勇者パーティーの没落と、新たなる変顔(魔法)の覚醒
闘技場での大惨事から一夜明けた。
王都の冒険者ギルドは、朝からその話題で持ちきりだった。
「聞いたか? あの『白銀の剣』の勇者、王様の前でいきなり足を開いて奇声を上げたんだとよ」
「ああ、おまけに顔面をモンスターに殴られて前歯が全部折れたらしいぜ。ダッサ……」
「結局、王族への不敬罪でパーティーは解散、ライセンスも剥奪だってよ。今頃、スライムの汚物処理でもさせられてるんじゃないか?」
ギルドの片隅のテーブル席で、俺は深くため息をついた。
自業自得とはいえ、かつての仲間があそこまで社会的に抹殺されるとは。俺の【詠唱破棄】の真実(ポーズと変顔)を中途半端に真似しようとした結果がアレだった。
「ふふっ……あははっ……!」
向かいの席では、氷の聖女ことセレスが、昨日の光景を思い出しては肩を震わせていた。
彼女は完全にツボに入ってしまい、一晩経っても思い出し笑いが止まらないらしい。
「いい加減にしろ。お前、聖女としての威厳がゼロになってるぞ」
「だ、だってぇ……! あのナルシスト男が、あんなドヤ顔で足広げて……っ! ひぃぃっ、お腹痛い!」
涙を拭うセレスを呆れ顔で見ていると、ギルドの扉が勢いよくバンッと開いた。
「緊急事態だ! 昨日の闘技場から逃げ出したAランク魔物『狂暴猿』が、王都近郊の街道に現れた! 討伐隊を組むぞ!」
ギルド職員の悲痛な叫びに、冒険者たちがどよめいた。
あの勇者が一撃でノックアウトされた猿だ。
普通の冒険者が何人集まっても被害が拡大するだけだった。
「行くわよ、リオン」
さっきまで笑い転げていたセレスが、スッと立ち上がり、一瞬で『氷の聖女』の冷徹な顔に戻った。この切り替えの早さだけは素直に感心する。
「‥お前の支援(笑って倒れないこと)があるならな」
「……善処するわ」
いや目を逸らすな。
俺たちはすぐに王都を飛び出し、街道へと向かった。
そこには、馬車をひっくり返し、暴れ狂う狂暴猿の姿があった。四メートルを超える巨躯。
その両腕は丸太のように太く、一撃でも貰えば即死は免れない。
「ギガァァァァッ!!」
俺たちの姿を認めた狂暴猿が、ドラミングをして威嚇してくる。
「リオン、私の『聖なる防壁』で時間を稼ぐわ。その間に、あなたの最大の攻撃を準備して!」
「分かった」
俺は覚悟を決めた。
Aランク魔物を確実に仕留めるには、最上級魔法をぶつけるしかない。
だが、最上級魔法の代償(ポーズと変顔)は、俺の精神を完全に破壊するレベルのものだった。
俺は狂暴猿の真正面に立ち、大きく息を吸い込んだ。
そして――両手を後頭部で組み、腰を直角に曲げて極限まで『エビ反り』の体勢をとった。
さらに顔面は、唇をタコのようにすぼめた『アヒル口』。
目はバッチリと見開き、狂暴猿に向かって『情熱的なウインク』を連続で放つ。
名付けて、最上級氷結魔法発動フォーム『魅惑のエビ反りアヒル口(連続ウインク付き)』だ。
「ウホ……ッ!?」
狂暴猿が、明確に「ドン引き」した顔で硬直した。
野生の勘が『こいつはやばい変態だ』と告げているのか、後退りさえしている、正解だ。
背後からは、「ぶふっ……!」というセレスの吹き出す音が聞こえた。防壁魔法の展開音が途絶える。こいつ、また支援を放棄しやがった。
だが、俺の体内にはかつてないほどの莫大な魔力が渦巻いていた。
恥ずかしさで心臓から血が出そうだったが、俺はそのエビ反りアヒル口のまま、渾身の魔法を解き放った。
「凍てつけぇぇぇっ!!」
タコのような唇から、絶対零度の吹雪が一直線に噴射された。
【最上級氷結魔法:コキュートス・ブレス】。
「ギッ、ギャァァァ――……」
狂暴猿は逃げる間もなく、その巨大な体を一瞬で分厚い氷柱に閉じ込められ、完全に沈黙した。陽の光を反射してキラキラと輝く氷の彫像の完成だった。
「……ふぅ」
俺は静かにエビ反りを解き、乱れた前髪を整えてクールな表情を作った。
完璧な討伐。これでAランク討伐の功績は俺たちのものだ。
「……あはははははっ!! なによあれぇっ! エビ反りでウインクってぇぇぇっ!!」
背後を振り返ると、セレスが街道の真ん中で四つん這いになり、地面をバンバンと叩いて呼吸困難に陥っていた。
「む、無理ぃっ! かっこつけてるのに顔がアヒル……っ! あはははははははっ!!」
……俺がこの世界で本当の平穏(笑われない日々)を手に入れるのは、どうやら魔王を倒すよりも難しい道のりになりそうだった。
一方、その頃。
王都の地下下水道では、顔中に包帯を巻き、ボロ布を着せられた元・勇者が、ゴブリンの糞をスコップで掻き出しながら血の涙を流していた。
「なぜだ……! なぜ俺の『美しきしゃくれブリッジ』は不発だったんだぁぁぁっ!!」
彼の悲痛な叫びは、誰に届くこともなく下水道の闇に消えていったのだった。




