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彼女

「私はね、『ま・いっか』って言葉が好きなんだ」

彼女が言った言葉。

そこは彼女のアパートの近くの公園で、俺たちは年甲斐もなくブランコを立って漕いでいた。

「だってさー、」

彼女は風の音に負けないように声を張り上げた。

「ま・いっか。って言ったら何でも受け入れられるじゃん?」

俺は黙ってブランコを漕いでいた。膝を伸ばすたびに近くなる空を感じながら。




彼女の親はいなかった。

彼女は祖母と二人で小さいアパートに住んでいた。

俺たちが初めて出合ったのは、高校の入学式の時。

初めて話したのは、教室で隣同士の席に座ったとき。

彼女は「違うよ、私が初めに声を掛けたんだよ。オハヨーって」なんて言うけど、俺は覚えている。

俺が先に座っていた彼女に言ったんだ。「そこ、俺の席なんだけど」って。

彼女は認めないけど。



なんとなく、付き合った。

どっちからも告白しなかったから、付き合っていると思っているのは俺だけかもしれない。

でも、休日は二人で遊び、試験前は二人で勉強し、お互いの部屋にも行ったことがある間柄って、十中八九『付き合ってる』状態だよな。


そうだ。初めて彼女の部屋に遊びに行ったとき、初めてバーサンに会ったんだ。


俺は緊張して、インターホンを鳴らした。

今まで彼女は、部屋が狭いから。と家に上がらせてもらえなかった。

その日はバレンタインデーで、作ったケーキが大きくて持ち歩けないから、家に呼ばれたのだ。

緊張してインターホンを鳴らして、玄関を開けてくれたのは知らないバーサンだった。

もちろんその人が彼女の祖母なんて知らなかった俺は、とっさに「間違えました!!」と走って逃げた。

アパートの下の郵便受けの前で、10分ぐらい名前を確かめた。

それから呼吸を整えて、二度目のインターホンを鳴らし、出てきた彼女の顔にホッとした。

「ごめんね。バーチャン、今日、きのこの講習会だって言ってたのに、なかなか出て行ってくれなかったの」

「いいよ。全然」

俺は何気ない風を装って、でもガッカリしていた。

「あ~、上がって!ケーキ食べたら二人でどっか行こう!」


結局、俺たちはバーサンと一緒にケーキを食べ、三人で映画を観、三人で夕飯の買出しに行き、三人で鍋を食べた。

バーサンはよく話す、楽しい人だった。

彼女のさっぱりとした明るさは、バーサンに似ていた。

お年寄り独特の控えめさがない、それでいて図々しくない。

俺はバーサンと呼んでいたが、全然若々しくて元気だった。


それから俺は三回に一回は彼女の家で遊ぶようになり、その日は決まってバーサンと三人で鍋を囲むようになった。


だんだん彼女の両親がいないことについて、なんとなく分かってきた。


なんとなく分かっているけど、会話には出さない。

その雰囲気もなんとなく。




で。なんとなく彼女と別れた。


二年になってクラスが分かれて、彼女はボランティア活動とバイトで忙しくなって、合う時間が減って、意見がすれ違うようになった。

俺の所為でもある。

今思うと会おうと思えばのに、彼女の予定が忙しくなり拗ねたのだ。

俺がアルバイトを始めて、ますます会えなくなり、学校で顔を合わせても、わざわざ声を掛けなくなり自然消滅。




俺が彼女から約二年ぶりに貰ったメールは、バーサンのお葬式のお知らせだった。


俺は制服を着て葬式に出た。

彼女は俺に「ありがとう」と言って泣いていた。

バーサンの死は突然だった。

彼女が朝起きたら、いつもは彼女より早起きのバーサンが起きていない。

バーサンを起こしに行ったら、布団の中で亡くなっていたらしい。

葬式は小さな斎場で簡素に行われた。

しかしバーサンを見送る人は、たくさんいた。

バーサンが通ってた「きのこの講習会」の「きのこの先生」、友人。近所の人、彼女がボランティア活動でバーサンと引き合わせたお年寄り達…

バーサンは明るくて、朗らかで、どこにでも友人を作ったから、たくさんの人がバーサンの死を悲しんだ。


棺の中のバーサンは眠っているようだった。

彼女は赤く泣きはらした目で、バーサンに最後のお別れを言っていた。




俺と彼女はブランコを漕いでいる。

お葬式が終わって、彼女は後の事を親に託して、早々に帰ってきた。

彼女の母親はあの場所で一番泣いていた。

親孝行の一つも出来なかったと。

「あの人もさー、自分勝手だよね。勝手に出てったクセに、バーチャンが死んだら良い子ぶっちゃってさ」

彼女はブランコを漕ぎながら話す。

「お葬式に遅れて出てきて、一番目立って、みんなの注目集めてから、私とバーチャンに大声で謝ったんだよ!」

