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第六感の彼女  作者: 朱月
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第十四話:秘められた想い

「あ、綾……」

 姿は視界が美代さんの……アレに包まれているので見えないが声だけで誰だかは理解した。理解したからこそ俺の体からは冷たい汗が流れ出していた。

「休憩するって部屋に行ったきり戻ってこないから美代さんを呼びに行かせたというのに、全然戻ってこなくてしょうがなくあたしが様子を見に来てみたら……。全く、幸せそうな顔しちゃって」

 嘘だ。この体勢だと俺の顔は見えないはずだ。だが、ほぼ百パーセント俺は幸せそうな顔をしている事だろう。何せ俺は男の桃源郷の中に身を任せているのだから。そして迫りくる悪鬼修羅が住む混沌の世界。

「待て、待て待て。落ち着いて話し合おう。話せばわかる、話せばわかる」

「その格好のまま言われても分かり合える気が少しもしないんだけど」

 まさしくその通りである。名残惜しくも美代さんから離れ、ベッドの上に正座する。

「またして欲しくなったら言ってくださいね」

 いやもう、悪いけど美代さんは少し黙っていてください。

「見たところ美代さんが悟を抱きしめていたように見えるけど。年頃の男女が、ベッドの上で」

 笑っていない笑顔で俺を尋問してくる。その笑顔はまるで針の筵のようで俺の全身にこれでもかというくらい穴を開けていく。

「何というか、その、美代さんに癒しパワーを分け与えてもらっていたわけです」

 咄嗟に訳のわからない事を口走ってしまったが、あながち嘘ではない。つまらない事を一気に流してくれた気がする。

そして気がついてくれるかどうか微妙な所だが、美代さんに話を合わせてくれと目で合図を送る。その合図に気づいたのか綾の質問の対象が美代さんに移る。

「そうなの?美代さん」

「はい!悟さんを癒していました」

 奇跡である。これでもかと言うくらいの自然体で俺の言葉に肯定してくれる美代さん。ただ、あまりの自然さに合図に気づかずにそう答えた気がしてくる。恐らく、気づいていない。

「ふぅん」

 伏し目がちに俺を見下ろす。その目は嘘は言ってないが、何か隠している事があると思っているような目であった。女というのはどうしてこうも変な所で鋭いのか。

「あ、折角ですから綾さんも悟さんを癒してみませんか?」

 美代さんの爆弾発言そのいち。

あまりの破壊力に伏していた綾の目が丸く開かれてしまっている。俺に至っては口も開いている。

「くす。そうね、それもいいかも」

 何だその、くす、とかいう笑い。にあわねー。というよりいいかもじゃねー。口を開けたままそんな事を思う俺の横に綾が腰かける。そして、先ほどまで美代さんがそうしていたように両の腕を俺の頭と胴に回し、自らの胸元に俺を誘った。

呆然としていた俺はそれを甘んじて受けてしまい、そして一秒後の自分を死ぬほど呪うのであった。




「……硬い」




 首と胴にかかった致命的な圧力。そして顔面に綺麗な回し蹴り。覚悟していたものより傷は軽いといっても痛いものは痛い。蹴り倒されたままの恰好でベッドに倒れている俺を美代さんが心配そうに声をかけてくれた。

「だ、大丈夫ですか?」

 うん、多分ね。結構慣れっ子だし、ボク。

慣れさせてくれた張本人は既にこの部屋にはいない。さっさと下に戻ってこいだけ告げて退室していった。戻ってこいと言われてもこのままベッドとお友達になりたい気分なんですが俺。

「だがここは素直に従っておくべき、か」

 痛む体を起こして立ち上がる。美代さんもそれにならって立ち上がり、体の調子を確認する俺を見ていた。

「あ、そうだ」

 さて戻るか、と部屋の外に出ようとした所で美代さんに言っておかねばならない事を思い出す。振り返って美代さんが正面にいる事を確認する。

「さっき言った事は皆には内緒にしておいてくれ。あんなもん次の夢を見つけられない俺が勝手に見た被害妄想に過ぎないからな。聞かせといてあれだけど、正直聞いててつまらなかっただろ?」

 思い出すだけで悶えてしまいそうな恥ずかしさが込み上げてくる。男らしくない事この上ない。

「いえ、話してもらえて何だか少し、嬉しかったです」

 彼女独特の柔らかい笑みを見ると、話して良かったとも思えてくるから不思議だった。




階段を降りてリビングに向かう際、少し違和感を感じた。

どうにも静かである。少し前の記憶が掘り起こせないほど俺はぼけちゃいない。あの戦争じみた騒がしさまるで終戦直後の焼け野原みたいに静まり返ってしまっている。もしかしてもう解散してしまったのだろうか。時間的にもそろそろ遅いし、あり得ない事でも無かった。そう思うと少し惜しい気もする。

