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第六感の彼女  作者: 朱月
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第三話:二人の会長

少年は傷だらけの体を荒野に預けていた。

体を巡る神経は一つとして彼の自由にはならなかった。

ただ……その代償として彼は刹那の間何かを想う猶予が与えられていた。

しかし彼は、その刹那の時を何を想うべきかと自分に問う事にしか使えなかった。

ついに自らの手で討ち取った憎い仇のことを想うべきか。

それともこれまでの長く辛い時間のことを想うべきか。

もしくは奪われた愛する人達のことを想うべきか。




もしかしたらこんなところで果ててしまう自分の惨めさを………。




「なんだ?俺はテストが終わるたびに死ぬのか」

テスト最終日、最終課目の終了、つまり先日までこの身を削りながら挑んでいたものからの解放を意味する瞬間から少し間をおいて、ビデオ越しに俺を覗き意味不明な事を語りながら俺に近づいてくる男がいた。

「江藤が死んだような顔してるのがいけないのだ。あれだけ俺や雄に手伝わせといて補習漬けとかだったら割りにあわないから手ごたえはいかほどと思ってきたのだが、その顔はもしかしなくてもダメだったりするわけか」

「いや……初日のを抜かしたら補習になりそうなのは無いと思う。危ういラインだが……。死んだような顔になってる原因は恐らくテスト結果よりテスト勉強のほうだ……」

必要最低限の睡眠しか得られなかったこの四日間。一日一日経過するごとに俺の体を蝕み、危うく俺はシャーペンを動かすだけの存在なのではないかと思ってしまいそうだった。

「毎回こんな感じだが、今回に限ってはスタート時点で死にかけてたからな。うまく乗り切ったほうだろ」

意識が三途の川あたりをうろついている俺とは違い、いつもと全く変わらない様子の期間限定特別家庭教師Y君は俺の健闘を優しく讃えてくれた。ありがとうブラザー。君がいたから今の俺がある。

何はともあれテストが終わり来週テスト返却のみの午前中授業を越えれば待ちに待ったサマーバケーションがやってくる。

この学校は進学校であるからして、来年は大手を振るって夏の大連休を満喫しにくいものがある。つまり、高校生活での思い出作りに勤しめる残り少ないチャンス!心が躍らないわけが無い!

