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第六感の彼女  作者: 朱月
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第十話:変化

名前は研究会だが、晴れて正式にこの学校の同好会と認められたオカルト研の第一回活動になると思われた今日は、研究会の頂点に君臨する会長が用事ありという事でお流れとなった。

なので閉じまりをするという会長を残して俺と美代さんの二人で校門を出た先の坂道を並んで降りていた。

空を仰げばいつの間にか雲がかかり始めていて、天気予報で降水確率二十パーセントと言われそうな空模様となっていた。

そして空模様と同じくして、俺と美代さんの間にも少なからず暗雲が立ち込めていた。

いつもは話している時間が黙っている時間を上回っているんじゃないかと思うくらいの美代さんが今日に限って一言も話さない。

そして俺も、美代さんに話しかけられる心境ではなかった。

きっとメグとの一件が俺に何か変化を与えたのだろう。

思えば初めてだったのかもしれない。

女の子は女の子だという事を、性別の違いというものを目の当たりにした事は。

近くにいた異性というのが姉貴のようなあまりに特殊な人だったり、綾のような家族同然の人だったりしたせいか、もしくは俺が今までそういう事を気にする余裕が無かったのか。

どっちにしろ俺が異性というものに余りにも不慣れすぎていたせいで、メグに何と答えたらいいか、これからメグとどう顔を合わせたらいいのかが全く分からない。

そしてその煽りで、隣にいる……今まで普通に接してきたはずの彼女にどう言葉をかけたらいいのかがわからなくなっていた。

つまるところどうしようもない位に彼女を意識してしまっていた。

改めて思えば、彼女は俺の知っている誰よりも女の子ではないのか。

癖がなく腰までまっすぐに伸びる黒髪。

それと対をなすような乳白色の艶やかな肌。

そして、彼女が動くたびに存在を主張する母性の象徴……。

いかん、いかん……。

思考が雄や筒井みたいになってしまっている。

「悟さん、大丈夫ですか?」

「ふぇっ!?」

突然心配そうな声が隣からかけられ、妙な叫びをあげてしまう。

「あの、上向いたり、下向いたり、首回したり……してましたけど」

そんなに挙動不審でしたか俺!

しかも首から上だけ。

「いや、全然大丈夫、大丈夫……」

流石に美代さんを見て戸惑っていましたとは言えずに曖昧な返事で濁す。

「やっぱり……部活を辞めるのは辛かったんですか?」

「ん……?」

そうか、さっきからずっと美代さんが何も言わずに黙って歩いていたのは俺の事を気にしてくれていたのか。

保健室であんな話を聞かしてしまったんだ。

そんな風に思わせてしまうのも無理のない事だった。

「辛くない……って言えば嘘になるかも、というよりなるな。この学校でサッカーするのは俺にとって一つの夢みたいなものだったし」

今日俺は、一つの夢を諦めた。

そんな風に言うと大げさに聞こえるかもしれないけど俺にとってはまさにその通りだった。

「でもこの夢は一番大きな夢の通過点にある夢に過ぎないんだ。もちろん、通過点なんだから通ったほうがいいに決まってるんだけど……」

高校三年間で味わうはずだった勝利の余韻、敗北の苦汁。

きっとそれは大きな財産になった。

俺がこの先歩いて行く上で大切な。

「でも一番大きな夢は諦めたくない。回り道をする事になったけど、諦めなければいつかきっと辿りつけると思うからさ」

出来ない事にしがみついていてもしょうがないんだ。

そんな事をする暇があるのなら今何ができるのかという事を探したほうが何倍もマシだ。

「私、保健室で悟さんの話を聞いた時思いました。生きる事って、楽しい事ばかりじゃないんだって……」

不意に美代さんの口から暗い言葉が出る。

「私、生きる事ってどういう事か最初はわかりませんでした。でも、悟さんがいてお姉さんがいて、綾さんや雄さんがいて……。学校には人が一杯いて、とても楽しい事ばかりでした。だから生きる事って楽しい事だと思ってたんです。でも、そればっかりじゃないんですね」

