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氷の聖女の裏の顔と決定的な勘違い

第3話:氷の聖女の裏の顔と、崩壊の足音

「あ、あははははっ! む、無理っ……死ぬぅっ!」


地面を転げ回るセレス。俺はかつてない羞恥で顔から火が出そうだった。


「……おい。いい加減にしてくれ。俺だって好きでこの顔をやってるわけじゃない」

俺が顔を真っ赤にして睨みつけると、彼女はビクッと肩を震わせ、必死に深呼吸を繰り返した。


「す、すぅー……はぁー……。こ、コホン」

数分後、彼女はどうにか立ち上がり、衣服の砂を払って普段の『氷の聖女』らしい冷徹な表情を作り直した。

だが、耳の先まで真っ赤に染まり、口角がピクピクと激しく痙攣している。

氷の仮面は完全に隠しきれていなかった。


「……見苦しいところを見せたわね。でも、あなたのその……ぷっ……ふざけた、じゃなくて、独特な魔法陣形フォーム、とても……ひぃっ……ご、合理的だったわ…」


「無理するな。今にも吹き出しそうじゃないか」

「わ、笑ってなんかないわよ! 私はただ、あなたの圧倒的な魔法の威力を純粋に評価しているだけなんだから!」

彼女はバッと俺を指差し、堂々と宣言した。


「リオン、私とパーティーを組みなさい! 私が回復と支援を担当するから、あなたは前衛で存分にその……ウサギの変顔、じゃなくて、魔法を撃ちなさい!」

「嫌だ。毎回そんなに笑われるのは精神的にキツすぎる」


「ち、違うわよ! 勘違いしないでよね、私は純粋に戦力として……ふふっ……あんな間抜けな顔で鼻から雷出してCランクボスを瞬殺するなんて……あっははははっ! む、無理、思い出し笑いが……っ!」


駄目だこいつ、全然堪えきれていない。

『絶対に笑わない』という噂は、単に今まで彼女のツボに入る出来事がなかっただけなのだろう。

極度のゲラ(笑い上戸)だったのだ。


しかし、ソロでやっていく上で優秀な回復役ヒーラーがいるのはありがたいのも事実だった。俺は深い溜息をつき、渋々彼女の提案を受け入れることにしたのだった。


♦︎


一方その頃。

俺を追放した勇者パーティーは、低層のダンジョンでゴブリンの群れに囲まれていた。

「フン、薄汚い雑魚どもめ。美しき我が魔法の塵となるがいい!」

勇者は前衛の剣士を押し退けて前に出ると、後方でカッコよくマントを翻し、仰々しい魔法の詠唱を始めた。


「『我は求め訴えたり。深淵より出でし浄化の炎よ、我が美しき剣となりて――』」


いつもなら、ここで俺の【詠唱破棄(代償:変顔)】が即座に発動し、敵の群れを牽制して詠唱の時間を稼いでいた。

だが、当然ながら今は俺はいない。


「『――敵を焼き尽くせ!』……え?」

勇者が決めポーズのまま目を開けると、目の前には汚い棍棒を振り上げたゴブリンが立っていた。


ボコォッ!

