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第六感の彼女  作者: 朱月
16/22

第十五話:夏の思い出

 その日の目覚めは良いものとは言えなかった。とはいえ、悪いかと聞かれればそうとも言えず、適当な言葉を選ぶのならば複雑な感じとでも言ったところだろうか。

昨日の美代さんキス魔事件の後、俺は腰を抜かし、綾は動揺しながら雄を引っ張って自宅に戻り、姉貴は美代さんといつまでも戯れていた。そのせいで残った後片付けを立てるようになった後俺が一人でやることとなり、肉体的にも精神的にも疲れ果てた俺は足早に寝る準備を進めベッドに潜り込んだのだった。

今日は一学期の終業式。時計の短針がてっぺんを指す前に長い夏の休みへと突入する事となる。だるいな、さぼりたいなと思っても一応成績表を持ち帰り姉貴に見せなければならない。溜息しか出ない成績表なんかを見て姉貴は面白いのだろうか。面白いのだろう。そういう人だ。

「にしても……」

 カーテンから差し込む日差しを浴びながら思い出す。

「原因は美代さんの昨日のあれだろうけど、また懐かしい夢を見たな」

 あれは確か、中二の夏休みが終えた頃の事だったか。




「よぉーっ、江藤!」

 夏休みが終え九月になったといっても暑いと感じる日が続いてるというのに、クラスメイトの一人が後ろから俺の肩に腕を回してくる。暑苦しいったらありはしない。

「なんだよ……」

 加速していく不機嫌さを隠そうともしていない声で応える。だからといって腕を肩から離さないコイツとは、知りあい以上雄未満といった感じの間柄で、簡単に言えば普通の友達である。

「聞いてくれよ!俺にもついに春が来たんだよ!一年の子なんだけど、夏休み最後の部活の帰りに声かけられてさー。彼女持ちで新学期迎えられるなんていいスタートだとは思わないか!思うよな!」

「はぁ」

 否応なしに溜息が漏れる。嬉しいのはわからないでもないが、クラス中の男子に言いまわる事でもないだろう。しかしほんの少しだが、それだけの事をして呆れの溜息一つで済まされるコイツのキャラクターが羨ましくもあったりする。

人の好みにケチつける気はさらさらないが、どうせ好きになるならもっとマシな奴にしておけと時間が戻せるなら告白に踏み切る前にその子に忠告したい。

「というより、何だ俺にもって。他に誰か夏休み中に彼女ができた奴がいるのか?」

 入学したてで勝手がわからない一年でも、受験で忙しくなる三年でもない中だるみの二年という時期はそういう色気づいた話題で盛り上がる事が多い。特に夏休みを終えたこの時期は。一夏のアバンチュールとか言うやつか。違うか。

「はぁ?何言ってんだよ。お前の事に決まってんだろうが。この学校で一番有名なカップルじゃんか」

 何言ってんだよはこっちの台詞だ。一体何回否定すればコイツは……コイツだけじゃない、この学校の人間はわかるっていうんだ。

「お前も狩谷さんも、夏の地方紙を飾った地元のヒーローだろ。それに雄も雄で成績は学年一位、年間告られ数も学年一位。三人とも既に色んな学校から声がかかってるって話じゃねぇか。まったく、お前ら一体どうなってんだよ」

「九十九パーセントの努力と一パーセントの才能でできておりますが」

「そうは言うけど、九十九パーセントの努力を保つのにも才能がいるだろう。努力する才能が」

 そんなもん才能以前の問題だ。まぁ、本気で何かを好きになる事ができるって事は割と運が作用する所があるかもしれないが。

「とりあえずもう一回言っておくが、俺と綾は恋人とかそんな生ぬるいもんじゃない」

 これ以上無駄な話に付き合ってられるかと、荷物を持って部室へと足を向ける。

そして、教室を出る前にもう一度釘をさしておく。

「俺達は、家族だからな」




 部活が終わった頃には既に日は沈んでいた。日が短くなってきたとはいえ、もう既に早いところでは晩飯が始まっていてもおかしくない時間だろう。この学校のサッカー部は一年前まで弱小とも、強豪とも言えないいわゆる普通の部活だったが、夏に行われた大会で地方紙の一面を飾る程度の成績を上げた事に味をしめたのか、二時間ほど校則で定められた時間より長く活動する事ができるようになっているからである。

俺が入ったから、なんて傲慢な事は言わないが囃し立てる事が特技のような一般大衆は俺をそういう位置に祭り上げる。税金みたいな物だと諦めてはいるが、迷惑ではないというと嘘になる。

