第二話:サブタイトル
ここで質問です。貴方の苦手な科目を教えてください。
すみません、全部なんですがどうしたらいいですか。諦めたら駄目ですか。
ところで文系と理系を比べたら文系のほうが簡単とかそういう安易な考えを抱いている人はいないだろうか。
ちなみに俺もその一人である。いや、もう少し言わせてもらうならどちらかといえば数学が得意なんだ。他の教科と比べたらだからな。他の人と比べたりとかそういう事はするな、泣くから。だから数学が優しい文系を選ぶ事によって一つでも補習を減らそうという策なのだ。でもな………、
「普通に全滅しそうな勢いかも……」
一日目のテストが終わり残り三日となったテスト期間。俺は一日目の英語、古典のあまりの酷さに昨日の寒さがフラッシュバックしかけていた。
昨日あれから雄監督のもと綾と二人で徹夜の勉強会が開かれていた。しかし件の幽霊騒動で疲れ果てていたせいかほとんど身につかずこの有り様だ。
まあ、良くて補習だわな。覚悟は出来てるさ。補習室のお得意様だし。
「ほら悟、気を落とすな。同じ状況の綾は全く気にしてないぞ」
それもどうかと。
しかし、綾は綾で陸上選手として学校に貢献しているからおとがめがなくて正直羨ましい。俺はそういうのとは無縁な男だし余計に羨望とか嫉妬とか腹減ったとかそんな類の視線を綾にぶつけるのだ。
「また帰ったらノート見せてやるから。元気だそうぜ」
ああ、やっぱ持つべきものは親友だよな。有り難さのせいか涙で前が見えません。
昨日も自分の勉強そっちのけで俺の面倒を見てくれていたし、それでも余裕なアンタが憎いよ!
聞いた話では、雄のノートのコピーは裏でそこそこの値でさばかれているとか……。それを当たり前の様に一人占めできるというのは俺にとって補習を免れる必須アイテムに他ならない。
ノートを抱きしめ、俺がテスト期間という限定的な時期にだけ味わえる友情に浸ってる横に怪しげな光が忍び寄る。
「いやぁ〜、友情の一コマ!いいね、実にいい!」
「帰るか」
それをさらりとかわす。時間は有限であるから大切にしないといけない。
俺が今やる事は勉強であって、そのために早く帰らねばならぬのだ。明日が今日の二の舞になったら目もあてられない。
「うお〜い!待て、待ってくれって。酷いだろ!?持つべきものは親友なんだろ!?なら俺も大切にしてくれよ!」
親友は大切にしますが、それと君に何の関係があるのかと。
いきなり現れたそいつは、参ったねと全然参ってなさそうに軽くため息をしながら俺達のほうに改めて向き直った。
「んで、狩谷兄。今日の英語はどうだった?」
そして心機一転、今最もホットな話題を持ちかけてきた。
「まぁ、90以上はガチだな。埋まらないとこは無かったが凡ミスで一問ヘマしたかどうかってとこか」
しかしまぁ、俺にして見ればホットでもクールでもなく最早別次元の話題なわけなんだが助けて綾さん。
でも綾さん。すでに教室にいませんのです。昨日のアレで食料尽きたんで今日は商店街寄るってさ!ああ、一緒に行く約束とりつけときゃ良かった!どうせうちの冷蔵庫も空なわけだし。
「くぁ〜っ!ったく、お前に勝つには満点とるしかないのかっ!」
そしてこの野郎も俺なんか砂粒に見えるくらい頭いい野郎なんだ。世の中不公平だぜ。
「現文では負けねぇからな!撮影おあずけで勉強してんだ。一つくらい勝っとかないとわりにあわん」
そういって見るからに高そうなビデオカメラのレンズ越しに俺達をのぞいている。
こいつは筒井連路。一年の頃からのクラスメイトで映像研究部所属のいわゆるカメラ小僧。カメラ小僧というのは半分名ばかりで使うのはビデオカメラのみ。普通のカメラは使わない主義なんだとか。
「お前は知らんのか!写真に撮られると魂抜かれるんだぞ!」
お前はいつの時代の人間なんだか。伴天連かなんかに先祖が騙されてそれが代々伝わってきたのか?そんなもん伝えるより他によっぽど伝えたほうがいいものがあったのではないのか?品性とか特に。
