学園ラグナロク
体育教師の梶原が放った蹴りは、小柄な一年生女子の胴体にめり込み、彼女を三階の廊下の窓からグラウンドへたたき落とす結果となった。校舎三階から落ちた彼女はまず助からないだろうし、そもそも梶原の蹴りが直撃した時点で、絶命は確実だった。
これを見た二年生の男子――殺された少女の恋人であった少年は、小隊長としての責務を果たし、生き残った仲間に後方へ下がるように指示を出した。そのように冷静な振る舞いを見せる一方で、彼は懐から色とりどりの試薬が入った試験管を取り出し、両手の指に挟めるだけ挟み、獣のように身を低くした。
呼吸を一息――梶原教員へ向けて、単身の突撃を敢行する。
仲間の呼び止める声を背中に受けながら。
一時の情に流されることが、愚策であることを知りながら。
それでも、化学部【部長】狩谷ユウトは、復讐という二文字に心を染めた。生徒会長の作戦を無視してしまうこと、【部長】クラスの戦力が失われてしまうこと――それらの償いとして、せめて教師の一人は仕留めることを誓う。
梶原が、ホイッスルを口にした。
廊下全体に響き渡った笛の音が、【静止】の効果を発動する。梶原へ向けて走り寄っていた狩谷の足も止められてしまう。時間にして数秒。だが、全身に鳥肌が立ち、背筋も凍る恐ろしい数秒だった。
梶原が手にしたのは、投合用のハンマーだった。元々が陸上の出身である彼は、かつて優秀な選手であったことを自慢げに語る事が多い。ぐるりぐるりと回転が始まる。人としてのストッパーが外れている教員側は、でたらめなステータスを誇る。独楽のように勢いをつけた梶原は、猛烈な勢いでハンマーを投げた。
――動け。
狩谷の悲鳴にも似た願いは、寸前で【静止】の効果が途切れたことで叶った。
とはいえ、無傷というわけにもいかない。身体の中心を射抜く軌道のハンマーを、身をひねって避けた。片腕が巻き込まれる。根本から引き千切られた。破裂した水道管のように鮮血が舞う。痛みに悲鳴をあげている暇などなく――狩谷は、見る。
梶原が、再びホイッスルを口にしようとした。
――脳筋め。
狩谷は、皮肉に笑む。
――吸えよ。
教員ほどではないが、【部長】クラスとなれば、パラメータも常識の範疇は超えている。笛を吹くための一呼吸を、狩谷は見逃さなかった。試験管を、梶原の足下へ投げつける。文化系クラブ【部長】の狩谷は、本来は運動系クラブほどの身体能力は持ち合わせていなかったが、本人も意図せず発動していた《瀕死》(体力が一割を切った際、全パラメータを向上)および《恋人》(恋人フラグを立てた者が死亡した場合、その経験値を引き継ぐ)が、常以上の動きを可能にさせた。
ハンマーによって吹き飛んだ片腕。
くるくると宙を舞っていた自らの腕――それが握る試験管を瞬時に掴み取り、それもまた、梶原へ向けて投げつける。一息の間に、狩谷は神速とも思える動きを見せた。瞬間的なものだが、それは生徒側勢力の最強【生徒会長】にも匹敵するものだった。
梶原の足下で、試験管が割れる。
混じり合った試薬が、毒々しい紫の煙を吹き上げた。
化学部【部長】だけが持つオリジナルスキル《完全調合》。攻撃にも回復にも効果を発揮する様々な薬を作り出せる凡庸スキル《調合》は、後方支援用として欠かざるものだ。《完全調合》はその上位互換のスキルであり、効果やコスト、戦闘中でも使用可能といった点で、支援用に留まらない活躍を見せる。
梶原へ向けて放った《完全調合》は、高い確率であらゆるバッドステータスを付加するものだった。脳筋と揶揄される体育教師勢は、こうした絡め手に弱いことで知られている。相性という点で、狩谷は決して勝ち目のない戦いではないと信じていた。
だが。
