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第六感の彼女  作者: 朱月
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第十八話:記憶と居場所

 一歩一歩足を踏み出すごとに、足場としての信頼度を疑いたくなる音が鳴り響く。たった一人が歩くだけでそうなるのだから、四人が並んで歩いているこの状況は否応なしに不安を煽る。

「ここが基点ね。昔ならいざ知らず、今の日本の地下にこんなもんコソコソと作ってるなんて、世の中色々な人間がいるものね」

 髪を頭の後で結う、いわゆるポニーテールの少女が呆れた声を出す。左手に暗闇を照らす数少ない光源である懐中電灯を持ち、問題の場所に光を当てていた。

「映君、必要になるとは思えないけど、一応証拠写真とっておいて。まだ何が潜んでるかわからないし」

 少女の言葉に反応したのは一人の少年。カメラを取り出し、慣れた手つきで数枚の写真を撮る。

「それじゃ、早速封印作業に取り掛かるから玲華は辺りを警戒、紗希は私の手伝いをよろしく。それと……」

 少女が『五人目』を見て言う。

「サトウ君は、巻き込まれないように注意してて」




 瞼が開いた。

だけど目が覚めたと自信を持って言えない。起きているという自覚がありながら、まだ夢の中にいる……そんな半覚醒状態の中に俺はいた。

俺?俺って、誰の事だ?

目が覚めているという自覚も、今感じている自分という意識が本当に自分の物だという認識も曖昧になっている。

記憶を掘り返してみても、今がどのような状況なのかを決定づける物は無い。あったとしても、それが本当に自分の記憶なのかもわからない状態では意味がない。

突然視界がすぅっと後ろに下がる。恐らく俺が、数歩後ろに下がったことによるものだと思う。

そして気づく。意識はともかく、この体自体は俺のものではないという事に。

周りを見渡して現状を確認しようにも、首を左右に振る事さえかなわない。

動かない視点と、働かない意識の中でようやく掴めた情報は、今この場にいるのが男が一人に女が三人、そしてサトウと呼ばれた自分のみという事だ。

その情報を得て、最初に感じたのは強烈な既視感。

視界に映るどの顔も、どこかで見た事のあるような気がする。

特に一番奥にいるポニーテールの少女。どこかで……と考えるまでもなく記憶の一番上の方に刻まれているある人物が思い当った。

「姉……貴?」

 そう呟いた瞬間、視界が急に暗転する。




「ん……」

 強い日差しがまるで瞼を焦がさんとするかのように照りつけてくる。

その暑さに耐えられず、瞼を開ければ当然のごとく直に眼球を照りつけられ思わず手で日差しを遮ろうとする。

しかしそれよりも早くに、手の何倍もの大きさをもった物体が日差しを遮断した。

「悟さん!大丈夫ですか?」

 逆光に遮られ、シルエットしか見えないが俺を心配するその優しい声を聞き違うはずもなく、俺はその言葉に応えた。

「ん……、大丈夫。美代さん」

 目が覚めた、今度ははっきりとそう自覚した。

寝転がっている場所が部室の床の上だという事もわかったし、枕代わりの物くらい用意してくれていてもいいんじゃないかと思えるくらい余裕もあった。

「良かったぁ。流石の槻実も一杯心配したよ」

 会長にそこまで心配されると流石の俺も背筋が凍る思いですよ。

「今回の事は肝心な事に気付かなかった私と鳥居槻実に責任があります。申し訳ありません」

「思い切り頭ぶつけてしまって、少し痛かったです」

 ばつの悪そうな顔で笑う美代さんと、苦笑いを浮かべる古屋は対照的だ。

「まったく。無茶をするのはオカルト研究会の習性とは聞いてたが、何も受け継ぐこたないだろうが」

 きっと創設者の呪いだろう。自分から巻き込んだら気分が悪いから、向こうから巻き込まれてくれるような空気をここに染みつけてきたに違いない。

「ところで、あんた誰だよ」

 あまりにも自然に会話に入ってきたからスルーしかけていたが、いつの間にか部室に見慣れない男が椅子に座っていた。

制服からここの生徒だというのはわかるが、背丈からして一年か?にしては態度がどこか偉そうである。短く切りそろえられた髪と睨むようなつり目が嫌でも目に付くほど印象的だ。

