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第六感の彼女  作者: 朱月
18/22

第十七話:地下に潜むモノ

 そこは妙な気配で一杯だった。

ほんの数メートルしか部室から離れていないというのに、五度近く気温が下がったように感じる。それを証明するかのように、俺は無意識のうちに腕を腕でさすりあっていた。

 たちこめるカビのような臭い。しかし、あくまでそれはカビのようなだけで、懐中電灯で辺りを照らしてもその臭いの発生源らしきものは見受けられない。

「何だかねとねとします」

 美代さんがそう不平を洩らす。

確かに何かがまとわりつくような感触が体中を取り巻いて話さない。

空気の成分に霊気が三割ほど混じっている、と言われても容易に信じられそうな不快感だ。

「それに、ちょっと天井低すぎないか」

 俺の肩あたりまでしか床と天井の距離が無いため、必然的に腰を低くしての行軍になる。

「そうかな?」

「そりゃ、会長にはちょうどいいくらいかもしれないけど」

 他の二人も若干変な体勢で歩いている。

恐らく、長いことこんな体勢でいたら腰が悲鳴をあげるに違いない。

「もうちょっとしたら高くなるから我慢だよ」

 それは本当にもうちょっとだった。

階段を降りた先は学校の廊下のように真っ直ぐな通路があった。天井は腰を真っ直ぐに伸ばせるのはもちろんの事、上に手を伸ばしてようやく指先が触れるくらいあり、若干普通の建物より低いとはいえ十分な高さがあった。

