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第六感の彼女  作者: 朱月
20/22

第十九話:坂の下で

 場面は翌日へと移る。

夏休み初日の今日、ミーティングと称してオカルト研究会のメンバーが部室に集められていた。

今日はメグも出席だ。だから地下へ行くような事は無いはずだ。

狭いながらも色々な設備が整っている部室は、補習によって疲れ切った心と体を癒すにはもってこいの場所だ。

先ほどまでは出席さえとれば勝手に退室してもいい綾の境遇を羨んでいた。今はこの寛ぎ空間を余すことなく実感できる疲れた体に感謝したい位だ。

「ふぅ」

 飲み干した紅茶と入れ違いになるように、喉から溜息がでる。

その溜息はリラックスした時に出るものと、悩みがある場合に出るものを足して二で割ったようだった。

昨日現れた生徒会長を名乗る会長の兄……、会長の兄も会長ってどれだけ会長が好きなんだろうか。まぁ、それはいいとして。

昨日の一件で、俺の中のオカルト研究会が大分様変わりしてしまった。

いや、元に戻ったと言った方が正しいか。

何年も前とはいえ、姉貴が率いていた組織。マトモであるはずがない。

地下の怪しげな施設と、金色の霊。それに封印だとかなんとか。

そして一番気になるのが会長のお姉さん。

昨日の話を聞く限りでは……亡くなったらしい。それもオカルト研がらみで。

以前、会長がオカルト研を再興させようとした理由を聞いた時に俺の姉貴に憧れて、なんて言っていたが恐らくそれは嘘だろう。

憧れだけで、姉が死んだ場所に踏み込んだりする人がいるとは到底思えない。

それを言うならば俺だって似たようなものか。

会長のお姉さんの二の舞になりかけておいて、俺は迷わずここに残ると言った。

何でだろうと頭を傾げ、すぐに思い当たる節があった。

きっと、楽しいからだろう。

夢を失い、ただ過ぎるだけの時間に身を任せてきた一年間。

暇に飽かしてオカルト研究会なんてものに顔を出して……。

見事に暇などとは縁の無い生活を余儀なくされた。

嬉しかったのだろうか、俺は。

事故の前後でがらりと俺を見る周りの目が変わった、変わったように感じた。

姉貴も、綾も、雄も。近しい人ほどそれを感じてしまう。

 自分がこれほど弱い人間だという事に、今更ながら気づいたのだ。




 正午過ぎから始まった活動は、普段の授業が終了する位の時間に終了し、解散となった。

とはいえ解散直帰宅するのは俺と美代さんのみで後は学校に用事を残しているらしく、まだ学校だ。

「今日は何だか元気がありませんでしたね」

その帰り道、隣を歩いている美代さんが声をかけてくる。

「ん、ああ。少し、考え事をしててな」

「悩み事ですか?」

「まぁ悩み事と言えば悩み事だけど、どっちかというと幸せな悩み事だ。心配されるような事じゃない」

「はぁ、そうなんですか」

 よくわからないという感じに首を傾げる。

その仕草が妙に可愛らしくて笑いがこぼれる。

それを見た美代さんは更にわからなさそうな表情をする。

