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第六感の彼女  作者: 朱月
17/22

第十六話:地下室の秘密

 夏休みというのは一ヶ月ちょっとという長い時間、辛く厳しい毎日の勉学から逃れられる学生として貴重なイベントではあるが、それを目前に控えた終業式という行事も一年に一回しか無い大切な日だとは思わないだろうか。思いませんか。

こんな俺が通っているといっても、一応名実共に県で一、二を争う有名校。恐らく半数以上の人が将来設計とまではいかずとも、尋ねられたらすぐに自分の志望校を言えるくらいは先を見ている事だろう。つまりは夏休みだからといって遊びにばかり感けている場合ではない人が多いという事だ。

「おはよ。悟」

 特に意味もない事に頭を使っていた俺の後ろから朝の挨拶が送られる。今朝のモヤモヤが再発しそうな心を押さえつけながらあくまで自然に挨拶を返す。

「よぉ。昨日は散々だったな」

 その言葉で昨日の事を思い出したのか、深いため息を吐きながら教室の奥へと視線を向ける。その先には美代さんの机があり、当然美代さんはそこに座っている。季節はずれの転校生という事もあるし、目立つ容姿をしているので三日目となった今でも彼女のまわりの人だかりは減りそうにない。

「そういえばトモはまだ来てないの?鞄持って来たから渡したいんだけど」

 そう言われて教室を見渡す。確かに古屋の姿は教室の中では見られなかった。いつもは朝練のある生徒より早く来ているというのに。

「もしや、今日学校休む気なんじゃないのか……?古屋に限ってそんな事はないと思うけど」

 栄誉ある生徒会副会長が終業式に欠席。普段の古屋の行いからさぼり等とは思われないだろうけど、逆に急病と思われて皆に心配されてしまうかもしれない。

「急病か……。姉貴のあの薬、副作用とか無ければいいんだけど」

 そう思うとこっちも心配になってくる。一応無事を確認しておこうと綾に連絡とってもらえないかと頼もうとした矢先、古屋が教室にやってくる。

 いつもより遅い登場に、クラスの視線が一瞬集まるが思い起こせば今日は終業式。その準備か何かだろうと集まった視線はすぐに散っていく。その変わりに古屋に向けた挨拶がいくつも教室内を飛び交った。

それに一つ一つ応えた後、人だかりを分けて美代さんの所まで行き、何かを伝えた後にこちらに振り返った。

「綾に江藤君も、ちょっと来て」

 緊迫した声を出す。自然と教室内にその緊迫感は伝わっていき、騒然としていた教室内が静まり返る。何の用かが容易に想像できるせいで、当事者である俺達は少しも緊迫しないとはおかしな話だ。