「ま、しょうがないか」

 そうぽつりと嘆きながら校門から出ると、聞きなれた声に呼び止められた。

「綾?」

「ようやく終わったわね。まったく、サッカー部だけ特別扱いなんてずるくない?」

 競技は違うが、俺と同じく地方紙にその存在を飾られた綾であったが、その成績は俺とは違い部全体のものではなくあくまでも綾個人のものであるため、陸上部には活動時間のオマケがつく事はなかった。

「む……。制服じゃないって事は一度家に帰ってからまた来たのか?」

 綾が着ていたのは夏休み中何度か目にした私服であった。それに加え、傍らには自転車も置いてある。

「ああうん。兄貴に晩御飯与えなくちゃならないからね」

 綾と雄が二人暮しを始めたのは中学に入ってから。

三年ほど前、二人の母親が病気で亡くなり、父親も仕事で海外から帰れず等の事情で暫くは俺の家で暮らしていた二人であったが、中学に上がるのを機に自宅での二人暮しが始まった。

それからというもの、綾は家事全般を引き受けながら部活であの成績をあげてしまうあたりすごい奴だ。

「というより、わざわざ自転車で学校まで戻ってきて何か用なのか?どうせ帰る所はほとんど一緒なんだから家で待ってればいいのに」

「あ、うん。歩きながらでいい?」

 断る理由も無いのでそれに従って歩きはじめる。




自宅まで徒歩で三十分程度。ほとんど一本道の平地なので、自転車ならば半分以下の時間で済む帰路を進んでいく。

歩きながら、なんて言った綾だったが、一向に口を開く気配がなく、時間ばかりが過ぎていった。その綾らしかぬ様子に、一株の不安を抱かずにはいられなかった。社会人一年生な姉貴がまた良からぬ事をしでかす暇があるとは思えないが、その油断をついてくるという事も十分考えられる。

「あ、ちょっと公園に寄っていかない?」

 ようやく口を開いた綾だったが、それも綾らしくないものだったので不安は一層深まるばかりだ。

「構わないけど、何でまた」

「いいからいいから」

 自転車を入口付近に止め、小走りで向かった先は小さなブランコだった。その片方に座り、隣に座れと目線で指示する。

まぁ……ベタな所としてペンキが塗りたてとかそんな感じか。ノーマル過ぎる気もするが、一応確認のため指でなぞって確認する。

「別に、ハナさんがらみじゃないわよ」

 見事に見抜かれて仕方なくブランコに座る。

小さすぎてまともに漕ぐこともままならない。そして、このブランコがちょうどいいくらいの年頃には既にボールを追いかけていた俺にとって家から一番近い公園のブランコだというのに座った回数は指で数えられる程度だろう。

