やぎさん郵便(嘘)
ある所に、くろやぎさんとしろやぎさんが住んでいました。
くろやぎさんは、真っ黒な艶々の毛をした立派な雄山羊です。
しろやぎさんは、真っ白なふわふわした毛の可愛い雌山羊です。
しろやぎさんとくろやぎさんは、生まれた時から一緒でした。家が隣同士で、お互いの両親の仲が良かったからというのもあったのでしょう。
二匹はまるで兄妹の様に仲良く過ごしてていました。
しろやぎさんよりも半年程先に生まれたくろやぎさんは、いつも、しろやぎさんのお世話をしてくれます。
それは、しろやぎさんが他の山羊よりも小さいからか。それとも、しろやぎさんが世間で言うところの『ドジ』だったからか。あるいは、その他のむふふな理由からか。
しろやぎさんには、わかりません。
…しろやぎさんがもう少し賢い子だったのなら、くろやぎさんがなぜ、いつも自分がピンチの時にタイミング良く駆け付けて来てくれるのか。
なぜ毛並みのチェックと言って、毎日何回も何回もしろやぎさんを抱き締めるのか、その理由に気付いたかもしれません。
でも、しろやぎさんは気づきません。
そこが、しろやぎさんの良い所でもあるんですけどね。
だって、信頼していた頼れる幼馴染に実はストーキングされていたとか、毛並みのチェックと称して隙あらば抱き締められ、自分の匂いを付けてマーキングされていたなんて、知りたくないじゃありませんか。
しろやぎさんは、鈍くてこそ、しろやぎさんなのです。
そんな、にぶちんのしろやぎさんですが、最近になって字を書くことを覚えました。
きっかけは、しろやぎさんのママの一言でした。
「しろやぎ、成人おめでとう。しろやぎも、大人の仲間入りした事だし…字のお勉強でもしましょうか?」
しろやぎさんが住んでいる村では、15で大人の仲間入りです。
字を書けない、読めない山羊は珍しくありませんが、しろやぎさんのお家は、おじいちゃんが学校の先生だったので、皆おじいちゃんに習い、字を書けるし、読めます。
しろやぎさんも、大人になったという事で、読み書きの練習をしました。
しろやぎさんはどうやら、勉強のできるドジだったようです。
比較的短期間で読み書きをマスターしました。
人間(山羊ですが)、一つ何かができるようになると、試してみたくなるものです。
しろやぎさんは、くろやぎさんにお手紙を書く事にしました。
普段からお世話になっているので、お礼の意味も込めて。
…本当はお礼を言われる様なぴゅあな気持ちではなく、しろやぎさんに対する思いっきり邪悪な気持ちでお世話をしているくろやぎさん。
周りの人は、そんな狼の皮をかぶった山羊に気づいています。気づかないのは、ほんわか~な、しろやぎさん家族だけ。
でも、教えません。山羊って、けっこう面倒臭がりなんです。ぴゅあなしろやぎさんに、くろやぎさんの毛並みよりも黒い心の内を教えても、なかなか納得してくれないでしょう。
説得→そんなことない!くろやぎさんを信じるもん!となる事は目に見えています。
ああ、面倒くさい。
と、なります。
なので皆、生ぬるい目で見守ることにしました。
なんて、そんな事を言っている間に、しろやぎさんはお手紙を書き終えたようです。
ピンク色の封筒に入れると、封をしてポストへ。
やりきった。という満足そうなしろやぎさん。あとは明日、くろやぎさんに郵便が届くのを待つのみです。
…本当は、お隣同士なんだから、直接手渡しの方が早いんですけどね。
お手紙を届ける方法は郵便しかない!というしろやぎさんの思い込みからの行動でした。
そして翌日。朝を告げる、にわとりさんのけたたましい鳴き声が村に響き渡ります。
くろやぎさんは、朝ポストを覗いて興奮しました。なんと、あの愛しのしろやぎさんから、お手紙が届いていたのですから。
初めてのお手紙で感動、ではなく興奮、といった所にくろやぎさんの変態具合が伺い知れます。
(一昨日珍しく文房具屋に行って、レターセットを買っていたのは、俺に手紙を書く為だったのか…なんて愛らしいんだ、しろやぎ!)
