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聖域ー星を探してー  作者: 風橋凪十


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2/8

交差点前まで

星は、まだ消えていない――。


この物語は、作者が「こんな子と友だちになれたら」と思って書きました。

子供の頃に夢を諦めかけた人、そして今も何かに立ち向かっている人たちへ。

主人公の十和と一緒に、霧の中を進み、”北”を探す旅へ出てください。

迷っても、立ち止まっても、北は必ず教えてくれる――。

彼女が最後に見つけるものを、あなたもいつか手にできますように――。

※ AIによる補助で制作した作品です。

第2話は止まっていた時計の針が動き出します。

そんな思考を断ち切るように、スマートフォンが震える。

画面には、「音華おとか」の名前。

中学からの親友で、今でも数少ない気を許せる相手だ。

〈久しぶりにお茶しない? 駅前のエトワールで〉

十和は少し迷ってから、短く返信した。

〈いいよ。15時くらいに〉

窓の外には、初夏の光が滲むように広がっていた。

十和は白衣を脱ぎ、静かに席を立つ。

未来を変える変化が――この日、確かに始まっていた。


午後の光がカップの縁に反射して、淡く揺れている。

十和と音華は、駅近くの静かな喫茶店でテーブルを挟んで向かい合った。

カウンターからは、コーヒー豆を挽く低い音と、わずかに甘い焙煎の香り。

「十和ちゃん、“サンクチュアリィ”って知ってる?」

音華がそう切り出すと、十和は眉を寄せた。

「最近ニュースでよく見る名前だよね。裏金とか麻薬の密輸で捜査されてる宗教団体」

「そう。それ」

音華は鞄からスマホを取り出し、画面を十和の方へ向ける。


そこには、美術商のパーティーで撮られた写真が映っていた。

豪奢な照明の下でワイングラスを手にする人々の中、ひとりの男性が中央に立っている。

――年齢は三十代半ばほど。

スーツをきっちり着こなし、淡く笑みを浮かべている。

その笑みの奥に、何かを見透かすような静かな鋭さがあった。

「この人、“サンクチュアリィ”側の担当者。何か、見覚えない?」

十和は、息を止めた。

ほんの一瞬―視線の奥に、かつての先輩ー横浜勇斗よこはまゆうとの面影がよぎる。

けれど、すぐに首を振った。

「……似てるけど、違うと思う」

そう答えながらも、胸の奥ではざわめきが止まらなかった。

画面の中の男の立ち姿、少し俯いたときの視線の落とし方――

どこか、記憶の中の“彼”と重なって見えた。


音華は、十和の表情を静かに見つめ、スマホを閉じる。

「気になったんだ。寄付金の流れを整理していたら、名簿にこの人の名前が何度も出てきたの。名前は違うんだけど、、、警察も確実な証拠が掴めてないって話題だよね」

「……音華ちゃん」

十和は、まっすぐ彼女を見た。

「もし何かあったら、すぐに私に教えて。絶対に一人で動かないで」

「ありがとう」

音華は少し笑って、コーヒーカップを傾ける。

その音を聞きながら、十和はカップの底に映る自分の顔を見つめた。

そこに重なるのは、遠い日、研究室で笑っていた先輩の横顔――。


先輩が異動してから、もう3年が経つ。現在十和は当時の先輩の役職に就いている。

新部署の詳細は伏せられたままで、表向きには「防衛関連の研究所に転属」とだけ伝えられた。

だが、送別会のあと、先輩の連絡先は職員録から削除され、メールも一切届かなくなった。

「任務の都合だろう」

上司はそう言っていた。

でも、どんな任務なのか、誰も説明できなかった。


音華と駅で解散して、研究棟の廊下を歩いていると、誰かの気配を感じた。

でもそこにはいつもと変わらない蛍光灯の光があるだけ。

けれど、胸の奥にざわりと風が通り抜けるような感覚が残る。


研究室に戻ってきた。

十和は音華から渡されたパンフレットを、何気なくコーヒーの染みがついたデスクに広げてみる。

金色の活字で書かれたその文字――「サンクチュアリィ」。

“魂の浄化と真実への導き”という言葉が、淡々と並んでいる。

ページをめくると、活動の紹介欄の、ひとつの写真が目に留まった。

暗い背景に浮かぶ横顔。

わずかに影がかかっていて判然としないが――

瞳の光の揺れ方、頬の輪郭。

胸が、きゅう、と締め付けられる。

似ている。

先輩に、あまりにも。

「……まさか」

理性が否定しようとするのに、心が勝手に確信していく。

写真の人物が見ている先――