解散したならしたで片付けだけでも手伝おうとリビングに繋がっている扉を開けようとしたその瞬間、横から引っ張られる。

「っとと。メグ?どうした、こんな所で」

 階段の影にメグが座り込んでいた。その顔は僅かに赤い。

「いえ、ちょっと見ていられなくて……」

 それだけ言って何かを思い出したのか顔を更に赤くしてうつむいてしまう。なんとなく軽く錯乱状態にあるようでもあった。

「何かあったのか?」

 リビングが静かなのは何か理由があるようだ。

「えっと、私の口からはとても言えませんっ。知りたかったら静かに……キッチン側から入ってください……」

 まったくもって要領がつかめない。まぁキッチン側から入ればわかるという事なので大人しくそれに従う。

「って、皆してキッチンに隠れながら何っ」

 全部言いきる前に姉貴の手によって口を塞がれる。後ろを見れば美代さんの口も会長によって塞がれていた。

それほど広くないキッチンで、姉貴、会長、綾、筒井の四人がどこか興奮した様子でリビングを覗いていた。先ほど俺を蹴り飛ばした綾でさえ、一瞬俺に向けておぞましい殺気を向けただけで再び覗きを再開する。皆して何を見ているのかと、俺と美代さんも他の四人に習いリビングを覗きこむ。流石に六人も集まると狭苦しいがそれでも何とか顔を出す。そこにあったものとは……。

「……っ!」

 驚きの声を上げてしまいそうだった所を予測していたかのごとく姉貴によって口を塞がれる。俺が落ち着いたのを確認した姉貴はそっと手を離す。姉貴の手から解放された俺は信じられない目の前の光景に目を凝らすと同時に耳も澄まし始めた。




「ねぇ〜、何で何もいってくれないのよぉ。狩谷君、狩谷君ってばぁ。お願いだから答えてよぉ。私はこ〜んなに貴方の事を想っているっていうのにぃ」

 あり得ない古屋がいた。

床に倒れた雄の上に四つん這いになり、上気した顔で艶めかしい声を上げている。

「な、なななな何だあれは。一体何があったんだ……?」

 震える声で姉貴に問う。ニヤリと不敵な笑みを浮かべた姉貴は懐から怪しげなビンを取り出し左右に軽く振る。

「一人だけ素面を通すなんて、不公平かと思ってちょっと一服盛らせてもらったの」

 ちなみに断っておくが、この場にアルコールは一切持ち込んでいないので全員素面です。

なので不公平なんて事は一切なく、その毒牙にかかった古屋に同情する。

「一体そのビンの中身は何なんだよ……。古屋の変わりようからしてマトモな物とは思えないんだが……。推測するに惚れ薬とかそんなのか?」

 姉貴の私物でマトモな物はほとんど無いのだが。

「そんな思春期の少年少女に使ったら危ないものは持ち出さないわよ」

 持ってるのかよ。

「これはただの『どんだけ強いアナタも一発泥酔状態エキス(ノンアルコール)』よ」

 ただの……か?