ええ、なぜ知っているのかというと、またいつものストーキングの賜物です。
(この手紙をしろやぎが…しろやぎが…)
手紙を眺めながら、一人悶えるくろやぎさん。どこからどう見ても変態です。ありがとうございます。
くろやぎさんは、手紙片手に自室に閉じ籠りました。
ポストから一緒に取り出した新聞なんて、そこら辺にポイ捨てです。
部屋に戻ったくろやぎさんは、机にしろやぎさんの手紙をそっと置き、自分は椅子に座って手紙を眺めます。
(この封筒にしろやぎの小さな可愛い手が触って、しかもしろやぎが俺の名前を書いてくれた…)
もう、家宝にしてもいいくらいです。そのくらい、くろやぎさんは嬉しくてたまりません。
(ああ、しろやぎ…食べてしまいたい)
小さくて柔らかな、あの子。
名前を呼ぶと、ほわん、と柔らかな笑顔を返してくれる、しろやぎさん。
(愛しい…)
くろやぎさんは、しろやぎさんを思い浮かべて、胸が熱くなりました。
思わず、愛しさゆえにしろやぎさんのお手紙に頬擦りをし…
ぱくっ、と。
食べてしまいました。
(………っ!)
あ、やってしまった。
そう思った時には、もうお手紙はお腹のなか。
くろやぎさんは、ついうっかり、しろやぎさんのお手紙を食べてしまったのです。
くろやぎさんは、とてつもなく落ち込みました。
しろやぎさんからの、初めてのお手紙です。本来であれば、内容をじっくり読んで堪能した後に、ラミネート加工をして、永久保存するはずでした。
なんという事でしょうか。
でも、しろやぎさんが書いてくれた手紙は、とても美味しかったのです。
ただの紙ですが、そこに、しろやぎさんというスパイスが加われば。
くろやぎさんにとって、それはフォアグラよりも、キャビアよりも、その他に世界中で美味とされているどの食材よりも美味で芳醇で甘美なモノになり得るのです。
要するに、くろやぎさんはしろやぎさんが食べたいんです。極論を言えば、そういう事です。
しかし、惜しむらくは、内容を読む前に食べてしまった事でしょうか。
しろやぎさんが何を書き綴ってくれたのか、くろやぎさんは激しく気になります。
(しろやぎに聞いてみようか…しかし、読まずに食べたと知ったら、悲しむだろう。…そうか!)
くろやぎさんは、ひらめきました。
ちょっとずるい方法ですが、これなら大丈夫かもしれない。
早速、くろやぎさんは文房具屋さんに行き、レターセットを購入しました。
家に帰り、封筒にしろやぎへ。と書くと、便箋に香り草を挟んで、そのまま封筒の中へ。そしてポストに投函。
あれ?何も書いてないじゃん?と思った皆様。これは、しろやぎさんの習性(?)を知り尽くした、くろやぎさんの作戦なのです。
次の日。
にわとりさんのけたたましい鳴き声が、村に響き渡ります。
朝、しろやぎさんは、お母さんから手紙を渡されました。そうです。あの草を挟んだだけの、くろやぎさんからのお手紙です。
早速、しろやぎさんはお部屋に戻って、見てみる事にしました。
(もうお返事がきたんだ。嬉しい!何て書いてくれたのかな。…あれ?)
しろやぎさんは、くろやぎさんからのお手紙を、じっと見つめます。
(すごく、いいにおいがする!美味しそうなにおい!)
