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聖域ー星を探してー  作者: 風橋凪十


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7/8

星の瞬き

星は、まだ消えていない――。


この物語は、作者が「こんな子と友だちになれたら」と思って書きました。

子供の頃に夢を諦めかけた人、そして今も何かに立ち向かっている人たちへ。

主人公の十和と一緒に、霧の中を進み、”北”を探す旅へ出てください。

迷っても、立ち止まっても、北は必ず教えてくれる――。

彼女が最後に見つけるものを、あなたもいつか手にできますように――。

※ AIによる補助で制作した作品です。

星は消えない…はず。第7話、星の瞬き

静かな滴りが、勇斗の意識を引き戻す。


金属音。

腕を縛る冷たい拘束具。

呼吸するたび、肺を刺す薬の匂い。

「ようこそ、勇斗。……またここに戻ってきてくれて、嬉しいわ」

マリアの声が闇を滑るように響いた。

その指先が、勇斗の頬をなぞる。

優しさの形をして、底には甘やかな毒が潜んでいる。


それでも、その手を振り払えないほどに、人は孤独に耐えられない。


「どうして、そんなに苦しそうな顔をするの?

 あの女を思い出してるのね――春木十和。」

その名が出た瞬間、勇斗の中で痛みと熱が同時に弾けた。


頭の奥に、遠い光が灯る。


最初に出会ったのは、科捜研の一角だった。

書類の山を抱え、研究室の奥で淡々と顕微鏡を覗いている新人。

無駄口ひとつ叩かない。

俺が声をかけても、ただ短く「お疲れさまです」と返すだけ。

だが、その目は冷たくはなかった。

まっすぐで、恐ろしいほど誠実だった。

彼女の世界には、他人を責める余地も、自分を慰める隙もなかった。


「春木、その案件、無理するなよ」

「いえ、やりたいんです。……この結果が誰かを助けられるかもしれないから。」


その声音には、弱さも迷いもない。

ただ“責任”だけがあった。

その芯の強さに、心が静かにざわついた。


研究一筋の堅物かと思えば、昼休みには同僚と笑いながら話していた。

「エトワールのコーヒー美味しいですよねー、ブラック苦手だったんですけど、飲めるようになりました!」

そう言って笑った顔が印象に残っている。

どこにでもいる“普通の子”――そう思った。


けれど――彼女の横顔を見ているうちに、別のことに気づいた。

強さの奥に、言葉にできない“詰まり”のようなものがあった。

ときどき感情を抑えすぎて、伝えたい気持ちがうまく外に出せない。

そういう人間特有の、痛いほどの不器用さ。


報告書を渡す手が小刻みに震えていたり、

人に褒められたときにどう反応していいか分からず、

ただ「……そうですか」と目をそらしたり。


――"何か"を守るために、不器用になった人なんだな。

その思いが、胸の奥に焼きついた。


---


夜明け前の研究室。

蛍光灯の白が静かに書類を照らす。

十和はペンを止め、窓の外を見つめていた。


「……人って、どこまで自分でいられるんでしょうね」

「どうした、そんな哲学的なこと考えるなんて珍しいな」

「答えが見つけられないんですよ。

 でももし、自分が自分でいられなくなっても……

 それでも“誰かを守りたい”って気持ちは、消えないと思いたい。」


その答えを、すぐには返せなかった。

その強さが、痛いほど分かったー美しかった。


「春木なら、消えないよ。」

十和は少しだけ笑って、うなずいた。

ほんの一瞬だけ、

――その笑みの奥に“届かない感情”の影が見えた気がした。


何かを伝えたいのに、伝え方が分からない。

誰かを想っているのに、それを言葉にできない。

彼女の優しさは、そんな風に不器用に形を失っていた。

だからこそ、俺は――補ってやりたかった。



---


潜入任務を翌日に控えた夕方。

勇斗はポケットから小さな銀のコンパスを取り出した。

ー刑事だった尊敬する祖父からもらったもの。


「……これ、持っててくれ」

「えっ……どうして、ですか?」


十和は首をかしげ、いつも通り控えめな声で問い返す。

勇斗は少しだけ笑って、言葉を選んだ。


「答えが見つからなかったら、北を探せばいい。

 ……俺の北は、もう見つかったから。」


「先輩……?」


「何でもない。気にするな、星はまだ消えていない。」


十和は戸惑いながらも、

両手でその小さなコンパスを大事そうに包み込んだ。

指先が、ほんのわずかに震えていた。


彼女は感情を“言葉”ではなく、“仕草”でしか出せない人だった。

ー今も大事にしてくれているはずだ、彼女なら。


「……星が、消えていなければ……」

勇斗の唇が震えるように呟いた。

マリアの手が頬を包み込む。

「星?そんなもの、もうどこにもないわ」


低い電子音。

脳に電極が刺さり、記憶の断片が削られていく。

十和の笑顔、声、触れた指先――

ひとつずつ、薄紙のように剥がれ落ちていく。

「やめろ……十和を……」

「誰のこと?」

マリアの声が甘く絡む。


「あなたが“好きだった女”?