戦況は、ぬるりと這う蛞蝓のような嫌らしさで、あっさりと掌を返して見せる。思った通りに進むならば、戦争などすぐに終わるのだ。
悲鳴があがった。
逃がしたはずの仲間のものと、すぐに悟った。
焦燥と――ある種の絶望を感じながら、狩谷は振り返る。廊下の奥で、小隊長である狩谷の命令通り退避行動を取っていた仲間達が強襲されている。血を流しすぎた。視界が霞む。幻と思いたかった。ワインレッドのスーツが見えた。ヒールに、結った髪――返り血に染まった、その凶悪な武器。
数学教師、【赤い教鞭】朱夏マチコ。
伏兵として控えておくには、あまりにも贅沢な用兵だ。
狩谷は今回の戦いで、生徒側が裏をかかれた事を確信した。だが、不思議と生徒会長を責める気分にはなれなかった。勝てない戦いとあきらめ、ただ冗長に生き延びることだけを願っていた頃は、まるで家畜のようだった。奮い立たせてくれた彼女に、感謝こそすれ、恨む気持ちはない。
心残りがあるとすれば、その恩に報えないことか。
――いや、違うな。
狩谷は皮肉に笑む。
呆然としている間に、バッドステータスを回復させた梶原――体育教師、【暴走特急】梶原ケンジが近づいて来ていた。勝利を確信した彼は、サディスティックな笑みを口元に浮かべている。その手に持ったリレー用のバトンを、果たしてどのように用いるつもりなのだろうか。
狩谷は遂に、大声で笑った。
「脳筋野郎」
化学部【部長】としての矜持にして、禁忌。
最終手段にして最終兵器、《完全調合》の最も忌むべき成果を、狩谷は己自身で口にする。
「絶望しろ」
血を流し、片腕を失い、仲間の悲鳴も途絶え――愛する少女の逝った場所へ自らも赴く決意を固めた少年は、「ごめん、片瀬。五分だけ遅刻する」と、デートの時にいつも口にしていた台詞を、最後の言葉としてつぶやいた。
《完全調合》――バッド・ポーション(効果:全パラメータ向上、ダメージ・バッドステータス無効。ただし、効果中は激痛にさいなまれる。一分後に死亡)。
◆
いつから戦っているのだろうか。
食べることを必要とせず、眠ることを必要とせず、歳を取ることもない世界があったならば、そこを何と呼べばいいだろう。永遠すら可能とするその世界は、天国と呼べるだろうか。少なくとも、そんな《異世界》に堕ちてしまった生徒達は異を唱える。
ここは地獄だ、と。
誰か理由を知っているならば、教えてほしい。
しかし、その願いは叶わない。この《異世界》は、そうした世界なのだと納得するしかない。そうしなければ、生き残れない。勝ち残れない。憎き教師勢力を全滅させて、魔王とも揶揄される校長を打ち倒し、《卒業》という名のゲームクリアに辿り着くしかない。
どれくらい戦っているのだろうか。
どれだけ死んだのだろうか。
もはや誰も覚えていない。
これが神様の仕打ちと云うならば――神を、呪う。
「それでもいい。神でも悪魔でも、憎み、呪い、恨みを吐き出した果てに、闘争意欲がわき出るならば、その方がいい。絶望しろ。だが、無気力になるな。私達は、神に喧嘩を売ってでも、この糞みたいな世界から脱出する」
教室の隅で泣いている者がいれば、彼女は手を差し伸べた。
廊下に座り込んで立ち上がれない者がいれば、彼女は手を差し伸べた。
血を流している者、一度は逃げ出した者、恐れる者、迷う者――彼女は皆に等しかった。
先代の生徒会長――自身の兄を失って、誰よりも悲しんで、まだ目元すら赤く腫らしていた少女は、偉大な指導者を失って失意の底に沈む生徒達をそのように鼓舞した。幼く未熟でありながら、彼女はそんな風にして生徒側最強の戦力【生徒会長】という駒になった。
今日もまた。
また一人、学園という《異世界》に堕ちてくる。
「ようこそ、転校生」