振り返れば思っていたよりも近くに部室の明かりが見える。学校の階段よりかずっと短い、踊り場程度の距離だった。

 ぎゅっとシャツを掴まれる。何かと思ってみれば、もう天井は高い所にあるというのに縮こまった美代さんがいた。

「悟さん……、少し怖いです」

「大丈夫か?無理しないで、戻るか?」

「いえ、大丈夫です。それに、何かあったら悟さんが守ってくれるんですよね?」

 上目遣いでこちらを覗く瞳が僅かに揺れている。

そんな目で見られて、首を横に振る男はいない。小さく「ああ」と答えて、シャツなんかじゃ心許ないだろうとその手を自分の手と合わせる。




 それからは暗い通路をゆっくりと歩いて行った。

しっかりとした作りになっているとはいえ、恐らく相当古い建物だというのに木々の悲鳴は俺達の足元からしか聞こえず、それが却って不気味さを演出していた。

「会長、ここって……」

 廊下の途中、左右に扉があるのが見えた。学校の教室、という感じのものではなく、どちらかといえば病院のそれに近い。

「旧日本軍の実験施設って噂だよ」

 さらりと恐ろしい事を言う。

「旧日本軍って……。ここ、空襲で焼けおちたんだろ?地下といってもそんな深くないし……、戦後に作られたものじゃないのか?」

「運よく残ったのか、または戦後に作りなおされたのかわかりませんが、ただ言える事は……」

 先頭と最後尾から畳みかけるように恐ろしい言葉を繋いでいく。

「ここで、たくさんの命が失われたって事だよ」

「きゃっ」

 会長の止めの一言と同時に、美代さんが小さな悲鳴をあげる。

ダブルで襲いかかる恐怖に、俺の背中は鉄の棒でも入れたように真っ直ぐに伸びる。

「な、何かが今通り過ぎていきました……」

 ほら、会長が怖がらすから美代さんが神経過敏になってしまったじゃないですか。

「うん。今、小さいのが横切ったね」

「あの程度なら別に害はありません。大丈夫です」

「そうそう。美代さん少し怖がりすぎじゃな……ってええっ?」

 普通に肯定され、自分一人だけ何も感じなかったという事に少し疎外感を覚えてしまう。

「サトー君は先代会長にとことん鈍くされてるようだから仕方ないよ」

 確かに、この手の事は姉貴に大体やられてきたからな。だが、やられてきたからこそこういった事に敏感になってしまうのではないのだろうか。

「鈍く、というよりも慣れている……と言った方が正しいのかもしれませんね」

 つまりは先ほど美代さんの横を通り過ぎた物は皆にとっては軽い怪奇現象の一つかもしれないが、俺にとってはそよ風程度の事にしか思えないという事か。

「この手のモノに有効な対処法は何といっても気づかない事に限るんだよ。サトー君はそれが出来る人だね。次に怖がらない事かな」

「それだと私、危ないですか?」

 美代さんはすっかり、この暗くて薄気味悪い空間にのまれてしまっている。

その状態が危ないというのなら、今日の所はこの辺りで引き返した方がいいのではないだろうか。

「大丈夫だよ。平坂さんは狙われる事は絶対ないから」

 確信に満ちた声で美代さんを励ましている。

「こういうのがする事って、生きてる者を自分の側に連れ込もうとするって事が大前提なんだよ。その方法は色々あるから巻き添えをくらっちゃうってのはあるかもしれないけど、平坂さん自身が狙われるって事は無いよ。あ、でも平坂さん位になると判別つかないかも……」

「そ、そうなんですか」

 会長が安心させようとしているのはわかるのだが、最後にそれをすべて無効にしてしまった。

「そういえば、古屋は知ってるのか?」

 美代さんがどういう存在なのかという事を、古屋にはまだ話していなかったはずだ。

「私を甘く見ないでもらいたいものです」

 生徒会副会長の座は伊達ではなかった。




「それで、さっきの話の続きなんだけどね」

 美代さんの緊張も解け、地下通路も大分奥まで進んできた所で会長が再び口を開いた。

「霊とか怨霊とか、そういう類のものへの対処法が存在に気づかない事、怖がらない事ってさっき言ったけど、それとは別に狙われやすくなる要因ってのがあるの。それは知ってしまう事なんだよ。霊について知り、それらがどういうモノなのか、それらがどんな未練や恨みを持っているのかとか。意思とか疎通できちゃうと真っ先に狙われてしまうんだよ。だから、この中で一番狙われやすいのは多分槻実。その次にトモリ。サトー君は眼中に無いって位狙われないと思うよ。でもその分槻実達は実力で追っ払えるからどっちが安全かって言われるとどうとも言えないんだけど……。それにしても、やっかいな話だよね。やっつける力を身につければ身につけるほど深く理解するって事だから必然的に狙われやすくなっちゃうんだからね」

 口を挟む隙も無く、一気に言葉を出す会長にどんな意図があったのかがわからない。美代さんを安心させるためや、今の状況を確認するというためという訳でもなく、どこか自嘲的な意味が含まれているような感じさえした。

それを聞いた古屋も、どこか遠くを見るような目で暗闇の先を見つめていた。

暗い道を黙ったまま進んでいく。軽く数えてもその間にあった部屋は両の手では数えきれない。その部屋で何が行われていたか考えるだに恐ろしい。

「あ、階段だ」

 先頭を歩いていた会長が急に立ち止まりそう告げた。

「階段って……。ここ、更に下があるのか?」

 肩越しに覗いた先には下に向かう階段があった。部室からここへと降りる階段とは違い、天井の高さは低くはない。学校のそれと同じで踊り場がある事までは何とか見て取れたが、それから先は、まるでドロドロの液体みたいな暗闇が階下を覆い尽くしていた。