まぁ面白いので携帯で一枚激写してみる。
「うおおぉぉっ!」
おお、素晴らしい後退り。体力測定にバック走がないのが悔やまれる。全員で囲んでとりまくれば世界記録の一つや二つ出しかねない。
しかし後退りじゃカメラから逃げられないと思うんだが。
「ま、俺は帰る」
途中で商店街よらなきゃならないし。今ならまだ綾もいるだろうから献立の相談でもしよう。
「おう、またな。俺はまだ連路に話があるから」
「……そうか、二人ともほどほどにな」
呆れ声で返事をして教室を出る。本当にアレがなけりゃ普通に頭が良くていいヤツなのになぁ。
アレというのはほら、昨夜あった雄の一人芝居を覚えているだろうか。つまるところ彼らはそういう類の仲間でもあるのだ。
って、待った。今雄が話題にあげそうな人って!教室を出て5秒、ある一つのちょっと嫌な結末を予期して振り返る。
「おい江藤!平坂さんって人に会わせろ!」
……遅かったか。
そこには目を輝かせながら教室から飛び出してくるエロザルが一匹。たったの5秒でお前らはどんな会話をしたというのだ。あまり大事にはしたくないのに雄め、口が軽い。
「はぁ……ったく。買い物手伝え。それが条件だ」
口止めし忘れていたのも俺の落ち度か。せめて大荷物になるだろう買い物の荷物持ちでもさせて自分を慰めるとしよう。
エロザル二匹をひきつれて巫山商店街へと繰り出す。この危険な動物が皆様への迷惑にならないかどうか心配だ。
「とりあえず一周するぞ。それまでに綾を見つけるか普通に自分で晩飯何にするか考えるから」
了解しました!と元気がいい返事を聞き、
「あ、江藤妹いたぞ」
間伐いれずに女性に対してのみ抜け目のない都合のいい目に綾が捕捉される。まだ入口近くをうろついていたのか。というよりこのあたり食料品系の店は少なかった気が。
「お〜い。何してんだー……ってあれ?」
ついでに我が姉と噂の人物美代さんも発見する。
「兄貴に悟に……筒井君。悟は買い物だろうけど二人はどうしているの?商店街に縁があるとは思えないけど」
それ以上に縁がなさそうな姉貴に美代さんがいるわけだがここは突っ込みをいれるべきか。
「おぉ〜っ!もしや君が例の平坂さんか!」
やべ、エロザルが反応した。さすが都合のいい目!紙ほどの面識もないのに一目で彼女がお目当ての人物だと見抜きやがった。
「えっ、え?あ、はい。そうですけど……貴方は?」
「通りすがりの芸術家です。よろしければ俺のカメラに収まっては……」
カメラを右手に持ちレンズ越しに美代さんを覗こうとしたその瞬間、
「はいはい。撮影はマネージャー通してからね」
すんでのところで姉貴により妨害される。
「む!?狩谷兄!このお方は!?」
都合のいい目がまたしても厄介な人に目をつけてしまう。
「悟のお姉さんだ」
そしてあっさり教える雄。あまりにも自然なコンビネーションにわざとやってんじゃないのか、と疑いたくなる。
「マジ!?巫山高の生きる伝説というあの江藤祓奈さんか!やっべ、まさかこんな所で会えるなんて!色紙もってきてねぇよ!どうすんだコレ!」
うわぁ、会長以外に姉貴に対してこんな反応しめす人がいるとは。
「ふむ。悟、彼は友達?中々見所があるようだけど」
いえ、通りすがりの芸術家です。友達でもなんでもないのでどうぞ無視してやってくれ。
「で、姉貴に美代さんは何でこんなとこに」
一番気になるのはそこだ。こんな真昼間から健康的に商店街でお買い物なんて。ていうか姉貴、仕事はどうした。何か問題が起きて最近忙しかったじゃないか。
「昨日で一段落したから暫くお休みもらったの。だから美代ちゃんとお買い物。新しい生活には色々必要になると思って。綾ちゃんのも私のも服が合わないから彼女用に何着か買っておかないと色々不便でしょ?ホントに何食べたらこんなになるんだか。可愛いのは無いし、値段も馬鹿にならないわ」
ぶっ!
な、ななななんの話だ!?いやわかるけど天下の往来でそういう事を普通に言うな!
