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第六感の彼女  作者: 朱月
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第二十話:少女の傷

 夏の日射しはいつだって容赦はない。

体から水分をどんどん搾り取って、油断なんてしていたらその場でバッタリなんて事もある。

 補習最終日が終わり、オカルト研の活動も今日は休み。

 午後の空いた時間に付き合ってくれる人のアテはことごとく外れ、時間の使い方を見失っていた。

あまりにも暇すぎるために家に帰る気にもなれず、補習が終わった後もそのまま椅子に座っていた。

そして何気なしに窓の外に視線を向けると、ちょうどサッカー部の練習が目に入る。

「こんな中でやってたんだよなぁ……」

 風通しが良くしてある教室の中でもこの暑さ。

きっと練習に励む彼らは灼熱とも言える暑さの中にいるんだろう。

「球蹴ってりゃ、夏よりアツクなるってか……」

 以前の自分もどれだけ暑かろうが練習が嫌になった事はない。

この学校に来てるやつはみんなそういう類の人間なんだろうから、気温なんて大した障害にならないんだろう。

ただ体は正直で、熱射病は気合いでなんとか出来るものではない。

「ま、この年にもなってその辺りの調整できないんじゃ話にならないよな」

 そんな偉そうな事を言いつつ、練習に励む姿をただ見下ろし続けていた。

不思議なくらい落ち着いている。

前までの自分ならきっと、数分も見ていられずに目を逸らしただろう。

部活を辞めて数週間程度しか過ぎていないが、その間に大分気持ちの切り替えはできているようだ。

「ん……、休憩か」

 練習に励んでいた集団が一気に端の方へと走って行き、各々熱くなりすぎた体を冷ましていく。

その傍らで、ぱたぱたと忙しそうに動くメグの姿が見える。

他にも何人かマネージャーらしき人は見えるが、メグの姿は一際目立っていた。

マネージャーにもマネージャーの技というものがあるのだろうかと、メグの姿を視線で追いかけていたら、

「……っ」

 目が合った。

三階から見下ろしていたというのに、ばっちりと視線が交差する。

驚いて咄嗟に顔を教室に引っ込めた後に、しまったと焦る。

これではサッカー部じゃなくてメグを見ていたと言っているようなものではないか。

とにかくもう一度顔を出して、手でも振って取り繕っておくかと思ったが、

「あれ、いないな……」

 ちょうど練習が再開され、マネージャーの方々は死角に入ってしまって見えなくなっていた。

仕方なし、次に顔を合わせた時何か言われたらそこでフォローしておこう。

「帰るか……」

 それ以上練習を見る気にもなれず、荷物をまとめて立ち上がる。

誰もいない教室に、椅子を引く音だけが響いた。

外はあれだけ騒がしいのに。

僅かな寂寥を感じながら教室の外へと歩いて行く。

扉を開けようと片手を伸ばす。

「先輩、ひどいですよ!無視するなんっ」

 その手が扉に届く一瞬前、自分の意思とは無関係に開き、伸ばした手が空ぶる。

そして空ぶった先には、突然目の前に現れた少女の方に伸びて行く。

ふにっとした感触。

緩衝剤としてよく入っているプチプチのアレと硬さは違えどつい夢中になってしまうような感触……こいつぁ……。

「マネージャーパンチ!」

 ずん、と今まで感じていたものと逆の感触が俺の腹にめり込む。

「ああっ、つい四十八のマネージャー技の一つを先輩にっ」

 マネージャーにパンチはいるのか……。

「でも先輩が悪いんです。策士です!教室から私と目が合うまでじっと視線でおって、いざ目が合えばさっと隠れて!そうしてなんだかこのままじゃ気分が悪いなと私に思わせて、教室まで出向いた所を、所を、所をするつもりだったなんて……っ」

 そうだったのか、俺!