そしてその頃から一緒だった……綾も俺と似たような感じだろう。

「それで、話って何なんだ?」

 座ってから暫くたってもなかな肝心な話を振ってこない綾に、俺の方から問いかける。

「えっと、それなんだけど……」

 まったく明日は雨か雪か槍か?こんなに歯切れの悪い綾は写真に撮っておきたいくらい珍しい。

「私のクラスでさ、やれ誰が誰を好きだとか、やれ誰と誰がくっついたとかそういう話題があふれかえっててさ」

 どこのクラスでも似たようなものなのか。

「そんな中さ、本当何回も否定してたのにまだあたしと悟が付き合ってるって思ってる人がいてさ。改めて違うって言ったら絶対付き合ったほうがいいとか言ってくるんだよね」

「それはまた……」

 付き合った方がいいって……もし、本当に俺と綾が付き合ってたとしても今と大して変わらないだろうに。

「それで、提案なんだけどさ……」

 一度わずかに大きく息を吸い込みながら俺の方を向いて、そう言った。

「試しに、付き合ってみない?」

「ぶっ」

 思わず吹き出してしまう。

「へ、変かな?」

「変じゃないけどさ、別にどっちでも変わらないだろ。買い物だって一緒に行くし、夏休みだって何回も一緒に遊び行ったりしただろ」

 周りから見ればそれこそ付き合ってる証拠になるんだろうが、俺達は家族なんだからそれが普通だ。

「いいから、ちょっと試してみよ?手始めに、手を繋いでみるとか」

 ブランコを繋いでいる鎖を掴んでいた左手をこちらに伸ばしてくる。こちらは右手を離して伸ばされた左手の上へ重ね、握り合う。

「別に、なんとも」

 手の暖かさは感じるが、それ以上の事は特に……といった感じだ。そもそも手なんか飽きるほど繋いでいるんだから、試す以前の事だ。

「そ、それじゃあ、キ、キスしてみるとか」

「キスねぇ……」

 確かにそりゃいかにも恋人って感じだし、今までした事もない。ただ、いざするとなっても恐らく普通の恋人達がなるような気持ちは沸いてこない。

例えるなら母親と子供がキスするような、そんな感覚に近い。

「ね、悟のほうからして?男の子でしょ」

 まったく似合わない乙女チックな言葉が聞こえてくる。仕方なしとブランコから腰をあげ、綾の正面に立つと腰をかがめて視線の高さを同じにし──、


 ──そっと、口づけをした。


先に顔を引いたのはどっちだっただろうか。少しずつ目の前の顔が遠ざかっていく。そしてお互いどんどん顔がゆるんでいく。

「に、似合わないわ……」

「確かに……」

 そしてゆるんでいく顔が段々歪むと表現したほうが近いほどになり、すぐに決壊した。

「く、くくく。似合わなすぎて笑えてくるんだけど……」

「試してよかったかもな。いい結論が出たじゃないか」

 確かめる事でも無かったが、これではっきりした。

俺達は恋人なんていう段階は一度も足を踏み入れるまでもなく飛び越えているなんてわかりきっている事だった。

何せ、俺達は家族なんだ。家族より大切な恋人なんてそうそうないだろうに。

「もー、あまりに笑えすぎて試そうなんて言い出した事が恥ずかしいったらないわ。だから先に帰るね。また明日!」

 笑い顔のまま自転車に飛び乗ってさっさと公園から離れていく。

「まったく綾も変な事言いだすなぁ」

 そして俺も、遅れて公園から離れていく。




ふと思う。

たった数分程度の恋人ごっこ。

だけどその数分間、二人は確かに恋人だったのではないかと。

恋人というものは何なのかと、その時知ったのではないかと。




「どんだけこっぱずかしい青春してんだ俺は……」

 あらかた回想し終えた俺は、あまりにも中学生日記的な思い出に布団の中で悶絶していた。

当時の俺は、というより一昨日までの俺はどうとも思わなかっただろうが、今は違う。なぜなら昨日の事件で俺は家族としてじゃなく、一人の異性という認識の人からのキスを知ってしまったからだ。一人の異性、というのを綾にあてはめてあの時の事を思い出すと……。

「うああああ、今日から綾にどんな顔していいかわかんねぇ」

 そもそも昔と今じゃ俺自身が変わってしまっている。昔はボールさえ蹴ってればそれで良かったと言えるくらいに熱中していた物があった。そして今は無い。つまりこのモヤモヤとした気持ちを晴らす手段が無い。不快とまではいかないが、普段通りにというわけにはいかないだろう。

ああ……、本格的に終業式さぼりたくなってきた。




とりあえず結論から言うと、そのモヤモヤを一時的とはいえ晴らしたのは姉貴の存在だった。俺の通知表は姉貴の養分になるわけだから、その養分が得られなかった場合養分の代わりに蓄えられた鬱憤が俺に向かってくるのだろう。そう考えるとさぼる気など失せてしまった。

着替えてリビングに向かうと、すでに美代さんは起きてテーブルについており、昨夜の残り物で朝食をとっていた。

「お、おはよう」

 昨日の事で完全に美代さんの事を意識してしまっており、ぎこちない挨拶が俺の口から飛び出る。

「おはようございます。悟さん」

 対して美代さんは昨日までと一切変わらない挨拶を返してくる。あれだけの事をしておいてケロっとしているあたり、美代さんの天然っぷりは最早凶器なんじゃないかと思えてくる。

「明日から夏休みですね。せっかく学校に行けると思ったのに休みだなんて、少し残念です」

 美代さんはたった三日だが、三ヶ月間の一学期を過ごした俺にとっては貴重な休みである。

「ま、学校は九月になればまた始まるし、休める時に休むのは常識ってもんだ。補修と宿題さえ終われば遊び放題だ。海にでも遊びに行きたいな」

 行きたいな、と希望の形で言ってはいるが百パーセントに近い確率で行く事になるだろう。

それにしても海か……水着か……いいなぁ。

そこまで連想して、折角落ち着いてきたモヤモヤが復活して自己嫌悪に陥る俺がいた。

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