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可愛さ余って憎さ百倍―――②

 授業をサボって屋上に行くなんて、なんか青春の臭いがするよね!!

 そんな僕の意見をアイに伝えると、呆れ顔で『そうですね』と同意された。

 屋上へと続く階段の途中。

 ふざけた問いにもきちんと答えてくれるとこが彼女の良い所だ、と僕の心のろ過装置が彼女の悪意だけを取り除いてポジティブに言葉を受け取る。

 まぁ、自分でポジティブって自覚してたら何の心の防壁にもなりはしないけど。

 無自覚なポジティブこそが、絶対的な心の防御なのだ。

「ねぇ、アイ」

「どうしたんです、けーくん?」

 その呼び方やめてくれない? とは言えなかった。

 僕は彼女の嫌がってる「アイ」って言葉で呼んでるし、自分だけ都合の良いように何事も進まないのが人生だ。

 ……ただ、僕が彼女を「アイ」と呼ばなければいい話なのだけれど、それはお断りしたい。

「なんで授業をサボってまで屋上で話さなくちゃいけないのかな? 放課後とか休み時間とかでもいいだろうに」

「けーくんと一緒に居るところを他の人に見られたくないからです」

 あっちゃー。照れ屋さんだ。

 本日二回目のポジティブバリア展開の瞬間である。

「それとさ、屋上に行くのはいいんだけど鍵かかってるんじゃないの?」

「それについては問題ありません。私、鍵持ってますから」

「さっきからジャラジャラなってるその鍵束の中に屋上の鍵があるってこと?」

「あぁ、ちゃんと目はついてたんですね。この束を見て何も言ってこなかったので目が節穴になっているのかと思いました」

 あまりの衝撃に突っ込めなかったんだボケ。

 大きなリングに三〇個くらいの鍵が通してあったら誰でも引くぜ、という意見に僕は多くの賛成案を求めまーす。

 もちろん、賛成数は一であり、それ以上にもそれ以下にもならなかった。

 しかし、否定案もないのでこれは議決では?

「まぁ、この鍵の数が常軌を逸していることなんてとっくの昔に自覚してますけど」

 予想外。意外なところからの助けで、なんと賛成数が二となった。

 過半数どころかすべての票が僕の意見の元へと集まったわけだ。

 こりゃあ、文句なしの大勝利だぜ。はっはっは。もちろん、何の意味もないんだけどね。

「つきましたよ、屋上。けーくんの大好きな男女一人ずつしかいない密室状態まであと少しですね」

「女の子がはしたないこと言うもんじゃありません」

「ふふ、はしたないことをけーくんが想像するから言葉がはしたなく聞こえるんですよ」

「さっきから、言葉が辛辣すぎない?」

「私は、自分の名前が嫌いですから。忘れよう忘れようと努力してる私に、名前を思い出させてくれて、けーくんには感謝してもしきれませんよ」

 無機質な笑顔の隅々に、憎々しさをかもし出して僕を見る。それは僕の発言に謝罪をするのではなく『お互い様だ』と発言しているにすぎない。

 笑顔の裏に潜むものは誰とも問わず嫌らしいものである。僕も含め、ね。

 ていうか、笑顔どころか言葉の端々にも悪意があることに今更気づいた。榊アイ、おそろしい子。

 屋上のドアの前まで来ると、アイは無表情なままで数十もある鍵の中から迷いもせず一本の鍵を取り、鍵穴へと差し込む。

 しかし、そのまま鍵を回すことはせずアイは僕の方へと身体を向けてニコリともせず言葉を投げる。

「そろそろ教えてくれませんか?」

「いいよ」

 その質問の内容を確認せずに即答する。

 世界の真理、人間の裏歴史、政府の実態、密輸入の現場、友達の作り方、栄養素の効率的なとり方、誰かの秘密、聞かれたことには全部答えようじゃないか。

 もちろん、答えたこと全部が正解だとは限らないけど。

 必要があるのなら嘘でも平気でつく予定です。

 嘘はいけないなんて言葉を僕が口にすることは生涯一生ありえないだろうね。

 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、アイは口を開いた。

「アナタの目的は?」

「友達になりたい」

「アナタの今の気持ちは?」

「超緊張してる」

「アナタの趣味は?」

「人間観察」

「アナタの好きなものは?」

「冗談」

「アナタの座右の銘は?」

「口は災いの元」

「アナタの出身国は?」

「アイヌ」

「まさかアイヌ人だったとは御見それします」

「いやいやお気になさらず。僕はアイヌ人としては出来損ないだから、一族から追放された身なんだ」

「追放されたんですか。それは大変ですね。日本にはいつまで? もしかしてビザの更新が出来ずに不法滞在とか」

「それが危ないんだよね。この前もギリギリでビザを更新できたけどさ、あと少しで日本を追い出されるところだった」

「相当デンジャラスな生活を送っているんですね。何かお手伝いできることがあっても私は手伝いません」

「結構だよ。僕は僕だけで生きていける」

「独立できているんですね。羨ましい。私はまだ親にすがってばかりです」

「居もしない親にすがるなんて、器用なマネをするんだね」

「心の中の両親に、って意味です」

「家族の絆が強かったんだね。別れてもなおその繋がりの強さは驚嘆に値するよ」

「ホント、自慢の家族でしたよ」

 二人して、オホホホホホとどっかのおばさんのように笑う。今回の会話のネタをつまみに他の人との会話を弾ませそうだ。プライバシーは守れよプライバシーは。

 アイは、今の会話で何か納得したのかほんの少しだけ表情を緩めて、屋上のドアへと身体を向けなおし取っ手を回して扉を開ける。

 屋上へと足を踏み入れながらダンスでターンするようにステップを刻みながら彼女は振り返り、含み笑いを口元に刻んで自嘲気味に呟いた。

「さて、二人の二人による二人にとって二人のための尋問大会を始めましょう」

 彼女の素敵なお誘いを、僕は屋上に足を踏み入れることによって答えた。

 二人とも尋問係だったら意味がなくないかい? なんて言って不機嫌になられるのだけは絶対に防がなければならなかった。

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