「海にっ、いくわよーっ!」

そして普段から平均以上に心が躍っている人は、嫌でも沸き立つ夏休みムードにあてられて既に臨戦態勢に入ってしまったようだ。

「相変わらず気が早いな。夏休みは来週が終わったらだし、そもそも綾に悟は七月には補習があるだろ?補習が終わって宿題も終わらして、遊ぶのはそれからだ」

我らが司令塔は七月中に宿題を終わらせるという絵に描いたような優等生っぷりを毎年俺たちに強要してくる。

さらになぜか終わった宿題を写すより、一緒にやったほうが早く終わるという優等生マジック。なので司令塔の方針には逆らえないのだ。

ところで綾がテスト終了と同時にテンション急上昇するのは例年通りなわけだが、俺と苦楽を共にしたテスト勉強の成果はでているのか。

「それも、例年通り!」

綾の七月の予定が例年通り埋まった瞬間であった。ここまで来るとわざとやってるんじゃないかと思えてくる。

「盛り上がってるところ悪いけど、ちょっといい?」

騒がしい室内にキンと通る声。

ため息と苦笑にまみれる俺達の所に、この否応無しにテンションを右肩上がりにする空気に満ちている教室で唯一人平常を保てている女生徒が静かに近づいてくる。

「あ、トモも海いくわよねっ!」

明らかに身に纏う空気が違う彼女に対しても綾は上がりっぱなしのテンションで話しかける。

「今はそんな話どうでもいいでしょう?」

それをまるで只のそよ風のように受け、抑揚の無い声で返答する。彼女独特の冷たい雰囲気はこの夏の暑さの中ではいつもより冷たく感じられる。

雰囲気もそうだが、県内指折りの進学校の生徒会副会長という肩書きが彼女に近寄りがたさを与えている。

とどめは他人を突き放すような言葉遣い。

彼女に目を付けられたら最後、穏やかな学園生活と一切の縁が切れるという……。

「えーっ。トモ行かないの?」

「待って、誰が行かないなんて言いました?今話すべきことじゃないという事だと言っただけです。そもそもまだ早いって言ったのに一緒に水着を新調しにいった事を忘れたの?買ったからには元は……いえ、倍は取り返します。まったく、綾の補習が無ければ七月中に行けるというのに……。八月に入ったら真っ先に行くから予定あけときなさい。比較的近くにウォーターレジャー施設もあることですし、お盆を過ぎたら海ではなくそちらにしましょう。綾は部活、私は生徒会の仕事があるから予定が決まり次第すぐに連絡するように、いい?部活より生徒会の仕事のほうが融通が利くから私のほうが合わせます」

というわけで前言をまるごと撤回しますよっと。綾以上に人は見かけで判断しちゃいけない人なんだ、彼女は。綾以上に誤解されやすいタイプで現に俺も今年同じクラスになるまで誤解しっぱなしだった。

彼女は古屋 灯(ふるやともり)。現生徒会副会長にして来期の会長は確実だろうといわれるお方だ。彼女にかかれば天性のとっつきにくさも少し親しくなるだけでチャームポイントに早代わりする超魔術。

俺の知り合いは何かとマジシャンが多い気がしてならない。

マジックというより超常現象扱う人もいるけど。

「うん、古屋がものすごーく海に行きたいってのは伝わったけど、古屋のほうも何か俺たちに伝えたい事があるようだったけど、そっちはいいのか?」

「貴方達……というより、江藤君にだけですけど。お昼の予定、空いてます?」





以上、回想終わり。

古屋の最後の一言から一般的な健康男子が連想する事といったらなんだろう。

実はずっと前から貴方の事が……とか青春真っ盛りな事だろうか?

しかし我がクラスが誇る生徒会副会長は一般的な健康男子の期待なぞそっちのけで、男女問わず昼や放課後呼び出してはありがたい教えを説くという、一見かなりお節介に見える行為を多い時は月に二、三回行っている。

でも流石は巫山高生徒会副会長と言ったところか、その教えを受けたものは揃って百年分の泥を落としたような顔をして戻ってくる。ここ最近では、自ら彼女に教えを請おうとする人まで出ているらしい……。彼女はカウンセラーとか目指しているのだろうか。

まぁ、そんな彼女の行動を俺は知っていたため今回ついに俺にもありがたい教えを受ける時が来たか……と恥ずかしい事にドキドキというかワクワクみたいなものを感じていた。

だってさ、最近は何かと心労が絶えなくてそろそろ心が清涼剤を求めだし始める頃合だったんだもん。

でもさ、でもさ。今この状況を俺が求めていたとは到底思えないんだよね。

どこに行くか教えてくれなくて、古屋の横に並んで校舎の中を歩いた道中でも妙な事を聞かれまくったし、着いた先がオカルト研部室だし、気がついたら縛られて床に転がってるし、ていうか前にも身動きが取れなくなって怖い思いをしたような気がするし、その時と似た危機感覚えてるし、つまるところ俺ってもしかしてまたピンチだったりするわけですか。

