情熱のサイドチェスト
第10話:水晶洞窟の死闘と、サイドチェスト投げキッス
翌日。俺とセレスは、王都から少し離れた場所にある「水晶洞窟」へと足を運んだ。
ギルドからの特別報酬が出る、希少な『魔力結晶』の採掘依頼を受けたからだ。
「リオン、油断しないで。ここは魔法耐性の高いBランクの魔物も出るわ」
薄暗い洞窟の中、セレスは相変わらず氷のような無表情で周囲を警戒していた。
酒場で腹を抱えて笑い転げていた姿は微塵も感じさせない、完璧な『聖女』の顔だった。
「分かっている。いざとなったら俺が前に出る」
俺がそう答えた直後だった。
洞窟の天井に張り付いていた無数の水晶が突如として動き出した。全身が硬質なクリスタルで覆われたBランク魔物、『クリスタル・ガーゴイル』の群れだった。
「キィィィィッ!」
耳障りな金切り声を上げ、十匹以上のガーゴイルがいっせいに滑空してくる。
魔法耐性が極端に高いガーゴイルに対しては、通常の属性魔法は効果が薄い。
俺自身の身体能力を極限まで引き上げ、物理的な打撃で粉砕するしかなかった。
俺は覚悟を決め、中級身体強化魔法【限界突破】のフォームをとった。
足を肩幅に開き、身体を半身に構える。
そして、両腕に全力で力を込め、上腕二頭筋と大胸筋をこれでもかと強調する肉体美の頂点……『渾身のサイドチェスト』のポーズを決めた。
さらに顔面は、眉毛を尺取り虫のように高速で上下させながら、向かってくるガーゴイルたちに向けて「チュッ、チュッ、ンーァッチュッ!」
と、ひたすらに情熱的な連続投げキッスを放つ。
名付けて、中級強化魔法発動フォーム『熱情のサイドチェスト(連続投げキッス付き)』だった。
「ピキィ……?」
殺意に満ちて襲いかかってきたガーゴイルたちが、空中でピタリと羽ばたきを止めた。
硬質な顔に明確な困惑が浮かんでいる。「こいつ、戦闘中に何をアピールしているんだ?」とでも言いたげな、完全にドン引きした視線だった。
魔物に呆れられるという、筆舌に尽くしがたい屈辱が俺の心を抉る。
『ブフォォッ!?』
背後から、噴き出すような奇声が響いた。
セレスだ。
振り返るまでもなく、彼女が支援魔法の詠唱を放り出して膝から崩れ落ちたのが気配で分かった。
だが、俺の体内には爆発的な筋力とスピードが漲っていた。
「粉砕するっ!」
俺は地面を蹴り飛び上がると、空中で硬直しているガーゴイルの顔面に、強化された拳を次々と叩き込んだ。
パァァァン!という小気味良い音と共に、Bランク魔物の硬いクリスタルの装甲が、ただのガラス細工のように粉々に砕け散っていく。
わずか数十秒後。
全てのガーゴイルを素手で殴り倒した俺は、静かにサイドチェストの体勢を解き、熱を帯びた拳をフッと息で冷ました。
完璧な立ち回りだった。
魔法使いでありながら前衛もこなす、まさに最強の証だ。
「……ふぅ。片付いたぞ」
クールな表情を作り、背後を振り返る。
「ひぃぃぃっ! んぐっ……! さ、サイドチェストォォッ! あははははははっ!」
そこには、巨大な水晶の塊に頭をガンガンと打ち付けながら、涙を流して爆笑する氷の聖女の姿があった。
「な、投げキッス……っ! 眉毛が、眉毛がウネウネしてたぁぁっ! む、無理っ、呼吸がっ……!」
「……頼むから、もう少し静かに笑ってくれ」
洞窟中に響き渡るセレスの爆笑こだまを聞きながら、俺は今日もしっかりと精神をすり減らしていた。