 あの子はもう、ここにはいないわ。」

低い電子音が響き、スクリーンが点灯する。


映し出されたのは、瓦礫の中で身動きができず倒れる人物。

長い前髪、黒い腕時計、そして泥まみれの銀のコンパス――

勇斗は胸が締めつけられるのを感じた。

「……十和……?」

声にならない声。

あの子のーー特徴的な右手のこぶ、小さな手、そしてコンパスーすべてが記憶と重なる。

―“北”を、守れなかった。

勇斗の胸の奥で、かすかな抵抗が芽生える。

「違う……そんなはずはない……」

頭を振り、映像を払いのけようとする。

しかし、瞳に映る光は揺れ、涙が頬を伝う。

マリアは冷たく微笑む。

「あなたの北は、もういない。あの子は……消えたのよ」

勇斗は目を閉じ、必死に抗う。

脳裏には十和の笑顔、あの銀のコンパス、手のひらの温もり。

体中が痛む。守ることも、救うこともできなかったあの日の光景が押し寄せる。

「やめろ……」

心の奥から絞り出す声。

勇斗の視界が歪んでいく中で、マリアの脳裏には別の記憶が蘇る。


-あの日。

勇斗が組織に潜り込んできて数週間後。

彼は捕えられ、処刑リストに載せられていた。

マリアは、その命令に何のためらいも持たなかった。

侵入者。裏切り者。排除すべき対象。

冷徹に、そう処理するはずだった。

だが――処刑室の扉が開かれた瞬間、息を呑んだ。

椅子に縛られた男がいた。

血に濡れ、傷つき、なおまっすぐにこちらを見据える瞳。

恐怖ではない。憎悪でもない。

それは――「決意」そのものだった。

その瞳を見た瞬間、マリアの中で何かが軋んだ。

「……綺麗」

それは、人としての理性が口にしてはいけない感情だった。

完成と崩壊の狭間で燃えるようなその瞳。

自分がどれほど手を尽くしても創れない“人間”の形が、そこにあった。

殺すには惜しい。

所有したい。

知りたい。

壊して、どうなるのか見てみたい。

そんな衝動が、彼女の中で溶け合った。

マリアは処刑命令を取り消した。

「彼を殺すのは惜しい。……私が調べる。」

その瞬間、彼女の中で何かが壊れ始めていた。

洗脳装置を通して、マリアは彼の記憶に触れた。

そこにはひとりの女――春木十和の姿。

無造作に束ねられた髪。真っ直ぐな目。笑うと世界が柔らかく光を帯びる。

マリアの胸に、焼けるような感情が走った。


どうしてそんな平凡な女に?

自分には美がある。力がある。支配する才能もある。

それでも、勇斗の心はその女に向かう。

理解できなかった。

理解できないほど――羨ましかった。

勇斗がその名を呼ぶとき、

その声は信仰に似ていた。

だから、奪うことにした。

完全に、跡形もなく。


マリアが顔を近づけ、涙を一筋、彼の頬に落とした。

「あなたを救えるのは私だけ。

 十和なんて、幻だったの。

 ねえ、私を見て。“愛してる”って言って。」

「……マリア……愛してる……」

その言葉は、熱を失った唇から零れた。

マリアは笑う。

けれど、その笑みは狂おしいほど悲しかった。

「やっと、私を見てくれたわね。……これでいいの、リバイ。」

勇斗の瞳から光が消える。

星を映していたはずのその瞳は、もう何も映していない。

マリアは彼の頬に手を当て、嗚咽を押し殺した。

「もう、コンパスも星もいらない。

 あなたの“北”は、私なのよ――リバイ。」

勇斗の身体はまだ温かい。

けれど、その心は完全に沈黙していた。


マリアの胸の奥で、微かな恐怖が芽生える。

これが“勝利”なのだろうか。

自分の美と支配で男を屈服させたはずなのに、何も満たされない。

「どうして……あなたは私を見てくれないの」

勇斗は答えない。

ただ、命令を待つ器のように呼吸を繰り返すだけ。

「リバイ」

「……マリア」

反射のように、その名を呼ぶ声。

感情のない響きが、かえって祈りのようだった。

「覚えてる? 私が最初にあなたを拾った夜のこと。」

「……あなたが、私を……救ってくれた。」

「そう。だから今度は、あなたが私のために生きるの。」

勇斗は頷く。

だがその頬を伝う涙が、マリアの心を貫いた。

「もう、誰のことも思い出さないで。

 私だけを見て。いい?」

「……マリアが、俺の北だ。」

マリアの肩が震える。

それは、ずっと欲しかった言葉だった。

なのに――胸が締めつけられるほど苦しい。

「違うのよ……そんな形で、私を見てほしかったんじゃない……」

勇斗の手が、彼女の手を取る。

かつての温もりが微かに残っている。

「マリア、命令を。」

一瞬、光が揺れた。

誰かの声が遠くで呼ぶ――『先輩』。

「……もう、何も言わないで。」

マリアは静かに唇を重ねた。

唇が触れた瞬間、勇斗の呼吸が止まり、

次に開いた瞳は、完全な従順の色だった。

マリアは抱きしめながら、声にならない嗚咽を漏らした。

「これで、あなたは完全に私のもの。

 でも……どうして、こんなに寒いの……?」


マリアの手の中の鼓動は、確かにまだ生きている。

けれど、それはまるで、誰か別の人間の心臓のようだった。

青い照明が二人を包み、実験室の中でひとつの影に溶けていく。

星が消えた夜―

それは、マリアが最も望み、最も恐れた“完成”であり、

そして、もう二度と誰にも触れられない“喪失”だった。


ただ一つ、彼の胸の奥で、誰にも見えない“北”が微かに震えていた。



探さなければならない、北を。

次回第8話、Where in the world。

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