その先に“光”があると信じているような目をしていた。

十和はそっとパンフレットを閉じる。

掌の中に残る微かな震えを、コーヒーの香りはやわらげてくれない。

もし、先輩がこの“サンクチュアリィ”に関わっているとしたら――。

それは、失踪の理由であり、

そして、星が再び輝きを取り戻すための“狼煙”なのかもしれない。

だが同時に、胸の奥で別の声が囁く。

その光は、ほんとうに“救い”なのか。



あのお茶会を最後に、音華からの連絡が途絶えた。

既読のつかないメッセージが時間を追うごとに重くなり、胸の奥に冷たいものが広がっていく。

最初は「仕事が忙しいのだろう」と思い込もうとした。

だが三日目の朝、管轄署からの連絡でその願いは打ち砕かれる。

「春木技官、あなたのご友人――小日向音華さんの件で確認したいことがありまして」

言葉の途中で、十和の心臓が跳ねた。

   

会社からの捜索願によって家宅捜索が行われ、微量の麻薬反応が検出されたという。

キッチンの隅のコーヒー缶、リビングの引き出し、そして寝室の机の上。

それぞれから一致した反応があり、科捜研に鑑定依頼が回ってきた。

音華の部屋の麻薬は組織のものと一致した。

だが、最も十和の心を凍らせたのは、押収資料の中にあった一冊のファイルだった。

『サンクチュアリィ/内部構造一覧』

薄いフォルダに挟まれた資料。

それは見覚えのある形式でまとめられていた。


行頭の配置、注記の付け方、そしてグラフの配色。

先輩が残した研究ノートの記録様式と酷似している。

ページの端に、手書きで小さく書かれている文字がある。

“星は、まだ消えていない”

呼吸が止まる。

どうしてこの言葉がここに?

十和は机に手をつき、ゆっくりと深呼吸した。

冷たい金属の机の感触が、現実へ引き戻してくれる。

仕事中だ、感情を挟むな。

それでも、感情のコンパスは回転を止めない。

ファイルの最終ページに、崩れた走り書きがあった。

“Anima=光の中に眠る意思”

サンクチュアリィの象徴文句だ。


組織が音華に近づいたのは偶然じゃない。

そしてその奥には、先輩が関わっていた何かが確実に存在している。

十和はファイルを閉じ、唇を噛みしめる。

夜の庁舎は、蛍光灯の光だけが無機質に瞬いていた。


廊下の奥、ただ一つの蛍光灯が瞬くたびに、十和の心拍が重なる。

資料室の奥で、ひとりファイルを開く。

音華の検出記録、押収物、そしてその中に紛れ込んでいた組織の内部文書。

内部の関係者、しかも幹部級の者しか知りえないものに違いない。

「……やっぱり、同じだ」

印字のフォント、図表の並び、脚注の癖。

――すべての特徴が先輩の報告書と一致している。

勇斗が科捜研を去る直前に残した未完のファイル。

「外部研究機関との連携調査」とだけ記されたあの案件。

当時は詳細を知る権限がなかったが、今こうして照らし合わせると、そこに浮かび上がる単語は同じ――“サンクチュアリィ”。


十和は椅子に背を預け、目を閉じる。

彼が去ったあの日のことを思い出していた。

夕方だった、急に銀のコンパスを手渡された。

「……星はまだ消えていない。」

あれが、最後の言葉だった。


目を開けると、机の上の資料が少し歪んで見えた。

蛍光灯の音が耳鳴りのように響く。

何かが繋がっている――音華、先輩、そしてサンクチュアリィ。

偶然ではない。

十和は立ち上がり、机の引き出しからICレコーダーを取り出した。

音華が失踪前に残した留守電を再生する。


「十和ちゃん、ねぇ……この世界、思ってたよりずっと、綺麗じゃないね。

でも――光は、あるよ。

ちゃんと、見つけて」

雑音と一緒に、微かに笑う声が混ざる。

それは、彼女の最後の声だった。

「……音華、あなたはどうして……」

十和はファイルを閉じ、バッグに収める。


すべての始まりは、勇斗の失踪にある。

そしてその終わりは、音華の失踪の向こう側にある。

夜風が廊下を抜ける。

蛍光灯が一瞬だけ明滅し、光が途切れる。

だが、彼女の胸の中では、確かに小さな星が瞬いていた。

――星は、まだ消えていない。

その言葉を胸に、十和は庁舎をあとにした。

足音は静かに、しかし確実に、過去へと続く霧の道を踏みしめていった。



音華の残した言葉が、胸の奥で灯のように揺れる。

“光は、あるよ。ちゃんと、見つけて。”

十和は、霧の奥へ踏み出す決意をした。

次回、第3話「霧の中へ」――


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