 古屋の慎重さは筋金入りだった。誰かに話を聞かれたらまずいと思ったのか、廊下の一番端にある空き教室の鍵をわざわざ職員室から借りてきて俺達を招き入れた。

「絶対に、口を割らないように」

 強い口調でそれだけを告げた。俺と綾は元から喋るつもりなんかさらさらないので問題は無いが、問題があるのは……。

「トモさんが、雄さんの事を好」

 一瞬にして美代さんの口を塞ぐ。

「貴女が一番心配です……」

 美代さんは誘導尋問にかけようと思ったらかける前に何の前触れもなく喋ってしまいそうな天性の危なっかしさがあるから案外秘密を握られると一番やっかいな人かもしれない。

「ああ、それと。こちらは忠告する事でもないかもしれませんが、一応言っておきます」

 普段、あまり感情を見受けられない古屋であったがその一瞬だけは確かに強い感情を垣間見た。

「部費アップなどと愚かしい考えはしないほうが身のためです」

 邪悪と殺意に染まった見事なまでの笑顔だった。




余談だがその日、筒井は欠席だった。




「う〜ん」

 部室にて会長が唸り声をあげていた。

既に終業式は終え、夏休みに突入したという開放感と、溜息しか出ない通知表とがうまく中和し、結局いつも通りの気分で体を満たしつつ部室で昼食を食べていた時の事だ。

「おかしいなぁ。こんなはずないんだけどなぁ」

 いつも考える前に行動する会長には珍しい悩み事のようだ。

「どうしたんですか?」

 一緒に昼食をとっていた美代さんが心配そうに声をかける。

「う〜ん。とりあえず皆が揃ってから話したいんだけど、メグは部活の方に行くって言ってたし。ねぇサトー君、トモリは今日来ないの?」

 上級生でしかも生徒会の副会長を呼び捨てにするあたり、会長の会長たる何かを垣間見る。

「古屋は生徒会の仕事を終わらせてから来るって聞いてる。後一時間位はかかるんじゃないか?」

 それを聞くと、会長の唸り声はさらにボリュームを上げ、乱暴に会長椅子に座ると美代さんにお茶を要求し始めた。

「あ、はい。ただいま」

 そんな会長に自分の昼食を放り出してまで甲斐甲斐しく給仕する。

いつのまにか会長に専用メイドとして洗脳されてしまっているのかもしれない。羨ましくなんてないんだから。

「悟さんもどうですか?」

 あれ……何か涙が……。




 それからというもの、会長は椅子に座ったまま床を蹴り続けていた。座ると床に足が届かないので、音自体は床とかする程度しかしなかったが、落ち着きの無さというのは伝染していくもので、美代さんみたいに天然じゃない限りは否応なしにそわそわして来てしまう。

「会長、本当に何があったんだ?」

「それはトモリが来てからだよ。今の状況を理解できるのは多分、槻実とトモリだけだもん」

 嫌な予感というものは往々にして的中率が高いものである。あの会長がここまで落ち着きを無くすというのはそれを感じるに十分な要素だった。

古屋よ、早く来てくれ。理解できなくとも状況が前に進んでいれば幾何かは落ち着けるはずだ。

「失礼します」

 その願いが通じたのか、思っていたよりも早く古屋が登場する。

「トモリ遅い!」

「貴方に呼び捨てにされたり、遅いと言われたりする筋合いはありませんが、気にしないでおきます。それで、何か用ですか?珍しく焦っているように見えますが」

 本棚から本を取り出し、手近な椅子に座りながら、読みかけだったのか途中のページから読み始める。

まったくの無関心を決め込むつもりだろうか。

「地下の封印が解けかかってる」

 バサ、と床に本が落ちる音が響く。もちろん、古屋が持っていた本だ。

 今日の会長が会長らしくないというならば、今の古屋もまさに古屋らしくなかった。

本は既に床に落ちているというのに未だに手は本を持つ形をしており、視線は会長に固定されていた。

「封印?何の事だ?」

 何やら無駄に姉貴の匂いに溢れる単語だが、俺には何の事かわからない。

「どういう事か説明しなさい、鳥居槻実」

 美代さんも部室に漂う妙な空気を感じたのか、どこか落ち着かなさそうな様子だ。

「説明って言っても、槻実もよくわかってないよ。前から違和感は感じていたんだけど、今日になってはっきりした。封印、解けかかってる」

「お、おい。何の話だよ。完全においてきぼりにされているんだが」

 会長と古屋の間にだけ成立する会話を繰り返されてもこちらは混乱するばかりだ。俺達にもわかる説明をしてもらおうと思ったが、二人は言うべきかどうか迷っているような顔をこちらに向けた。

「……うん。サトー君も美代さんもオカルト研の会員だもんね。メグがいないのは好都合だったかもしれない。メグを巻き込みたくない話だし」

 つまり、説明をされたら巻き込まれるという事か。そう思うと説明される事に抵抗が生まれるが、それをぐっと抑える。会長が言ったように俺も美代さんもオカルト研の一員なのだから。

「つまりね、この前槻実はオカルト研としてする事は先代オカルト研がすべてやっちゃったから無いって言ったけど、それが有ったって事かな。有ったというより、後始末みたいな感じなんだけどね」

「祓奈さんがオカルト研究会として活動する以前は、この学校には七不思議どころか百不思議くらいの奇怪な出来事があった。祓奈さんはその原因がこの学校の地下にある事を突きとめて、その原因を封印した。それが今解けかかっている、という事です」

