてやるから」

美代さんにサッカー部のことを言った覚えはないはずなんだが……。

「私もお姉さんから聞きました。お上手、なんですよね?」

そんな顔でですよね、なんて聞かれたらお上手じゃないですなんて言えなかった。

(まぁ……子ども相手だし)

ここに来るまでの、あの山道ダッシュで多少負荷がきてるが多少の無理は……、

「悟さんの格好いいところ、たまには見てみたいです!」

この笑顔のためと、たまにだけ格好いい男じゃないということを証明するためには必要だろう。

そう思うと、ただの球遊びが俺の中で再びサッカーになっていった。









それほど広くない山頂の公園の中において、唯一ともいえるそこそこの広さがある平面の部分を俺を中心とした子ども達が占領している。

俺の脚の下には子供達がもってきた先ほどのサッカーボールがあった。

「ルールを説明するぞ。制限時間は十分。その間に俺からボールを奪えればお前たちの勝ちだ。ただし、奪えなかった場合は俺の勝ち。俺が勝ったらちゃんと人生の先輩として俺を敬うのだぞ」

即座ににーちゃんが負けた場合は?俺達に得がないなんて卑怯だぞー、という声があがる。

その年から自分の損得なんて考えてたらろくな大人にならないぞ。

「そこの自販機で全員にジュースを奢ってやる。これでどうだ!」

標高が低くても山は山。公園とはいえ辺鄙な場所といえば辺鄙な場所。

当然そんなところにある自動販売機の値段は従来のそれより割高に設定されている。

実にペットボトルで二百円也。

子ども達から歓声があがり、次々に自分の欲しい飲み物を我先にと口にする。

俺が負けるのはお前たちの中では決定事項か。

「ただし、ファールは取るからな。俺はともかくお前たちが怪我したら大変だ」

子ども達が元気よく「おーっ!」と掛け声をあげる。

「美代さん、時計はあそこにあるから時間のほうはよろしく」

「はいっ。どっちも頑張って下さい!」

合図を今か今かと食いついてきそうな目で俺を見ながら子ども達が待っている。

「よし! まとめてかかってこい!」

その瞬間、俺一人目掛けて一斉に走ってくる。







結果だけ言えば、完全に俺の勝ちだった。

内容を付け加えても完全に俺の勝ちなわけだが。

美代さんが終了の声を上げたと同時に子ども達から悲鳴が沸きあがった。

「えーっ!? もう終わり?」

「くっそーー。取れなかったぁ」

芝生の地面に座り込む子ども達。俺は悠然とボールを足の下に置きながら立っている。

「悟さん、すごいです!皆もすごく頑張ってましたっ」

一瞬のうちに過ぎた十分間。その間一度もボールの主導権は俺から移らず、イメージ通りの動きをしてその動きを止めた。

子ども相手に大人げないかとも思ったけど、有り余る元気は俺の腐りかけの技術を上回る可能性があったので悪い気もするが本気をださせてもらった。

「にーちゃん、すげぇー! プロの選手みたいだった!」

その甲斐あってか、すっかり俺は子ども達のヒーロー。こんな気分もたまにはいいかもしれない。

「悟さーん! もう一回見たいです。たまにしか見れないから今の内にたくさん見ておきたいですっ」

でも美代さんの中でのたまにだけ格好いいというのは変わっていないようだ……。

「そうだー! 絶対とってやるんだからなーっ!」

そして沸き上がるアンコール。

もちろん応えてあげてもいいが、その前にだ。

「一回ごとにちゃんと休憩いれるぞ。日射病は思ってるより怖いんだから、水分補給を忘れるなよ」

子ども達を気遣うと共に、自分自身のための休憩をちゃっかりと挟む。








それから二時間。

三回目あたりからプレイ時間が休憩時間を上回り始め、計六回行ったボール取り合戦の跡には芝生に倒れこむ子ども達がいた。

全部取られずに済んだのはいいが、流石に俺も限界が近づいてきていた。

「残念だったな。ジュースは諦めてもらおうか」

小さい悲鳴がちょろちょろと溢れる。

日陰に寝転がる子ども達は、荒い息の合間合間に悔しさからの嘆きを漏らしていた。

それでも顔は満足の色を現しており、そんな顔を見たら俺も頑張った甲斐があったと思えるというものだ。

「にーちゃん、すげー……。学校でもやっぱレギュラーで試合にでてたるするのかー……」

期待の眼差しを向けてもらっているところ悪いのだが、高校はそこまで甘くないのだ。

「サッカー部には入ってるけど、レギュラーではないんだ。だから、試合にも出てない」

その言葉に子ども達は驚きの声を上げる。

「すっげぇー。にーちゃんより上手い人がたくさんいるのかぁ、高校って」

「まぁ……そんなところかな」

俺がレギュラーじゃないのは単に練習に余り出ていないって事なんだけどな。

「皆すごい頑張りました。見ててすっごく楽しかったですよー」

唯一溢れまくり、余りまくりの元気で大声を上げる美代さん。

もしかしたら実際に遊んでいた俺達より楽しんでいたのかもしれない。

だとしたら成果は上々。当初の見積もりより三割増しといったところかな。

「んじゃ、そろそろ次行こうか。美代さん」

正直言うと、これから駅前に出向いたとして十分に遊ぶ時間も体力も無いので帰宅するつもり満々なのだが、ここでそれを言うと駄々こねられそうなので下山しながらゆっくり説得するとしよう。

「あ、はいっ。みんなー、またねー」

疲れきった体でも、別れの挨拶は元気よく。

口は悪かったが、いい子達だった。

そんな姿を見て、昔三人でボールを蹴り合った思い出が、頭の中をよぎった。







巫山の山頂を後にして、登ってきたルートを逆に歩き下山していく。

下りだからといって楽というわけじゃないので、ゆっくりと一歩ずつ足を踏み出す。

「次はどこへ行くんですか?」

期待しているところ悪いのだけどと、これから帰宅するという事を伝えたいわけだが中々きりだせない。

既に俺の─は限界に近づいていて、歩くリズムが崩れたらそのまま俺の─も崩れてしまいそうだった。

だけど、どうしても。

「早く行きましょう!」

俺の手を引こうとする彼女を、彼女の笑みを、止める事が俺にはできなかった。

踏み外した先は何て事の無い普通の山道。

「悟、さん?」

しかし土に残る跡は、靴底ではなくて俺自身。

ただそれだけの事だった。

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