「平和だなぁと思ってさ」

「あんな事があったのにですか」

 それもそうかと苦笑いする。

どうにもあの事件は当事者とその周りでは認識にズレがあるようだ。

さて、夏の日差しはまだ数時間は勤務時間だ。

坂の下の分かれ道はどこかに寄るなら右に、素直に帰宅や買い物に向かうなら左にと、まさにこれからの予定を分ける分岐点だ。

しかしそこには分岐を遮るかのように、壁に寄り掛かって煙草を吸っているスーツの男が立っていた。

「あれ……って」

 その姿に見覚えがあった。

「よう、悟くん。久しぶり」

 まるでこちらに姿を確認されたのを見計らったようにその男から声がかかる。

「やっぱり先生か。お久しぶりです」

「今はプライベートの時間なんだから先生はやめてくれよ」

 短く綺麗に切りそろえられた髪に、びしっとしたスーツに身を包んだ彼は誰から見られても好印象を与えている。

整った顔立ちに浮かべている人の好さそうな笑顔がその印象をさらに強いものにしていた。

「どなたですか?」

 美代さんがまたもや表情にはてなをのせて訊ねてくる。

「おっ、君が例の平坂さんか。祓奈から聞いてた通り、べっぴんさんだなぁ」

「は、はい。ありがとうございます」

 はっはっはとわざとらしい大げさな笑い声を出しながら、スーツの中から一枚の名刺を取り出して美代さんに渡す。

「ど、どうもありがとうございます。……坂下、賢一郎さん。お医者……さんなんですか」

「そう、お医者さんだ。まぁどんな医者かと言うとスーパーお医者さんだ」

 あ、美代さんがちょっと引いた。

でも確かに二十代にして医療界ではちょっとした有名人で、自分で言ってしまうのはどうかと思うがスーパーな医者なのだ。

「ついでに言うと、俺の主治医にして姉貴の彼氏だ」

「そう、いずれは悟君にアニキィと呼んでもらう男だ」

「呼ばねぇよ……」

 えー、と子供みたいに不満を隠さずに出す。

「彼氏さん……彼氏さんというと……」

 美代さんがどんな意味か考えている。

「君にとっての悟君みたいなものさ」

「おおっ、なるほど!」

「いやいやいやいや」

 さすがに結婚を前提に、みたいな付き合い方をしてはいない。そもそも俺と美代さんは付き合ってすらいないし。

「それで、今日は何でこんなとこにいるんですか」

「暇でね」

「働けよ」

 とても医療界の期待のエースとは思えない。

「ま、それは冗談として。悟君の様子を見に来たんだよ。状態は祓奈からちょくちょく聞いてるけど、どうにも自分の目で見てみない事にはね。この前久々に発作も起こったみたいだし」

「ああ……」

 こう言われるとやっぱりこの人は医者なんだなと思いなおしてしまう。

「悟君はちっとも病院で診察されに来てくれないから、こうして出向いて来たんだよ」

「まぁ……たまに姉貴に診てもらってますし……」

 煙草の煙を吐き出しながらそれもそうかと笑う。

「それにしてもよく俺が帰る時間わかりましたね」

「ふっ、一流の医者ともなると人一人の行動を調べる事などたやすい事なのだよ」

 この人は本当に、医者なのか?