「今度こそこの部屋から立ち退いてもらいます……鳥居槻御っ!!」

商店街の福引でポケットティッシュ及びその一つ上の景品(サランラップが有力)以外のものが当たるくらい稀な声を荒げている古屋と、

「何回来たって無駄だよ!ヤモリさん」

相変わらず愛らしい会長が対峙している。

「……っ!その、ヤモリというのはどうにかならないのですか」

「ヤモリさんが諦めてくれればやめます」

どうやら先手を打ったのは会長のようだ。俺以外にもいたのか、妙なあだ名を付けられた人は。そして俺よりタチが悪い。

そして会長のセンスはやっぱりどこかおかしい。

「まぁいいでしょう。今まで何度も言いましたが、この学校の校則というものを貴方に叩き込んで差し上げます」

長いので重要部分だけをもってきて要約すると、

『同好会設立には、顧問および三人以上の会員が必要』

とのこと。

生徒手帳に載っている長ったらしい校則を全部言う必要、あったのか?おまけに暗唱しちゃってるしこの人。

ていうか靴下の色まで指定されてるなんて初めて知りましたよ俺。

「顧問が陵先生というのはこちらで確認しました。しかし会員数は一人、資料にはそう書いてありました」

よかった……。知らぬ間に正会員化されてるかもしれないと思ってたけどどうやら流石の会長もそこまでは手が回らなかったようだ。

「会員なら、今日一人増えたよ。ほら、ちゃんとハンコも押してあるし。江藤って」

回りまくってました。

そうか……会長のバックに姉貴もついちゃったから、俺に逃げ場なんて無かったんですね……。

「江藤君、貴方が被害者なのはわかっています。でも安心して下さい。すぐにこの魔窟から救って差し上げます」

ああ、頼もしい……がんばれ副会長!俺の穏やかな高校生活は古屋の肩にかかってる!

でもそれなら、縛って床に転がしておく必要なんて……、

「鳥居槻御、ようやく得た正会員のは、はは、恥ずかしい痴情をばら撒かれたくなかったら即刻この部屋から出て行くことです。すでに警告という段階は過ぎている。よってこれは命令です」


…。


……。


………え?


いや、身に覚えないし。ていうか俺は人質だったのか?救ってくれると見せかけて救えなかったら俺が地獄行き!?

「な……っ!ひ、卑怯だよ!そんなのばらされたらサトー君、もう学校来れないよ!」

そして会長には何か心あたりあるみたい!何やったんだ俺!

痴情って男女間の何とかだろ!俺、今まで特定の異性と付き合った事なんて無い……し?

あー、そういえば中学の頃クラスで彼女、彼氏ができたできないの話題で溢れてた時ごっこ程度に綾とそういう関係の真似事とかしてみた時があったけど二人とも肌に合わなくてすぐ止めたことがあったなぁ。

もしかしてその時の事か?古屋と綾は仲いいし、知ってても不思議じゃないけど別にばらされたところでどうって事無いし……。

数分の硬直。会長の事だから俺の恥ずかしい痴情がぶちまけられるのも構わず断固拒否を貫くと思っていたのだが、

「夏休み!夏休みが始まる前まで……来週いっぱい待って!もう一人、正会員の当てがあるの!」

意外にも先に折れたのは会長の方だった。

「来週までにどうにもならなかったら大人しくこの部室明け渡すから!」

もう一人の正会員……?誰だろうか。

「ふむ……。それは、確実?来週いっぱいといっても、木曜から休みに入るから水曜がタイムリミット。その時までにもう一人の正会員が見つからなければ確実に立ち退きますか?」

とりあえず狩谷兄妹は除外。あの二人は巻き込まないで置いてくれって一応頼んである。自分から入りたいなんていう酔狂でもないし。

となると後は一年?会長のクラスメイトか誰かか?

「約束約束!それともやっぱり、今決めないとダメ?サトー君の痴情ぶちまけちゃう?」

心当たりは全く無いが、副会長自らにぶちまけられたら濡れ衣でも俺の学園生活THE END。

でも、このままオカルト研の正会員になってもなんだかんだでTHE ENDフラグとか立ったり?

オカルト研と生徒会、この二つの争いのはずなのに犠牲になるのは俺。

世の中理不尽だよな。なんていうかもう慣れたけど。あはっ。

「……わかりました。来週水曜の放課後、その時点で三人目の正会員が受理されていなければ強制的に立ち退いてもらいます。ついでにせっかくですから江藤君の恥ずかしい痴情もぶちまけます。それでいいですね?」