「なんだ貴様。俺の事を知らないのか」

 訂正。

どこか偉そう、ではなくまんま偉そうだった。

しかも外見とは方向性がどこかずれた感じの。

「お前、先輩に貴様はないだろ」

 ぴくっ、と眉が動いたのが見えた。

「……ほう。貴様は実は大学生なのかよ」

「江藤君、先輩は彼のほうです」

 古屋が横から声を挟む。

「へ?」

 その言葉を理解するのに僅かな時間を要した。

「おい灯。コイツはお前のクラスのだろ?ちゃんと躾ておけよ」

「別に私は調教師というわけではないので」

 慣れた感じで古屋と会話を交わす。

「まさか……古屋の、弟?」

「年上だっていってんだろうが!」

 声を荒げて主張するが、どうにもそうは見えないので仕方がないだろう。

「はぁ……。江藤君、彼の名前は鳥居暁。この学校の生徒会長です。そして」

 古屋が一度、言葉を切った。

切った理由になんとなく気づいた俺は、古屋が視線を向けたほうへ自然と顔が動いた。

「鳥居槻実の兄です」

「なるほど」

「てめぇ、今何に対して納得した?」

 何やらさっきから怒ってばっかりだな、うちの生徒会長は。

「って、生徒会長!?だって、明らかにほら、あれじゃないか」

「似合わねぇってんだろ、わかってんよ。内申目当てで生徒会に真面目ぶって立候補したらいつの間にかこんな事になってたんだよ。ま、今は優秀な部下がいるから楽だが」

 溜息をつく古屋の苦労がうかがえる。

「おにぃ、何しにきたの」

 そこに実の兄を前にして一切口を開かなかった会長がぼそりと言葉を漏らした。

「会長?」

 その様子がいつもの会長らしくなかった。いつも超がつくほど明るい少女が、今では暗がりで丸まっている、そんな感じを思わされる。

それに加え、先ほどまで高校入学と共になめられたくないが為、中途半端につっぱっている感じにしか見えなかった生徒会長も、真剣な眼差しを向けていた。成程、この顔つきならば生徒会長というのにも頷けなくもない。

「なぁ、槻実。姉貴の真似事はほどほどにしておけって俺は言ったよな?」

 今まで会長の家族構成というものを聞いた事が無かったが、どうやら兄のみならず姉もいるらしい。

そして姉に対する呼び名が同じという事で、この生徒会長に変な親近感が沸いた。

ただ、今それに浸っているわけにはいかないという事は、言葉のトーンによって嫌というほど感じられた。

「真似事じゃないよ。槻実は、槻実がこうしたいからしてるだけ。お姉ちゃんは関係ない」

「なおさらわりぃよ」

 会長の反論も、最後まで言い切らせないかのごとく正面から否定された。

「真似事程度の遊びだったから好きにさせてきたが」

 そこで一旦言葉を切り、俺の方に視線を向ける。

「姉貴の二の舞だなんて、冗談じゃ済まねぇんだぞ。何も知らなさそうな素人を巻き込んだなら尚更だ」

 どうやら俺の事を言っているらしい。俺自身、自分の体がどんな状態にあったのか正確に把握していないのだが、さっきの美代さんの様子や、部室に漂う空気からして冗談で済まされる程度の事ではなかったようだ。