「会長、この先は物凄くやばそうな感じがするわけですが」

「ん、サトー君がやばそうって思うなら今日はこの位にしとこうか」

 いくら俺が鈍いとはいえ、あの掬えそうな暗闇の中を歩いて行く気にはなれない。

会長の号令の元、先頭を古屋に任せて今来た道を引き返して行く。

進行方向を逆にしただけで、部室から差し込む光が見える。長い距離を歩いてきた感覚があったが、どうやらそれほどでもなかったようだ。

「ん?」

 背中を撫でられるかのような感触を、突然感じた。

「どうしたの?サトー君」

「いや、この先ってもしかして外に繋がってたりするのか?今、奥から風が吹いてきたような気がしたんだけど」

 はて、と首を傾げる会長。

「気のせいじゃないかな?槻実はそんなの感じなかっ……っ」

 その言葉を全て言い切るより早く、懐から何かを取り出し階段奥へと投げつける。

バチン、と物凄く強い静電気が発生したような音が鳴る。そして、それさえも打ち消してしまうほどの会長の声が響く。

「伏せて!」

 何、と聞く前に体を動かす。反応できていない美代さんを半分叩きつけるかのように伏せさせる。

「悟さん……」

 吐息を感じるくらい近い距離。ただ、それに恥ずかしがっている場合ではない。

天井を這うように金色のもやのようなものが頭上を通り過ぎて行く。それがどこか人の形に見えたのは、会長の話を聞いたから起こった気のせいか、もしくは真実か。

「トモリ!」

「わかってます!」

 制服の裏ポケットから数枚の紙を取り出して床に並べる。

それがどのような効果を持っているのかは知る由もないが、暫くの安全を保障できる物のようだ。

「札……って。古屋は神道か陰陽の人だったのか?」

 テレビドラマ位にしか見る機会が無いような札と共に、古屋のまた違う一面を見てしまった。

「いいえ、これは既製品です。私自身は特にこれといった力は持っていません。だからこそ道具に頼らざるを得ないのですが」

 既製品て、一体どんな購入ルートなのだろうか。

「入口側を占領されちゃったね……」

 困ったように会長が言う。先ほど頭上を通った金色のもやは、古屋が設置した札からこちらには侵入できないのか、動かずその場に留まっているが、そこは俺達が外に出るために通らなければいけない通路。

相手の動きを封じる代償に、こちらも退路を失ってしまう。それに加え、俺達の後ろにはあれが出てきた階段がある。実質はさみうち状態という事だ。

「あれをもう一度後ろに受け流すってのは出来そうか?」

「いまいち実態が掴めないから、何とも言えないけど……。結界張りながら近づいて、槻実が怯ませるから、その隙に一気に駆け上がる……のが一番安全かな。部室にさえ入れば、確実に安全だよ。あそこは特別丈夫に出来てるから」

 あの部室は関所的な意味も兼ねていたのか。

「しかし、張りながら進むと言っても精々二十メートル位が限度です。生憎と、大した数を持ち込んでいなかったので」

 古屋に元々そういう力が無いせいか、もしくは既製品だからか札は使い捨てで再利用はできないようだ。しかし、二十メートルでは部室までの距離の半分も埋められない。

「会長はそういう事出来ないのか?」

「槻実のモットーは攻撃は最大の防御だよ!」

 つまり、出来ないという事ですか。

「それならやっつけたりとか出来ないんですか?」

「出来ない事もないけど、建物の安全の保障が出来ないかな」

 それは勘弁してほしい、という事で先ほどの案で行く事が決定する。

俺や美代さんはこう言った事にはまったくの素人なので、余計な口出しはせず二人の指示に従って動く。

会長が目の前の靄を牽制し、その隙に古屋が結界を奥へと動かしていく。

ただ、それでも後ろの階段はちっとも遠くならないし、前の階段は近くにならない。

ただ床に、古屋が使った使用済みの札が数十枚と散らばるばかりだった。

「……っ。無くなった。結構距離が残ってしまったけど、ここから先は走るしかないわ」

 悔しげに表情をしかめる古屋。恐らく古屋が見積もっていた距離より大分短かったのだろう。

「仕方ないよ。後は、槻実の腕と皆の脚力次第。いい?いっせーのーせで行くからね」

 言葉も無く頷き合う。

靄をひるませる役の会長が先頭に、残りは会長の後について走り出す体勢をとっている。

「いくよ。いっせーのーっせ!」

 瞬時に走り出す。

出来事はほんの一瞬だった。

結界から飛び出た俺達に向かって靄が流れるように動く。

それに向かって会長が小さな玉のような物を投げつけ、淡い光が出る。それがどういった意味を持っているかはわからないが、少なくとも靄の動きが止まる。

今が好機と、更にスピードをあげようとする。

そして、ゴンッと中途半端に硬い物がぶつかり合ったような音が鳴り響いた。

「きゃっ!」

「美代さん!?」

 なんてこった。

美代さんが──、結界を通れなかった。

「サトー君!」

 会長が俺の事を呼ぶ。

何を言おうとしているのかは何となくわかる。

美代さんは結界の向こう側にいる限り大方安全だ。しかし、俺達はそうではない。無防備なのだ。

だから一度安全な所まで走りきって、それから早急に対策を練るのが最良。

でも、しょうがないだろう?体が、勝手に動いたんだからさ。

「悟さん、後ろ!」

 再び結界の中に戻るまで後三歩。

その瞬間、肩を掴まれる。

思わず振り返る。

そこには金色の、人の形をした何かが立っていた。

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