彼や彼女らに非情な現実を突きつけること、永遠と死が寄り添う《異世界》のルールを説明する辛苦をにこやかな笑みの裏側に隠して、高城シオリは【生徒会長】として振る舞う。歯噛みしながら、爪を肌に刺しながら――右も左もわからない転校生へ、ゲームの名を告げる。
学園ラグナロク。
悪夢を終わらせる方法は、ふたつ。
死ぬか、卒業するか――どうぞ、好きな方を選んでください。
◆
「撤退だ。繰り返す、戦線は放棄。全部隊、速やかに撤退しろ」
生徒側の最後の砦――生徒会室。
響き渡る声は、【生徒会長】高城シオリのものだ。毅然として命令を放った後、オリジナルスキル《演説》を遮断し、シオリは机の上に拳を叩きつけた。【生徒会長】の声は、スキルを用いれば生き残っている生徒全員に届けることができる。
新聞部【部長】より、化学部【部長】狩谷ユウトの部隊が全滅したことを知らされたのは、ほんの数分前のことだった。シオリが撤退を決めるのは早かった。「これ以上の被害は許さない」と告げた彼女に対して、【副会長】有馬タクミは何も云わなかった。
生徒会室に残っているのは、シオリとタクミの二人だけだった。
実質、王と参謀だけを残し、戦力となる者を総動員した今回の作戦は、長きに渡る戦いに終止符を打つものになるはずだった。シオリは、兄が死んだ時以来、もう二度と泣くまいと誓ったはずなのに、どうしても涙を止めることができなかった。
十クラスの【委員長】、二十クラブの【部長】、そして【風紀委員長】と【生徒会役員】。
兄の代でも成しえなかった、全生徒を動員しての決戦だった。一人一人を説得するまでに、とても長い時間がかかった。その苦労が無駄になったことを嘆くのではない。シオリは一人一人を説得したからこそ、彼らの恐怖も躊躇も知っている。誰だって怖い。誰だって戦いたくない。それを必死に説得して、死地へ導いたのは、他でもない【生徒会長】のシオリだ。
化学部【部長】狩谷ユウトの事も、だから当然、よく知っている。
達観した少年だった。教員に殺されなければ、老いも死ぬこともない《異世界》を、むしろ甘受しているようでもあった。最初は嫌いだった。冷めた目、冷めた口調で、どれだけ言葉を尽くしても「嫌だ」としか答えない彼を、殴り飛ばしたこともある。
しかし。
彼は、変わった。
守るべき相手を得て――愛する人を得て、彼はこの学園を卒業することを目指し始めた。やがて【部長】クラスに辿り着いた彼は、生徒側勢力の中でも、とりわけ頼もしい存在となっていた。
だから、今回の作戦でも、重要なポイントを任せた。
それが裏目に――
「会長」
淡々とした声は、【副会長】の有馬タクミ。
嗚咽をこらえて、「なんだ?」と問い返す。冷静に、冷徹に――心は平静であろうとするが、優秀なパートナーが次に口にするだろう言葉を想像して、シオリは胸が焼けるようだった。タクミ、どうか云わないで――祈りは虚しく、彼はとても現実的な台詞を口にした。
「撤退するべきではありません」
シオリは拳を握りしめた。
「新聞部【部長】からの情報にもあった通り、狩谷【部長】は、【暴走特急】梶原を倒した上に、【赤い教鞭】朱夏に深手を負わせています。これは本来の計画よりも、むしろ上出来と云えます。小隊ひとつで、二名の教員の無力化――このチャンスを逃すのは……」
「黙れ」
タクミは、優秀な男だった。
優秀すぎる。
シオリが全てを理解していることも、当然、わかっているのだろう。だから、黙れという一言で、タクミは顔を伏せた。彼の優しさに甘えていることが、シオリは許せない。誰よりも責め苦を負う必要があるのは、自分だ。タクミにそんな台詞を言わせるべきではなかった。
「約束した」
今度こそ、これが最後の泣き言と誓う。
「誰も死なせず、このメンバーで卒業しようと約束した」