「そうよ!全く面倒ばっかでいいことない!この無駄な、無駄な肉!」
最近綾はどことなく余裕が感じられない。とりあえず落ち着け、な?つうか天下の往来で今度は大声で何を言ってる。
集まる視線に晒されてかなり恥ずかしいのだが。
「そんな金どっから出したんだよ。今月もうギリだろ?」
「心配無用!病院のごたごた解消したら休暇と一緒に臨時ボーナスもついてきたのよ。まだ全然余ってるから暫く生活費も心配なし!」
なんと!それは非常に助かる。なんてったってこれから食費が約二人分増えそうだったからちょっと心許なかったんだ。
「それならたまには豪勢に行くか。昨日は綾に大分ご馳走になったし二人もどうだ?」
綾には及ばずとも俺にだってそこそこの腕は持っている。それにたまには本気ださないとそこそこの腕が普通の腕になってしまうしな。
「じゃあご馳走になろうかな。いきなりハナさん達と会ったからまだ何も買ってないし」
「勉強のほうも忘れるなよ。まあそこは俺の分野ってことで。飯待ってる間に二人分の脱補習ノートでも作っておいてやるか」
よし、完璧だ!そうと決まれば早速買い出しだ。
「えと、俺は」
「早く帰れ、電車族」
「あの……」
時がたつのは早いもので俺達は今、食卓を囲んで楽しい団欒の一時を味わっていた。
そんな中、美代さんが何かを心配するように俺に話しかけてきた。
「ほ、本当に置いてきてしまいましたけど、良かったんですか?」
ヤツなんかの心配をするなんて優しいなぁ。でも、そりゃ無駄だからしないほうがいい。
傍らに置いておいたインスタントカメラを一番近い窓にむけシャッターをきる。
眩いフラッシュとともにガサッと何かが落ちる音がする。
「ヤツは元気にやってるってさ。ていうか不法侵入だから警察につきだすか」
ヤツのカメラに対する変な癖を知らない彼女は頭の上にハテナマークを浮かべつつもそれ以上ヤツのことを口には出さなかった。
「一応回収してくる。ご近所の迷惑にならないうちに」
雄は優しいなぁ。俺だったらそのまま捨てるな。しかし産業廃棄物も真っ青な有害さだし、人里に降りてきたサルは何しでかすか分かったものじゃないし。我が家という犠牲のうちにとどめて置いたほうが地球のためか。
せめてもの情け、というより自衛的な意味で余り物でも与えておくか。空腹で狂暴化した獣は手に負えない。
「あんぐっ……、ごっくん。ご馳走様です」
余るはずもなかった。
「あたしもあれだけ食べてれば大きくなったのかな……」
多分縦に大きくなったんじゃないのか?さらに。
今でさえかなり僅差で勝っているだけだからそうなると俺の立場が大分危うくなってしまいそうなので綾はそのままが一番ですよ。
さて……せめてもの情けの続きだ。軽くつまめるものを用意してあげるとするか。これから始まる勉強会のつまみにもなるだろうし。
「平坂さんと姐さんは!?」
片付けが終わるまで家に入るのを防いでおいてくれと、回収に向かう雄に指令を与えておいたので今現在一番やっかいにして相手にしたくない人物が我が家に押し入ってきたときは、居間には人っ子一人おらず、俺の部屋を勉強会用にセッティングし終った後だった。予想通り、ヤツは家に入った瞬間から姉貴と美代さんを求めてせわしなくうろうろし始めた。
しかし既に策は張ってあるので心配は無用。美代さんと姉貴は姉貴の部屋に戻ってもらった。もし姉貴の部屋に侵入を試みようなどとしてみたものならホルマリン漬けの標本が自宅に増えるかもしれない。別れ際姉貴が「最近活きがいいのが手に入らなくて物不足だったから来ようとしても止めないでいいわよ」と言っていたのでちょっと笑い事じゃない。ここで一人やっかいものを消すってのも手かもしれないが……。
「人として死にたいなら大人しくしろ。はしゃぐ暇があったら俺の補習を一つでも減らすためお前も尽力しろ」
「あたしも流石に全部真っ赤じゃちょっとやばいし、あたしの選手生命を守るために筒井君も尽力して」
「現文は下手したらお前に負けるかもしれないから、二人の勉強を見て自分の勉強をおろそかにしろ」
「あんたらめっちゃ自分本位だな!」
いや、君のために何かする必要も理由もないから自分優先する以外他にないんだよな。いいじゃん自己犠牲。カッコイイよ。
「ほら、お前も座れよ。どうせ泊まっていくんだろ?家には連絡いれとけよ」
「おう、元よりそのつもりだったから既に電話してある」
「なら宿泊代代わりにしっかり働け。手始めに現文のヤマを教えるのだ。はずしたら罰金だけどな」
そうして三人+一匹の勉強会が幕を上げる。
普段はおろか、部活のないテスト期間中にすらまったくといっていいほど勉強などしない成績不良の俺と綾だったが、雄お手製かゆいところに手が届く必殺テスト勉強ノートのおかげで今まで乗り越えてきた。今度も、きっと乗り越えられるはずだと俺は信じている。というより乗り越えてくれないと困るので、手が届いてもどうしようもないかゆみを丁寧に掻いてくれる助っ人一人と一匹をフルにこき使ってその日の夜は更けていくのであった……。
「ていうかいい加減俺を人間扱いしてくれ!!!」
「前世の話をされてもな」
「悲しいくらいに現世の話だよ!!!」
「ところで江藤。なんで第二話のサブタイトルはまんまサブタイトルなんだ?」
「お前の紹介話見たいな感じになったから適当でいいやーだってさ」
「はっはっは!そんなわけあるかよっ!……え、マジなの?」