「ぐぶふっ!?」

美しい顔面に強烈な一撃を貰い、勇者は無様に鼻血を吹き出して地面を転がった。


「きゃあああ!? 勇者様!?」

「な、なぜだ!? いつもなら敵は近づく前に倒れているはず……痛ぇっ! 顔は、顔はやめろぉぉっ!」


泥臭いゴブリンたちに馬乗りになられ、必死に顔を庇う勇者。

そして、詠唱を守ってもらえなくなった後衛の魔法使いもまた、ゴブリンの標的となりパニックに陥っていた。


「ひぃっ!? こっちに来ないで、あっちに行きなさいよ! 詠唱の時間が足りないわ!」

美しさとは程遠い、惨めな悲鳴がダンジョンに響き渡っていた。


彼らが自分たちの「強さ」が誰の犠牲の上に成り立っていたのか、致命的な勘違いに気づくのは、もう少しだけ先のことだった。


♦︎



セレスと半ば強引にパーティーを組むことになった俺は、翌日、さっそくギルドで新たな依頼を受注した。


標的は近隣の森に異常繁殖した『キラー・ウルフ』の群れの討伐だった。


「いいこと、リオン。私は後方から支援魔法であなたの身体能力を底上げするわ。あなたは前衛で、敵の数を減らすことに専念しなさい」


森を歩きながら、セレスは普段通りの氷のような無表情で指示を出してきた。

まるで歴戦の指揮官のような凛とした佇まいだった。

昨日、地面を転げ回って大爆笑していた姿とは別人のようだ。


「分かった。だが、俺が魔法を使う時は絶対にこっちを見るなよ」

「ふん。誰があなたのアホみたいな……コホン。独特な戦法なんて見るもんですか。私は常にクールに、戦況を俯瞰するだけよ」


ツンとそっぽを向くセレス。

その横顔は確かに美しいが、肩が微かに震えているのを俺は見逃さなかった。

きっと思い出し笑いをしているのに違いない。


森の深部に差し掛かると、周囲を囲むように三十匹以上のキラー・ウルフが現れた。

鋭い牙を剥き出しにし、低い唸り声を上げている。


「数が多すぎるわね……私の結界魔法で防御を固めるから、あなたは少しずつ削って――」

「いや、一気に片付ける」

俺はセレスの言葉を遮り、敵陣のど真ん中へと躍り出た。


そして、息を大きく吸い込み、上級炎魔法『エクスプロージョン』の発動体勢に入った。

その条件は、俺が最も忌み嫌うポーズの一つだった。

両腕を地面につき、ブリッジの体勢をとる。

そして、下顎を限界まで前に突き出し、渾身のしゃくれ顔を作る。

名付けて『しゃくれブリッジ』だった。


「キルル……?」

獲物を囲んでいたはずの狼たちが、突如として奇行に走った俺を見て、完全に戸惑いの表情を浮かべて動きを止めた。


この瞬間が一番辛い、いや本当に。


魔物にすらドン引きされるこの絶望的な空気。

だが、詠唱破棄による魔力チャージは一瞬で完了した。


「吹き飛べぇぇぇっ!!」

しゃくれた顎の先端から、超高熱の爆炎が放射状に放たれた。

ドゴォォォォォン!!という轟音と共に、三十匹のキラー・ウルフは一瞬にして黒焦げの炭と化し、森の一部が綺麗に更地になった。


「……よし、討伐完了だ」

俺は素早くブリッジを解き、何事もなかったかのように前髪を掻き上げた。

だが、背後から嫌な音が聞こえてきた。


「ぶふぉっ……!! ひーっ、ひーっ……!!」

振り返ると、セレスが結界を張ることも忘れ、膝から崩れ落ちていた。

両手で顔を覆い、肩を激しく上下させている。

「だから見るなと言っただろ……」


「む、無理よぉぉっ! しゃくれながらブリッジって……あっはははははっ! あご、顎から炎が出てるぅぅっ! ひぃぃぃっ、お腹がちぎれるぅぅっ!」


クールな氷の聖女はどこへやら、セレスは涙と鼻水を流しながら地面をバンバンと叩いて大爆笑していた。

支援魔法など一切飛んでこなかった。結局、俺が一人で無双して、一人で恥をかいただけだった。


一方その頃。

ゴブリンにボコボコにされ、ほうほうの体で街へ逃げ帰った勇者パーティーは、宿屋の薄暗い一室でどん底の空気を味わっていた。


「くそっ……! なぜだ、なぜ俺の華麗な魔法が間に合わなかったんだ!」

顔中に包帯を巻いた勇者が、テーブルを強く叩いた。


「当然だ。あんな下等な魔物に近づかれる前に、リオンが牽制しないからだ。あいつがいなくなったせいで、私の美しい詠唱も邪魔されたんだ」


プライドの高い女魔法使いも、泥だらけのローブを握りしめて忌々しそうに吐き捨てた。

「だが、あいつの魔法は異常に早かった。詠唱破棄……本来ならあり得ない技術だ。何か秘密があるはずだ」

勇者は腕を組み、必死に記憶を辿った。


リオンが魔法を放つ直前の、あの忌まわしい姿。白目を剥き、ガニ股になり、奇妙なポーズをとる姿。

「……ハッ!」


勇者の目に、突如として狂気じみた光が宿った。

「分かったぞ! あいつは魔法陣の代わりに、自らの肉体を使って魔法陣を描いていたんだ! あのダサいポーズこそが、詠唱破棄の真の鍵だったんだ!」


「え……?」

「そうか、そういうことだったのか! 天才であるこの俺が、あのポーズをマスターすれば……俺も詠唱破棄が使えるようになる! しかも、あんな顔面崩壊ピエロより、俺がやった方がずっと美しく、絵になるはずだ!」


‥致命的な勘違いだった。

だが、追い詰められた勇者はその妄想にすがりついた。


「見ていろリオン……。明日、王族も視察に来る大闘技大会で、俺がお前の技を完全に昇華させてみせる! 美しき詠唱破棄の誕生だ!」


彼は一人、鏡の前で不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりと両膝を外側に開いてガニ股の練習を始めたのだった。


狂気のショーの幕開けは、すぐそこまで迫っていた。


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