「これを飲み物に一滴垂らして飲ませれば奥に隠れた欲望もダダ漏れという優れ物よ」

 げに恐ろしきかな我が姉よ。一体その成分は何で出来ていらっしゃるのか。

「……待てよ?それじゃ古屋は元から雄の事を」

「好きだったみたいね」

 まさに青天の霹靂である。あの外はカリカリ中はモフモフのメロンパンみたいな生徒会副会長が雄に恋心等というものを抱いていたとは。

「綾は……知ってたのか?」

 先ほどの事もあって話しかけるのをためらわれたが、あんな古屋を見てしまってはそんな心配はどこかに飛んでいってしまった。

「うん。知ってた。相談受けた事もあるし、そもそも仲良くなった切っ掛けでもあるから」

 まさに寝耳に水だ。まさか綾と古屋の馴れ初めにそんな事情があったなんて。

「その事を雄は?」

「知らない……と思う。あたしは話してないし、トモも告白してないし、普段の様子からは感づかれるなんて事もないと思う」

 確かに。鉄壁を思わせる普段の古屋からは、誰かに恋してるなんて様子は微塵たりとも感じられない。それだけに今目の前にいる古屋は衝撃的である。

「雄もびびってるだろうな……。いきなり押し倒されてあんな告白されちゃあ……」

「いや、雄は気づいてないぞ。押し倒された時に椅子から落ちて気を失ったからな」

 古屋にとってそれは幸か不幸か……俺にはわからない。そしてちゃっかりカメラを回している辺り抜け目の無い奴だ。

「ま、部費アップくらいは安い物だろ」

 テープもろとも筒井が社会的に消滅してしまいそうな気もいたしますが。



「まったくぅ。災難、災難でしかないわ。この私が一目惚れなんてしてしまうなんて。責任とってよぉ、とれないならちゃんと答えてよぉ」

 気を失っている相手にあれだけ言ってしまうとは……なんだか古屋がかわいそうになってきた。会長はキッチンの隅で笑い死にしかけているし。

「わかった。何も言ってくれないなら……」

 古屋が前髪を横に分けて雄の顔の真上に自らの顔が来るような体勢を取る。

「キス、しちゃうんだから。嫌なら拒んで。拒まないのなら、責任とってくれるって事でいいわよね」

 再び走る緊張。笑い転げていた会長も息を潜め再び覗きに徹する。

古屋の顔が段々と降りていく。それは同時に雄の顔との距離が縮んでいくという事だ。

する方も、見る方もどくんどくんと心臓が早鐘を鳴らしている。この場で一番落ち着いているのが当事者でありながら気を失っている雄だという事が何だかおかしい。

十センチ、八センチ、五センチ……。段々と近づいて行く顔と顔。唇と唇。

三センチ、二センチ、一センチ、そこまで近づいた瞬間古屋の動きがぴたりと止まる。

「あ、薬の効果切れた」

 間の抜けた姉貴の声。唖然とする野次馬一団。そして先ほどと比べ物にならないくらい赤くなる古屋。

「でさ、姉貴。これ薬の効果中の記憶って……」

「ばっちり丸暗記。これなら暫く夢にも見るわね」

 古屋、ご愁傷様……。

「あ…、え?私、なに、を?」

 ふらふらと立ちあがりながら今まで自分がしていた事を思い出すかのように頭を抱えながら壁にもたれかかる。そしてすべてが現実だということを自覚し、更にキッチンにいる俺達に気づいてそれを一部始終見られていた事を知ると。

「ふ、ふぎゃあああああーーーーっ!」

 訳のわからない奇声を発しながら一目散に我が家から出て行ってしまった。

「少し、やりすぎちゃったかしら」

 バツが悪そうに言う姉貴の顔には、達成感の色が包み隠さず現われていた。




 結局古屋が帰った事でキリがついてしまったのか、騒がしかった祭は終わりを迎えて会長達三人も自宅へと帰って行った。筒井に女の子二人の送りをさせるのは何かと気が引けたが、片付けが残っているのでここはヤツを信用してやる事にした。ちなみに雄は未だに気を失っているのでソファの上に寝かせてある。

「あ、トモ鞄忘れていってる。明日持って言ってあげるか。終業式だし、別に大丈夫よね。……まてよ」

 古屋が忘れていった鞄を持ち上げながら何やら不敵な笑いを浮かべる綾からは自然に視線をそらして片付けを進める。

「あ、そういえば」

 その途中、美代さんが何かを思い出したように姉貴に問いかけた。

「トモさん、キスするって言ってましたけどキスって何ですか?」

「自分の唇と誰かの唇を重ねることよ。まぁ、好きな人相手にやる儀式みたいなものね」

 姉貴にしてはマトモな回答である。美代さんも納得したようにうんうんと頷いている。

「じゃあ私、悟さんの事好きですし、してもいいんですね」

 美代さんの爆弾発言そのに。そして爆弾行動そのいち。

え? と振り向いた先には既に美代さんの顔があり、背伸びしながら近づいてくる美代さんの顔を、唇を避ける事が出来ずに……。

「んっ」

 胸に抱かれていた時とはまた違う、柔らかい感触がした。呆然とし、美代さんが離れるまで一歩も動けなかった。

「あ、もちろん綾さんも好きですよ」

「え!?」

 爆弾発言そのさん、そして爆弾行動そのに。俺にしたのと同じように綾にもその唇を重ねる。完全に不意を突かれたのか綾もそれを避けることなく受け入れてしまう。

「当然私にもよね」

「もちろんです!」

 これは特に爆弾ではなかったようだ。

それにしても美代さん……キスってのはね、ライクな人とするもんでは無いと俺は思うんですよ……。姉貴、その辺りもう少し詳しく教えてあげてください。




それが、俺のセカンドキスを美代さんに奪われた瞬間だった。

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