 会長の説明に古屋が補足する。

「そ、それじゃあ、姉貴に連絡したほうがいいんじゃないのか?姉貴じゃなくても陵先生や、光坂先生でもいい」

 元オカルト研が二名も職員としてこの学校にいるのだ。何も俺達の仕事、というわけじゃないだろう。

「それが一番早くて安心なんだけど……。槻実はやりたいよ。だって、せっかくオカルト研を再興できたのにする事が無いなんてつまんないよ!」

 つまらないって……。そんな事を言っている場合でも無いと思うのだが、古屋も何か言ってやってくれよ。

「再び祓奈さん達の手を煩わすのは少々心苦しいものがあります。出来る事ならば私達でどうにかしたい所です」

 こんな時に限って古屋は会長の味方をするのか。

「わぁ、楽しそうですね!」

 美代さんはやっぱりずれているし。

「それで、サトー君。槻実達かよわい女の子はやるって言ってるけど、その上でサトー君は降りられるのかな?」

 相変わらずどこか卑怯だ。そんな事を言われれば断ったりしたら男として許される事じゃないだろう。

「わかりましたよ。ただ、メグには黙っておくって事でいいんだよな」

 流石にメグにまでこんな危なっかしい事に巻き込むわけにはいかない。その事については会長もわかってるだろう。

「うん。夏休みの活動表も槻実達の分と、メグの分。二つ作っておくよ」

 一人だけのけ者にするようで悪いような気もするが、これもメグのためと抑え込む。

「とりあえず、これから簡単に活動内容を説明するね」

 ホワイトボードを隅から持って来て、そこに文字を書いていく。

「とにかく今日は一度、知らない人もいるようなので地下の見学を兼ねて調査にいくよ。結構入り組んでるから初めての人は方向感覚を保てる位に中に慣れること。奥まで行かない限り危険は無いと思うけど、いずれ行くことになるだろうからそのつもりでお願い」

 そう言いながらホワイトボードに『おさない』『かけない』『しゃべらない』と次々に書いていく。しかしそれは避難訓練である。

「とにかくだよ。絶対に槻実かトモリから離れなちゃ駄目だよ。でもサトー君は先代会長に鍛えられてるから大丈夫だし、美代さんはそんなサトー君に盾になってもらえばいいかな」

「悟さん、よろしくお願いします」

 何だか納得がいかないが、言われずともいざという時には盾にでもなんでもなるさ。他に男がいないんじゃ仕方がない。

「じゃあさっそく地下に降りるよ。道具は揃ってるから、後は心の準備だけ済ましておいてね」

 深呼吸を一回、二回。これから何が起こってもいいように、今まで姉貴にされてきた事を一つ一つ思い出して、体を慣らしておく。

「そういえば、地下って言ってもどこから行くんだ?」

 会長から聞く限り屋上以上に立ち入り禁止になりそうな場所らしいので、案内図に記載されないのは当然として、地下なんてもの今まで噂にも聞いた事がない。

「地下へ行くにはコレを使うんだよ」

 会長が取り出したるは久々に登場したドアの動きを縦横無尽に変更できる謎のリモコン。俺が無事入会を果たしてしまったので、その役目を終えたものだと思っていたがそうではなかったようだ。

「一応皆にも教えておくね。簡単だからすぐ覚えられると思うから、ちゃんと聞いててね。それじゃ言うよ。上上下下右左右左BA、だよ。覚えた?」

 一瞬で覚えました。

「ちなみに、それ決めたの誰?」

「先代会長だよ?」

 そうか、姉貴世代だもんなぁ……。

「じゃあ開けるから見ててね」

 慣れた手つきでリモコンを操作する。そして最後のAボタンを押した瞬間……。

「何も起こらないじゃないか」

「サトー君、あせりすぎだよ。このコマンドは開けるための前準備みたいなものだよ」

 一番奥の本棚の前に立ち、それを横にスライドさせる。

本が何冊も収納されており、数十キロの重さを誇るそれが簡単に横へと動いて行く。その裏に、木造の扉が隠されていた。

「お、おぉ〜」

 男子というものは、隠し扉の類には心ときめかせるものだと思う。俺すらときめいてしまうくらいなのだから。

「サトー君。わくわくするのは悪い事じゃないんだけど、今から行くとこはわくわくしながら行くような所じゃないから気を引き締めてよね」

「う、わかった」

 先頭をきる会長に釘をさされながらその後についていく。道は細く、俺の後ろに美代さんが、最後尾には古屋と一列に並んで目の前に広がる暗闇の中を進んでいった。

明りは各自が持つ懐中電灯のみ。軋む階段を一歩一歩降りて行った。

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