「ええ、その通りです。私も、そうしたかった」
「タクミ。私は、無能な指揮官か?」
「いいえ。狩谷【部長】が死を賭して、教員二名を倒そうと決意する程に、あなたは素晴らしいリーダーです。しかし、ここで逃げ出すならば、あなたは無能です。全ての生徒が一丸となった今回の作戦が成功しなければ、無事に撤退したところで、次はありません」
「お前は、本当に嫌な奴だ」
「ええ、昔からあなたにそう思われていることは理解しています。だから、私があなたのことをどれだけ愛していると云っても無駄だとわかっておりますから、云いません」
「あ、え……なに?」
有馬【副会長】は校舎の全景を示した地図の前へ移動すると、「呆けている場合ではありませんよ。さあ、早く指示を出しましょう。残念ながら、撤退もせずに勇敢に戦い続けている者のなんと多いことか」と、妙に声高に叫んだ。
「あ、ああ。わかった」
高城シオリ【生徒会長】は、頬を手で打った。ぴしゃりと威勢の良い音が鳴る。頬が赤くなる程の勢いだった。幸いにして、涙は止まったようだ。泣き枯れた声で、「ありがとう」とつぶやいたが、それは当然、あまりに小さくて誰の耳にも入らなかった。
◆
新聞部【部長】の巻目シュウは、単独行動を取っていた。
もともと情報収集能力に長けた彼は、一般生徒達の鼻白むような方法で、ありとあらゆる情報をかき集めていた。それが下衆な行為であることは知っていたし、時にシュウ自身も知りたくないような秘密を手にしてしまうこともある。
朴念仁の権化のような有馬【副会長】が、まさか愛などという言葉を口にするとは夢にも思わず――盗聴器から聞こえてきた会話に、シュウは思わず吹き出していた。
「この情報は、誰にも云えねえな。新聞部の誇りにかけて、俺の胸の内にだけしまっておこうかね」
古くさい学帽を目深に被りなおし、シュウは気を取り直す。
実際、笑っていられるような状況ではなかった。敵陣の奥深く、【職員室】も間近に迫った今は、油断をすればいつ命を落としても不思議ではない状況だ。【部長】クラスとは云え、新聞部のスキルは諜報や攪乱に長けたものが多く、正面切っての戦闘は不得手だった。周囲に味方もいない以上、教員に見つかれば、まず助からないだろう。
「さて、何が出るやら」
気配を殺して、さらに奥へ進む。
極限の綱渡りをしているような気分だった。今さらになって「ああ、生きている」と倒錯した生の実感を得る。シュウは笑う。きっと他の奴らもそうだろう。だから、あの【生徒会長】に命を賭けている。どうせ死んでしまった身だ。どうせ最初から死んだような屑ばかりなのだ。
――ようこそ、転校生。
シュウを迎え入れたのは、もう三代も前の生徒会長になる。
愚鈍な男であった。
――ここは学園ラグナロク。自殺した学生が堕ちる《地獄》だ。
死を望んだ軟弱者の集団が、戦ってこの世界を抜けだそうという気概を持てるものか。シュウ自身、ある日、何の脈絡もなく電車へ身を投げた臆病者だった。この学園へ堕ちてからも、そんな自分が許せず――逃げ続けてきた。
「いいものだな」
生きるということ。
鼻歌すらこぼしそうな心地になっていた。だが、廊下の曲がり角、敏感に察知した気配に対してスキルを発動させる。教員達の小声の会話を、スキルの効果で拾い上げた。何か良い情報でもあればと願ったシュウだが、すぐさまその表情はこわばることになる。
音も立てずその場を退散すると、すぐさま【生徒会室】へ緊急の連絡を行った。
◆
タクミがいつも以上に無表情になるのを見て、相当まずいことが起こったとシオリは悟る。また誰かが死んだと云うのだろうか――そんな最悪の想像に対して、タクミが口にした言葉は、その斜め上を行くものだった。
「教員側が、PTAの使用準備を進めているようです」