「それでどうなんだい?調子の方は」

 どう、とは俺の足の事だ。

「どうにもこうにも、相変わらずですよ」

 そうか、ともう一度深く煙を吸い込む。

「俺はスーパーな医者だからな。いつか必ず治してやるさ」

「期待してますよ」

 任せろ、と自分の胸を叩く。

力加減を間違えたのか、煙草の煙にむせて咳きこむ。

 呼吸を整えながら先生はちらと美代さんを見る。

「どうやら楽しくやってるようだし、オジサン安心したよ。良い彼女見つけたなこの色男め」

 彼女じゃない、と訂正するのも面倒だし、楽しくやっているというのも事実なので頷くだけの軽い返事をする。

そうかそうかと機嫌が良さそうに携帯灰皿に吸い殻を押しこむ。

それと同時に先生の携帯の着信メロディが鳴り響く。

「おっと悪い」

 そう断って、携帯を取り出して通話を開始する。

誰からの着信か……確かめもせず。

「はいっ、ごめんなさい!ごめんなさい!すぐ戻るからっ」

 ひどく焦った様子で平謝りしてから通話を終了させる。

「暇だったんじゃないんですか……」

「いやぁ俺的には暇だったんだけどね。悟君のお姉さんはやっぱり怖い怖い」

 はっはっはと嘘くさく笑いながら、傍らに止めていた自転車にまたがる。

「それじゃ、たまには病院に顔出してくれよ〜」

 ガッと強く地面を蹴って加速し、橋の向こうへと去っていった。

「さ、悟さん!」

 その姿が消えてから美代さんがあわてたように声を出す。

「わ、私てっきり車で来ているかと思ってたので物凄く自転車に違和感を感じてしまいました!」

 あわあわわと妙な取り乱し方をする美代さんにそっと教えておく。

「あの人、免許もってないんだよ」

 本人曰く、取りに行く暇がないという事らしい。

二十四時間という決められた一日は、彼にとっては短すぎる物であるようだ。

「まぁ、どこかに行く気も削がれた事だし……帰るか」

 そうですね……と、ほとんど上の空で美代さんが答える。

美代さんの常識のほとんどは一週間程度で固められたものだ(しかも固めたのは姉貴)。

それだけにその常識およびそこからくる認識と違う事と出会うと……例えこんな些細な事でも思考が止まってしまうらしい。

姉貴による常識が、こう言った事で余計変にねじれてしまわないか心配である。

「あ、良い所に!おーい、江藤くーん」

 今日はよく呼び止められる日だなぁ。

今度は坂の上から俺を呼ぶ声が聞こえた。

振り返った先には見知らぬ……でもない、確か陸上部の三年生。名前は忘れた。

それと……、

「綾?お前どうしたんだよ」

 その先輩に肩を貸されながら一緒に降りてくる制服姿の綾がいた。

「綾さん!怪我したんですか!?」

 その姿を見てハッとした美代さんが慌てた様子で綾に駆け寄る。

それに驚いたのか綾まで慌てた様子で顔の前で手を振って否定する。

「ただちょっと捻っただけよ。先輩が大袈裟なんですよ」

「大袈裟にもなるわよぉ。大会も近いのにエースが怪我だなんて」

 八月のお盆を過ぎたあたりに、陸上の大会がある。

さすがの巫山高校といえど、全ての部活が全国区なんてわけではなく、陸上部もその一つだ。

決して弱小というわけでもないが、それだけに中堅から抜け出せず結果は毎年パッとしない。

しかし去年からは違う。

全国各地の陸上強豪校からの誘いを受けていたにも関わらず巫山に進学してきた綾がいるからだ。

去年でも部内で頭一つでた成績を出していた綾が、今年どこまでいけるのかと期待する人は少なくない。

「ま、あまり気合いれて練習してると、かえって休みどころを忘れて台無しになるからな。ちょうどいいんじゃないのか?」

「そうそう。江藤君はいい事をいうなぁ」

 うんうんと頷く先輩は肩に回された綾の手をほどく」

「じゃ、後は任せた!自宅まで送ってこうかとおもったけどぉ、江藤君に引き渡したほうが安全だね」

「別に、一人で帰れます」

 肩に回してた手を解かれたのをいい事に、自分から歩き出そうとする。

「っ……」

 そして最初の一歩で痛みに体のバランスを奪われる。

「ほら、言わんこっちゃない」

 倒れかかってくる綾を受け止めようと構えていた俺を、

「あわっ……」

 ぐりんと避けて美代さんに抱きつく。

不意をつかれた美代さんはその勢いのまま自分を中心に綾を回転させてしまう。

「あっ、いたっ!いたぁーっ」

「何やってんだよ……」

 その結果、必要のない痛みを受けてしまう事になった。

「あらあらあらあらぁ。何してるのぉ。悪化しちゃ……ははぁん」

 妙な笑顔を見せ始めた先輩は、急に進路を反転させあらあらうふふと笑いながら去っていってしまった。

「……なんだぁ?」

「うう……」

 綾はまだ痛みに悶えている。

「ったく。美代さん、悪いけどうちまで綾引っ張ってやってくれ。そんなんじゃ飯も作れないだろうから今日は皆で食うぞ」

「ごめん……悟」

 珍しく素直な謝罪をする。

「飯の借りは飯で返してくれればいいさ」

 美代さんは体格の違う綾を一生懸命支えている。

 少々不安げではあるが、今のところは任せてしまおう。

 俺は増えた分も賄える食材を買いに行くとしよう。


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