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可愛さ余って憎さ百倍―――③

 屋上って素敵ですよね。誰もいなくて、何もないから。

 誰かとの接触が苦手な私はそんな美的素敵快適空間を大事に思っています。

 一人は楽なんですよ。何も背負わなくていいから。

「さて、ではまずはけーくんの聞きたいことからにしましょうか」

 屋上のふちの小さな出っ張りに腰をかけ、そこそこ新しいフェンスに背を預ける水野くんはちらりとこちらを見る。

 何を考えているかわからない、そんな言葉がこれほどあてはまる男も珍しいでしょうね。得体の知れない、でも可。

「それは助かるね。でもあくまでそれは僕にとっての話だ。愛にとっては不都合が多いと思うけどそれでいいの?」

「もちろんです。人生はいつでもフェアだなんてことありはしませんから。先手を取られたといって負けたわけじゃありませんし」

 何をもって勝ち負けとするかなんてわかりませんけど。

 しかし、目の前の男は心にもない善意をなぜこちらに投げかけてくるんでしょうか。

 ありもしない好感度を上げるための努力のつもりかな?

 ……いや、それこそありはしないか。彼はただ、周りに溶け込むためにその行為を『技』として身に付けたのかもしれない。

 私にはない『技』だ。私には、いらないものだ。

「達観してるんだね」

「アナタほどでは」

 心無き、無常な言葉のキャッチボール。どちらも正確無比に相手のミットにボールを入れるが、単純作業ゆえにそこには何の楽しみも見出せない。

 いわゆるお世辞です。ちょっとカッコよく言ってみたかっただけですお気になさらず。

「そういえばさ、愛はいつも外で何をしてるの?」

「外でって……」

 さも今思いついたかのようなふりをして、中々返答に困ることを聞いてくる。

 私は滅多に外には出ないからどう返答したことやら。あ、ニートじゃありませんからね。こうして学校に来てるのがなによりの証拠となるでしょう。

 しかし、取ったどー!! とか叫びながら田舎の山の中を走り回ることはないのも事実。

 アウトドア派かインドア派どちらだと問われれば、私はインドア派を選ばざるをえないでしょうし。かよわい女の子なのです、私。嘘じゃありませんよ。

 とりあえず、この質問には比較的素直に答えることにしました。

「お散歩です」明らかにインドア派じゃないけど。

「お散歩か……いいね。毎日の日課としてはとても健康的だ」

「あらあら、この二日間ほどは連続で散歩をしているようですけど、別に毎日だなんて言ってないじゃないですか。けーくんは早とちりですね」

「これは失礼。知る人ぞ知る僕の通称は『予知の景』でね。少々、先読みする癖がついてしまったんだ」

 少々ムカつくドヤ顔で片目をつむりながら言ってくる水野くん。これで親指でも立てていようなら私はその指をへし折っていたでしょう。

 しかしまた、すごい通称だった。わたくし、びっくりいたしましてよ。

 ダウト、と言うほどのものでもありませんし、いい切り返し方はないものでしょうか。

「けどさ」

「はい?」

 私が素晴らしい切り替えしを思いつく前に、水野くんが先に口を開いてしまいました。ちくしょう。

「お散歩、いつも同じ道を通っていてさ……飽きはしないの?」

「だから、早とちりをしないください。私はいつもいつも同じ道を歩いてるわけでも、道を飽きるほどに散歩には出てません」

 あれ、これじゃ趣味ほどのものじゃ無くなっちゃうんでしょうか?

 いや趣味ってほどほどって印象があるから、別に間違ってませんよね、まる。

「それでもさ、こんな田舎町の散歩ルートなんて限りがある。あって一個か二個、人が通らない獣道を通るなら五個ほどにはなりそうだけど。そんなところ、わざわざ行く理由がなけりゃ行かないだろうから、自然とルートは二個ほどに絞られる」

「それは否定しませんけど、だからなんだって言うんです?」

「散歩、好きなのかい? ほんとに? 見た目と偏見から言わせてもらうと、どうしたってダイエットが必要な身体じゃない。ってことは好きで歩いているんだろ?」

「だから、そう言ってるじゃないですか……」言ってなかったかもしれない。

「ありえないよ、それ」

「……え?」

 水野くんは、まるで道端に落ちている石を蹴るくらいの気軽さで言葉を放る。

 しかし、その蹴られた石は池に落ち、大きな波紋を広げていく。私の中の嗜虐性の泉へと、波紋を。

「人との接触を極端に嫌うキミの性格から考えて、夜に散歩に出ているんだろうけどさ、それは普通ありえないんだよ。この町に居る限り、そんなことするやつはいやしない」

「どうして、そんなことわかるんですか」

「時期が悪かったね。この町に殺人鬼が出てなったらキミの嘘はばれなかったのに」

 殺人鬼。この町に突如出没した正体不明の殺人犯。

 ここ一ヶ月で五人……いや、昨日で六人目が出たから合計六人の人間が殺されている大事件。

 猟奇殺戮とまで言われるその犯罪は、全国ニュースにもゲストとしてお招きされていました。

 で、その犯罪時刻はいつでも深夜。つまり、『普通』なら外に出るはずがない、と。

 あらあら、失敗。嘘をついて誤魔化そうと思っていたのに、まんまとボロをだしてしまいました。水野くん、意外と聡いんですね。

 まぁ、どうせわかってるんでしょうけど、とりあえず反論してみましょうか。

「何を言うんですか。それを知ってから、私は外へ散歩になんか出てはいませんよ」

「二日ほど連続で散歩に出て、るんでしょ?」

 わざわざ区切りを入れて説明してくれた。さぁ困りましたよ私。まさかこんなにも早く水野くんに攻められるなんて思ってもみませんでした。

 色々と順序を吹っ飛ばして結婚を申し込まれた女子高生の気分とはこんなものなのでしょうか、とぼんやりと考えを送信した。

 口では受信せず、どこか遠くへ飛んでいってしまいましたけれど。

「毎日散歩に出てはいないってのは本当だろうね。けど、キミの趣味が散歩ではなく深夜徘徊とわかった今、キミは夜にいったい何をしているのか、という疑問に転じるのは必然だ」

 だから私に、声をかけた。

 そうでしょうね。だいたい予想はついていました。私との会話は確信を得るための方法だったということですか。

 では、今度は私の番。私の質問に、答えてくださいな。

「けーくんは、昨日の深夜一時頃、私と会った男の子ですか?」

 この質問に澱みなく答えられたら水野くんは本物。けれど、少しでも答えに疑問があれば、彼の器はそこまで。

 どどどっちどっちでどっちってそっちってどこだって私の疑問はそこにある。

 探して探されて魔が差して魔が差されて私を見失って私を失って過去に囚われて過去を捨てて過去を奪われて未来を手に入れたのだけれど何も手に残ってなくて嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だうそうそうそうそうっそーん!

 ………………はは。

 さぁ、私の前に居る水野くんの答えはいったいどっち?

「違うよ」

 ―――カチリ、と。

 私の中のスイッチがONになる。

 あぁ…この人は本物だ。

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