物事にはすべて表と裏がある。

日のあたる表だけを見続ける事なんてできない。

裏があってこその表であり、表があるならばすぐそこに裏もある。

「そうだな。でも、辛い事や悲しい事を知ってるからこそ楽しい事を楽しいと感じられるんだと思う。美代さんが今を楽しいと思えるのはきっと……」

そこまで言ったところではっとなり、言葉を切る。

美代さんは生きる上で一番辛く、悲しい事を、生きるという事そのものの裏を記憶に残っていなくても……知っているんだろう。

だからきっと誰よりも今を楽しいと思えるのではないのだろうか。

「悟さん。これから、楽しくなりますよね?」

本格的に始まるオカルト研で何をするのかは全く予想がつかないけど、きっと悪い事にはならないだろう。

新しい生活がどう転ぶかわからない。

でもきっと……。

「楽しくなるさ。いや、楽しくするんだ」

誰よりも眩しい彼女の笑顔が、どうか絶えませんように。

一番星が顔を出すには、まだ時間がかかりそうだった。

そして置手紙にあった『悟さんが帰宅する頃には戻ると思います』の本当の意味を知って長い溜息をついたのは、それから暫く経った後だった。






振動音が部屋の中に響く。

夕飯の用意を終え、自室で姉貴の帰りを待っていた俺のポケットの中から聞こえてくる。

寝そべりながら携帯を取り出し、親指ではじいて画面を確認する。

『新着メール:一通』

ボタンを押しメール内容を呼び出す。

「雄から?」

差出人の欄には隣の住人の名前が記されていた。

何だろう。雄がメールを寄越してくるなんて珍しい。

内容を確認するべく画面を下にスクロールしていく。

そこには『話があるからベランダに出てきてくれ』とだけ記されていた。

起き上がって後ろを見る。

今は雨戸に遮られ外の様子は見えないが、その先に我が家のベランダがある。

雨戸を開け、日が落ちて暗くなったベランダに俺の部屋の明りが流れる。

その明りに照らされるような形で、反対側のベランダに雄が立っていた。

子供でも楽に渡れるほどに近いお互いの家のベランダは、家と家を行き来する手段の一つでもあった。

利用するのは……主に綾一人だったけど。

「よう」

軽く手をあげて雄が挨拶をする。

同じように手をあげてそれに応え、雄のほうへと一歩近づく。

「どうしたんだよ急に」

ベランダ越しに言葉を交わすのは中学以来ではないだろうか。

携帯という文明の利器が俺たちの間でも普及するようになってからはこんなローカルな会話手段を用いる事はなくなっていた。

今回に限ってはその文明の利器を利用してまでセッティングされた状況であり、かなり珍しい……というよりも奇特な状況だ。

「いや、なんつーか……」

頭をかきながら言いづらそう、というより何と言っていいかわからない表情をする。

「悟さ。お前、綾と何かあった?」

考えた挙句、どうやら直球投げるしか思いつかなかったのかはっきりとした口調でそう言った。

「綾に何かあったのか?」

しかしその質問の答えを持ち合わせていなかった俺は、そっくりそのまま返すことしかできなかった。

「放課後まではいつも通りだったと思うんだが、帰って来てから様子が変なんだよ。飯も作ってくれないし、さっさと寝ちまうし」

「部活で疲れてたんじゃないのか?」

陸上部に限らず部活の練習はハードだ。

綾のような優秀な選手は特に。

「うーん、疲れたにしろ体調崩したにしろいつもなら連絡寄越すんだけどな……」

連絡くれれば夕飯の用意くらいなんとか出来たのにと漏らす。

「悪いけど、ちょっとわかんないな。綾を最後に見たのは雄と同じで放課後だしなぁ。部活中に何かあったとか。記録が伸び悩んでるとか」

「記録か……。もし記録で悩んでるならやっぱり……」

そこまで言いかけて言葉を切る。

その先に続く言葉を予想する事は出来るが、確実な答えを俺には出せなかった。

「なぁ」

どうやら雄の話はそれで終わりのようで、口を閉ざしてしまった雄にせっかくだから質問してみる事にした。

「雄はさ、誰かに告白された事ってあるか?」

俺の心に衝撃を与えた今日のメグの言葉。

その衝撃が良いものなのか、悪いものなのかを判断するには俺は知らない事が多すぎる。

「告白か。年に二、三回はされてるな」