しろやぎさんは、お手紙を小さいお鼻に近づけて、くんくん匂いを嗅いでみました。
(いいにおい~…おいしそう…おいしそ…)
ぱくっ。
しろやぎさんたら、読まずに食べました。
その時。
ばたん!としろやぎさんのお部屋のドアを開けて、くろやぎさんが入ってきました。
「えっ、くろやぎさん?!何で…あっ、お、お手紙、食べちゃった…ごめんなさいっ!」
急に現れたくろやぎさんに、しろやぎさんは驚いて、ちょっとパニックになりました。
そんな事は予想済みのくろやぎさん。にっこりわらって、
「おはよう、しろやぎ。昨日は手紙ありがとう。嬉しかった。返事に、しろやぎを喜ばせようと思って、手紙の他にしろやぎの大好きな香り草を入れたんだけど…」
言いながら、くろやぎさんは、ちらっ、としろやぎさんに目を向けます。
しろやぎさん、真っ青です。
「香り草が大好きすぎて、匂いを嗅いだだけで無意識に食べちゃうって事、忘れてたよ…ごめんね、しろやぎ。せっかく、これから君と手紙のやりとりで楽しめそうだったのに…僕の不注意で、それを台無しにしてしまった…」
くろやぎさん、実は二重人格なんじゃないの?ってくらいに、でかいでかい猫をかぶっちゃってます。
すっ、と目を細めて、悲しげな顔のおまけ付き。
くろやぎさんのどす黒さを知らないしろやぎさんは、見事に罪悪感を煽られています。
「ご、ごめんなさいっ…くろやぎさん。わたし、すごく悪い事しちゃって…ごめんなさいっ…」
大きなまあるい目から大粒の涙をぽろぽろこぼし、しろやぎさんは泣いてしまいました。
「いや、悪いのは僕だよしろやぎ。自分を責めないで。」
甘い声で囁いて、そっとしろやぎさんを抱き締めます。
「でも…くろやぎさんが、お手紙書いてくれたのに…わたし、読まずにっ…食べちゃった…っ!」
またしても、しろやぎさんのまあるい目から、ぶわっと涙が溢れます。
「もう、泣かないで…そうだ。僕に悪いと思っているのなら、1つ、僕のお願いを聞いてくれないかな?」
「…お願い?」
きょとん、として、しろやぎさんは聞き返します。
「うん。少し、目を閉じて欲しいんだ。」
だめかな?といたずらっ子の様に覗き込んでくる目に、しろやぎさんは慌てて、
「わ、わかった!」
と、ぎゅっと目を閉じました。
しろやぎさんは、自分が目を閉じた瞬間に、くろやぎさんが艶やかで色気を帯びた笑みを浮かべた事に気づきません。
賢い皆様は、もう気づいたかもしれません。ここまでのやりとりは、全てくろやぎさんの計算通り。
あとは、この可愛い可愛いしろやぎさんをいただいてしまうだけ。
くろやぎさんは妖しく笑うと、しろやぎさんの小さなピンク色の唇にそっと、自分の唇を寄せました。
あと僅か5mmといった所でしょうか。
ばたん!と部屋の扉が開き、
「あらまあ」
お茶とケーキをお盆にのせた、しろやぎさんのお母さんが扉に手をかけたまま、微笑んでいました。
くろやぎさんは、頭の片隅にかなぐり捨ててあった猫を瞬時にかぶります。
内心では、火山大噴火並に怒りで頭が燃えていましたが、しろやぎさんに中身も外見もそっくりなお母さんを見ると、ぶすぶすと火山も鎮火していきます。
ほんわかぽわぽわなしろやぎさん一家にかかっては、大魔王も牙を抜かれてしまいます。
ちなみに、しろやぎマジック、と呼ばれ村ではちょっと有名です。
「ごめんなさいね、お邪魔だったかしら?」
しゅん、と眉を下げるしろやぎさんママに悪気がない事は一目瞭然です。
くろやぎさんは、ふう。とため息を1つついて。
「全然大丈夫だよ。今、しろやぎに罰ゲームででこぴんしようと思ってたんだ。…でも、美味しそうなケーキに免じて、許してあげようかな」
全く考えてもいなかった言葉を、淀みなくすらすらと並べるくろやぎさん。こんなところから、年期の入った猫だと、うかがい知れますね…
しろやぎさんは、許す、という言葉にホッとして、ほわんとした笑みを浮かべています。
年頃の娘と同じく年頃の男の子の間にあった、微妙な雰囲気に少しも気づかないしろやぎさんママは、2人の前にあったテーブルにお茶とケーキを置きます。
ありがとう。とお礼を口にしながら、くろやぎさんは、しろやぎさんママからそれらを受け取り、一口ずつ口をつけます。
「やっぱり、お義母さんの作ったケーキは美味しいね。もちろん、お茶も美味しいけど」
ケーキの甘さに負けないくらいの甘い笑顔で、くろやぎさんは言いました。
『お母さん』ではなく『お義母さん』と言うあたり、しろやぎさんへの気持ちが駄々漏れです。
しろやぎさんママが出ていった後、しろやぎさんはケーキを頬張りながら、とても幸せそうです。
くろやぎさんは、そんなしろやぎさんを眺めながら、
(今度は気づかれない様に窓から入って、鍵もしめておくか…)
と、次の策略をめぐらせているのでした。
その後、今回と同様のやりとりは5回ほどあり、しろやぎさんはくろやぎさんに唇どころか、初めてをたくさん奪われてしまい、徐々に外堀を埋められて、気づいたらくろやぎさんのお嫁さんになっていましたとさ。
(くろやぎさんにとっては、この上なく)めでたし、めでたし。