なわけねぇよ。目が合った後顔を引っ込めただけでこんな……良い目?痛い目?に会うなんて予測してない。

「でも……先輩になら、いいよ?」

 ついぐらっときそうな台詞ですが、すでに鳩尾に一発くらっている俺はぐらっときているのは視界だけです。

「でも……先輩の近くには平坂さんの……あの立派な、立派……な。そ、そうか。すでに大きいのには飽きて……飽きるほど……あわわわ」

 ああ、いかん。どんどん俺に変な属性が追加されていっている。

やばい、弁解しろ。弁解しろ俺。

早く俺の呼吸よ復活するんだ、復活するん……。

「あれ、先輩……。先輩!?」

 君の魅力に、俺もうクラクラ。主に意識、が。




「ん……」

 ジリジリと肌を刺す日差しに目が覚める。

あー、あったかいあったかいあ……、

「あっちぃよ!」

 横に転がって容赦のない太陽光から逃れる。

「あ、先輩起きました?」

 少し離れた所にある席にメグが座っていた。

日陰で、爽やかな風の通り道な絶好のポジションに。

「俺を茹であがらせようとしてたのはキサマかぁ!」

「飲み物いりますか?」

「おう、いただこう」

 あっさり買収される。

「で、どうして俺を太陽光の餌食にしようと思ったんだよ」

 下手したら起きれなくなる所だったと付け足す前に「その辺りを見過ごす程ダメマネしてません」と言い返される。

「それに先輩は少し干されるくらいがちょうどいいんです」

 あまり聞かないメグの低いトーンの声は、妙な迫力があった。

「いつだって、はっきりしない男の人は周りから嫌われちゃうものなんですよ」

 声はそのままに、表情だけどこか拗ねているような色を見せる。

「いやでも、答えは待ってくれって言ったのはメグの方からじゃないか」

「じゃあ今答えられるんですか?」

 メグの迫力を押し返そうと口答えをしたが、すぐさま跳ね返される。

結局、自分の優柔不断さを再確認させられただけだった。

「まぁ、今はその事を言ってるんじゃないんですけどね」

 椅子に座ったまま俺を見上げる。

自然と瞳は上目遣いになるが、女の子らしい魅力はそこにはなく、責めるような視線だけが向けられていた。

「私、昔から不思議に思ってたことがあるんです」

 視線を外しながらメグは喋る。

「いつまで先輩達は、家族ごっこを続けるつもりなんだろうって」

 ペコッと、握っていたペットボトルから音が鳴った。

「先輩は知らないと思いますけど、私が先輩に告白したあの日。部活に戻ろうと思ったら綾先輩に呼び止められたんです。聞かれてたってわかると、急に恥ずかしくなっちゃって、逃げようとしたんですけど綾先輩本気で追いかけて来て……。走りで綾先輩に勝てるわけもなく捕まっちゃったんです。それでね、おかしいんです。そこまでして私を追いかけて伝えたかった事が……」

 一拍、言葉を切る。

「あたしと悟は家族だから、気にしないでいいって」

 吐き捨てるように言い放った。

「なんですか、それって感じです。本当に、なんなんですか。二人は兄妹なんですか。雄先輩と合わせて三つ子なんですか。法律上結婚できない間柄なんですか!?」

 一気にまくしたてるメグの迫力に、俺は何も言えずにいた。

 メグは溜めこんでいたものを吐き出すように続ける。

「私、後悔しました。それまでは先輩達二人は好き合っていて、いつか結婚して家族になる事を決めていて、その前借りのように間柄を家族って言っているものだと思っていました。素敵だな、二人の仲を祝福できたらいいなって思っていました。だから後悔しました。先輩が退部するって聞いて、動揺して、告白してしまった事を」

 俯きながら「本当は、最初に会った時から好きだったんですよ」と恥ずかしそうに告げる。

でもその表情もすぐに怒りの色に塗りつぶされる。

「なのになんで、私の告白を聞いていた綾先輩があんな事を言うんですか。家族だから、気にしなくていいから、なんて」

 喋り続けて疲れたのか、呼吸が荒い。

「私、お父さんが好きです。お母さんも好きです。家族が大好きです。もしも先輩が私の恋人になったとしても、先輩より家族のほうが好きかも知れません。誰だって、そういうものだと思いませんか?」

 メグの言う事は良くわかる。

失ってからより強く、自分がどれだけ大事に思われていたか、自分がどれだけ大事に思ってたかを感じるようになった。

「だから、怖いんです。先輩が私を好きになってくれたとしても、先輩は私より綾先輩を大事にするんじゃないかって。本当に家族ならいいんです。当然の事なんですから。でも二人は家族じゃないんです。血の繋がりなんて無いんです。私がどんなに想われたとしても、それ以上の想いを常に違う(ひと)に向けられている」

 強く、拳が握られる。

そして瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。

「どんなに頑張っても、届かない!一番になれない!独占欲が強いヤツだって言われてもいい!いっそ嫌われた方がいい!諦めさせてもくれない、届かせてもくれないなんて、私耐えられない!」

 知らなかったじゃ済まされない。

そこまで俺は、彼女を傷つけていた。

その痛みで、泣かせていた。

「先輩、答えてください。先輩にとって綾先輩は恋人なんですか、友達なんですか」

 当たり前だが家族、という選択肢はメグは選ばせない。

そこで気づいた。俺は今まで家族という言葉を、何かの言い訳のように使っていたという事に。

まわりの冷やかしをあしらう体の良い言葉として使っていた。

綾に対して家族と同等の気持ちを抱いてるのは事実。だけど、綾とは家族じゃないのもまた事実なのだ。

それ以外の表現を、俺は見失っていた。

「……良かった」

 答えを見つけられず、黙っていた俺を見て何を思ったのか、メグはそう呟いた。

「ここで恋人だーなんて言われたらどうしようかと思いました。今の私じゃ、二人の応援なんてしたくても出来そうにないですから。でも、何も言わないって事はまだ私にも可能性ありますよね?今までは二人のためにとか考えて、勝手に自分で納得させてきてたけど、もう違います」

 椅子から立ち上がるその姿は、今までのメグとはどこか雰囲気が違った。

「これからは本当に納得できる方法を探します。だから先輩も、私を納得させる答えを探してくださいね」

 そうして足早に教室から去っていった。

結局俺は、メグに何も答えてやる事ができずに、ただ立ち尽くしているだけだった。

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