「馬鹿な」
PTA――生徒側、教員側を問わず、無差別に蹂躙する機械人形。この《異世界》に暴力で秩序をもたらす混沌の存在である。起動のスイッチを入れたが最後、数百体のPTAは遭遇する存在全てを破壊する悪魔となる。
「当然、教員側にも損害は出るでしょう。しかし、敵陣深くまで攻め入っている生徒側の方が、素早い撤退は難しい。陣地へ引き返すのが間に合わず、PTAの犠牲になる者が相当数出ると思われます」
シオリは、沈黙した。
顔を伏せて、目を閉ざした。
「タクミ」
「はい、生徒会長」
「私は、優秀な指揮官か?」
「ええ。命を賭けるに値する、誇れるリーダーです」
「すまない。私は、最悪の手を使う」
「会長?」
シオリは、泣かなかった。弱音を吐くこともなかった。
目を開き、前を向いて、己の手を血に染める覚悟を持った。
「行くぞ」
生徒会室を飛び出したシオリを、タクミは理解できない顔のまま追った。しばらくの間は、行き先が何処であるか掴めず、タクミは首を傾げたままだった。しかし、シオリが階段を四階まで昇り、美術室を超えた所で、「いけません」と大音声で叫んだ。
「なにがいけない?」
「あなたがしようとしている事です」
「私は、皆を救う」
「しかし……」
「そして、戦いにも勝つ」
タクミは息を呑んだ。ほんの一時間前には見られなかった鋭利な光が、生徒会長の瞳には宿っていた。それは先代――彼女の兄が宿していた非情の光にも似ていた。だが、少しだけ違う。彼女の瞳には意志がある。そして、悲しみがある。全てを悟っている光を見て――有馬タクミ【副会長】は、心から頭を下げた。
「あなたと共に、私は何処までも行きます」
四階奥のトイレ。
個室の一番奥。
扉を開けば、そこには一人の少女がいた。
縛られて、拘束されていた。制服は破れ、焦がされ、所々から見える肌にも暴行の痕が生々しい。怯えた瞳。狂気のような光。悲鳴はなかった。なぜならば、丁寧に猿ぐつわが噛まされており、決して声だけは漏れないようにしてあったからだ。
すまない――そんな風に口にしかけた後で、シオリは謝っていい立場でないことを悟る。彼女の処遇を決定したのは、自分の兄なのだから。教員側へ内通して、大勢の仲間を売った裏切者に対して、兄が下した決定は残酷だった。
最後の武器。
さながらPTAと同様の諸刃の武器に、彼女を仕立てた。
「さあ、役目を果たして」
シオリは冷静にそう告げて、彼女の口から猿ぐつわを外した。
「悲鳴をあげなさい」
少女は叫んだ。
何年、何十年――気が狂う程の時間、【いじめ】にあっていた彼女は、その怨嗟を全て込めるような泣き声をあげた。窓ガラスが震える。それはおそらく、廊下を抜けて、階段を下り、校舎の隅々まで響き渡っただろう。
効果は、すぐさまあらわれた。
「あれが、伝説の……」
タクミが窓から外を見て、呆然とつぶやいた。
「行くぞ。私達も出陣だ」
「会長?」
「ここまで来れば、【撤退】の二文字はない。進むしかない。そして、勝つぞ」
単純明快な方針に、タクミはようやく笑みを取り戻した。
「もちろん、どこまでもご一緒します」
「当たり前だ。ここを卒業しても、ついて来い」
「会長、それはどういう……」
「うるさい。さあ、行くぞ」
【生徒会長】高城シオリの目標はただひとつ。敵陣の最奥、【校長室】に陣取るラスボスの打倒。廊下を駆け抜ける彼女の後ろに続きながら、【副会長】有馬タクミは、それまでの露払いは全て引き受けるだけの覚悟を決めていた。
窓の外では、巨人が咆吼をあげていた。
伝説の災厄と悪魔機械《PTA》の激突が始まる中、二人は前だけを見据えて走り続けた。地獄のような《異世界》、あるいは地獄そのものである学園から卒業することだけを信じて、何処までも。