「ちょっと待ってくれ。会長に姉がいるってのはわかったけど、二の舞ってどういう事なんだ?俺みたいな目にその人も遭ったって事か?」

 俺のその質問に、場の空気が今までの比ではないくらい重くなる。

その空気を破ってくれる誰かの声をじっと待っていた。

「貴様みたいな目、なんてもんじゃねぇよ。姉貴は死んだんだよ。八年前、この学校にあったオカルト研究会に巻き込まれてな」

「え?」

 死んだ、なんて言葉をすんなりと口にする様子に、一瞬冗談か何かと思ってしまう。

しかし実際は、すんなりと出せるのは言葉だけで、その様子は未だに姉の死を受け入れられていない、そんな感情が見て取れた。

「この学校で、この研究会で、人が一人死んでいる。その事実を踏まえて改めて問うが、この研究会に入る気はあるか?」

 机の上に置いてあった鞄から一枚の紙を出す。

それは、俺の名前が記されたオカルト研究会への入部届けだった。

「どういうつもりだよ」

 一度受理された書類をどうこうされようと問題はないだろうが、この状況はちょっとした脅しなのではないか。

「何、この研究会が存続できるかどうかってのは貴様次第ってだけだ。今この場で、続けるか否かをはっきりしてもらう」

「俺次第?」

「貴様さえ抜ければ、巡とかいう子も説得すりゃ抜けるだろ。そうすりゃ後は灯が抜けて残り二人。ほらもうオカルト研究会は存続できない」

 古屋は黙ったまま何も言わない。俺とメグとの事は古屋からの情報か、それとも生徒会長自身の情報収集能力か。どっちでも変わりはしないが。

「おにぃ、今は事情が違うよ。オカルト研究会は無くちゃいけないんだよ」

「事情?それこそお角違いだろ」

 一度会長のほうに視線を向けた後、小さく鼻を鳴らし、再び俺の方を向く。

「その事情とやらは俺達の世代の事情じゃない。ったく、先代の連中はこの学校で教鞭とってるってのに何で気付かねぇんだ。とにかくオカルト研究会解散後、俺がその事情とやらを報告する。後はあっちでなんとかしてくれるだろ」

 この生徒会長の言い分はいちいちごもっともだ。今この学校の地下で何が起こっているのは知らないが、それは姉貴達の仕事だ。俺や美代さんにメグは、対応する術をもっていないし、古屋だっていわゆる護身術程度の事しかできないようだし。

一見すれば、会長にただ巻き込まれているだけのようにしか見えないのかもしれない。

「さて聞くが、この研究会に残るか否……」

「残る」

 言い切る前に短い、しかしはっきりと意思をのせた言葉で割って入る。

 周りからどう見られていようが、そんなものは関係ない。

ここは居心地が言い。だから残る。

それ以外に理由がいるか。

「……馬鹿か貴様。今さっきまで床で死にかけていた奴の考えとは到底思えねぇんだが」

 死にかけたという自覚が自分に無いせいかもしれない。だけど、ここで、この場所にはいさよならと告げられるほど軽いもんじゃないと俺は思う。

「チッ、そうかよ」

 舌打ちなんて、生徒会長のやる事じゃないだろう。こんな奴だとわかっていれば選挙の際に絶対不信任で票をいれてやったのに。

 そんな不良生徒会長は、椅子から腰をあげて部室から出ていこうとする。

「灯、定期報告は欠かすなよ」

 去り際にそれだけ告げて足早に去っていった。

「サトー君、サトー君サトー君!」

 その瞬間、俺を大声で呼びながら会長が飛びついて来た。

勢いはあったが、俺が倒れるほどの衝撃はその小さな体では生み出せず、自然と抱きかかえるような格好になる。

「ちょ、会長!?」

「信じてたよ!うん、槻実は信じてたよ!サトー君ならきっとそう言ってくれるって」

 満面の笑みで会長は早口で言葉を紡ぐ。

 そんな顔をされたら引き剥がすわけにもいかなくなってしまう。

「まあ、気に入ってなきゃ最初っから入りませんよ」

 集まる度に今日のような事が起こるなら少し考え物だが、文字通りそれは追々対策を考えておくとしよう。

「それよりも、美代さんはいいのか?今日みたいな事、これっきりじゃないと思うけど」

 地下であれだけ怯えていた美代さんを付き合わせるのは気が引ける物がある。

「私は大丈夫です。今日みたいに悟さんが守ってくれますから」

 あれは守ったって言えるんだろうか……。

まぁ、こんなに素直に頼って貰えるというのは嬉しい事で、嬉しいからにはそれに応えられるよう頑張るしかない。

「それに古屋も、ありがとうな」

 腕を組んだまま一言も喋らなかった古屋にも礼を言っておく。

「私は、何もしていませんが」

 そうは言うけど、古屋は元々生徒会側の人だ。あの場で、あの生徒会長の味方をしなければいけない立場の人だ。それなのに無言で、中立の立場を守っていたって事はその分こちら側に味方してくれたという事だ。

「あ、まだ終わって無い。間に合ったぁ」

 そこにオカルト研究会五人目の人物が部室へとやってくる。今や四人目と五人目にちょっとした差ができてしまったが、その差がものすごい安心感をうみ、自然と笑いが込み上げてきた。

「え、え?私、どこか変ですか?体操服は着替えたし、靴はちゃんと上履きだし……」

「悪い悪い。メグはどこも変じゃないから安心してくれ。ただ……」

 気持ちよく笑える場所。俺が、ここに残りたかった理由。

「平和だなぁ、と思ってさ」

 きっとオカルト研のそういう側面を味わうために、メグには何も知らないでいてもらう必要があるんだろうなと思った。

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