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荒ぶる大きな


オーク討伐の報告を終えた俺たちは、冒険者ギルドに併設された酒場でささやかな祝杯を挙げることになった。


「ふふっ……思い出すだけで……ぷぷっ、大根……」

「‥頼むからもうその単語は出さないでくれ」


ジョッキの冷たい水を飲みながら、俺は深くため息をついた。

向かいの席では、セレスが口元を両手で覆い、必死に笑いを堪えている。

彼女の『氷の聖女』としての凛とした美貌は、酒場の男たちの視線を釘付けにしていたが、その実態はただの思い出し笑いに苦しむゲラ女だった。


「おいおい、そこの美しい聖女ちゃん。こんな陰気な男と飲むより、俺たち『赤き牙』と一緒にパーッとやらないか?」


案の定、酔っ払ったガラの悪い冒険者三人組がテーブルに絡んできた。


テンプレのような展開だ。

普段なら適当にあしらうところだが、酒も入っている彼らは強引にセレスの腕を掴もうと手を伸ばしてきた。


「気安く触らないでくれるかしら。凍りつきたいの?」

セレスがスッと絶対零度の視線を向ける。その恐ろしいまでの冷気にあてられ、男たちは一瞬怯んだが、すぐに顔を真っ赤にして激昂した。


「なんだと!? 俺たちを誰だと思って……!」

「面倒だな。俺がやる」

乱闘になってギルドの備品を壊せば、弁償させられるのはこちらだ。


俺は極力平和便に解決するため、対象を眠らせるだけの非致死性魔法【睡眠雲スリープ・クラウド】を発動することにした。


だが、この魔法の代償フォームもまた、俺の尊厳を地に落とす悪魔の所業だった。


俺は素早く床に座り込むと、右手の親指を勢いよく口にくわえ、唇で「バブー」という形を作った。


そして、両脚を空中でバタバタと激しく上下させながら、猛烈な勢いで腰を左右に振る。

仕上げに、目は無垢な赤子のように見開き、純真無垢なキラキラとした視線を男たちに向けた。


名付けて、中級精神魔法発動フォーム『荒ぶる巨大赤ちゃん』だった。

「……は?」

「な、なんだこいつ!? 頭がおかしくなったのか!?」


絡んできた男たちが、俺の常軌を逸した腰の動きと無垢な瞳を見て、一瞬で酔いが覚めたように後ずさった。


周囲の客も一斉に言葉を失い、酒場全体が水を打ったように静まり返る。


「いいから眠れ」

親指をくわえた隙間から、甘い匂いのするピンク色の煙が噴出した。

煙を吸い込んだ三人組は、「ひぃぃっ、変態が……」と呟きながら、そのまま白目を剥いて床に倒れ伏した。


魔法の力で眠ったのか、俺の狂気に当てられて気絶したのかは定かではない。

「……ふぅ。これで静かになったな」


俺は立ち上がり、服の埃を払って何事もなかったかのように席についた。


だが、酒場の客たちは誰一人として俺から目を逸らせず、戦慄の表情を浮かべていた。

「ぶ、ばぶ……っ! あははははははっ!! 巨大赤ちゃんっ……! 腰、腰の動きが気持ち悪いぃぃっ!」


耐えきれなくなったセレスが、ついにテーブルに突っ伏して机をバンバンと叩き始めた。

「あはははっ! 無垢な目で腰を振るな……っ! む、無理っ、息ができないぃぃっ!」


彼女の腹の底からの大爆笑だけが、静まり返った酒場に虚しく響き渡っていた。俺は顔から火が出るほどの羞恥に耐えながら、ただ黙って水を飲み干すしかなかった。

一方その頃。


王都の地下下水道では、巨大スライムの体内に取り込まれていた元・勇者と女魔法使いが、奇跡的に吐き出され、汚水の中に転がっていた。


「ゼェ……ゼェ……! た、助かった……」

スライムの消化液に長時間浸かっていたため、彼らの華麗だった装備はドロドロに溶け、髪は抜け落ち、全身から鼻が曲がるほどの凄まじい悪臭を放っていた。


もはや人間の原型すら留めていない。

「おのれリオン……! 俺がこんな目に遭うのも、すべてあいつのせいだ! 見ていろ、這い上がって必ず復讐を……!」


勇者は血走った目で呪詛を吐きながら、下水道から地上へと続くマンホールの蓋を押し開けた。

這い出た先は、ちょうど冒険者ギルドの裏路地だった。


「おい、そこになにかいるぞ!」

「なんだあのドロドロに溶けた臭い化け物は!? 腐敗系のアンデッドか!?」


見回りをしていた王都の衛兵たちが、マンホールから這い出てきた『悪臭を放つ謎の肉塊(元勇者たち)』を即座に発見し、槍を構えた。


「ち、違う! 俺は美しき白銀の――」

「問答無用! 王都にアンデッドを入れるな! 叩き潰せ!!」


「ぎゃああああっ!? やめろ、刺すな! 顔はやめろぉぉぉっ!!」

衛兵たちからの容赦ない槍での滅多刺しに遭い、元勇者と魔法使いは悲鳴を上げながら、再び暗く臭い下水道の底へと真っ逆さまに転がり落ちていくのだった。


彼らが地上で人間として扱われる日は、永遠に来そうになかった。


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