俺もブランコを漕ぐ。足が狭いなぁってなんとなく考えながら。

「それで、一緒に暮らそうって言われたって、カンベンしてくださいって話ですから!」

俺がなんとなく想像していた、『両親は死んでいた説』は間違いだった。

彼女の両親は、親の反対を押し切り結婚し、彼女を生んだ。

しかし彼女が1歳になる頃、父親が蒸発。

その後、母親がバーサンに助けを求めてあのアパートに移り住んだが、結局母親も出て行ってしまった。

「あの人はいつも自分を守ることしか考えてない。娘の立場上、お葬式に行って、思いがけなく人がたくさんいて非難されそうだったから、あんな演技したんだ」


飛行機が空を飛んでいるのが見えた。

俺はなにを言えば分からずに、彼女の話を聞いていた。


「もう、サイテー」


彼女はブランコを止めた。

彼女は泣いていた。

俺はなんとなく彼女が母親に怒って泣いているのではない。と思った。

なんとなく…彼女はバーチャンが死んだことに怒っている

なんとなく…彼女は一人になってしまったことに怒っている

なんとなく…彼女は母親を目の前で非難できなかったことに怒っている

なんとなく…なんとなく…なんとなく

彼女は彼女自身に対して怒っているのだと思った。

俺は何も言ってあげられなかった。


「バーチャンさぁ、時々会いたいって言ってたんだよ」

彼女はゴシゴシ乱暴に涙を拭うと、俺を見て言った。

「俺に?」

「うん。なのに私、自分から話掛けるの嫌で、最近会わなくなったからって、言っちゃった。」

「俺も、なんとなく避けてたからなぁ」


彼女はブランコを漕ぎ出した。今度は立って。

俺もブランコに立ってみる。

景色がいきなり広くなったように感じた。

膝を曲げて、伸ばして。

小さい頃にブランコが水平になるまで漕いだのを思い出した。


「ごめんな」

俺は言った。

彼女に聞こえてなかったかな、と思い、風に負けないようにもう一度言った。

「ごめんなー!!」

「聞こえてるよー」

彼女は笑った。


「おかあさんのバカヤロー!アンタなんか大っ嫌いだー!!」

彼女が叫んだ。吐き出すように。

「バーチャン!ごめんねー!」

今度は彼女は空に向って叫ぶ。

「ごめんねー!!ありがとー!!」

バーサンに聞こえるように。

「バーサン!ありがとー!!」

俺も叫んだ。

夕日の差し込む公園で、俺たちはブランコを漕ぎながらちょっと泣いた。





「ま・いっか」

彼女はブランコを漕ぎながら言った。

その一言で、彼女はどんなにたくさんの痛みを飲み込んでいるのだろう。

俺は彼女がこれからも『ま・いっか』と呟いて苦しみを受け入れていくことが、なんとなく分かった。

彼女は一人になった。


「なんとなーく、思うんだけどっ…」

俺はブランコからジャンプして、地面に着地した。

「俺たち、ヨリ戻さない?」

彼女は驚いたように目を瞬かせたて、漕ぐのを止めた。

「嫌だよ」

「なんとなくはイヤ!!」

彼女はまた漕ぎ出した。

あー、そこは俺の胸に飛び込むところじゃない?

なんとなく待ち構えてた俺は両腕を空しく下げ、思い直した。

なんとなく、じゃない。なんとなくじゃ、伝わらない。

「お前さー、大学決まっただろ?」

「うん」

「確か、JR横浜駅が最寄りだって」

「うん。そうだね」

「俺さ、一人暮らしすんだよね」

「ふーん」

俺は声が上ずらないように、言った。

「一緒に暮らそう」

ブランコが止まる。彼女は笑って言う。

「ばーか。もう部屋決めちゃったもん」

俺は彼女の体温を感じながら、今度こそはちゃんと守ろうと決意した。

自分がちゃんとした(してないかもしれませんが)恋愛ものを書けるなんて、感動です!


みなさん、読んでくれてありがとうございます!

読んだ人が前向きになれることを祈って…




自分なりによく書けたカナと思っちゃたりしてます…

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― 新着の感想 ―
[良い点] 選択 という言葉がちらほら頭をよぎる話でした。 [一言] 二人の気持ちがとても共感できました。 楽しめました。 ありがとうございます。
[一言] 文の中にちりばめられた「なんとなく」の度合いに確かな現実味が感じられました。台詞もなんだかとても人間臭くてリアリティがありよかったです。 アドバイスとしては後半に比べて前半の文の内容が薄い…
2010/11/06 18:03 退会済み
管理
[一言] いい話でした
2010/11/06 16:41 退会済み
管理
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