……ある程度は知っていたが、さらりとその事実を口にする我が友の器のでかさに改めて驚愕する。

「その割に誰かと付き合った事とか無いんだよな。雄は」

そして更にそれだけ告白されておいて、未だに一度たりとも交際というものを始めた事がない。

「まぁな。何となく告白されて付き合うってのは性に合わないんだよ。どっちかというと俺は自分の方から好きになりたいタイプというか何というか」

そんな事を言っておきながら雄自身が誰かを好きになったなんて話、今まで聞いたことはない。

相手もいないのに一途なヤツだ。

「それに、俺は兄貴だから」

照れくさそうに頬をかきながら雄は言う。

何だかんだ言って妹思いの……表彰してやりたいくらい兄貴の鑑なヤツだ。

「ハナさんもよくお前に言ってるだろ?弟を助けるのは姉の義務であり、権利だって。妹と兄だって、同じだ」

幼い頃、俺に何かあればいつも駆けつけてくれた姉貴の姿を思い出す。

さすがに俺は高校生に、姉貴は社会人になった今ではそんな事も無くなったけど、大事な時にはちゃんと傍にいてくれた姉貴。

その裏で一番俺に怖い思いをさせたのも姉貴なのが少し複雑ではあるが……。

「まぁ、そんな感じで俺だけ彼女作って楽しくやってますみたいな事をする気にはなれないんだよ。せめて綾が自立するまでは」

「雄、それじゃ兄貴じゃなくて父親みたいだ」

「まったくだ」

二人して笑いあう。

俺には姉貴が、綾には雄が。これだけ自分を想ってくれている身内がいるというのはなんて幸せな事か。

「それでだ。メグちゃんからの告白の返事はどうするつもりなんだ?」

「っ!?な、何でそれを!」

「何年お前と付き合ってると思ってんだよ。少しズレてたけど話の流れからして明らかだろうが。俺に相談するほど告白されて悩む相手にメグちゃんぐらいだろ」

さ、さすが我が親友……。

告白された事くらいは見抜かれると思ってたけど、相手まで見抜かれるとは思っていなかった。

「んで、どうすんだ。喜んでってなら相談するほど悩む事でも無いだろうから、断るつもりか?」

「それが全然わかんないんだよ。どうしたらいいのかとか、そもそも俺はメグをどう思ってるとか」

答えがわからないのではなくて、答えを出す事が出来ない。

右辺にも左辺にも虫食いがある数式のような……そんな感じだ。

適当な数字を入れれば数式は完成するだろう。

でも人生は数式とは違う。

自分が選んできた選択、左辺。それにより導き出された、右辺。

一度選んだ左辺は変えられない。一度導きだされた右辺は覆せない。

だというのに、どれが正しいなんて誰にもわからない。

「悩むのも無理はない。俺の場合と違って悟はメグちゃんの事、そう悪く思ってないんだろ?」

俺にとってメグは何なのか、メグにとって俺は何なのか。

深く考えたことなんて無かった。

ただ漠然と大切な友人だと、そう思っていた。

だけどそれが正しいのか、それすらももうわからない。

「悟自身も微妙な時期だからな。無理に答えを出す必要は無いが……いずれ答えを出さなきゃいけないって事だけは頭にいれとけよ」

「そうだな。うん、雄に相談して良かった。もう少し自分で考えてみる事にする」

「おう。がんばれ男の子!」

お互いに笑って別れを告げて後ろの自室へと戻る。

解決こそしなかったが、胸の中のもやもやが少し落ち着いた感じがする。

メグの事は、彼女には悪い事かもしれないけどゆっくりと、お互いに納得のいく答えを出せるようにしよう。

「納得か……」

自分で言っておいて、その納得のいく答えというものに納得できそうにない。そんな気がしてしまった。

矛盾した感情が俺の中に湧き上がっていく。

せっかく落ち着いたと思った胸のもやもやは、また違う所から俺の胸を侵略し始めていた。

それと呼応するように外から雨が滴る音が僅かばかり聞こえてきた。

「姉貴、傘持ってってなんかいないだろうな……」

胸のもやもやを少しでも払拭するため、タオルの用意をしに部屋から出て行く。

その際に雄の気配がまだベランダにある事を感じた。

気になったものの俺はそのまま下の階へと降りて行った。

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