いや、ぜんっぜんよくねぇって。

「いいよ!」

超爽やかに快諾してるけど、俺全然よくないから。

誰か……俺の話を聞いてくれ……。





オカルト研での一件は会長が出した来週いっぱいまでに同好会の規定を満たすという条件で一応のカタがついた。

会長がそれを果たせなければオカルト研もろとも俺の学園生活も終わりを迎える。

どっちに転んでも俺には利益どころか不利益に満ちているわけだ。まぁ古屋には悪いが、オカルト研が存続してくれたほうがどっちかというと俺に被害が少なくて済みそうか。

本当かどうかは知らないが、会長の言う新会員ってのも気になるし。

「江藤君?部活出なくていいんですか?」

制服姿で鞄を持って下駄箱で靴を履き替える俺を見つけた古屋が後ろから声をかけてくる。

手に持ってる資料はオカルト研に関するものだろうか。

「ああ。一度始まった部活に後から混じるのは止めてるんだ」

あの騒動の後、食い損ねた昼食を求めて学食に行った時にはほとんど生徒は残っていなかった。

つまり既に部活は始まっており、学校に残っている生徒のほとんどはそっちにいったという事だ。

「そうなの?それは、悪いことをしました」

「古屋に謝れるほどの事じゃないって。そもそも今日はテスト勉強疲れがあったから元から行くつもりあまり無かったし」

じゃあな、と手を上げて校舎から一歩外に出たところで、

「私も帰ります。生徒会室に資料置いてくるので、少し待っていて下さい」

彼女に引き止められた。

俺の返事も聞かずに落とさないよう両腕に資料を抱え込み、廊下の奥へ駆けて行き暫くして階段を登る音が響き始めた。

廊下を走るのはよくないぞ、生徒会副会長さん。

とりあえず彼女が五階にある生徒会室から戻ってくる間に近くの自動販売機でミルクティーを二本購入しておこう。




校門を出てから暫く続く緩い下り坂を、同じラベルの缶を持った男女が歩いて降りている。

俺の手の中にある缶はすでに中をほぼ空にしてあと一回口に含めば本当に空になる。

一方彼女が持つ缶は未だ半分以上残っているようだ。

口をつけては放し、またつけてはすぐ放す。味があるのかと思わせるほど少しずつ彼女は飲んでいた。

「ミルクティー、ダメだったか?」

「いえ……。ミルクティーは好きです。やっぱり私、飲むの遅いですか?」

「まぁ、遅いか早いかって言えば遅いかな」

というより飲む間隔は速い。ただ間隔が速くても一回一回飲む量があれじゃいつ飲み終わるのかわかったもんじゃない。

「綾にも言われました。トモは初めて酒をのむ未成年みたいって。私はそんな法律違反はしません」

喋りながらも少しずつ、ほんの少しずつミルクティーの量を減らしていく。

「古屋は家近いのか?それとも電車?」

「電車です。だから、ここでお別れです」

坂を下り終えた先の分かれ道。

五分程度の短い時間。恐らくまだ仕事が残ってたはずなのに、それを切り上げて彼女はこの五分の時間に何を求めたのか。

「江藤君。もう一度、聞いてもいいですか?」

「ん?廊下で話してたこと?」

教室からオカルト研へと向かう道中、古屋が俺に問いかけてきた。

「江藤君は、本当に綾とは付き合ってないんですか?」

真剣な眼差し。

嘘やごまかしを一切許さないと言わんばかりの。

「ああ。本当だ」

それを聞いた古屋の顔が、少しうつむく。

……居心地が悪い。

「ご、ごめんなさい。変な事を聞きました。うん、うん。大丈夫です、世の中には色んな人がいますから」

「なんの事だ?」

微妙に古屋の言い分が繋がっていないような気がするのだが。

「あ、何でもないです。それではまた月曜に」

「ああ。またな」

それだけ言って、俺の帰路とは別の方角へ小走りに去っていく。

「古屋も古屋で変わってるな」

流石は綾の友達、というわけか。

暫く古屋が走っていた方を見ていたが、踵を返して橋へと続く道を歩き始める。

さて……帰って少し寝よう。ここ数日間犠牲にしてきた睡眠時間を取り返さねば。

あー、そういや俺の痴情って一体何なんだろう。

本当に心当たりは全くないんだよなぁ……。

今までの記憶を掘り返しても知られてまずいような事は無い。

約十分、つまり俺が自宅にたどり着くまでの間マジメに考えてみたが思い当たる事は一つもなかった。

「誤解の可能性が高いな……。会長の件が決着する前に聞きだしておいたほうが良さそうだな」

来週の最優先事項が決まった所で、玄関の扉を開け自宅への帰還を果たす。

「おかえりなさいっ、悟さんっ」



あー……。

もしかして、この人の事か?俺の恥ずかしい痴情というのは。


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